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2018年04月30日

猛烈指圧

私の弟子に独特の整体法を編み出したものがいる。1時間以上も車を飛ばして、沖縄旅行の疲れを取るためにわざわざ治療に来てくれた。有難い行為に頭が下がるばかりなのだが、その治療、痛いなんてもんじゃない!目から火花がバチバチ飛ぶ。彼には独特の整体療法の考え方があって、岩のような信念を持っているから、イテテテテッ!何ぞと悲鳴を上げても容赦しない。まるで拷問である。これを1時間たっぷりやってくれて、帰っていった。彼自身も一緒に沖縄へ行ったので、私とあまり変わらない年齢だから、さぞ疲れていることだろう。にも拘らず私を思って来てくれたのだから、申し訳ないことで、感謝!感謝、雨あられってところなのだが、まあしかし痛かった。帰ってくれてほっと安堵の胸をなでおろした次第。で、結果はどうだったのかだが、まあ効いたと言えば効いた。矢張り横になって休むのが一番。

投稿者 zuiryo : 09:24 | コメント (0)

2018年04月29日

会下会(えかかい)

嘗て瑞龍僧堂で修行して、今は寺の住職になっている者の、所謂道場の同窓会のようなものがある。毎年各地域の者が幹事になって催される。今年は沖縄で開かれた。私のイメージは若者のレジャ〜地と思っていたが、まるで違っていて、山奥の信仰の地や平和の礎、ひめゆりの塔等々、その度に皆でお経を唱え、良い会下会になった。2泊3日帰る日の朝、嘗て天衣尼僧堂で修行していた者がやって来た。お寺の奥さんで、今は髪も伸ばしていて、3歳くらいの娘さんを伴ってやってきた。10年以上前に修行していた者で、しかも今は髪も伸ばしているので、残念ながら思い出せなかった。まあそれでもわざわざ宿まで訪ねて来てくれたので、嬉しかった。宿をバスで発った時、道路脇でいつまでも合掌して、深々と頭を下げて見送ってくれた姿が、雲水時代を忘れないのだな〜と感じた。だんだん私も老齢になると、泊りがけで外出するのが億劫になってきた。だからこの会下会も、有難いような有り難くないようなのが実感だが、しかしこの会がなければ、この尼僧さんにも会えなかったのだから、何事でも億劫がってばかりいては駄目だな〜と感じた。

投稿者 zuiryo : 10:35 | コメント (0)

2018年04月25日

達磨

禅宗はまた達磨宗と言われるくらいで、だるまさんは禅の看板みたいなものである。古来より禅僧は達磨をよく描いてきた。私もへたっぴ〜ながら、今までに何枚か描いた。たまたま以前描いた達磨さんで、私としてはまあよく描けた方なので見本に1枚取って置いた。改めて眺めると見れば見るほどよく描けている。ふっと、これを見本に一気に描こう。善は急げ!早速墨をすり色紙を50枚うず高く積み上げ、横に見本を置いて描き始めた。ところが何と、見本とはまるで違って、へたっぴ〜たらありゃしない!それでもめげずに10枚描いたところで筆を置いた。とてもじゃないがこんな達磨ではとても人様に差し上げられない。しかし何故だろうか?上手に描けたのを横において真似をすればいいのだから・・・。そのうち気が付いた。横に置いたのを真似ようとしたのがいけないのだ。まっさらな色紙に直に向き合い、百パーセント自力で描かなければ駄目なのだと気が付いた。本日はそこまでで止め。次回は横に置かずに、イメージを作り上げ、まっさらな色紙に向き合おう。

投稿者 zuiryo : 16:54 | コメント (0)

2018年04月24日

坐禅会員

うちでは般若会と光陽会という二つの坐禅会を定期的に催している。それぞれ月2回だから、結局毎週坐禅会が催されている勘定になる。坐禅のあと3、40分話をするので、話下手な私にとっては相当過酷なもので、毎週しんどい思いをしながらなんとか努めている。今日はそのうちの一つの坐禅会員の方の関係の方が来られた。ご本人は既に亡くなっており、今度社員向けに、生前の社長の思いを伝えるための冊子を作られるというので、そのための資料集めに来られたわけである。ご本人は寡黙な方で、生前は殆どご自分の話はされず、いつも私の話を黙って聞かれるばかりだった。今日初めて、そういう方だったんですか!と知った。創業当初は小人数で始められ、今では何百人を抱える大きな会社にされた。伺えばうかがうほど立派な方だったと、今になって改めて知った。人にはいろいろなタイプがあって、外向きにじゃんじゃん宣伝する人と、黙々として内を固めてゆく人がいる。後者の典型のような方だったと、いま改めて知った。人の価値は棺を覆って知るというが、本当にそうだな〜と思い知らされた。

