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2013年01月21日

夏末無事円成

今晩で夏末大接心もお陰で無事終わる。私にとっては31回目の夏末で、まっ、慣れたことではあるが、年齢もそれだけ増えてきたわけで、段々身に堪えるようになった。近年どういう訳か左首と肩が異常に凝る。それだけならまだしも、3日目くらいから偏頭痛に襲われ眉間の辺りが酷く痛む。痛み止めの錠剤を飲んでも一向効き目無く、こめかみの辺りをぐりぐり揉んでみるが、ちょっと凌げてもまたすぐ痛み出し、本当にこれが頭痛の種である。ところが接心が終わって翌日になるとけろっと治ってしまう。してみると私は本当は接心が嫌で嫌で堪らないから精神的頭痛なのだろうか?或いは馬鹿な雲水の参禅を聞いているうちに段々腹が立ってきて、さりとてこのはけ口は無し、悶々とした鬱状態が頭痛になるのだろうか。よく解らないがこういう繰り返しが私の接心である。さて僧堂も長くなると知らぬ間に人間関係が増えて、最近は矢鱈野暮用が増えてきた。本当は皆お断り〜!と言いたいところだが、こちらもいつ何処でお世話になるか解らないので、こういう事もお役目の一つと思ってやっている。いろいろ頼まれるうちが花ということもある。毎年4月から11月までの間、恒例の座禅会が始まり、1時間坐禅の後30分ほど話をする。この資料集めが今のシーズンの仕事である。今年で26年目、会員の顔ぶれは殆ど一緒だから、手を変え品を変え話題探しに一苦労である。これも私自身の勉強と思っているのだが、後ろから追い立てられるような気分である。しかしこういう事でも無かったら生来怠け者だから、日々漫然と無為に過ごしてしまうに違いない。何事も責め立てられるのが身のためである。

投稿者 zuiryo : 20:19 | コメント (0)

2013年01月19日

イノ公大暴れの段

昨日午後7時過ぎ、丁度夜の参禅が始まって3,4人が終わった頃、突如としてフ〜フ〜ギュ〜ギュ〜と今まで聞いたことも無いような猛獣の声、そのうちメリメリドッス〜ン、ギャ〜ギャ〜、兎も角異様な鼻息とうめき声である。うちの参禅室は建物の一番奥にあって庭を挟んで直ぐに山である。どう考えてもこの異様な声は猪に違いない。しかし数年前猪に庭を荒らされてから背後の山全体を電線で防護柵を作った。以来たびたびやって来るがこの電線に触れてはギャ〜!と悲鳴を上げて退却していたのだ。効き目は抜群で、へっへっ〜ん、ざま〜みやがれ〜!と安心しきっていたのである。そこえこの有様、どうしたのか不思議に感じた。ドタッバッタンメリメリドッス〜、段々参禅室に近づいてきたではないか。丁度参禅中の雲水が、「私が行って捕まえてきましょうか?」と言う。「バカ!お前の方がやられるわい!」。障子は全開状態だから、下手をするとイノ公の野郎参禅室に飛び込んでくるかもしてない。途中で止めて退散するのも悔しい。一応障子を閉めて参禅は続けた。益々部屋の近くにやって来て尚ドッタンバッタン暴れまくっていたが、そのうち前を通過して右手の山に帰っていったので、ほっと安堵の胸をなで下ろしたという次第。翌日早速雲水に被害状況を点検して貰い報告を受けたところ、電線は数カ所に渡って引きちぎられ杭も何本かすっ飛ばされていたという。応急措置をし電線も繋いで、今晩のために用意をした。必ず又やって来るからだ。それにしても今までの猪と様子が違う。中でも猛者のようなのがいて、電線に触れてビリビリッぐらいではへでも無い奴らしい。対策を講じなければならない。そこでふと頭に浮かんだのは、戦争の時敵を防ぐのに有刺鉄線をぐるぐる巻きにしたものを見たことがある。それを電線の向こう側に敷設したらどうかと考えている。いずれにしても庭を無茶苦茶にされ,その上対策費用もいろいろ掛かり、腹の立つこと限りなしである。

投稿者 zuiryo : 15:28 | コメント (0)

2013年01月14日

夏末大接心

ついこの間入制と思っていたら早や明日からは夏末大接心である。今年は例年に無く寒い日が続いていたので、この調子で夏末までと願っていたが、今日の雨で一辺に温かくなりガックリきた。高山や北陸方面は猛烈な雪だそうだが、こちらまで影響が及ばないみたいだ。高山で雪が降ると岐阜も気温が下がって風も一段と冷たくなるのだが、一体どうしたことか。矢張り冬の修行は寒いほど良い。手がかじかんで耳がちぎれそうになると不思議に勇気がもりもり沸いてくる。雲水時代から冬の接心は身を切るほどの寒さが当たり前になって、それが身に付いているから、反射的にこういう反応になるのだろう。ところで今朝から急に酷い下痢症状である。減量作戦以来むしろ便秘気味で、トイレが近いのは大歓迎だと思っているのだが、これは少々近すぎる。11月大接心のとき、雲水がノロウイルスにやられてばたばたと倒れ寝込んでしまったことがあった。ふとそれを思い出して、ついに私までもか・・・と。聞くと、下痢と吐き気が同時にやって来るそうだから、今のところ吐き気は無いのでこれは単なる下痢かとも思う。兎も角接心は元気溌剌としてやらなければ具合が悪いので、出るものは出し切って頑張ろう。

