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2007年07月31日

たぬき

午前中少々用事で外出、昼近くに帰って居室の廊下に差し掛かったら、縁の下から狸が一匹出てきて、ばったり目があった。お互いにらみ合うことしばし、向こうさんも動く気配がないので、石を投げる真似をして脅かしたら、そそくさと山へ退散した。しかしこの狸、やせ細って毛はボロボロ、何とも哀れっぽい。余程食糧事情が逼迫しているのだろうか。狸の腹鼓で、コロコロしたのがたぬきには相応しい。ところで、市街地はかつての小川は全て暗渠となり、道路の下に隠れてしまった。困ったのは小鳥や動物たちである。水を飲もうにも水はなし、浴びようにも水たまり一つない有り様だ。この間公園の野良猫が水飲み場の蛇口に食らいついていた。そこでお寺では4ケ所のつくばいに、いつも水を流すようにしている。小鳥たちが入れ替わり立ち替わりやって来てピチャピチャ楽しそうに水浴びして行く。またハクビシン・たぬき・スカンク・イノシシ・野良猫等々、水飲み場は大盛況、都会のオアシスとなっている。

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2007年07月29日

出口調査

今日は参議院の選挙、国民の義務として私も午後早々近くの小学校へ投票に出掛けた。日中33度の猛暑のせいか、会場は閑散として、係の人も手持ちぶさたの様子である。入口辺には数人の腕章を着けた女性がアンケート用紙を抱えて待ち構えていた。例の出口調査である。こうも人が来ないのでは帰り屹度お願いされるに決まっていると思っていたら、案の定、「NHKですが、すみませんがアンケートにお答えして頂けませんでしょうか。」ときた。待ってました!かねてよりお願いされたいと思っていたので、喜んで調査用紙に記入した。帰ると今日もハチが首にアイスノンを巻いてのびている。背中を掻いてやると、目を細めていかにも気持ち良さそう。部屋に戻り、9月発行のたよりの原稿を推敲、じっとしていても体中からぽたぽたと汗が落ちてくる。まったくもう、早や秋が待たれる。

投稿者 zuiryo : 20:23 | コメント (0)

2007年07月28日

あぶら蝉

今日も34度の猛暑、またこれだもん、体がついて行けない。愛犬ハチも首にアイスノンを巻いてのびていた。ところで、昨日蝉がちっとも鳴かないと言いましたが、今日、初めてあぶら蝉がか細い声で鳴いた。何だか景気悪い鳴き方だな〜と思って、夕方茶室の濡れ縁を通ったら、一匹あぶら蝉が廊下につんのめっていた。死んでるのかな〜と目を近づけたら、肩で息してた。哀れったらありゃ〜しない!矢張り喧しいくらい体中声にして鳴き続けるあぶら蝉でなくっちゃ〜、夏の気がしない。今夜は恒例の長良川花火大会、午後からは早や道路は渋滞気味、いつものことだが地元住民は良い迷惑。夜8時ころ、廊下のガラス戸を閉めようとすると、バタンバタンと奇妙な音、何でこんな時間に雲水はハタキ掛けるんだ!よく考えたら花火の炸裂音だった。無関心なることかくの如し。

投稿者 zuiryo : 20:38 | コメント (0)

2007年07月27日

制末行事

今日は午前8時半から講座、了而、起単留錫、午後夏末衆評と恒例の制末諸行事が続く。1日の講了で夏の修行も終わる。何年やっても感慨一入である。特に夏制は朝課に毎日楞厳行道が有るので、これが結構しんどい。だから1日講了で又来年夏制まではないのかと思うと嬉しくなる。梅雨がぐずぐずしていて、ちっとも明けないと言った途端にカンカン照りになった。ところで今年はまったく蝉の声が聞かれないのだが、一体どうしたことだろうか?喧しくなくていいやと思う反面、何時も鳴くものは鳴いてくれないと気味が悪い。これも異変の前兆現象だろうか。ルーマニヤやハンガリーは40度を超す熱波襲来、中国では大変な豪雨、日本でも中越地震など、何か変だ。ところで何時もお世話になっている整形へ行ってきた。今日からは新しいマッサージ師、体中を揉みながら、「凄い筋肉ですね〜!」と感心することしきり。「運動が趣味でして・・・。」とまあ、ざっとこんな会話。酷暑の折は涼しい山歩きが一番、鬱蒼とした木の間を吹き抜ける風は100万ドルの価値だ。