投稿者 zuiryo : 11:21 | コメント (0)

2018年04月20日

広辞苑

しばらく読まずにたまった文芸春秋誌を暇を見ながら読んでいたら、立花隆の冒頭エッセイに、年賀状仕分けのアルバイトをして念願の広辞苑を買ったという話が載っていた。彼は私とほぼ同世代なので、ふと昔のことを思い出した。私が中学生のころ、どうしてもこの広辞苑が欲しくなり、親にねだると、近くの町まで父が連れて行ってくれて、大枚はたいてずっしり重い広辞苑を買ってくれた。当時うちは田舎で小さな洋品店を営んでいて、それは決して安い買い物ではなかった。しかし教育熱心な両親で、子供が勉強のために欲しいと言えば惜しまず買ってくれた。また当時学習塾などと言うのは大都会の一部ではあったが、田舎ではそんなものはなかった。すると近くの中学の先生、この先生は地元から離れた都会の有名中学の教師で、3人ほど同世代の子供と一緒に特別にミニ塾を開いてもらって、勉強した。立花隆の広辞苑の話から、ふと昔のことが様々思い出され、うちの親は本当に子ども思いで、一生懸命だったんだだな〜と、懐かしく思い出された。

投稿者 zuiryo : 14:37 | コメント (0)

2018年04月19日

李ウーハン

水彩画展を見に行ったついでに、同時開催の曝涼展も覗いてきた。県美術館所蔵作品の所謂虫干し、近年は防虫技術も飛躍的に進化し、特殊なガスを密閉した中に充満させて行うらしい。素晴らしい作品の数々で、土屋先生の作品も数点展示されていた。中でも大きなもので抽象画、李ウーハンのもの、点が無数に描かれたのがあった。だいぶ以前のこと、鎌倉の知人から突然電話があって、豊田美術館へ行く折り、あなたのお寺に立ち寄るように李ウーハンに言いましたのでよろしく・・・・。その通りご夫妻でひょっこりやって来た。この人が抽象画家として高名な人だと後から知った。県美術館にも何点か所蔵され、その内の1点が展示されていた。何となく飄々とした感じの方で、抽象画家と言うと、何となく長髪かきむしったようにして、着ているものもよれよれの服、と思っていたら、どこにでもいるごく普通の人だった。これらは後から知ったので、サインでも貰っておけば良かったな〜!

投稿者 zuiryo : 14:25 | コメント (0)

2018年04月18日

水彩画展

県美術館で水彩画展が開かれていたので観に行ってきた。どの作品もさすが〜!と言うものばかりだった。中で一番私の目を引いたのが、何の変哲もない山奥の農家の一軒家とその入り口辺りが描かれたものである。何故この絵に惹かれたのかと言うと、こんな所が絵になるとはだれも思わないと思ったからである。以前スケッチに出かけた折り、「先生、ここ良いんじゃないですか〜?」と言うと、「ここは絵になりません!」しばらく車を走らせ、「ここで止まって下さい。」と言われた。「先生!どこを描くんでか〜?」と首を傾げると、近景はこの部分、中景はこの辺、遠景はあの辺と指摘された。「ふ〜ん、こんなところが絵になるんですかね〜!」約2時間指示された構図で描き始めると、あ〜ら不思議、そこが良い構図に変身してきた。さすが〜!プロの目は違うわい!何度も山奥へ写生に出かけたが、その度にこの果てしなく広がる景色のどこをどう切り取ったら絵になるのか、いまだに私には解らない。これがプロの目と言うものである。置き換えて、日常何の変哲もない日々の生活のどこに「禅」があるのか、と問うのと同じである。絵の先生は目が額縁になっている。我々は心が禅になっているのである。

投稿者 zuiryo : 14:38 | コメント (0)

2018年04月17日

虫歯

左上の奥歯が1本虫歯になった。痛くてたまらずいつもの歯医者さんへ行った。キーンと言う音を立ててバリバリ削っていく。歯の底がやられているらしい。これで2回済んで、今日は3回目。2回目が特く痛く、治療中はぐっと手を握りしめた。痛みがひどくなってきて我慢できないようでしたらこの薬を飲んでくださいと錠剤を数粒渡された。案の定夕方になったころシクシク痛みだした。すわ痛み止めと思い探したが、肝心の薬がどこへ消えたやら出てこない。探しても探してもない!一晩まんじりともせず夜を明かした。ちょうど雲水が良い痛み止めを持っていたので貰って何とか凌いだ。以降のことも考え、更に部屋中探して探して探しまくったがついに出てこない。ついにあきらめた数日後、ふと床を見ると痛み止めの薬が袋に入って転がっているではないか!愕然とした。摩訶不思議と言ったらない!神隠しである。これはほんの一例で、最近、あれがないこれがないと部屋中探し回ることが多くなった。これを繰り消していくうちに認知症になるのかと思うと心の底が冷え冷えとしてきた。

