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2011年04月30日

見る人のものに成りけり

過日関係寺院の人が遷化されたので早速お悔やみに出掛けた。帰りがけ、立派に整備された庭を見て、素晴らしい庭を造られたものですね〜!と感嘆の声を上げたら、新命さんがわざわざ履き物を用意して下さり自らぐるり1周案内して下さった。私はその規模と豪壮な造りに唯驚くばかりだったが、この掃除をする雲水さんはご苦労ですね〜と申し上げた。いつまで経っても毎日のように掃除させられた雲水気分が抜けず、庭の立派さよりそれを綺麗に維持管理して行く縁の下の力持ちの雲水の方へ目がいって、ついこの様に言った。そんなことがあってからしばらく後、今度は津葬があって再びその寺を訪れた。行事も無事済んで帰りがけ、或る和尚さんがその立派な庭を見て即座に、「成金だ!」と言われた。な〜る程、そう言う見方もあるのだと、実に面白く感じた。遷化された方は生前、建築と庭づくりが大好きで、隠寮も西本願寺の飛雲閣を模して建てられたという。私の率直な感想は、これだけの莫大な費用を日常会計で賄える豊かさに、羨ましくなった。日々やりくりに腐心しているうちの寺との違いに、単純に、「いいな〜!」と思った。同じ物を見ても見る人によって随分違うものだ。ちょっと皮肉を籠めて言えば、見る人の物になりにけるかな、ではないかと思う。「手を打てば鯉は寄り来る雀は逃げる下女は茶を汲む猿沢の池」である。 

投稿者 zuiryo : 20:06 | コメント (0)

2011年04月27日

自粛

東日本大震災で日本国中自粛ムード、罹災した方々のことを思うと、レジャーだお祭りだどころじゃあない。ということで岐阜でもいち早く夏の大花火大会は中止を決定。一昨日も小さな会があって温泉へ出掛けたが、大きな館内はし〜んと静まりかえっていた。これでは経営者は堪らんだろうな〜と感じた。日経新聞に前ニューヨーク市長さんが在任中、9・11テロが起こって、その時どのように全米に向かってメッセージを発したかについて書いていた。テロに屈しない唯一の方法は自粛ではなく、普段通り活動することだと言うことである。それが米国人は決してテロに屈しないぞという、敵への強力な意思表示になるのだと言う。今回の場合は大地震と津波という天災だから9・11とは相手が違うわけだが、成る程と思った。先程の温泉旅館ではないが、罹災した地域の方々とはまた違う意味での被害を被ることになるわけで、こんなことでは日本国中罹災者になってしまう。ようやくその辺に気が付いて、岐阜県でも大いに観光客を招致しようと言うので、利益の3パーセントを義捐金に充てるなどして、双方が良いようにしようと言う。つまりこんな事ぐらいで日本人はへこたれないぞという気概を示すのである。もう一方で風評被害も甚大である。早々にとんずらした外国人はさて置いて、自ら招く二重の被害を勇気を持って食い止め、天災に負けない力強さを内外に向けて発信しなければならない。その為にも正確な情報を逐一公開して信頼を得ることが第一と思う。以上が私の思うところだが、最近知人から手紙を頂き、作家の曾野綾子氏の厳しいコメントを読んだ。「国家が全て何かをしてくれると考えるのは違う。めいめいが自分で考え、行動する癖を身に付けることだ。それは他人の痛みを部分的に負うことでもある。被災地の支援も国家に頼るのではなく、『痛い』と感じるくらい自らお金を出すことだ。出さない人がいてもいい。だが、そうした人は人権だ、権利だと言わないことだ。」

投稿者 zuiryo : 21:22 | コメント (0)

2011年04月26日

会下会(えかかい)

