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2019年08月30日

庭師

例年今頃から、10月開山諱に合わせて約1ケ月間、境内じゅうの庭木の手入れに入って貰う。私が住職して十年くらいはある庭師にお願いしていたのだが、だんだん老齢化で、大将の弟にあたる人が引き続きやって下さっていた。近年その方達も老齢化で、お寺の木は高いのが多いので少々危険ですからと、別の庭師を頼んで下さった、昨年初めてそのグループが手入れしたのだが、ハッキリ言って下手っぴ〜たらありゃあしないのだ。特に中庭の木斛に至っては、酷いったら酷い!ろくに葉っぱが残っていない有り様。以前の庭師を呼んで、この有り様は一体何だ!あんたが連れてきた庭師なんだから何とかしろ!と抗議した。職人は長い年月かかって腕を磨いて行くのだから、下積みの修行が居る。近年そう言う修行をする職人が居なくなったのでかくの如き次第となった。何とも嘆かわしい!

投稿者 zuiryo : 14:57 | コメント (0)

2019年08月27日

書道教室

遙か昔、鎌倉からこの寺に来て、間もなく書道の稽古を始めた。それは住職して間もなく知人から是非墨蹟を一枚お願いしますと頼まれたのが、切っ掛けである。条幅に墨痕鮮やかにすらすらと書いたら、酷いったら酷い!見られたもんじゃ〜ない。ナメクジがのたくったようなもので、とても人様に差し上げられるしろものではない。大いに下手っぴ〜を恥ずかしいと思った。そこで稽古をしなければ駄目だと感じ、どうせするなら超一流の人にお願いしようと思った。ひょんな事から身近なところに高名な先生が居られると言うことが解り、早速入門させて頂き、爾来三十数年間続けている。腕の方は一向上がらないが、何処がどう下手っぴ〜なのかが解るようになった。何事も根気が第一、見る目は出来てくる。だから書に対して慎みの心を持つことが出来るようになった。書道を続けて得たものの一番はこれである。

投稿者 zuiryo : 09:20 | コメント (0)

2019年08月25日

車の給油に・・・

今日車の給油に出掛けた。この辺で一度入れといた方が良いと思いわざわざ出掛けた。所定の場所に止め、タンクのホースも差し込んで、後はカードを差し込んで把手を引くだけ、ところが肝心のカードが見つからない。財布からカード入れからそこら中探しまくったが、一向にガソリンのカードは出てこない。仕方なく諦めて帰ってきた。後でこのことを友人に話すと、それなら現金で入れれば良かったのに〜!と言われて初めて気が付いた。バカバカバカ!!ノ〜タリン!!カードでなければガソリンは入れれないという先入観に凝り固まっている頭の固さよ!

投稿者 zuiryo : 19:07 | コメント (0)

2019年08月22日

吸収合併

お寺の世界では、長い歴史の間に様々な変遷を経て、何年も住職不在のところが出てきた。将来も無住状態が続くだろうと思われるお寺は、関連のお寺で兼務することがある。しかしそれでも尚先々住職する者はないだろうと思われる寺は、吸収合併する事が勧められている。そんな理由からうちの寺から約三十キロくらい山奥にあるお寺を吸収合併した。昨年そのお寺の嘗ての檀徒が、鳥居や歴史的経過を書いた碑文を立てたいという申し出が有り承諾した。今日それを見に行ってきた。鬱蒼と背丈ほどの草に覆われ、探し出すのに骨が折れた。またそのお寺の跡地に辿り着くまでが大変で、何年も前に一度行ったことがあったので、気軽に考えて出掛けたのだが、さっぱり解らない。あっちで聞きこっちで聞き、迷った末に漸く辿り着いた。田舎の道は近くて遠い。大汗かいて這々の体で帰ってきた。

投稿者 zuiryo : 22:02 | コメント (0)