投稿者 zuiryo : 10:10 | コメント (0)

2007年07月26日

心頭滅却

もう7月も下旬だというのに、今年はまだぐずぐず梅雨が居座って、今日も晴れたかと思ったら急に雨が降り出し、又晴れ上がるという変化の激しい一日であった。又ハチのことを書く。どうも近頃体中あっちこっち頻りに掻いている。「ハチ痒いの?」と聞くと、眉を八の字に曲げて、「うん!」という。昨夜、急遽医者に連れていった。どうもアトピー性皮膚炎らしいのだ。ハチは元来アレルギー体質で、以前から肉球周辺が赤く腫れたり、尻尾の付け根におできが出来たりと、よく皮膚炎に罹る。混んでいて2時間待たされ漸く診察、解定前に戻る。飲み薬の効果が出てきたのか少し楽になったようである。今日は朝10時に尼僧堂に出掛け、講了並びに施餓鬼会。降ったり止んだりの猛烈な蒸し暑さの中、大汗掻いて無事行事は終わった。帰って雨間を見計らい、裏山歩き1時間半、これまた大汗掻いて、直ぐシャワーを浴び、爽快な気分になる。熱時は闍黎を熱殺すである。

投稿者 zuiryo : 20:11 | コメント (0)

2007年07月23日

福田平八郎展

今日は把針灸治、朝は般若会があり、一息ついて名古屋まで福田平八郎展を見に行ってきた。以前、NHK新日曜美術館で取りあげられていたので、開催日をメモしておき、漸く実現できたというわけである。「日本画は装飾的図案的だと外国では云うそうだが、日本人の血が流れていて、それに愛情の籠もった温かい血が流れていれば、それでいいんじゃないか。」と言う彼の言を実際に確かめようと云う思いもあって出掛けたのである。な〜るほど、その通だった。多少、図案的に過ぎないかなとも思ったが、ほのかにやさしさが伝わってくるようで、幸せな気持ちになって帰ってきた。絵でも書でも文章でも皆、人柄が顕れるもので、他人事ではない。どんな事にも誠実でなければならないと改めて感じた。

投稿者 zuiryo : 14:55 | コメント (0)

2007年07月21日

鮎釣り

友人で鮎釣りシーズンになると、居ても立っても居られないほど好きな人が居る。友釣りという方法で、元気な鮎を針の先に付けて泳がせ、攻撃してくる他の鮎を引っかけるのだそうだ。去年は足を滑らせ激流に飲み込まれ、あわや危機一髪、流されながら必死に岩にしがみついて一命を取り留めた。腕や足全身打撲で酷いめにあったというのに、今年はもう性懲りもなく又釣りに出掛けている。この人と時々山奥へスケッチに出かけるのだが、景色を眺めずに川ばかり見ていて、開口一番、「この辺は釣れそうだな〜。」と言う。小さい頃から父親のこの姿を見ていた長男も、しっかり2代目を継いで、鮎釣りに血道を上げている。「鮎釣りの趣味は美味しい鮎が食べられるから家族は喜ぶでしょう!」と言ったら、「とんでも無い、家内は出掛けるのは大反対で、最初1回目は食べましたが以後一切食べないのです。」と言っていた。まあ、勿体ない、が、奥さんにしてみると、恨みの鮎なのだろう。岐阜は清流に恵まれ、特に上等な鮎が釣れるのだそうだ。砂利の中を歩き回るからそれが良い健康法にもなり、澄んだ空気を胸一杯吸い、川面を吹き抜ける風を全身に浴びて、大変良い趣味ではないかと思っている。

投稿者 zuiryo : 19:40 | コメント (0)