投稿者 zuiryo : 16:18 | コメント (0)

2013年01月09日

ラフマニノフ没後70年

建長寺で教学を仰せつかっていた頃、寺史の編纂を高名な仏教学者T氏に依頼した。東京のお住まいから毎月1週間くらい塔頭の空き寺に逗留して頂き仕事をして貰った。この学者さん大変な偏屈人で、ために周囲の者は私も含めて随分振り回されたものである。それは兎も角、大変なモーツアルトファンで、一度お宅のマンションを訪ねたとき、何千枚ものレコード盤に驚嘆した。全てモーツアルトなのだそうだ。どうしてこうなるかと聞くと演奏する楽団や指揮者によって相当な違いがあるそうで、結果こうなったそうだ。先生曰くモーツアルトを聴きながら仕事をするときが至福の時間であると。心が本当に癒やされるのだそうだ。私はこの学者さんとは寺史編纂の途中で岐阜の寺に転住したためご縁は切れてしまったのだが、この言葉は耳の底に残っていた。住職してから10年間、次々難問が怒濤の如く押し寄せ潰されそうになったときが幾度かあった、そんな時ふと先生の言葉が頭をよぎった。クラシックなど凡そ縁遠い私だったが、モーツアルトのCDを片っ端から買いあさり、毎日就寝前に聞き続けた。そのうち不思議に心のもやもや も和らぎ確かに癒やされたのである。それから始まってベートーベン・ショパン・チャイコフスキー・シューマン・メンデルスゾーン・グリーク等々聞くうちに、私の肌に一番フィットするのはピアノコンチェルトだと気が付いた。あるとき知人から、ラフマニノフの2番と3番は良いですよと言われ、早速聞いたのだが、何だかとりとめの無い感じでしっくりこなかった。ところが暫く聞き続けるうちに段々良さが解ってきて、一番ぴったりくる曲になった。ある高名なピアニストと会食の折りこの話をしたら、「あなたはロマンチックね!」と言われてしまった。そのラフマニノフの没後70年、生誕140年だそうで、昔のことを改めて思い出したという次第。

投稿者 zuiryo : 16:31 | コメント (0)

2013年01月08日

寒ボタン

毎年末、会下(えか)の和尚から寒ボタンの鉢植えを頂く。私は元来花を愛でるというようなことには趣味が無く、専ら花より団子なのだが、この寒ボタンは花も大きくそこはかとなく良い香りがするので大切に廊下に置いて愛でている。なにより嬉しいのは世話が殆どかからないことである。土の表面が乾いてきたら少し水をやって下さいと説明書きにあったので時々コップ1杯水をやる。ただそれだけでこんなに見事な花がさくのだから感謝感謝、不精者の私にはもってこいである。又そこはかとない香りが良い。花の種類によってまるで無香りというのもあったり、またこちらの鼻がむせかえるようなのもあるが、どちらもよろしくない。その点この寒ボタンは実に良いのだ。廊下にばかり置いていたのでは陽も当たらず可哀想だと思ったので、茶室の濡れ縁で午前中さんさんと日光が当たる場所に出してやった。そよそよと風に吹かれ一杯陽を浴びて、端から見ていても嬉しそうである。すると途端に堅いつぼみが膨らみ、あっという間に満開になった。たった一鉢の寒ボタン、なかなか愉しいものである。

投稿者 zuiryo : 21:20 | コメント (0)

2013年01月05日

達磨の絵

私は近年少し達磨の絵を描くようになった。へたっぴーで恥ずかしい代物だが、図々しくも他人様に貰っていただいている。初めは見本とにらめっこで描いているうちにだんだん慣れてきて、今ではフリーハンドでじゃんじゃん描けるようになった。そんなおり、檀家で法事を頼まれて出かけた。此処のご主人とは一緒に絵の稽古をしたこともあり大変親しくさせて頂いているので、遠慮なく何でもものが言える間柄である。お茶をいただき床の間の掛け軸を拝見し、脇床に大変旨く描けている達磨の色紙が飾ってあった。うむ〜!これは良く描けている。どなたが描いたものかと印を見ると瑞龍・保南とある。へ〜!広い世の中には俺と同じ名前の絵描きが居るんだわ、としばし眺めてからご主人にこれはどなたのですか?とお尋ねすると、「老師さまのですがね〜」、と言われ愕然とした。自分で自分のを褒めるのは見苦しい話だが、正直旨く描けているし、今の自分ではこうは描けないと感じた。そこで解ったのは、これは初期の作品で、へたっぴーだから一生懸命描いていた。ところがその後何枚も描くようになって、慣れるに従ってぞんざいに成ったのだ。その色紙を貸していただき、もう一度これを見本に達磨を描き直そうと思った。何事も慢心ほど恐ろしいことはない。過去を振り返り今の自分と比べて、ほんとうに進歩しているのかどうかを日々三省しなければ成らないと痛感した。