投稿者 zuiryo : 08:15 | コメント (0)

2018年04月15日

入制大接心

今朝午前3時から雨安居(うあんご)入制大接心が始まった。例年のことで格別変化はないが、春は新たに入門してくる雲水が加わるので、何となく新鮮で良い。しかし近年は新人の入門者数が激減で、どうも寂しくてしょうがない。と言ってスカウトしてくるわけにもゆかない。勿論修行は人数の多寡で決まるわけではないが、いっぱい居る方が活気が出て良い。私が僧堂に入門したときは、その年の春に20人も一辺に入って、それは活気があった。今のように人少になると、昔が懐かしくなる。まあしかし1,2年でバタバタと下山してしまい、たちまち元の木阿弥になったが。修行と聞くとすぐに辛い厳しいひもじいなどと連想されるが、その中に入ってしまえば左程苦痛はなくなる。そういう肉体的苦痛より修行から得られる精神的歓びの方が勝る。こういうのは実体験して初めて解るので、外から眺めているだけでは味わえない。私も道場に入ってもう56年にもなる。だからこの生活が普通で、実に心地良い。

投稿者 zuiryo : 10:45 | コメント (0)

2018年04月13日

山でまたこけた

相変わらず午後の裏山歩きは続けている。このところの陽気で大汗かいて着ていた物は総着替えである。まあそれは大変健康的で良いのだが、やたら山道でこける。帰りの下り坂がいけない。それなりに注意しているし更にストックを右手にしっかり握っているのだが、ああっ!!と思った瞬間2,3メートルすっ飛んで、昨日は右ひじに全体重が掛かったため服の上から大きな擦り傷で、血がたらたら。まだ顔面で受けてないからいいようなもの、もしそんなことにでもなったら、命がけの山登りになるな〜と思っている。じゃあもっと平らなところを歩けば・・・と思うかもしれないが、鬱蒼とした新緑の中を歩く
気持良さは、何にも代え難い魅力がある。だから今日も私は歩く!NHKの山岳地帯をひたすら歩く番組があるが、あれをいつも楽しみに見ている。何だったら私がスタッフに代わって出演したいくらいである。だが、ともかくこのよろけるのを何とかしなければならない。今日はストック2本で行くか!

投稿者 zuiryo : 11:19 | コメント (0)

2018年04月12日

ニンテンドー脳トレ

一時やたら流行ったニンテンドー脳トレも久しくほこりをかぶって戸棚の隅っこで影を潜めていたが、急に引っ張り出して毎日訓練している。それと言うのも、最近ひどく物忘れがして、我ながら愕然としているからである。そこで急に思い出して脳トレの機械を使いだした。本当に久しぶりで、あなたの脳年齢は何歳と表示されるのが怖かったが、42歳と出たので自信がついてきた。で、連日暇を見ては4人分やっている。ともかく日常的に忘れることが多く、今日も歯痛の痛み止め薬を貰ってどこかに置いたのだが、全く見つからない。そうなると一層歯が痛み出してきた。目の前真っ暗!雲水に、一般的な頭痛薬で効くんじゃないですか?と言われ、それもそうだ。で、頭痛薬を貰って飲んだら嘘のように楽になった。昨日一晩苦しんだのは何だったのかと我ながら呆れかえった。と言うことでニンテンドー脳トレと連日格闘している。

投稿者 zuiryo : 11:17 | コメント (0)

2018年04月10日

遠路はるばる

今朝午前9時半、青森から和尚さんが二人,拝請のためにやって来た。今度立派な本堂が新築され、その落慶法要のご案内に来たのである。今時は、全て手紙のやり取りで済ますのが当たり前だが、我々の世界では、わざわざ足を運んでお願いに来る。当然前日に出立して、岐阜市内で一泊、今朝やって来た。習慣とはいえ、前時代的である。この和尚さんの父親は私が正眼僧堂で修行していた時の先輩で、その子供がうちの僧堂へ修行に来た。その縁で新本堂の落慶式の導師を頼みに来たというわけである。沢山お檀家のあるお寺なのだが、このご時世で、過疎化が進み、減少気味だそうで、これからいろいろ大変だろうと察する。彼はもう50歳近くになるのだが、なかなか良縁に恵まれず、どうしてあんないい男が縁遠いのだろうと思っていたら、最近話がまとまって、近く所帯を持つらしい。二重の慶事である。それは良いのだが、本堂正面に扁額を取り付けるというので、巨大な字を頼まれた。これから紙屋さんへ行ってそれに見合う巨大な二層紙か三層紙を買ってこなければならない。へたっぴーがそんな大きな字が書けるかしらんと、大いに心配になってきた。そんな時に合わせるかのように郷里の兄からまた扁額を頼まれた。こっちのは小さいからどうっつことない。さっそく書上げ完成、よ〜し!印を押したら逆さまだった。ガックリ来た。腹が立ったので紙を丸めてゴミ箱へ放り投げた。

