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2009年08月31日

水素豊満水

健康に大変気を使う方が居る。かく言う私もご多分に漏れず万事に健康志向で、以前にも申し上げた通り、人間ドッグは1年に2回も受けるし、その間にもお医者さんにはちょくちょく行く。だから人は私のことを検査狂と言う。ところでこう言う私なんぞ足元にも及ばないという上手が居る。このたびその方のご推薦で水素水を毎日呑んでいるという次第である。これは直径1センチ長さ15センチほどの真っ白な棒で、これをペットボトルに入れて、その水を飲むと、もりもり健康になると言うのだ。先日も夏休みに親戚の子供がやって来て、「おじさんこれな〜に?」と言うから、「これはだな〜、水素水と言って、この棒からぶくぶく水素の泡が出て、これを呑むと健康になるんだ!」と自慢げに言ったら、「それならこの棒を囓った方が良いんじゃない。」とぬかした。その後もりもり健康になったかというと、必ずしもそうではないのだ。このところ夏負けなのか、身体から力が抜けたような感じだし、不整脈もちょくちょくある。さすがの私も、やや懐疑的になってはいるが、こういう類のものは、ちょっとやそっとで効果が現れるものではない。じゅっくり腰を据えて、続けようと思っている。兎も角悪いことはないだろう。さて今日もお医者さんへ行ってきた。過日の人間ドックで2カ所クレームが出て、再検査の必要有りと言うこと。そこでホームドクターの先生に再検査して貰い、その報告書をドッグの医者へ郵送して貰うのである。お陰で結果は心配なしで、ほっと安堵の胸を撫で下ろした。これだけ身体に気を使って、ある日ころっと逝ったら、さぞ物笑いの種になるだろうな〜と、本人の私も充分自覚している。知人で、一切医者に掛からないという主義の方が居る。死ぬときはそれまでだと思って、自然体で逝くのですと仰る。私もこういう心境の方の爪の垢でも煎じて飲みたいな〜と思っている。

投稿者 zuiryo : 21:53 | コメント (3)

2009年08月30日

長良川鵜飼い

岐阜長良川と言えば鵜飼いで有名、岐阜市が唯一誇るメジャーな観光である。一般的には高山や白川郷合掌集落が広く世に知られ、高山は岐阜ですか?などと言われて、岐阜人はガクッ!と来る。高山も白川郷も岐阜県の外れで、むしろ富山県や福井県に近いところから、こう言われてしまうのかも知れないが、どちらも岐阜が誇る観光地である。さて今夜は10数年振りに鵜飼い見物となった。友人が接待のため船を出すので、私もお相伴にあずかったというわけ。ところでこの長良川鵜飼い、近年見物客は減少傾向で、いろいろ工夫してみるものの、一向に増加しない。鵜飼いのためにはいろいろと維持費がかかるようで、市営のため税金から補助金が支出され、ためにいつも議論喧しである。しかしこの鵜飼い遊びは、よく考えてみると、元来広く一般庶民が楽しむためのものではなく、所謂旦那衆と呼ばれるような人達が、芸妓を挙げて優雅に川遊びをしたもので、だから見物客の人数の多寡を云々するようなものではないのだ。ましてや修学旅行の生徒達まで勧誘して、多ければそれで良しというのは、根本的に間違っている、と言う人がいた。な〜るほど、そう言う見方もあるのかも知れない。これも市営になり、税金が幾ら投入されているから、儲かったの損したのとなる。まっ、どだい社会のシステムが昔と違ってきたから、旦那衆遊びそのものが世の中から消えて無くなった。先日も料亭の女将が言うには、座敷に芸妓を呼んでも、踊りや長唄、小唄、常磐津などを楽しむことを全然知らない客ばかり。ただお酌をさせて、世間話のお相手をしてくれればそれで良しなのだから、結果若い子ばかりが売れて、年季を積み芸を磨いてきたベテランの芸妓はさっぱりお呼びが掛からなくなると、嘆いていた。これなども鵜飼い見物と一緒で、時代と共に人間の質が変化し、こういう優雅な遊びそのものが、受け入れられる素地を失ってきたと言うことなのだろう。他人事ではない、我々修行の世界も同様で、10年も20年もバカになって、地道な修行を続ける者など、殆ど居なくなった。手っ取り早く目先のことに目が行き、お経を上手に読めて、ぺらぺらお喋りが出来ればそれで良しである。世間の価値がそうなってくると師家の側も迎合して、一緒になってそれを喜んでいる。全く世も末である。