下痢

今朝からお腹の調子が悪く、激しい下痢である。何か変なものでも喰ったのか、昨日のことをいろいろ思い出して見たが、いつもの食事で、何も変わりない。連日の暑さで胃腸が弱っているのかな〜?まるで水状態の便で、出し切った後もイマイチすっきり感がない。まだ出そうな感じ。朝から尾籠な話で恐縮だが、こうも連日暑くては胃腸も弱っているのだろう。それとも寝てる間に布団を蹴って、お腹を冷やしたのだろうか?本当は早朝より車で一時間くらいの所へ、吸収合併した寺跡の現状を見に行くつもりだった。近年そこへ元檀家が神社を建てたと聞いていたので、写真ではどんなものなのかは見たのだが、現場の様子は見ていないので・・・。近年無住寺院が増えて、そのまま放置しているといろいろ二次的被害が出るので、本山でも吸収合併を勧めているらしい。建物も何もなく寺跡のみでも、いざ吸収合併しようと事務を進めて行くと、まあ書類だけでも厚さ10センチくらいになるほど必要で、県庁へも度々出向き、その煩雑さには驚かされた。偶々事務に堪能な雲水がいたので無事に事が進み合併終了したが、私だけだったら多分途中で放り出していただろう。山奥の限界集落のような所で、ちょっと見に行くだけでもたいてやない。

投稿者 zuiryo : 09:16 | コメント (0)

2019年08月18日

前衛芸術的作品

あるお寺さんの五百年遠諱法要の引き物に色紙を頼まれた。このお寺さんは檀家も多く、一枚書いたものを印刷して差し上げるという。そこで難しい漢字の羅列より和文の道歌を書いて一枚お送りした。その際途中で角が曲がってもいけないと思い失敗作の色紙を裏当てにお送りした。今日その色紙を印刷したもの千枚持参された。これに印を押すため総代さん四名引き連れてきた。印刷の出来具合い如何にと拝見すると、二種類各五百枚づつですと仰る。エッ!私の書いたのは一種類ですが・・・?みると、角が郵送中に傷まないよう、裏当てにしたものまで作品と思われたようで、合計二種類一千枚印刷したものを持ってこられた。エエッ!!裏当ての方は途中まで書いて、こりゃ〜駄目だ!と墨黒々と×印してある。これが見ようによっては芸術的だそうだ。何か抽象的に坐禅の姿にも見えるらしい。ビックリポン!!今となっては取り返しが利かないが、いや〜これも良いものですよ!と涼しい顔して仰られた。世の中には間違い事はあるものだが、これには参った!確かに昔の禅僧の中には理解しがたい作品もあるので、ついに私のもその領域に入ったのだろうか?ばっばっばかなあ〜。

投稿者 zuiryo : 12:54 | コメント (0)

2019年08月17日

叩けよさらば開かれん、求めよさらば与えられんではなく、叩かなくてももう開かれていた、求めなくても既に与えられていたと解ることが東洋的無なのである。あるがままの姿を深く掘り下げてゆく所に東洋的叡智がある。

投稿者 zuiryo : 09:43 | コメント (0)

遷化

僧堂修行時代のちょっと後輩だった和尚が亡くなったと言う知らせを聞いた。以前はたまに遭うこともあったが、近年はとんとご無沙汰が続いた。そこへ遷化の知らせでビックリした。まだ80前だから、ちょっと死ぬのは、早いな〜という感じ。そのうちこっちの番かなとも思うが、親しかった友人が亡くなると、何とも寂しいものだ。僧堂時代の同僚というのは他と違って、特別な想いが山ほどある。お互いギリギリの所でやり合った中だから、その時は葛藤もあったが、今となってはどれも皆懐かしい。今よりずっと若い頃は知り合いが亡くなったと聞いても、何処か人ごとのような気持ちだったが、この年齢になると明日は我が身と感じられて、ジ〜ンと来る寂しさがある。それを思い知らされるのが親しかった友人の死である。

投稿者 zuiryo : 04:45 | コメント (0)

2019年08月16日

姪っ子夫婦ドイツ旅行

本当は私も一緒に行くはずだったが、左足痛のため断念、旅行中毎日のようにスマフォに旅日記を送ってくる。いよいよ最後、フランクフルトから電車でミュンフェンへ、前日予約をして、悠々と駅に行くと、そんなの知りませ〜ん!大慌てついにミュンヘンへ深夜到着となったそうだ。最後の晩餐は豪華版でと思っていたら、当てが外れてショボン〜!まあ自力で10日間ドイツ旅行が出来たのだから、それだけでも見上げたもんだ!