投稿者 zuiryo : 20:47 | コメント (0)

2013年01月03日

今年の初雪

朝は外気温1度、寒いな〜と思ったら午前中から雪が降り出した。あっという間に積もって、庭の枯れ枝の細かな先端にまで綺麗に積もって、それは美しいこと限りなし。雪は降り過ぎても良くなく、丁度このくらいが美しさのベストである。日本海側や東北地方の豪雪を思うとこんな暢気なことを言っていたら叱られそうだが、岐阜あたりは毎年そんなには積もらない。2,30センチの時はあっても翌日陽が差して殆ど溶けて無くなる。僧堂では1日から今日まで午前中、大般若祈祷が山内の和尚さんと一緒に行われた。お寺によっては檀家の方々がお詣りされるところもあるようだが、うちでは我々だけである。僧堂で修行の頃、この3日目だけはまず講座があって、その後に大般若で、年始の客が次々訪れ矢鱈忙しかった記憶がある。それを思うと年始の客も僅か2,3組、後はし〜んと静まりかえってゆっくり出来る正月は嬉しいものだ。ところで年末、親しくしているH宮司さんに会った折り、うちに長らくあった巨大な賽銭箱、使い道は無く納戸の隅に片付けてあるのだが、そこも狭くなったので困っていると話すと、うちで頂きますと言ってくれた。やれ嬉しや、翌日受け取りに来て貰った。新年2日、その賽銭箱、何処で活用されているのかお詣りがてら探索に出かけた。本殿の脇にある黒龍大神さまの前にで〜んと据えられていた。しばらく様子を見ているとお詣りの人達が次々にお賽銭を投げ込んでいる。なかなか流行っているのだ。邪魔者扱いされて薄暗い納戸で肩身の狭い思いをしていた賽銭箱、大いに働いて心なしか嬉しそうであった。

投稿者 zuiryo : 15:25 | コメント (0)

2013年01月02日

謹賀新年

何処かの誰かが私のブログ(毎度お粗末で軽薄な)を読んでいて下さる方々に謹んで新年のご挨拶を申し上げます。今年は巳歳、12支の動物の中ではあまり好まれない動物で、この干支に生まれた方は何かと肩身の狭い思いをされているのでは無いかと同情する。私は馬ですから、そう言っちゃ〜なんですが、割合と鼻が高い。まっ、そんな下世話な話は置いといて、姿形からイメージするのとは違って、お話に登場する蛇は結構いい話が多い。ところで毎年干支を色紙に描いてそれに相応しい賛を隅っこに書くのだが、相応しい禅語が無く苦労した。仕方ないので蛇の形状はざっと見れば紐のようでもあり棒のようでもある。そんな勝手なイメージから苦し紛れに適当なのを選んで書い。さてお正月を迎えるのにはどなたも大掃除をする。良くもこんなにガラクタが貯まるものだと我ながら感心する。そのために大汗掻かなくては成らないわけだが、言語社会学者、鈴木孝夫氏の、「人にはどれだけの物が必要か」と言う著書がある。その中の一部を引用させて頂く。『ロシアの田舎にパホームと言う貧しい小作人が居た。ためたお金で小さな土地を買うと、暮らし向きが良くなった。近隣との境界争いに嫌気がさして広い土地を買うと、暮らし向きは更に良くなったが、慣れるとまだ狭いと感じた。「良く肥えた土地をいくらでも安く買える」という評判を聞いて辺境の地バシルキールへ出向くと、村長が言った。「一日歩いただけの土地を1000ルーブルで譲りましょう。ただし、日没までに戻れなければダメです」パホームは時を忘れて遠くまで歩き、刻限に気が付いて半狂乱で帰着するなり、血を吐いて死んだ。下男が穴を掘って彼を埋めた。きっかりその穴の大きさだけの土地が、彼に必要な土地のすべてだった』。地球資源は有限である。使い捨て型の消費慣行がはびこれば森は枯れて文明は滅びる。買わずに拾い捨てずに直すべきである。ところが著者が散歩中ゴミを拾っていると、区の資源ゴミ持ち去り禁止条例ができてそれも出来なくなった。市に尋ねるとゴミの中に含まれる個人情報の流出とゴミ回収業者の利害が背景にあるという。現実は理想の逆へ動いているのである。高度経済成長は日本に繁栄をもたらし、自然を奪った。数字しか見ない経済再生か、地球を守る経済再生か、そこが問われている。

投稿者 zuiryo : 09:53 | コメント (0)