投稿者 zuiryo : 08:47 | コメント (0)

2009年08月29日

土塀

選挙運動の真っ只中だが、昔は政治家が一人その家から出ると、残るのは井戸と塀だけで、後はスッカラカンになると言われた。だから政治家のことを別称、井戸塀と言った。現在はそんな殊勝な政治家は一人も居ない。むしろ反対に大いに財産を築いて、○○御殿などと称されるほど、立派な屋敷を構えて、いわば政治が金になる職業になったわけである。ところで塀の話を持ち出したのは、そんなことを申し上げるためではなく、最近山内の寺の土塀が崩れて、現在新築中なのである。この塀は相当古く、塀の芯まで土で固めた作りになっている。長い年月を経る内についに寿命が来たのと、今年の長梅雨の影響をもろに受けて、突如として崩れだした。専門家に見せると、根本的に作り替えなければ駄目だと言うことで、新築を決意したというわけである。今度は土台部分と芯はコンクリート製にして、下部は石で覆い、上部は漆喰を塗って仕上げる方法だそうだ。うちの寺の土塀も伽藍再建の折り、そのような新しい作りにしたが、今回も同様である。ところでこの費用バカにならぬ。1メートル30万円掛かるという。合計40メートルだそうだから、締めて1200万円の出費である。小さな家なら一軒建つほどの費用が居るわけで、寺の維持管理も容易なことではない。知人が妙心寺山内に住職し、伽藍新築の折り、周囲の土塀も新たに作り替えることになった。しかし余りにも費用が高く付くので目が飛び出したと言っていた。本山の場合は景観を整えると言うこともあり、伝統的な形を踏襲した塀でなければならないのだそうで、塔頭寺院も楽じゃないな〜と思った。塀は元々は防犯上の意味だと思うが、やがて寺院の景観を整え雰囲気を醸し出す重要な役割になり、塀でその寺の格式まで察せられるほどにまでなった。これはいわば身に纏う着物のようなもので、中身に相応しい着物を着てこそ、一層その人間も引き立つというわけである。しかしこの着物代、結構な費用が掛かるものである。

投稿者 zuiryo : 10:01 | コメント (0)

2009年08月28日

百年に一度

昨年来の世界的大不況は百年に一度と言われ,特に製造業では顕著で、あっという間に仕事量が半分になったり、無慈悲なほどのコストダウンを迫られたりと、青息吐息だそうである。今日も大型機械を作っているある会社の会長さんがお見えになり、この夏、百日間は無茶苦茶で、どうなることかと心配したが、漸く治まりほっと一息つきましたと仰った。第一線で陣頭指揮を執って居られる方々には、誠に厳しい日々だったと想像される。漸く一段落付いたので老師の顔を拝見に来ましたと、にこやかな顔つきで言われた。平生から必ずしも体調充分ではない方なので、精神的にも肉体的にも余程堪えたに違いないと察せられた。何百人もの従業員とその家族の生活を背負うと言うことは並大抵なことではあるまい。そう言う方がうちの様な禅寺を訪ね、僅かでも心癒されるのであるなら、これに過ぎる喜びはない。関ヶ原への会社訪問と会食を約束して帰られた。戦後史を研究している小説家が、これから日本が歩むべき道は何かと問われ、それは「和」の精神だと言った。弱肉強食は世の常、負け組になりたくなかったら努力することだと、一言のもとに片付ける様な考え方は、日本人の伝統的精神には馴染まない。天地自然と相談しながら果を得て行く農耕民族は、皆が共に良くなっていかなければ自分の幸せもないのだ。和を以て尊しとなすである。こういう経営理念を以ている経営者がまだ日本には残っている。競争のないところに成長はないと言うのも確かに一面あるが、自分だけ良ければ人はどうなってもかまわないということになると、ぎすぎすしてくる。人間だけではなく、万物悉く全ての物に心通わせ、決して私と別の存在ではないと見て行くのが、日本人である。アメリカ的生き方を今一度この機会に見直してみる。百年に一度を、そう受け止めたなら、また新たなものの考え方が生まれてくるのではないかと思う。