投稿者 zuiryo : 10:42 | コメント (0)

2019年08月14日

孟母三遷

私のうちは両親が小さな洋品屋をやっていた。朝早くから夜遅くまでコマネズミのように働いて我々四人の子供を育ててくれた。うちの裏側は真言宗のお寺さんの墓地だった。昔は全て土葬だったから、お葬式がある日は早朝から墓堀りの叔父さんが二人やって来て、ぶら下げてきた一升瓶の酒をちびちび飲みながら半日掛けて墓穴を掘った。他の兄弟は誰もそんな事には興味が無かったが、私だけ一人、墓堀が始まると異常に興奮した。それは葬儀が終わって葬列を組みいよいよ墓に棺桶を埋める瞬間が何と言ってもクライマックスだったからだ。こいつバカじゃ無いか!と他の兄弟からは白い目で見られたが、一向に意に介せず、そんな日は朝からウキウキしていた。近所のガキどもが集まってメンコやコマ回しなど一緒にやっていても、途中何度も抜け出しては棺桶を埋める瞬間を見逃すまいと、進捗状況の偵察に往き来した。いよいよその瞬間が来た。昔のことだから女性は皆喪服を着ていたが、棺桶が墓穴に入るとき、能面のようだった顔がグシャグシャになるほど大泣きをして、中には棺桶にしがみつく人まで居た。何とこの劇的な変化!これが小さいときの私の唯一の趣味だった。変人!!隣が墓地だったから私はお坊さんになった!

投稿者 zuiryo : 10:02 | コメント (0)

2019年08月11日

酷暑

連日36℃の酷暑が続いている。窓を開けるとまるで溶鉱炉から熱風がブア〜!と吹き込むような暑さである。どうしてこうも近年は異常高温が続くのだろうか?日中は冷房が欠かせない。小さい頃も確かに夏は暑かったが、近頃のとは暑さのレベルが違う。ちょっと動けば汗がダ〜ッとしたたり落ちる。これだけ汗をかいたら体重が落ちるかと言うと落ちない。むしろ夏太り傾向だ。食欲不振になるかと思うと、これがならない。更に万事ものぐさになって、ゴロゴロしてるから更に拍車を掛けて日に日に体重は増えて行く。新陳代謝が悪いから、専ら貯め込む体質なのだろう。外にすることが無いから専ら読書の日々である。

投稿者 zuiryo : 13:28 | コメント (0)

2019年08月05日

般若会

私がこの寺に住職して間もなく総代さんの一人が、こうして老師様をお迎えしたのだから、毎月二回早朝坐禅会を開いて頂き、その折何かちょっとお話をして下されば有り難いのですが・・・。と言うことで、般若会を立ち上げた。爾来30数年続いている。午前6時から一時間の坐禅・30分の話・朝食のお粥・抹茶とお菓子の茶礼という段取りである。私が直日(じきじつ)をやり、皆の背中をビシバシ叩く。これがまた好評で、皆競って合掌をして叩かれるのを所望する。参加者は会員性でほぼ毎年同じだから、坐禅後の約30分の話に困る。もう30数年になるので、年8ヶ月15回催されるので、年間15話要る。ざっとかぞえて525話になる。とっくり返しひっくり返し、話題を変えなければならないから、これが結構大変。一応話すときはパソコンで文章にしてまとめる。この原稿だけでもうずたかくなっている。まあこのお陰でボ〜ッとしてられないから、一生懸命勉強する。これが私へのムチである。有り難く頂いている。

投稿者 zuiryo : 05:46 | コメント (0)

2019年08月03日

花火大会

8月は二つの新聞社がそれぞれ長良川河畔で大花火大会を催す。当日は市内の道路は車で埋まり、地元の者はいい迷惑である。まっ、これを楽しみにしている人も沢山居るので、文句は言えないが、今日はじ〜っと部屋で引き籠もる日である。岐阜に来た当初、今よりず〜と若かったので、てくてく長良川河畔まで歩いて、見物した。今ではとても考えられないことで、遙か彼方から花火の打ち上げるときの爆発音を聞いて、やってるやってる!でお仕舞い。何事も労を惜しまず野次馬根性で出掛けた頃のほうが良かった気がする。花火だけに留まらず、何事にもこの野次馬根性が薄れ、只ぼ〜と過ごす日々は余り面白くない。

投稿者 zuiryo : 03:06 | コメント (0)

2019年08月02日

尺取り虫

8月1日から制間となる。9月14日までは朝参は今まで同様だが、晩参がなくなる。これだけでも大変な変化で、薬石以降の過ごし方がガラッと変わってくる。これは単に修行をサボっているのではなく、時間の配分をちょっと変えて、別の角度から修行をするのである。朝から寝るまで分刻みで時間に追われていた時と違って、ちょっとゆとりが出来て、こういうのも修行者には必要である。良く尺取り虫に例えるが、うんと縮んで、その力で思い切り伸びるのである。この強弱の繰り返しが大切なのである。

投稿者 zuiryo : 20:18 | コメント (0)