昨日から1泊、下呂温泉で卓宗会が催された。私のもとで嘗て修行し、今はそれぞれ住職している連中が集まって、古希を祝ってくれた。中の二人は、北上市と茨城から遠路やって来た。本人達の寺は今回の東日本大震災の被害を受け、大変なところを出掛けてきてくれたわけで、申し訳ない思いでいっぱいになった。状況を聞き、「それはたいへんだな〜!」と言ったら、「いいえ、津波被害を受けた寺院に比べれば、うちなんかどうってことありません」と言う。会では昔話に花が咲いて、大変懐かしく様々なことが想い出され大いに盛り上がった。私もまだ40代の頃だったから、自ら禅堂で警策を振るい、「ジャンピング警策」といって、普通に叩いたのでは効き目が薄いので、飛び上がってやったのが話題になった。そんなこともあったな〜!というのがこっちの記憶だが、叩かれた本人達にはいつまでも忘れられない事らしい。他にも酷く叱られたとか、怒鳴られたとか、当時のことが次々話題に上ったが、みな今になってみれば良かったと言う。お互い真剣勝負、体当たりで切磋琢磨し、純真な気持ちでやっていたから、爽やかな思い出となるのだろうし、また月日が経てば風化して良いところだけが残るのだろう。ところで意外と多くの者が私のブログを読んでいることに驚かされた。「最近は書き込みの頻度が減って、開いても楽しみがありませんので是非頑張って書いて下さい。」と言われてしまった。特に昨年ハチが死んでから、バタッと減ったようで、私自身はそう意識していないのだが、書く話題がなくなってきたのと意欲が湧かなくなったのは確かだ。こう言われてしまうと、義務感が湧いてきて、精々書き続けなければと思いを新たにした次第である。話は変わるが、温泉は普段のお風呂と違って体が芯から温まり、皮膚がつるつるして大変気持ちの良いものだ。料理もご馳走盛りだくさんで、食べきれないくらいで勿体ないほどだ。それは贅沢な気持ちになって良いのだが、蒲団と枕がいけない。朝起きたら首から肩にかけてぱんぱんに凝ってしまった。夜中も寝苦しく何度も目が覚めた。贅沢は言えないが、何事も全て良しというのはないものである。

投稿者 zuiryo : 14:52 | コメント (0)

2011年04月24日

唯識

私のような無学の者に珍しく、友人に立派な唯識の学者さんが居る。10数年前、御嶽山中滝行でご一緒させて頂いたのがそもそもご縁の始まりで、爾来交流が続いている。先生は10年以上も掛かって唯識辞典を上梓され、その時にも、頂くには勿体ないような大部の本をプレゼントされた。また1年間に亘って毎月NHK教育テレビで唯識の講義をされたときも、わざわざ資料を頂いたので、毎回欠かさず拝聴した。しかし、正直言って難しすぎて皆目解らなかった。言葉だけが頭の上を通り過ぎて行くような感じで、世の中にはこんな難解な学問をひたすら研究し続けている人も居るものだと感じた。そんな時は、この唯識を超やさしく、我々素人に解説してくれる人は現れないものかと思ったものだ。そんな折り文庫本で、「阿頼耶識の発見」ーよくわかる唯識入門ーというのを先生から頂いた。早速開いて読み始めると、これは良い、図入りで文章も平易、ポイントのところはゴチック太字で表記され、あっという間に1冊読み終えた。そこで人にも唯識について話してやろうと考え、ポイントのところをチェック、少しずつまとめてみた。唯識とは唯、心だけが存在するという仏教思想で、自分も物も一切存在しないと言う、世間一般からすると大変非常識な思想である。自分も物も全ては心の中の影像なので、物について言えば、自分の外に物は存在すると常識的には考えるわけだが、外界が意識や主観から独立して、それ自体として存在することはないというのである。とこういう具合に解説が続くわけだが、大変興味有る心の世界の話しなので、是非関心のある方はご一読をお勧めする。横山紘一著、「阿羅耶識の発見」。幻冬舎新書、定価760円也。

投稿者 zuiryo : 20:12 | コメント (0)