投稿者 zuiryo : 17:23 | コメント (0)

2009年08月27日

母の針跡

このところ急に朝晩涼しくなってきたので、掛け布団を少し厚めの物に変えた。季節の変わり目は肌着にしても布団にしても調節がなかなか難しい。がさごそ押入をひっくり返していたら、下の方から何年も日の目を見なかったこの季節ぴったりの掛け布団が出てきた。内側を白い布で一針一針縫ったもので、それが長い年月埋もれていたため黄ばんで、このままでは使用不能、早速糸をハサミで切って剥がした。これは十数年前、母がまだ元気だった頃に、私のために縫って置いてくれたものだった。実に丁寧な仕事で、パチンパチンと糸を切りながら、母の手の跡を忍び、涙が出るほど懐かしく、思わず手が止まってしまった。今時ならこんな面倒なことをする人は居ない。布団カバーを買ってきて、ひょいっと被せればそれでお仕舞い、何のことはない。当時でもその類のカバーは売っていたに違いない。明治生まれの母は万事質素倹約を旨とし、縫い込んだ白布も本来は別の用途に使われていたものを、再利用したものである。今となってはこれを洗濯し、再び一針一針縫う根気は私にはないので、感謝しながらも新しいカバーで間に合わせてしまったが、母のおもひは心に深く染みた。今は、日常生活の殆ど手を掛けず、食べ物もおやつも、衣服も何もかも、出来合いで済ましている。手製よりも旨くて綺麗かも知れないが、親の愛情は籠もっていない。そう考えて身の回りの物を見ると殆ど、大量生産品でちょっと古くなればどんどん新しく買い換えてきた物ばかりである。凡そ一つ一つの物に人の温もりなど何もない。たしかに機能的で、昔の物より遙かに上等だが、そう言う中に囲まれていると、こちらの心までぱさぱさになってくるような気がする。一口に親の愛情と言うが、母が亡くなってもう十数年も経ったのに、布団カバーひとつで、私の心をこれほどまで揺り動かすのだから、すごいものだな〜と、改めて感じた。

投稿者 zuiryo : 13:22 | コメント (0)

2009年08月26日

パソコントラブル

突如として原因不明のトラブルで4日間、パソコンが全く使えなくなってしまった。こういう便利な機械は順調なら文句はないが、一端トラブルを起こすと素人には手が付けられない。今日漸く専門家に来て貰いあっという間に直った。餅は餅屋と言うが、全くその通りだ。ところでこのところ急に秋風が吹き、早朝など涼しすぎるくらいで、掛け布団も少し厚めの物に急遽変えた。今年の夏はお盆頃にちょっとらしい暑さになったが、瞬く間に秋になった。岐阜の殺人的酷暑に遭わず、こんな結構なことはないのだが、勝手なもので、凄まじいばかりの暑さが却って妙に恋しくなる。昨日は恒例の地蔵盆、一週間前から総門前にその旨知らせる大きな看板を立てかけておいたが、午後四時になって集まって来たのは数人という寂しさである。どだい集めようにも子供が居ないのだ。お地蔵さんの前でちょっとお経を上げ、お詣りをして貰い、お菓子詰め合わせを一袋ずつ差し上げるのだ
が、用意した菓子の大半は余ってしまった。以前は20数人ぐらいはやって来て、境内も少し賑やかになって、地蔵盆の雰囲気になったが、これではさっぱりである。少子化と言うが当に実感した。お菓子を貰うことが、そんなに魅力的ではなくなったと言うこともあるのかも知れない。また暑い午後、お地蔵さんにお詣りするより、クーラーの効いた部屋でゲームをやってる方が良いから、来ないのかも知れない。いずれにしてもこの調子では来年からはどうしようかと思案中である。数日前より開山忌に向け境内植え込みの剪定が始まった。今年から新しい業者になった。ずっとお願いしていたところは老齢化で、広いお寺を何日も続けて作業することが出来なくなったのである。確かに炎天下高い木の上での作業は楽な仕事ではない。若い人が入ってきても直ぐに止めてしまう。年々年寄りばかりになって、お願いするこちらも気が引けるようだったが、これでその問題は少し解消された。