2007年07月20日

看護学校坐禅研修

数年前より市内の看護学校2ケ所から半日坐禅研修を依頼され、今日は二組目の研修があった。6月のは年齢もほぼ一定していたが、今回のは若い人から中年の人に至るまで幅広い。病院も看護師不足が言われているので、養成に懸命なのかも知れない。医学は画期的に進歩し、かつては不治の病と言われていた病気も、新しい治療法や薬が開発され、その為にどれ程多くの人が救われているか知れない。しかし心身不二というように、体の治療だけで人の病が癒えるわけではない。心も同時に病むわけだから、同時並行的にケアーしてこそ、完治するのである。ところが病院の規模が大きくなり、高度な医術になればなるほど、患者一人一人の心のケアーは疎かになっているように感ずる。その狭間を埋めるのが看護師さん方の大きな役目である。「愛護よく回天の力あることを学すべきなり」とは道元禅師の言葉だが、意気消沈している病人を愛語を以て側面から支えて行くことが、現代医学に最も必要とされているところである。とまあ、こんな話しをした。

投稿者 zuiryo : 20:02 | コメント (0)

2007年07月17日

不眠症

私は寝付きが良いのが自慢で、寝てから枕を探すってなぐあいであった。ところが最近どうもすっと眠りにつけないのだ。日中は相当ハードな運動をしているにも拘わらずである。朝は3時に起床だというのに午前1時の時報を聞くというようなわけで、少々困っていた。そう言うとき、ある人からこうすると直ぐ眠られますという話を聞いた。それは極めて簡単な方法で、まず冷湿布を7ミリ四角に切り、小指の第1関節と第2関節の中央に張る。この小さな湿布が寝ている間に落ちないようにホワイトテープで巻く、これを両方の小指にする。たったこれだけである。ほんまやろか、と思いながらやってみると、効果抜群、今朝の寝覚めの爽やかなこと。知人で矢張り不眠症の方が居られたが、奥さんに「あんたは寝なくっても良いってことじゃないの!」と言われたそうだが、それはない。熟睡できなければ日中何となくしんどいものだ。世の不眠症で悩んで居られる方々、これは肩こりにも良いそうだから、是非お試しあれ。

投稿者 zuiryo : 20:32 | コメント (0)

2007年07月16日

川浦渓谷(かおれけいこく)

市内から車で1時間半ほど山奥に入ると、旧板取村川浦渓谷がある。此処は嘗て中部電力がダム建設を計画し、結局断念したため、建設用道路が奥深くまで出来ており、その為車で簡単に行けるようになった。絵の先生と弟子3名、午前8時半出立、10時、新緑と渓谷美の川浦に着いた。2,3年前、山から岩石が落下、丁度遠足でここを訪れていた小学生達を直撃、一人死んだため、現在は通行禁止になっている柵を乗り越え、絶景ポイントにある東屋に荷物を降ろし早速写生に掛かった。数十メートル下を流れる渓谷を俯瞰する構図のため、複雑に入り組む岩を描くのに一苦労である。遥か下に清流が滔々と流れ、木の間を吹き抜ける風が爽やかで心地よい。あっと言う間に2時間半がたち1枚仕上げる。既に12時半、この辺は鮎の良く捕れるところ、釣ったばかりの鮎料理で舌鼓と、茶店に行くと臨時休業、集落でお葬式があり、お役で皆、出払っている様子。ガックリ来て、仕方なく近くの大衆食堂できつねうどん1杯。午後は近くのキャンプ場に車を止めさせて貰い、堤から川と山と集落の美しい景色を描く。1時間半ほど経ったらポツリポツリと雨、大急ぎで片付け一応2枚目を描き終わる。台風一過の良いお天気で、真っ赤に日焼けして夕方戻った。充実した把針灸治の1日であった。

投稿者 zuiryo : 20:18 | コメント (0)

