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2011年11月25日

芋食えば・・・

「芋食えば(ゴ〜ン!)鐘が鳴るなり瑞龍寺」。私の大好物は芋である。それを知っている知人二人が相前後して段ボール箱にいっぱい送ってきた。一箱目は知人自身が作っているもので、ホクホク感が堪らない。もう一つは種子島直送の安納芋、黄金色の甘みたっぷりでほっぺたが落ちそう。さて先日書いたように目下昼抜きダイエット中の身、ほいほいと食べるわけにはいかず、葛藤の日々である。ダイエットは順調に進み、ただいま2キロ減、毎日体重計に乗るのが楽しみで仕方がない。そういうさなかにドドッと来たこの芋、どうするか思案のすえ、朝食に食うことにした。いや〜、旨いの何のって、世の中にこんな幸せがあるかってもんだ。どうも食い物の話は、意地が汚くてしょうがないが、他に楽しみはなし、ご勘弁頂きたい。ふとハチのことを思い出してしまった。いつもこのシーズンは二人で並んで芋を食ったものだ。そこで早速焼き芋を墓前に供えてやった。ハチの尻尾を振って喜ぶ顔がよみがえってきて、心なしか墓が揺れたように思えた。例年なら今頃が紅葉の真っ盛り、庭一面真っ赤になったのを眺めながら頬張る芋の味は又一入である。ところが今年は11月前半がやたら暖かかったため、どうだんがやや色づいて来たものの楓は茶色に縮れてまるで駄目。この調子では深紅の紅葉は見られないかも知れない。朝が4,5度に下がってこないと美しくならない。誰でも寒いのは苦手だが、美しい紅葉を眺めようと思ったら寒風が一番である。

投稿者 zuiryo : 17:13 | コメント (0)

2011年11月23日

その後の野良クロ

以前、ハチ亡き後、脅威が失せて俄然厚かましくなってきたということについては書いたので、ご記憶の方もあると思う。たとえば外出しようと玄関に向かってすたすた歩いているとき、ふと気配を感じて振り返ったら、まるで住人のような態度で後からひょいひょい付いてきていたり、台所の嘗てのハチのエリアである板の間に長々寝そべっていたりと、そのふてぶてしい態度には頭に来た。「この野郎め!」と思った。が、このところ態度を一変させて、何とも悲しげな眼をして、「嗚呼〜、お腹がすいて目がくらくらする〜」と言わんばかりに台所近くにやってきてうずくまっている。側を通ると、「にゃ〜ごにゃ〜ご」と、又その悲しげで愛らしい鳴き声と言ったらないのだ。思わず、「クロ、お前お腹がすいてるのか〜?」と問いかけてしまう。するとさらに可愛らしく、アルトで「にゃ〜ご」となく。ハチを失って早や1年と2ヶ月が過ぎ、心の痛手もようやく癒えつつある時期、元来動物好きの私は、この野良クロの鳴き声には近頃正直参っているのだ。心なしか態度物腰も以前とは違い、真っ黒けだから分かりにくいのだが、よく見ると結構可愛らしい。つい、「ちょっちょっ!」と優しく手をさしのべてしまう。勿論こちらがいくら親愛の情を示しても、そこは野良、決して近づいて来るわけではないが、さりとて逃げるわけでもなく、「クロ!」と呼びかけると、それに反応して、「にゃ〜ご!」と答えるのだ。この間ついにキャットフードを与えてしまった。美味しそうにかぶりつくように食べている。不味い!これはまずい、こんなことが続けば結局飼うことになる。さりとて足蹴にしたり石を投げつけたりなど、とても出来ない。葛藤の日々である。

投稿者 zuiryo : 11:05 | コメント (0)

2011年11月18日

ダイエット

いままでも、大豆ダイエット・バナナダイエット、測るだけダイエット等々、挑戦すること数限りなしだったが、すべて挫折した。こうして再び書くのさえ疎ましく感じられる。しかし私も間もなく古希を迎え、ひたひたと老化はしのびよってきた。最近は立ち居振る舞いにもひょろつくありさま、我ながら情けないったらありゃ〜しない。特に半年位前から左座骨と左足膝の内側が痛み出し、大切な坐禅さえ長時間は無理になってきた。これじゃ〜商売あがったりだ。ホームドクターには毎回体重を減らしなさいと厳しく指摘され、諸々の内臓器官のためにも、ダイエットは待ったなしになってきた。そこで今回一番シンプルで理に適っている、食事の量を減らすダイエットにした。僧堂の食事だからどうせろくなものは食っていないのだが、3日前から一念発起、昼食を抜くことにした。始める前は日中空腹のためにふらふらになるのではないかと危惧したが、実際やってみるとさしたる苦痛もなく、お茶で腹を満たしていればどうっつことはない。それよりも何よりも、たった3日で1,2キロも軽くなった。これにはさすがに驚いた。この調子で行けば平均1日あたり400グラム減量でlきている訳だから、1ヶ月もすれば12キロ減る計算になる。ダイエットなんかちょろいもんだ。とまあこう考えただけでも目の前がぱっといっぺんに明るくなった。勿論体重はそんな簡単に減って行くはずもないわけで、どこかでぴたっと止まるだろうが、そうしたらまた食事を減らしたらいいわけで、断固やり抜く覚悟である。こう宣言してやり始めれば、途中挫折しそうになったとき、私のブログファンの厳しい眼差しを感じ、止めるに止められない崖っ淵にたたずむ事になるから、目的完遂には何よりと感じ、あえてご披露したという次第。1ケ月後に又ご報告しますので、乞うご期待!