投稿者 zuiryo : 15:07 | コメント (0)

2009年08月22日

百円ショップ

日本に来る外国人の人気ナンバーワンは百円ショップだと聞いたことがある。知人で写経を始めた人が居るが、この方も用紙は百円ショップで買ってきたと言っていた。兎も角何でも有りで、然も品数の多さ広範囲なのも驚きである。さて、今朝もいつものように薄暗がりの内から愛犬ハチの散歩に出掛けた。昨夜来の雨も一応上がっていたので、まっ、良いかと、傘を持たずに出掛けた。10分も歩かないうちに早やぽつりぽつりと降ってきた。しまった!と思ったときは既に遅し、今さら引き返すわけにもゆかず、さらに歩き続けると、猛烈な雨となった。丁度アーケード街だったので、取り敢えずは凌いだが、これから先を考えるとどこかで傘を買わなければならない。目の前に百円ショップがあったので早速金百円也の小さな傘を買った。もうこれ以上小さくできないと言うくらい小さい。しかしこれしかないのだから、その傘を差していつものコースを歩き出すと、百円でも一応傘の格好はしているし、無いよりは余程増しで、兎も角濡れずに帰ってくることが出来た。百円ショップの輸入元は殆ど中国製だそうだが、それにしてもよくぞこの値段でこんな物まで出来ると感心させられる。傘が缶コーヒーより安いのだから驚きだ。兎も角百円ショップのお陰で大して濡れずに済んだのだから、感謝感謝である。しかしこの便利さも弊害があって、例えばこの傘、直ぐに壊れて使い物にならなくなり、安易に捨てられ、ゴミの山となる。これは環境のために良くないわけで、最終処理までトータルで考えると、決して安くはない。百円で買って便利に使って壊れて捨てた。そこから先の費用は、結局税金が使われるのだから我々と言うことになる。そう考えてくるとこの百円、本当は何百円になっているのではないかと思い、嬉しさも半減した。

投稿者 zuiryo : 10:13 | コメント (0)

2009年08月20日

ご縁

以前、天衣寺尼僧堂で定期的に開催されている女性禅學林に参加された島根県のお寺の奥さんから、わざわざご丁寧なご挨拶を頂いた。この寺は瑞龍僧堂の私より四代前の浜村精道老師の出られたお寺の方だった。そこで初めて精道老師のお寺とご縁が復活し、以後、瑞龍寺からのたよりなどをお送りしてお付き合いを続けている。さて、今日また一人、当山とご縁のある方が訪ねてこられた。この方は隣町のM寺の住職の子供として生まれたのだが、父親である住職が若くして亡くなられたため、種々の事情から母親と共に寺を出て、お母さんの実家に身を寄せたと言う。母親は有名な天竜寺の嘗て管長をされた方の妹さんだそうだ。爾来、母親は働きながら子供を立派に育てられ、今も78歳でご健在だそうだ。今日訪ねてこられた方は、お見受けしたところ40少し過ぎくらいの方で、京都の某大学で働いておられ、時折父親の眠るM寺へお墓詣りに来るそうだ。いつもは墓参りを済ませ直ぐ帰っていたのだが、父親が嘗て修行した瑞龍寺を一度是非お詣りしたいと、Eメールでお便りを寄せられ、今回の来寺となつたのである。母親を通じていつも瑞龍僧堂での話を聞かされたそうで、それは決して苦しい修行の話しではなく、楽しい話題ばかりだったという。父親がそんなに思い出深い道場とは一体どんなところなのか、一度是非見てみたいというのが今回訪ねてこられた理由であった。雲水に本堂・禅堂・参禅室など、くまなく案内させてからお目に掛かると、実に嬉しそうに、満面笑みを浮かべていた。父親が修行していた頃から既に半世紀を過ぎ、近年の伽藍復興で当時の面影をしのぶ物はほとんど無くなってしまったが、唯一、戦災に会わず残った参禅室に特別な思いが去来したと言う。この方といろいろ話しをしながら、人の思いの深さは何十年経っても決して失われるものではなく、世代を越えて受け継がれるのだと、改めて感じた。

