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2017年12月28日

素足に板の間

昨日も雪が降り、朝の気温はちょうど零度、身を切るような冷めたさが身に凍みる。私は横着して、そぞろ小寒くなる秋ごろから早くも足袋を履いているが、雲水は凍るような時期になっても素足である。嘗て雲水修行中、脳天に突き抜けるような冷たさは嫌!というほど味わった。だからそういう姿を見ているだけで、こっちまで心が凍る。人間足が温かくなると体全体も温かくなる。だから窓を開け放って寒風吹き抜ける禅堂の坐禅は、傍で見てるよりは寒くはない。それは足を組んで坐っているから意外と暖かいのだ。僧堂はやたら板の間が多い。だから氷の中に足を突っ込んだくらい冷たい。そういう姿を見ているとかって経験した雲水時代を思い出して、とても他人事とは思えない。は〜るよ来い!は〜やく来い!

投稿者 zuiryo : 09:46 | コメント (0)

2017年12月26日

クロのお歳暮

元野良のクロは大変心の優しい猫で、しかもまるで人間の心が全て分かっているような感じである。それは日常万般にわたってそうで、微妙な心の機微まで理解している。困ったこと、例えば元ノラのタマが自分の陣地を犯しているときなど、私の後にくっついて来て、「‥何とかしてよ〜!」と言う。「どれどれ、何だね?」と言いながら行くと、ああ〜そういうこと!となる。義理堅いことも人間以上で、ついこの間も、朝起きたら布団の枕元にネズミが1匹横たわっていた。これってクロからの「お歳暮?」である。年末にかけてあっちこっちからお歳暮が届くのを日々見ているうち、ぴ〜ん!と来たらしい。自分も何がしか日ごろのご厚情に感謝して、人間世界に倣ってお歳暮を・・・、と考えたに違いない。そこで昨夜頑張って見事ネズミを捕まえ、くわえて私の枕元にそっと置いたという訳である。どうです?この義理堅さ!下手な人間以上でしょ。不義理な人間はお世話になったことも忘れて、知らんぷりなんて言うのはいくらでもいるが、そんな奴よりもクロのほうがよっぽど人間的である。

投稿者 zuiryo : 14:20 | コメント (0)

2017年12月24日

年末大掃除

臘八、灯夜も無事終わり、一日休息日を入れ、今日から愈々年末大掃除に入る。例年のことながらこの時期は冷たい北風が吹き抜け、氷のようなバケツの水に手を突っ込む痛さはない。尤も現在は蛇口をひねれば湯はいくらでも出てくるのでこの苦痛はない。すす払いから始まって床や柱拭きは勿論のこと、あらゆるものを磨く。何でも徹底的に磨け!と言ったら、僧堂時代アホな殿司がいて、四派の尊像を雑巾でごしごし擦ってしまった奴がいた。顔半分ほどの時発見して止めさせた。しかし左半分は古めかしく、右半分が妙に白っぽくなって、困り果てたことがある。また法要の時香炉を乗せる台を踏み台にして柱拭きをやり、台がバラバラニなって壊れれたこともあった。こういう常識はずれが何人もいた。僧堂は一般の家庭から比べれば部屋数も多く、建物自体が大きいから、現在のように少人数になると、年末大掃除も何日もかかって大変である。良かったのは晩参(夜の参禅)がなくなることだった。これだけでも精神的負担は多少軽くなり、だから余計張り切ってやった。

投稿者 zuiryo : 10:06 | コメント (0)

2017年12月23日

灯夜

僧堂では臘八大接心は(朝は午前3時から深夜午前零時まで坐禅を組み続ける)、12月15日〜22日午前3時暁天喚鐘までの修行である。これが無事に終わって翌日の冬至の夜、今まで坐り続けていた禅堂で一転、終夜無礼講のどんちゃん騒ぎをする。私が僧堂で修行していたころ(臘八は1月15日〜22日早暁だった)は多い時、雲水も30人くらい居て、この灯夜のどんちゃん騒ぎも相当なものだった。現在では人少なので典座脇の畳部屋でやっている。ご馳走と言っても僧堂だから豆腐や厚揚げがんもどき、サトイモや大根などを大鍋に入れてくつくつ煮込んだのを各自お椀にとって食べる。一番のお目当ては隠寮からどさっと下りてくるお酒、これを持鉢でがぶがぶやる。平生ろくなものは食っていないから、これでも大盤振る舞いとなる。無制限飲み食いして高吟放歌もOK、こんな解放感は他にない。昨日までの猛烈修行と今夜の大盤振る舞い、この差の激しいったらない。これが僧堂である。