2007年07月15日

台風一過

昨日までの予報では東海地方直撃という大型台風、万全の備えをしなくてはと寺中雨戸を閉めカギをかけた。さらに棚経先へも連絡して台風が通過してからお詣りしますと云うことにした。今朝は祝聖(しゅくしん)午前2時半起床、窓を開け放って外を窺うと、風はそよとも吹かず、雨がしとしと降っている程度、こりゃ〜どうしたことだ!後から分かったのだがコースが大きく南にぶれて、岐阜県なんぞ、殆ど影響なし。まっ、備えあれば憂いなしだから、こういうことにやり過ぎはない。そんなことで大きく予定が変更され、そのあおりを食って、私も1軒だけだが自転車に乗って棚経に行ってきた。蒸し暑いの何のって、今まで降った雨が日に照らされて蒸気となり、まるで蒸し器の中に入っている饅頭のよう、全身汗まみれになった。帰って直ぐ水浴びをすると、気持ちの良いことこの上なし。矢張り暑いときには大汗掻いて体中の水分をいっぺん出し切ると、心も爽やかになるものだ。

投稿者 zuiryo : 20:11 | コメント (0)

2007年07月13日

棚経

今日から3日間、恒例の盆棚経である。雲水達は早朝より出掛けた。大型台風接近で降ったり止んだり、生憎の天気模様、午後、汗びっしょりかいて帰ってきた。ご苦労さん!日曜大工店へ出掛け、玉龍7箱と庭木の枝払い用に安全ベルト1ケ購入。玉龍は早速集水マス周囲に植えて、泥が流入しないように処置。これで幾ら雨が降っても大丈夫になった。しかしこう毎日雨では部屋中湿気が酷く、畳からキノコが生えてくるようだ。やたら蒸し暑いから直ぐ汗をびっしょりかいて着替えなければならない。洗濯しても乾かない。除湿器をばんばんかけて、まっ、一応乾いたことにする。坐った途端にビリビリという変な音、白衣のお尻から裾にかけて糸が弱って破れたのである。近頃は針の穴に糸を通すのも容易じゃないのを、苦心惨憺して通し、チクチクと縫う。晴耕雨読で、専ら読書。以前はこういう日でもせっせと裏山歩きに出掛けたものだが、この頃は、やめとこ、になった。

投稿者 zuiryo : 20:28 | コメント (0)

2007年07月12日

集中豪雨

今年の梅雨は降り出したらバケツをひっくり返したような激しい雨になる。唯、長時間続かないので、庭や側溝に溢れ出た水も小降りになればさっと引くので助かる。お寺は建物が大きいから特に酷い雨の時には必ず建物中ぐるり回って点検をする。今日もざっと7ケ所不具合な所が見つかった。水の管理が何より大切である。さて話は変わるが、「日本人病」という病気があるのをご存じだろうか。典型的な症状の一つに、何事も自分で決めることは滅多にやらず、あっちこっちいろいろ繋がりながらやるということがある。そこで決断を迫られたときいろんな馬鹿のことをやるのである。しかしこれも一長一短があって、このマイナスをプラスに生かそうとするなら、日本的な繋がりを維持しながら、ここぞという時に決断するということを、何時も心に留めておくことである。決断の時来たらば、断固実行し、いつもは矢張り心の繋がりで生きている、こう言うのもなかなか味があるのではないかと思う。人を押しのけても自己主張する欧米的いきかたを良しとする風潮があるが、私はどうもそう言う生き方は好きになれない。

投稿者 zuiryo : 16:52 | コメント (0)

2007年07月10日

蓋置(ふたおき)

1ケ月以上も前に知人からお茶に使う蓋置3ケに朱漆で花押を書いて欲しいと頼まれた。初めてのことでもあり、要領も解らないのでまず茶人に聞いた。ご親切に茶道具屋さんを介し漆・溶く油・筆3点セットを頂戴した。見本もお借りして準備万端整ったところで、緊張しながら書いてみると、自分で言うのも何だがまあまあの出来。後は乾燥するだけ。漆は湿気の多いところで乾かすと聞いたので、毎日風呂に入って、湯船の蓋を開けたままにして、もうもうたる湯気の中、しめ切った状態にして置いた。完璧である。何日かして漆の部分をちょっと触ってみるとまだ手に付く。これはいかん、まだ湿気が足りないのだ、そう思ってますます連日風呂に入ってもうもうたる湯気の中に置いた。しばらくしてよ〜く見ると、何と蓋置の切り口部分にびっしりとカビが生えているではないか。驚いて力任せにゴシゴシ拭いたが、ばっちりカビ跡が付いて取れないのだ。頭を抱えた。依頼主にそのことを報告し、お詫びをしたが、もう元には戻らない。昨日手紙が来て気長に乾かして下さいという優しいお言葉、慣れないことはやるもんじゃ〜ないわ。