投稿者 zuiryo : 13:16 | コメント (0)

2009年08月19日

因縁の集まり

盆暮れに会下や信者さん達からご丁重な品々を頂く。有り難いことで、いつまでも心に掛けて頂き、恐縮している。頂き物は私も食べるが、大半は雲水達の茶礼用に使わせて頂いているので、丁度ひな鳥が口開けて餌を待っているようなもので、幾らでも入って行く。で、私も雲水も共に喜んでいるというわけである。そこで色紙を添えてお礼状を出すのだが、毎年同じ方から頂くので、差し上げる色紙もその都度重ならないように工夫する。しかしこれも毎年のこととなると、結構大変で、いつも頭を悩ますのである。今年のお中元の色紙はどうしようか考えていたら、居室の掃除中にぽろっとメモ書きが落っこちてきた。「身も心も因縁の集まり故、常に移り変わり実体はない。願わないのに病み、望まないのに老い、欲しないのに悪を思う。一つとして自分の思うようにはならぬ。」出典はどこか全く解らないし、大体いつこれを書いたのかさえ記憶にない。しかし繰り返し読んでみるとなかなか良い文句だ。そこで今年の礼状の色紙はこれに決めた。ところが字数が多いので、旨く色紙の中に収まらず、苦心惨憺、何とか書き終えた。差し上げた何人かの方から、いろいろ反応があった。中には老師様に警策でおもっきり叩かれたような気がしましたとか、いろいろ悩んでいたところで、清めの一声でしたとか、思わぬ反響に、書いたこちらが驚かされた。

投稿者 zuiryo : 16:38 | コメント (0)

2009年08月18日

のんびり

忙しかったお盆も無事終わり、雲水も私もこのところぐっとのんびりムードになった。勿論、だからと言ってぶらぶらしているわけではないが、まっ、気分の問題。それに合わせるようにこのところ連日35度、作務も途中で何回も冷やした麦茶で水分補給しながら、休み休みやっている。今日は、ぜに苔退治に、生酢を刷毛にたっぷり付けてぺたぺた塗った。暫くすると真っ茶色になって見事に枯れる。それは良いのだが、酢の腐ったような異様な匂いが辺り一面に充満し、開け放った窓からそよ風と共に漂って、まあ臭いの何のって堪らない。このところ腰痛がぶり返し、毎日部屋で閑かにしている。仕方がないから溜まった本を片っ端から読破している。しかしこれも終日となると、足腰が痛み出し、坐ったり椅子に腰掛けたりと、部屋中を移動しながら読んでいる。テレビもラジオも選挙のことばかりで、まっ、これも大切なことではあるが、いささかうんざりである。毎度ハチのことで恐縮だが、例年通り夏になると、また吹き出物が前足と鼻に出来た。早速医者に診せ、抗生物質と消炎剤を貰って、朝晩呑ませている。だいぶ良くなったようで、余り痒がらなくなった。私が側に行くと足元にごろり横になり、背中を掻いてと言う。そこであっちこっち掻いてやると一番痒いところでは、口を歌舞伎役者が見得を切るように口をへの字に曲げ、目を細めて、「気持ち良〜い!」と言う。こういう時が私の休憩時間なのである。

投稿者 zuiryo : 20:42 | コメント (0)