2011年04月11日

七五三

七五三と言えば、毎年11月中旬、神社で小さな子がお祝いをする行事だが、私は今年11月下旬に七五三茶事と小宴を催すことにした。数え年で70歳・僧堂掛搭50年・師家30年、以上を合わせて七五三、語呂が良いので、この際お祝い仕様じゃないかと勧められ、やることにしたのだ。私は小さい頃の本当の七五三祝いなど、貧乏だったし、両親は商売で忙しかったから、そんな余裕もなく過ぎてしまった。それが六十数年も経て、形を変えて一度に祝おうという企画である。大の信者さんが一生懸命になってくれて、実現する運びになったので、有り難いことである。そこで先ず茶事の、茶道具組みをしなければならないわけで、これが結構大変なのである。第1回打合会は既に昨年11月にやり、今回は2回目、現物を見ながら検討に入った。例えば茶杓は「ふたふし」と言う銘のもの、通常一節の茶杓に二節有り、節の間が七五三の割合になっている。まっ、こういう風にいちいち道具を選び、全体としてバランス良く、しかも品格の高い組み合わせを考えるもので、つまりお茶事全体のプロデュースである。茶道具は広げたり仕舞ったりに手が掛かる。どれも四百年位前のモノだから、包んである布類も古く、油断していると直ぐ破れるから、相当神経を使う。終わったらへとへとになってしまった。その後、会場にお願いした神社に行き現場で人の流れや、当日の時間帯では薄暗くなる頃なので路地に明かりをともすこと、また二組に分かれるので前の組の方々が待っている間の接待など、こと細かく決めた。その足で小宴に実際出す料理の試食会、何事もこのくらい綿密にやらなければ良い会は催せないわけである。近頃はお祝い会と言えば直ぐに料理屋さんかホテルで宴会というのが多いが、先ず茶室でお濃い茶を一服召しあがって頂き、(この時お出しするお菓子もこっちでデザインしたものを菓子屋に特別製で作ってもらう)、然る後小宴という段取りである。本来茶室での亭主役は本人がお茶を点てて差し上げるものだが、今回は弟子の和尚でお茶に通じている者に点てさせ、私は脇で道具類の解説をするだけにした。それにしても当日しつらえた茶道具の説明をしなければならないので、そのレクチャーを受けたのである。というようなわけで、終日みっちり道具の勉強をしたというわけである。

投稿者 zuiryo : 21:20 | コメント (0)

墓地で花見

昨日は余りにもお天気が良いので、午後ハチと良く散歩したコースを辿るように市営墓地方面に出掛けた。最近は来る機会もなく、歩きながら、あっ!あそこはハチがいつもオシッコをしたところだ、などと追憶しながらお日さんを体いっぱいに浴びて歩いた。30分ほどで広大な墓地が連なる山裾に辿り着いた。当時散歩は夜の喚鐘が済んでからだから大抵8時頃、慣れているとは言うものの夏の夜の墓地は少し気味が悪かった。夕方お詣りをした人の蝋燭が点々と揺らいでいて、何だか魑魅魍魎の気配さえ感じた。一刻も早くその場から離れたいと思うのだが、ハチは平気で、何か食い物でも落っこちていないかな〜とクンクン嗅ぎ回っていた。そんな墓場の思い出だったが、今日のは違う。メインストリートの両側は桜並木になっていて、満開の櫻が咲き誇っていた。心地よい春風に誘われるように登り道をどんどん歩いていった。ついに一番奥まで来て振り返ったら、市街地が遙か彼方まで見渡せ、素晴らしい眺めである。最も高台の一角には真っ白な十字架が幾つも立っている。このエリアーはキリスト教の人達らしい。しばらく奥へ進むと十字架の下に黒御影石のモダンな形の墓石があって、文字が刻んであった。「汝ばかたれ」、うむっ?もっと眼を近づけてみたら、「汝地の塩たれ」であった。酷い読み間違えをしたもので、失礼しました。うっすら汗を掻いたが柔らかな日差しと温かな春風、人っ子一人居ない広大な墓地で今年初めての花見をした。

投稿者 zuiryo : 14:27 | コメント (0)