投稿者 zuiryo : 20:53 | コメント (0)

2011年11月13日

カラスの焼き鳥

全国各地でカラスの被害は深刻で、岐阜でも市内至る所生ゴミ袋を食い破り、あたり一面にまき散らし、不潔なことと云ったらない。近くが柳ガ瀬の繁華街で、食べ物屋が多いから、出てくる生ゴミも多く、早朝散歩をしていると、群がるカラスの大群に圧倒され、こちらが避けて通るほどである。また電線にとまって夜を過ごすので、その下は糞だらけ、以前散歩中頭にビチャッ!とカラスに糞をかけられたことがあり、その時は銃殺刑に処してやろうとさえ思った。そんな折、先日新聞に、長野県のシェフがこのにっくき困りもののカラスの肉を使ってフランス料理を考案したと掲載されていた。しかもカラスの肉は鶏の砂肝のような食感で、なかなか美味のようである。古いフランス料理本にも、<カラス肉は意外に高級食材のシギなどと共に大変美味>と記述されているそうだ。実際に食してみると、鳥では味わえないしっかりしたかみごたえに、適度なうまみもあって、確かに美味だそうだ。ランチコースとして前菜などを含め6300円で、「赤ワインによく合う」「一度味わうとやみつきになる」と反応は上々、リピーターも多いという。以前友人で猪や鹿などの、いわゆるジビエを食する会を設けておられて、何回かご馳走になったことがあった。猪のあばら骨を焼いて粗塩をぶっかけたのは特に美味、その外鹿の脾臓の生をごま油に浸して食べると、思わずうなるほどの旨さである。あまり詳しく書くと、「ま〜!禅僧が何ということを!」と叱られそうなのでこの辺で止めて置くが、野生の獣は処理が上手になされていれば、意外と臭みもなく食感もよく、味が濃い感じで美味しいものである。さてくだんのカラスだが、農業被害も甚大で、このまま放置できない深刻な状況らしい。だから今回のシェフの料理は大変注目を集めているそうだ。ただ、カラスの難点はイメージである。そこは『山ガラス』などと名付けて改善させ、一般に広めたいと意気込んでいるそうだ。実は山国の信州では終戦直後の食糧難の時代頃まで、カラスの肉を食べる習慣があったそうで、冬場のタンパク源として、すり潰しておからと混ぜ、みそを塗って焼く田楽料理にして食べていた。石原都知事もカラス退治の一環として、「東京名物カラス肉のパイを作ろうと思う」と発言した。私は焼き鳥にしてもいけるのではないかと思った。ふと目の前の電線にとまっている美味しそうなカラスを眺めていたら、羽の艶といい、肥った体格といい、一羽で二人前はいけるな〜、などと、思わず唾を飲み込んだ。

投稿者 zuiryo : 09:18 | コメント (0)

2011年11月08日

入制大接心

一日から恒例の入制大接心に入り、昨晩無事終了し、今日は把針灸治で朝から弁事をとって皆外出している。私にとっては30回目の雪安居入制大接心である。30年前、瑞龍寺に入寺して20日ほどですぐに雪安居入制になり、この僧堂が今までどのような大接心をやってきたのかもまるで解らず始まった。驚いたのは正眼僧堂とは天地ほど違うと云うことだった。当時40歳になったばかりの血気盛んなころだったから、徹底的に改革した。半年たったら雲水がほとんど帰ってしまった。今度来た老師はひどい人だ、これではとてもじゃないが毎日が大接心で、とてもじゃないがやってられない。これが評判になって、以降一人も雲水がやってこなくなった。私の方から云わせれば、これが普通なので、ようやく並の僧堂になったということである。3年たってたった一人の雲水になった。二人で庫裡の廊下を雑巾掛けし、境内の草引き・掃き掃除、毎日作務で明け暮れた。その後徐々に雲水も増えて、私が目論んだ規矩の通りに日々行われるようになった。今振り返ってあの時頑張ったお陰だと懐かしく思い出す。13年目でなお前向きに頑張っている筆頭の雲水が、私の意図を汲んで何もかもリードしているので、今では安心して任せている。私自身も今年古希を迎えあっちこっち節々が傷み、以前のように溌剌としているわけではないが、規矩が揺らぐことはない。僧堂の生命はいかに規矩がしっかり保たれているかである。国の法律のように公に文章化されているわけではないので、師家の裁量でどうにでもなると云う側面がある。だからこそ一層自ら襟を正し、伝統を護持して行く高い見識が問われるのである。4年後、僧堂を創建された隠山禅師の二百年諱を迎え、目下諸堂の修理をしている。こういう有り難いご縁に遭遇できるのも、頑張ってやってきたお陰かな〜と思う。

投稿者 zuiryo : 15:13 | コメント (0)