投稿者 zuiryo : 10:30 | コメント (0)

2017年12月21日

クロとタマ

ともに野良猫である。クロはもう十年以上も前から隠寮の縁の下に住み着いて、主にどこかで食料は調達し、たまに栄養補給につくばいに水浴びに来る小鳥を狙って捉え食っていた。タマは1年くらい前、どこからかやって来たやせこけた白黒まだら模様の猫。当時は愛犬ハチを飼っていたので、この二匹は犬の敵、吠えまくっていた。ところが犬が死んでしょぼんとしていた心のスキを突くようにまずクロがすり寄ってきた。思わず頭を撫でてやると、ニャ〜ゴ!と、なかなか可愛らしいのだ。以後すっかり飼い猫になった。あそこのお寺は野良を可愛がるらしいという情報がノラ猫界に伝わると、次々新しいノラがやって来た。こりゃ困ったことになったもんだ!しかし先着順なのか、新人はいじめられてやがて去って行った。現在はしぶとくクロとタマが残ったという次第。だんだん寒くなってきたので、猫用の布で出来た小屋を買ってやった。喜んで丸くなって寝ている。

投稿者 zuiryo : 15:17 | コメント (0)

2017年12月20日

ドウダン(満天星)

隠寮の庭はモミジとドウダンが主に植えてある。11月頃になるとまずドウダンが紅葉し、次に後を追うようにモミジが紅葉する。まずドウダンの葉が落ちて12月も中旬になるとモミジもほとんど葉が落ちて、庭は落ち葉で一杯になる。臘八大接心が22日明け方終わって一休みしてから、正月前の庭掃きが始まる。中でも隠寮庭のモミジ掃きが大変で、チリチリになった枯葉が箒にくっついて、掃いても掃いても綺麗にならない。という訳で毎年のことながら、憂鬱になる。紅葉は愛で楽しんで眺めているうちは良いが、後始末が誠に厄介である。それも本堂の前あたりで、多くの方々に喜んでもらえるなら又掃除のし甲斐もあるが、美しい期間中眺めて楽しむのは殆ど私一人である。贅沢と言えば言えなくもないが、厄介な木を植えたもんだな〜とため息が出る。さて今年は大異変で、ドウダン次にモミジという散り順が、何とモミジは散っても、いまだにドウダンはしぶとく紅葉を続けている。「早く散れ〜!」と叫びたいが、そんなことをしても仕方がない。美しいな〜!と言ってた満天星も、未練がましくいつまで枝にしがみついてんだよ〜!と恨んでいる。

投稿者 zuiryo : 15:28 | コメント (0)

2017年12月18日

腰痛持ち

日本人の半数は腰痛持ちだそうで、私もこれには長年苦しんできた。三十数年前、鎌倉からこの岐阜にやってきて間もなく、突如として激しい腰痛に悩まされた。ついには左足が動かなくなり、大きな病院へ行ったら強制的に即入院させられて困ったことがあった。退院以降も度々悩まされ、あそこが良い此処が良いというところは片っ端から渡り歩いた。しかし決定的な効果はなく思案に暮れたのだが、ある日檀家のおじいさんから中国針の先生を紹介され、何と劇的に治った。しかし一応良くなっても時折出かけては治療を続けている。昨日雲水の一人が腰痛の余りの痛さにダウンした。そこで早速この中国針の先生の所へ連れて行って第1回目の治療を施してもらった。一発で治るというわけにはいかないので、しばらくは通わせようと思っている。

投稿者 zuiryo : 15:40 | コメント (0)

2017年12月17日

初雪

8時から講座を始めるとき、ぼたん雪がしきりに舞った。多分この雪が今年初めてのもの、底冷えはずっと続いていたが、矢張り雪が舞うと一層冷たさを実感する。しかし間もなく止み、その後はお日さんが照って、少し北風も吹き、開け放った禅堂は身を切るような冷たさである。臘八の寒い思い出は数々あり、まあこの程度は並みである。矢張り一番は午前3時一斉に窓を開け放った時である。脳みそまで凍るような気がする。人間は元来怠け者で、一端緩めると際限なく緩くなる。環境が厳しい時ほどさらに厳しくするのが一番いいことなのである。何事も「徹底」の一語に尽きる。

投稿者 zuiryo : 15:07 | コメント (0)