投稿者 zuiryo : 11:46 | コメント (0)

2018年04月08日

人生を決める要因

余命あと何年か、などと言うことが頭をかすめるようになると、結局人生とは何だったのかな〜と思うことがある。結論から言えば、人生とは考え方と熱意と能力の三つの要因の掛け算ではないだろうか。自分のようにさして優れた能力を持たない者が一人前になろうと思えば、まずは事に当たっての熱意であろう。振り返って昔を思い出すと、どこから見ても能力的に私より優れたものは何人もいた。しかし結局専門道場の師家となり、今なお修行を続けているのは私一人である。つまり熱意の重要さに気付いたからである。さらに感謝の気持ちを忘れなかったからである。人間は生まれながらにして死ぬまでの運命は決まっている。しかしそれは宿命ではない。運命は変えられる。そのためには善きことを思うことである。善きこととは布施の心である。他人の喜びを自分の喜びにする心である。陰徳を積むことである。布施も慈悲も、元々我々の魂そのものなのである。魂が過去に遍歴してきた結果によって作られる原因、それが重なって現世における運命が決まる。だから現世で新しい因を作らなければいけない。それは他を思いやる心である。「思いやり」これがあなたの運命を変える。

投稿者 zuiryo : 09:33 | コメント (0)

2018年04月07日

スケッチへ

3年前の今日は画家の先生と友人と3人で越美南線の終点、北濃と言うところへ出掛けた。車で1時間ほどの山深い地域で、見渡すかぎり周囲の山々はまだ雪をかぶっており、冷たい北風が吹いて、耳がちぎれそう。先生の手配で、親しくなった地元の方の小屋の二階でスケッチを始めた。下では囲炉裏の火が赤々と燃え、暖気がのぼって来てちょうど好い加減の温かさである。全面ガラス張り、絶好の場所である。眼下に田畑が広がり正面に雪をかぶった山々が聳えている。いつもの通り私は先生の右横に張り付くようにイーゼルを立てかけ、まるで二人羽織のごとく忠実に真似をする。老師様、あっちの景色を見て描いてください、と言う言葉は無視して、ひたすら真似に徹する。ようやく田園風景と背後にそびえる雪山を1枚描き上げた。あっという間に2時間が過ぎた。見れば見るほどそっくり!我ながら驚くほど、大いに満足した。というわけで、私もスケッチへ何度も連れて行ってもらい相当数描いてきたが、根本が間違っているから、今なお超へたっぴ〜!当時、友人と二人きりでスケッチへ出かけたこともあるが、この時の絵の下手さといったらありゃ〜しない、完全に罰が当たっているのである。しかしあの頃は良かったな〜と懐かしく思い出す。

投稿者 zuiryo : 05:32 | コメント (0)

2018年04月06日

歯痛

1週間ほど前から上奥歯が痛み出した。ひどく痛むというわけでもないので、そのまま放って置いたが、益々痛くなってきたので歯医者さんへ行った。虫歯だそうで、根っこから掘り出して治療するそうだ。今日は初日ということもあって、まだ軽く根っこを掘り起こした。痛み止めを貰い、我慢できなくなったら飲む。治療中お医者さんから、神と仏の違いはどうなんでしょうかと言う質問。お子さんが目下アメリカ留学中で、アメリカの友人からこういう質問を受けたそうだ。治療のために大口開けて、その合間をぬって応えるという神業、忙しいたらありゃ〜しない。まあ、しかしこの質問、はっきり答えるのは難しい。千年以上も神仏習合でやって来て、分離したのは明治6年以降のこと。いまだに合体のままと言う平泉寺白山神社などもある。俗にもかみほとけと一緒くたに言うくらいである。ほとんどの日本人は日常的に神仏とは向き合っていない。特別な節目、お目出度いこと、不幸などになると途端に神仏に向き合うというのが一般的である。だから適当なのである。まあそれで良い。

投稿者 zuiryo : 19:53 | コメント (0)