2011年04月10日

分際

若い学生に向かって、「学生の分際で・・・!」などと言うことが良くある。この場合分際の意味は身のほどとか、分限と言うことになるが、標題の意味は少し違う。福岡伸一という分子生物学者がこんな風に言っている。昆虫は自ら食べるべきものを限定し、棲む場所から活動する時間帯、交信する周波数、自ら排泄したものの行方さえ知っている。また誰にどのように食われかも。それは限りある資源をめぐって異なる種同士が無益な争いを避けるためである。生態系が長い時間をかけて作り出した動的平衡なのである。その流れを作っているのは他ならぬ個々の生命体そのものだから、確実にバトンを受け、確実にバトンを受け渡す。黙々とそれを繰り返しているのだ。これを生物用語で「ニッチ」と言う。全ての生物が護っている自分のためのわずかな窪み、生物的地位である。これを今、「分際」と訳してみよう。全ての生物は本能の最も高度な現れ方として自らの分際を護っている。ただヒトだけが自然を分断し、見下し、分際を逸脱しているのである。他の生物のニッチに土足で上がり込み、連鎖と平衡を攪乱している。ヒトは何が分際であるかを忘れ去っている。しかし他の生物のありようを見れば、分際とは何かが解る。例えば江戸時代の人達はずっと風土に根ざして暮らしていた。旬のものを食べ地産地消を考え、薬物や添加物など自ら平衡を乱すモノは避け、時間の経過にあらがわない。足(たる)を知っていたのである。しかし現在はどうだろうか。際限のない欲望の果てに、草食動物に肉食を強要し狂牛病を蔓延させ、新型ウイルスを生み出し、抗生物質の多用で耐性菌を作った。それでも自然界は何とか動的平衡を持ち堪えてきたが、しかしそれは万能ではない。先程も申し上げたとおり、分際を知るとは「足る(たる)」を知ることである。欲望には際限がないのだから、単なる数値目標ではなく、生命感そのもの、我々自身のものの見方、心の在り方の大転換ではないだろうか。小さな昆虫を見つめていると、生命の真理を垣間見ることが出来るのである。

投稿者 zuiryo : 10:33 | コメント (0)

2011年04月06日

天然酵母のパン

私も時々お粥の代わりにパンを食べることがある。専らスーパーで売っている大手製造のパンだったが、ある時、その手のモノは製造過程で相当化学薬品を使っていると言うことが解った。人によっては皮膚に湿疹が出来たりするそうで、そのパン製造機械をセールスしていた人が、一念発起天然酵母のパン作りを始めた。ささやかな個人営業で、初めは大変だったそうだが、徐々に良さが認められ、大繁盛していると言う話を聞いた。その技術を学ぶために世界中から弟子として入門する人が次々にやって来て、今では有名な人になったそうだ。そう言う話しには感化されやすい私は、そう言えばパン食後、どうも異常に胃がもたれ、消化不良に成ったような気がしだした。早速インターネットで岐阜市内の天然酵母を使っている手作りパン屋はないか検索した。有った!行ってみると、駅裏の今にも潰れそうな超古い家で、此処がパン屋かと見紛う店、しかし朝から長蛇の列なのだ。これには驚いた!4,5人も入ったら満員になるほど狭い店内は買い物客でごった返し、隣で目下盛んにパンを焼いている。出来次第店に持ってくるとそばから飛ぶように売れて行く。特に食パンと餡パンが有名らしく、一人で抱えるぐらい買って行く。袋に入れたときには熱くてさわれないくらいなのだ。商売もこれくらい繁盛したら嬉しいだろうな〜などと思っていたら、肝心の自分の買い物が出来ないではないか。あれよあれよと言う間に欲しい物はなくなり、仕方がないから適当に目の前にあったのを買った。そこで次回からは作戦を立てて、混雑する時間帯は避け、夕方行ってみた。見事目論見は当たって、空き空き。目的の食パンが有ったので、いざ買おうという瞬間、前のご婦人がすっと手を伸ばして買ってしまった。目の前が真っ暗になった。そこで遠慮しながら売り子のお婆さんに、食パンはもう無いのですかと尋ねると、ちらっと私の僧衣姿を見て、奥から1ケ抱えて出てきて、どうぞと言ってくれた。美濃仏国と言われているが、さすが信心の篤い美濃地域は違う、秘蔵の1ケを特別に譲ってくれたのだ。どうも食パンは毎回買う人が決まっていて、殆ど予約制らしい。この時ほど法衣の威力を感じたときはなかった。どうも食い物の話しで恐縮だが、このパン、味も食感も他のモノとは全然違う。矢張りパンは天然酵母にかぎる。

投稿者 zuiryo : 10:41 | コメント (0)