投稿者 zuiryo : 21:34 | コメント (0)

2007年07月08日

四住期

ライフサイクルと言うと直ぐに思い浮かぶのは、孔子の為政第二の四、「われ十有五にして学を志し、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳従う、七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず。」であるが、此処にもう一つ、インドのヒンズー教の四住期という考え方がある。人間の一生を学生期・家住期・林住期・遁世期の四段階に分けている。学びの時期が過ぎると結婚をし職業に付き家庭を持ち子育てをする。次ぎにこれまで得た財産や家族を捨て社会的義務からも開放されて人里離れたところで暮らす。そして最期にこの世の執着を捨て乞食となって巡礼して歩き、永遠の自己と同一化する。見事と言う他ないが現代人にこれをやれと云われても出来ない。ところが何もこの順番にやらなくとも良いという考えもあるそうだ。ある日は学び・ある日は遁世し・ある日は巡礼する。これなら出来そうな気がする。古代のいろいろな智慧を使って世知辛い世をこころ豊かに過ごしたいものである。

投稿者 zuiryo : 08:50 | コメント (0)

2007年07月07日

水陸会(すいりくえ)

7月は山内寺院のお施餓鬼が次々にあって、猛暑の中、長時間に亘っての荷担も楽じゃない。うちの施餓鬼は10日なので、1週間前に遡り、夕方雲水始め日頃特にお世話になっている信者さん方の先祖供養のお経をあげる、これが毎日続く水陸会である。終わると直ぐに晩参、坐禅となる。ところで昨日ハチの早朝散歩に出掛けたら、総門の前へ出てすぐおかめ笹の葉を食べ始めた。しばらく食べてからくるりと踵を返しお寺に戻るという。変だな〜と思っていたら竹藪裏の畠の草むらにふせをしてじっと蹲っている。そのうちおえ〜っと吐いた。眉を八の字に寄せ、つぶらなひとみも哀しげである。そこで背中を一生懸命さすってやると少し気分が良くなったのか、再び総門へ駆けだした。これなら良いかと思ったら又調子が悪いらしく、すごすごと引き返す有り様。この暑さで食中りでもしたらしい。又背中やお腹をさすってやると気持ち良さそうに目を細めている。人間なら何処が痛いとかむかつくとか言えるのだが、ハチは喋られないから、可哀想だ。しかし1日経ったらすっかり治って元気に走っている。「子を持って知る親の恩」。

投稿者 zuiryo : 20:20 | コメント (0)

2007年07月04日

臨時休業

特別なことが有ったわけでもないのだが、何となく8日間も休みんでしまった。今日からまた開店ですのでよろしく。いや〜まいったね!この蒸し暑さ、着物を着れば汗が出る、脱ぐと少々涼しすぎる。寝るときも蒲団を掛ければ暑いし剥ぐと寒いし、どっちかハッキリして欲しいものだ。ところで、「こころの杖」と「雲水物語」は反響がイマイチなのに比べて、徒然日記は意外と好評、「どうしてなんですかね〜」と、HP制作のN氏に云うと、「人の日記をこっそり盗見みする快感ですね。」だそうだ。先月末より腰痛再発で、このところ連日N治療院へ通っている。そこの若先生も私のブログフアン、「このところずっとお休みですね〜!」と、厳しいご指摘。で、今日は何が何でも書かなくちゃと思い立った次第。話がいろいろ飛ぶが、寝るときは何時も枕元のラジオを付け、タイマーで自動的に消えるようにしている。これが子守歌代わりになってすやすやと寝入る。ところがこのラジオが馬鹿になって、すやすや調子よく寝入った頃、一端切れたタイマーが再起動して喋り出すから目が覚めてしまう。あんまり腹が立ったからぶん投げてやった。
とまあ、世の中何事も思うようには行かぬものである。

投稿者 zuiryo : 19:46 | コメント (0)