2026年02月26日
いつも母のことを想い出す
神奈川の田舎の次男坊が突如、「俺、坊さんになる…」。この子はあんまり勉し過ぎて、頭が可笑しくなったのだと思ったそうだ。あれから、66年経った。お陰様で途中挫折することも無く今尚お坊さんである。小さい頃から私は母に顔がそっくりと言われた。逢う人ごとに、まあ!お母さんにそっくり!と言われ続けてきた。母は必ず寝る前に、お仏壇に手を合わせて祈っていた。「どうして母ちゃんはお仏壇に手を合わせるの?」と聞くと、「それはね、お前の上にもう三人子供がいたの、でもね、1歳から2歳になる頃、次々に死んでね。だから今こうして幸せに居られるのは、先に死んだ子供が、あの世で一生懸命拝んで居てくれているからなんだよ!」「フ~ン」。後年、私は突如として、俺坊さんになる!ガ~ン!この子はあんまり勉強しすぎて頭が可笑しくなった!そう思ったそうだ。お陰様で地中挫折すること無く、84才の今尚、僧堂で若い雲水と一緒に日々修行できる、こんな幸せは無い!
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2026年02月24日
ノ~ビリ、ぶったるむ!
まっ、老齢化つう事もある、84歳。世間一般ならもうとっくにお払い箱。しかしこの業界、古びれば古びるほど珍重される。お陰で近年矢鱈とよいしょされる。調子に乗ってふんぞり返るほどバカじゃないので、ほどほどに身を慎み、いつも足下を見つめながらボツボツ歩んでいる。近頃は一端僧堂を引いてからも、大接心毎に、黙々禅堂で若い者と一緒に坐る、っつうような者は一人もいなくなった。自分のことを言うのは憚ることだが、20年僧堂修行をして、鎌倉の寺に住職、翌年から大接心毎に、僧堂に通い続けた。まっ、これは当り前のことである。田舎の用品屋のせがれが、突如出家、おまえバカか!といわれた。バカじゃ無い証拠を見せなければ、立つ瀬は無い。今年84歳になる。今尚僧堂で雲水と一緒に修行できる幸せは他に無い。
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2026年02月22日
ぶったるむ
ゴム紐の伸びきったような日々である。緊張感ゼロ、トホッホッ!ブッタルム、居室の窓越しに向いの鬱蒼と茂る山を終日眺めている。トホッ!老化である、84歳、耄碌爺のなれの果て。こう言う怠慢の虫がうごめいたときはいつも母のことを想い出す。93歳、死ぬ寸前まで商売に精出していた。そう言う母の子供なのだから、84歳くらいで老人ぶってなんか居られない。バチがあたる。
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別に何も無いのだが・・・
ブログが少しでも途絶えると、こりゃ~まずい!と、天の声!トホッホッ!後ろから背中を押されるような気持ちになって、兎も角何でも良いから書き始める。故に読むに堪えない、ブログの羅列となる。もうこうなると、「ブログ病」である。止められないのだ。小さい頃から、勉強でも遊びでも、始めだしたら止まらない、「感熱病」患者なのだ。よく母から、あんたは何でもやり過ぎる!もっと普通で良いだから!と言われ続けて84歳、今や恍惚老人真っ只中、しかし尚、この悪癖は治らない。もう、生涯治らない!ガ~ン!
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2026年02月20日
ふっと遙か昔を想い出し・・・
老齢化、つうこともある。老いれば新しいことが日々少なくなり、自然に後ろ向きになる。で、昔を想い出し、独り勝手に懐かしんで居る。トホッホッ!裏山歩きもばったり行かなくなってしまった。運動することも少なくなった。万事内向き。どんより曇り空。これが今の私、84歳。終日部屋に引っこもり、故に会話は無し、無言の行。遙か昔の昔、18歳で突如出家、周囲には勉強のしすぎで頭が狂ったと思われた。確かにそうかも知れない。それを今尚、何処かで引きずっているようだ。トホッ!まっ、途中で志を曲げずに今に到ったのが、唯一の取り柄。このブログも一重に頭の体操なのである。ふっと机の前を見ると、愛犬ハチの写真がある。保健所へ行って捨て犬を貰ってきた。