2018年04月04日

開講

4月15日が入制のうちの場合は前倒して、入制大接心の前に開講を済ませ、15日からは大接心にスムースに入れるようにしている。これは伊深で修行中、大接心の第一日目が開講のため、そっちに労力をそがれ、やってる雲水からすると本末転倒じゃないかと思っていた。だから瑞龍寺に来たその年から即座に変更して、開講はあらかじめ済ませて置くことにした。というわけで、今日は雨安居(うあんご)開講の日で、雲水は早朝より出斎準備に大忙しである。私は10時半に始まるまでは超暇だから、今こうしてブログを書いているという次第。まっ、僧堂の長い習慣は勝手に変更できないのが原則なのだが、私はそんな伝統は無視して、不都合ならどんどん変えていく。雲水の修行が何より第一なのだから、それで良いと思っている。私は他所の僧堂からこちらへ貰われてきた者だから、誰か文句があっても、あまり言わないというのを良いことにして、他にもいっぱい変えてきた。それももう35年になると、すっかり定着した。

投稿者 zuiryo : 09:50 | コメント (0)

2018年04月03日

直腸内視鏡

3月初旬、断食道場から無事帰って、ほっと一息つき、トイレでウンチをした。見るともなく見ると、真っ黒。びっくりぽん!こりゃ〜一大事だ!この間まで健康的茶色のうんちが、何と真っ黒クロスケ。万事心配性の私は、こりゃ〜血が混じっているからだ!掛かり付け医院の先生の所へすっ飛んで行き、先生!どどどうしたことでしょう!ふふ〜ん。先生!胃と直腸の内視鏡検査したらどうでしょう!そうですね〜、ご心配でしたらやりましょうか?ぜぜぜ是非お願します。まず胃の検査は無事パス。安堵。今日は一番問題の腸の内視鏡検査である。前日から食事制限。今朝は何も食べずに午前8時半着。小さな部屋に通されて、甘〜い下剤の水液と持参の水を10分ごとに延々2時間かかって飲み干した。コップ1杯飲んでは10分、次に水コップ1杯、これを交互に繰り返し、その度にトイレに行って便の具合を見る。要するに腹の中を徹底的に出し、ついに最後は水状になるまでやる。たんびにお尻を拭くから肛門がひりひり、最後の方はトイレと隣の小部屋を立ったり座ったりの繰り返しで、もうへとへと。いよいよカメラを肛門から入れた、大腸・小腸はしわくちゃ状で、そこをカメラがずんずん入って行き、ついに盲腸に達した。あっちこっちにカメラがぶつかって痛いのなんのって、「イテテテテッ!」「はい!ここが盲腸、これから戻りながらカメラで撮って行きま〜す」。まあともかく、二度は嫌だな〜と言う感じで無事に終わり、テレビモニターに映った自分の腸内を見ながら先生の説明を聞いた。全く問題なし!まっ、3年後位にまたやればいいですよ。クロ便の容疑はすべて晴れたのでほっと一息だが、ちょっとしんどかったワイ。

投稿者 zuiryo : 14:44 | コメント (0)

2018年04月02日

右膝痛

せっせと毎日山登りで、健康この上ない日々なのだが、数日前より右膝の内側が痛くなってきた。山は上り下りで、知らぬ間に相当負担が掛かってたようだ。それでも無理して歩いている。止めたら途端に体調が悪くなるから、痛しかゆしである。両方良いというのはなかなかないものである。それにこれくらいのことで負けちゃ〜居られない。この間の大相撲でも、膝に大きなサポーターを着けて相撲を取っていた。だから私の膝痛くらいはものの数ではない。痛むと言ってもたかが知れている。

投稿者 zuiryo : 04:42 | コメント (0)

2018年04月01日

4月15日入制

15日から愈々雨安居(うあんご)入制、今日からはそのための予備機関に入り、小接心が始まった。明日は尼僧堂の開講、4日がうちの開講と、ボチボチエンジンが掛かってきた。何をするにも準備体操が必要なように、修行もいきなりでは駄目で、いまから雰囲気を作って行く。その一方で、世間的には新年度の始まりの時期でもあり、会社の新入社員の坐禅会やら、お寺の奥さん方の会が催されたりと、その度に何か話を頼まれ、更に忙しくなる。本音を言えば、勘弁してよと言いたいところだが、僧堂もいろいろとお世話になるので、できるだけ要望に応えていかなければならない。と言うことで一年の内でも一番忙しい時期となる。まあ、話をするのが苦にならない人ならいいが、私は大の苦手だから、気が重いったらありゃ〜しない。

投稿者 zuiryo : 19:49 | コメント (0)