2017年12月14日

耳鼻咽喉科

約3年前に無呼吸症であることが分かって、爾来寝るときは必ず強制的に呼吸を送る機械を装着しなければならなくなった。それを装着しないと、寝てる間になんと最大で1分半くらい呼吸が止まったままになる。それでも人間は死なないのだそうだが、矢張り良くないのだ。その機械は保険適用のため、毎月耳鼻咽喉科の医院へ出かけて診察を受けなければならない。その医院は大変込み合うところで、今日も約2時間かかってしまった。とてもじゃないが、やってられない!と言いたいところだが、それは通用しない。これをいつまで続けなければならないか気になるところだが、回復状況を調べるために1年ほど前一泊入院して、体中にセンサーをくっつけた。しかしその結果は落第!依然として呼吸が止まってしまう状況は治っていない。ガックリきた。回復の一番の条件は痩せること。喉首がほっそりすると空気の通りが良くなるそうだ。しかし私の体重はむしろ増えて、喉周りにもたっぷりお肉がついて、コロコロ状態、一生死ぬまで睡眠中は人工呼吸器を装着して生き続けることになるらしい。目の前真っ暗!

投稿者 zuiryo : 14:16 | コメント (0)

2017年12月13日

臘八(ろうはつ)

例年のことながらお歳暮の御礼や干支の色紙の発送、たよりの郵送、明日から臘八大接心の諸支度、歳末問候等々慌ただしい日々である。このように作業が錯綜してくると老化による頭脳の衰えで、色々なことがこんがらがって、二重に送ったりして、更に手間は増すばかりである。本当に嫌になっちゃう!しかしこれらは例年の事柄で、避けては通れない。僧堂の本番は明後日15日から21日未明までの臘八大接心である。雑用は明日中にかたづけて、すっきりした気分で迎えたい。だいたい世の中の事柄は忙しい時に限ってさらに忙しくなるものだ。越すに越されず越されずに越すという世間の師走から比べれば、我々のは自分の修行のための忙しさなのだから、贅沢なものである。臘八はともかく気力が一番!頑張って良い接了を迎えたいものである。

投稿者 zuiryo : 20:15 | コメント (0)

2017年12月12日

本山開山忌

今日は恒例の本山妙心寺の開山忌で早朝午前6時50分の電車に乗って京都へ出かけた。今朝は一段と冷え込み、手がちぎれるような寒さであった。午前9時には到着してしばし火鉢に手をかざし休憩、9時半ころから専属の法衣店の主人に道具衣を着けてもらう。これを纏うと体全体がロボットのようになって、つっぱらかってしまう。10時から約2時間寒風吹き抜けるお堂で法要、この時のお経は独特の節をつけて読むので、我々は決して唱えてはいけない。無言の行で、しずしずと堂内を歩くだけ。お経を読めないというのが意外とプレッシャーになって、非常にストレスがたまる。終わって道具衣をすべて脱ぎ、普段着になって昼食。この献立が誠に質素で、厚揚げ・ひじき・何かもう1品、これでおしまい。これが代々伝わる伝統的昼食である。帰りの道中、隠侍と話したのだが、どうもうちの場合などの出斎では、ごちそうが過ぎる。世俗の風に染まってやたら品数多く、まるで精進料理屋にでも行ったようなありさまである。そこで、これからは伝統的な本山の風習に従って、質素にやろうと話し合って帰ってきた。

投稿者 zuiryo : 16:46 | コメント (0)

2017年12月08日

師走

12月にはいったら、あっという間にもう8日になった。一般的には1日から今朝午前3時まで蝋八大接心である。不眠不休の坐禅修行もようやく終わって、今頃は開浴も済ませ骨休め、ほっと一息ついていることだろう。うちでは15日から22日未明までが蝋八だから、これからである。今はウオーミングアップの期間。何事もやるときは徹底することが肝心で、もうダメだ!というところを突き抜けると、また新たな力が湧いてくる。とうことで、闘牛場の牛がいざ突進というとき、鼻息荒く前足で土を蹴っているような気分である。私はこれを55年も続けているので、慣れたものだと言えば言えなくもないが、しかし何年やっても緊張する。無事に終わって一休みして、新年の諸支度にかかる。この手順を踏んでゆかないと、新しい年を迎える気分にならないものだ。このところ急に朝晩冷え込むようになってきたので、良い蝋八が迎えられると喜んでいる。世間でも目下年末の大売り出し中で、これをうまく乗り切れるかどうかで、来年が決まる。私の両親は小さな洋品店を営んでいたので、この時期になるといつも父や母の苦労を思い出す。だから少々寒いのつらいのなんぞと言ってられない。

投稿者 zuiryo : 13:47 | コメント (0)