2009年08月17日

絵本

お盆中に雲水が信者さんへ棚経に行き、私へと絵本を頂いてきた。「奇跡の樹ーよみがえった大フジのおはなしー」。これは実話を元に描かれたもので、フジの巨木を大移動し、見事復活した物語である。美しい絵と美しい文章に心打たれた。以前にもある人から、絵本を頂いたことがあり、この時も感銘を受けた。大人の気取った文章などより、余程ダイレクトに心に染み入る。丁度小学3年生ぐらいまでの子供の描いた絵に、純で計らいのない良さを感ずるのに似ている。しかしこの本の絵も文章も、書いて居られるのは立派な大人である。何事でも言えることだが、どこかで肩書や地位などと言う厄介な荷物を背負っていると、文章の端々に、ちらちらと嫌みなところが透けて見え、うんざりさせられる。その点、この絵も文章も、共に作者の一切の計らいを捨てきって書かれているところが、一層共感を呼ぶのである。絵本は何も子供だけが読むためのものではない。大人も子供も一緒に楽しめるのである。以前、井上有一と言う書家のことがテレビで放映されたことがある。この人は専ら「貧」という字を書き続けた。この字の迫力のあること、ある高名な日本画家が、絶賛しておられた。書という形を越えて、書家の全人格が伝わってくる。究極のところは単純で明快で一陣の涼風が吹き抜け、しかも実に深みがあるのだ。

投稿者 zuiryo : 19:43 | コメント (0)

2009年08月16日

梅雨明け

今年の梅雨の長かったこと、お盆頃になって本格的に梅雨が明け、途端に熱い。日中は殆どパンツ1枚生活だが、それでも汗が滴り落ちる。先般も書いた通り、私はただでさえ水っぽい男だから、体中からわき出てくる。そこで洗濯物も俄然増えるが、カンカン照りの毎日だからあっという間に乾く。しかし良いことばかりでもなく、今朝も参禅を聞くため単布団に坐った途端びりびりという異様な音、見れば白衣の2カ所が破れ、また把針となった。汗で着物がまとわりつき、無理に引っ張るからこうなるのである。朝課中も同様で、足回りが汗で着物がくっつき、拝をする度にあっちこっち破れてくる。だから酷暑の時期は把針の日々でもあるのだ。さて、8月はお盆で多少忙しくもあるが、全体的には1年の内で一番ほっと出来る期間である。雲水も入れ替わり立ち替わり暫暇して、何となくのんびりムードとなる。このところ連日好天続きなので、梅干し乾しと紫蘇乾しをしている。固まった紫蘇の葉の団子を出来るだけ広げて日に当て、からからに乾かし、すり鉢ですって、粥座の振り掛けにする。これが実に旨い。8月1日の岐阜新聞花火大会が雨で延び、今日開催となった。そこで用事は午前中に済ませ、午後は市内の道路はどこも車で身動き成らんようになるので、じっと居室で読書。とまあ、特別ニュースもないので、こんな日常を書いた次第である。

投稿者 zuiryo : 11:10 | コメント (0)

2009年08月12日

この間自転車の鍵を壊してしまった。市内では自転車の鍵は2種類要る。タイヤを固定する従来のものと、もう一つ自転車本体を動かない物に固定するワイヤーの鍵である。市役所に用事で出掛けた折り、間違ってワイヤーのをタイヤ固定の鍵穴に無理矢理差し込み、力ずくで回したらぼきっと折れてしまった。どうしてこういうときに限ってやたら力が出るのか自分でも解らないのだが、兎も角ワイヤー鍵は使い物にならなくなってしまった。そこで鍵屋へ出掛けて新たに作ってもらった。これが実に簡単で、見てる間にスペアーが出来上がった。金500円也、商売にもいろいろあるが、鍵屋さんくらい地味な商売はないのではないかと思った。作ってもらってる間に飾ってある商品をじっと眺めていたが、種類は沢山あって、興味をそそられた。しかし普通鍵は一生もので、そうやたら作り替えることはない。してみると、余り儲からない商売だな〜と思った。ところがスペアーを作ってくれた鍵屋の奥さん、やたら朗らかで明るい性格、たった500円也の少額の客にもめげず、爽やかな気分にさせてくれた。ところで10年ほど前、あるところで、新橋の有名な鍵屋の息子と一緒になった。彼の店は業界で有名だそうで、鍵屋の老舗中の老舗、知らない人はないという程の店だと言う。その後母上にもお目に掛かったが、大変立派な方で、商売が人柄を作るという言葉があるか知らないが、扱う物が鍵だけに、実に堅実な生き方をされており、さすがと思ったことがあった。

