« 医者嫌い | メイン | 満つれば欠く »

2009年09月22日

19年目の滝行

今年も恒例の御岳山中、新滝へ滝行に出掛けた。東京のいつもの仲間5人、午後3時に集合、早速第1回目の滝に入った。今年は例年になく冷え込み厳しく、滝の粒子は粗く、衝撃も強かった。日中これでは明朝、2回目の冷たさが心配になるほど。さて翌朝の気温は6度、暖房はないのでしょうかと他の客が尋ねるほどの寒さである。衣類は完全に冬支度、かくなる上はもう根性で入るより仕方がない。先ず私が先鋒役を買って出た。予想通り、水というより小砂利が降り注ぐ感じで、ゴツゴツと頭蓋骨に衝撃が響いてきて、指の先がしびれてくる。しかし1分もすると不思議に小砂利は生温かな牛乳が、柔らかに全身を包むようになる。よく人はどのくらい入っているのですかと尋ね、「まっ、長くて10分、その時々で7,8分と言うこともあります。」と言うと、「な~んだそんなものか。」と言う顔をするが、滝は入り方と出方が難しい。これでその人がどのくらいの年月、滝を浴びていたかが解る。最初数年は長時間頑張るのが勝ちのように錯覚して、ライバル意識を起こして、無闇やたらに長時間入ったが、これなどは未熟故の誤りである。気持ち良く入り気持ちよく出る、滝行はこれに尽きる。兎も角大満足で今年も帰ってきた。来年は20年、平成3年5月8日から始まったこの滝行も、これを区切りに引退しようと思っている。石の上にも20年、頭を強烈に打ち付ける行だから、そろそろ年齢のことも考えなければと言う思いから、そう決めたのである。仲間が卒業を祝って呉れることになっている。有り難いことである。

投稿者 zuiryo : 2009年09月22日 08:59

コメント

冠省
19年目の滝行、お疲れ様でございました。来年は20回目との由、誠におめでとうございます。謹んでお祝い申し上げます。

小納在錫中に三応寮におりました時に一度きりで非常に残念ではありましたが、隠侍役を仰せつかわり、滝行に参加させていただいた事を記憶に新しく残っております。

S会のN会長様もいまだ参加されておられるのでしょうか?N会長様から聞いた「酒は飲め呑め、男と呑め…」という言葉と意味、時々想いだし、そういえば…と念いおこします。

滝行は身を清める目的…、いや心を浄めるための修行なのでしょうか?初めての滝の凄まじさに少々ビビッて、おしっこチビリそうな感じでしたが、一度滝に入って、打たれだすと、病み付きになるような快感がありました。ですので一人単独の滝行は危険なので、絶対よい子は真似しないでネ…との事。…なるほど。。。です。

滝行の後のおそばの美味しいこと!信州といえば!まず信州蕎麦です!
スルスル ズルズル と普段の五倍は入っていくので自分でも、ビックリこきまろのすけたろうです!
老大師の提唱?で、こんな川柳?を聴いたのを念いだします。

「ものもたぬ、たもとは軽し、夕涼み」

この時は物質的なたもとの意味と考えていましたが、最近になって、心の在り方にそのまま通じているのだと気付かされました。

たもとに、とどのつまり、心に余計なものをひっかけず、空っぽで かくねんむしょう としていること。禅僧として いつでもどこでも何をしててもスカッとしてること。

滝行はそんな積もり積もった煩悩の埃を払い、洗い清めてくれるものなのでしょうか???

敬白

玄信 九拝

投稿者 玄信 九拝 : 2009年09月22日 23:43