投稿者 zuiryo : 10:33 | コメント (0)

2009年08月11日

全身汗したたる

先日、凡そ5年ぶりに知人に会いに東京へ行ってきた。中国の方で、目下大学で研究員として学生達に教える立場なのだが、丁度西安から父親も来日していたので、同時にお目に掛かれるので、出掛けたというわけである。二人とも久しぶりに会ったのだが、元気で顔のつやも良く、多少娘さんの方は体型が丸くなったかな〜と言うところ、いずれにしても溌剌としていたので安堵した。まず、都内にある大学の施設を見学させて貰い、一息ついてから渋谷へ、「だまし絵展」を見に行った。これが意外と面白く、絵画としても充分鑑賞できるものだった。外へ出ると一転にわかにかき曇り、ぽつりぽつりと降り出したと思ったら、猛烈な雷鳴と共に激しい雨、ために電車まで一時止まると言うほど。予定を急遽変更して、四川飯店で夕食と言うことにした。こういうところは予約が原則らしいのだが、折良く席が空いていて直ぐに食事することが出来た。四川料理と言えば辛いのが特徴だが、この辛さなかなか奥行きの深い味で、紹興酒も実に美味しくて、腹がはち切れんばかりに頂いた。翌日は皇居の中を見学してきた。尚蔵館で今上陛下のお使いになった衣装や食器類、ご成婚当時の写真など、興味深いのだった。その後、広大な敷地内を散策、全体が公園のようになっており、余り人も居らず、本丸跡まで行った。それは良かったのだがどんより曇って猛烈な湿度、襦袢から着物、被布の上まで、まるでバケツで水を浴びたような汗、これには参った。その後もいろいろ案内してくれるようだったが、丁重にお断りして、帰路についた。途中下車して両親の墓参りを済ませ、夕方無事に帰った。新幹線車中はドドッと噴き出た汗がじっとり冷たく身体にまとわりつき、今度は冷房で寒くてしょうがない。備え付けの毛布を背中から被って何とか凌いだ。もう夏の外出はこりごりだ。半ズボンにTシャツ姿の若者を見ると、何とも羨ましい限りであった。

投稿者 zuiryo : 13:22 | コメント (0)

2009年08月07日

露の如く泡の如し

先日、知人の49日法要があった。生前は企業家として大活躍され、また、美術・音楽・芸術万般に渡って造詣が深く、また一方、運動大好き人間で、私とはいつもスポーツジムで顔を合わせていた。当日法要の前に、いつものスポーツジムへ出掛け、プールで一泳ぎしてきた。亡くなる2,3ケ月前、一時大変体調が良くなって、スポーツジムへも復活され、よくプールを歩いておられた。私が中央で泳ぎ、彼が周囲をぐるぐる歩いて、「なかなか力みの抜けた良い泳ぎ方だよ!」と褒めてくれた。その時のことを想い出すように、始めに中央で泳ぎ、それからプールの淵をぐるぐる歩いた。ふっと、目の前に知人の姿が幻のように浮かんだ。しかし次の瞬間、それは露の如く泡の如く消えて、後には何もなくなった。その時、金剛経の一節が頭をよぎった。『一切の有為法は夢、幻、泡、影の如く、露の如く、また雷の如し、まさにかくの如き観を作すべし』。ついこの間、私の目の前を歩いていた彼の姿はもうどこにも無い。人の命は実にはかなく、むなしいものだと、胸に迫るものがあった。人ごとではない、明日は我が身である。今日のように明日もあるなどと言う保証はどこにもないのだ。そう感じた瞬間、だから今日一日を後悔のないように、充実して生きなければ成らないと思った。毎日、今日一日だけなのだと思って、一種懸命生きよう。無念な思いで亡くなった知人の分まで、頑張って生を全うしなければならないと改めて胸に深く感じた。

投稿者 zuiryo : 08:56 | コメント (0)

2009年08月06日

ドック狂

小心者の私はちょっと頭がぐらっと来ても、すわ脳梗塞か?と思い、胃がシクシクとすると早や胃癌かと心配する。万事この調子だから、当然老いてくれば様々、若いときとは違ってあっちこっちガタが来るわけだから、一年中、心配の種は尽きないと言うことになる。事実私の周辺で、次々に癌に罹り倒れる。昨日も、ずっと親しくして頂いていた先輩和尚さんが、癌でいよいよ余命幾ばくもないという状態になり病院に見舞った。全く人ごとではない。そこで転ばぬ先の杖というか、人呼んで「ドック狂」となり、昨日今日と二日間のドック入りである。昨日胃カメラを呑んだので、今日は直腸の内視鏡、ために昨日から殆ど絶食状態、腹が減って腹が減って、めまいがするほど、こういう検査も体力がいる。しかし本当に癌で亡くなる人が多い。この原因は何んなのだろうか?ある人は、食べ物ではないかという。例えば、日常殆どの食材には保存剤・着色剤、等々の添加物が使われ、我々は知らないうちに合算すると相当な分量摂取している。これらが永年つもり積もって、身体に悪影響を及ぼしているのではないだろうか。今、スローライフ・スローフードが盛んに言われている。これは単に無農薬野菜を季節に採れるものを食材にして調理すると言うことで済む話しではない。そのためには我々の生活スタイルそのものを大変革しなければ駄目で、小手先で片付けられぬ。ましてやスローライフと言うことになれば、その人の人生観そのものを変えなければならぬわけで、いずれも簡単な事ではない。どちらかと言えば僧堂生活はスローライフ・スローフード的日々だが、これも結構修行が要る。

投稿者 zuiryo : 07:48 | コメント (0)

2009年08月01日

水の垂れるような…

別に長引く梅雨だから言うわけではない。昔からいい女のことを水の垂れるような・・・と言う。この言い方が男にも当てはまるのか知らないが、実に水の垂れるようなお話しをする。私は20年ぐらい前から、一晩寝ると猛烈に汗を掻く。これが尋常ではなく、凡そ3時間ほどでまず目が覚める。何故なら寝間着がぐっしょり汗で濡れて、首から胸にかけて冷たくなり目が覚めるのである。身体に合わせて予め大きめのバスタオルをシーツの上に牽いてあるのだが、それも人型が出来るほど汗でぐっしょり、さらに掛け布団も、上半身部分は汗でぐっしょり。だから必ず一度起きあがって先ず寝間着を替え、バスタオルを新しく引き直し、次に掛け布団は換えがないから足の方を頭にぐるり一回転させる。すると足の方に冷たい部分が来るので、がさごそやって冷たくないところを探す。これで完了となり再び寝る。この状況は一年中で、真冬でも同様なのである。以前行きつけの整体治療院の先生に相談したところ、水分不足かも知れないから寝る前にコップ一杯水を飲んで寝てみたらどうかと勧められやってみた。最初は劇的に直ったのだが暫くすると元の木阿弥、また汗がドドッと出て、同じ事の繰り返しになった。どこか身体が悪いのかも知れないからよく調べてみたらと言う人もいるが、身体の検査なら年二度もドックに入って最も詳しい検査をしている。結果はどこも悪くないのである。ずっと寝間着は二枚用意し、汗でぐっしょりの方は部屋に吊して乾かし、翌日にそれを使う。これを4,5日使って洗濯をするという方法でやって来たが、それは誠に不潔だというので、最近寝間着をドドッと貰ったり買い込んだりして、こまめに洗濯をして常に新しいのを着ることにした。兎も角この水も垂れるような男、何とか改善の方策は無いものか思案中である。人間の身体は7割近く水分だそうだが、びしょ濡れのタオルが布団被って寝てるようなものなのだから、浸透圧か知らないが、ジワジワ水っけが染み出してくるのか、それとも私の身体のどこかが破れてるのかな〜。

投稿者 zuiryo : 19:57 | コメント (0)