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2007年10月31日

耳を澄ませば

この間の夜はバキバキメリメリとイノシシの物騒な音がしたが、それは珍しいことで大抵は、し〜んと静まりかえった処から、虫の声が聞こえるという風情である。この季節は何時も、部屋は障子だけにして休むと、木の葉のかすかな音や虫の声、狸や野良猫がつくばいの水を飲むペチャペチャという音など聞こえて、まるで山奥の草庵に一人居る気分だ。この間新聞を読んでいたらこんな事が書いてあった。『テレビとラジオでは特性が異なる。例えば歌番組にしても、歌手が出てくるたびに、「老けたな〜」とか「相変わらず派手だな〜」などと、余計なことが気になって集中出来ない。で、目をつぶってみた。ものの数秒で歌に集中できたばかりか、その歌が流行っていた時代模様や、当時の自分までよみがえってきた。(途中略)某大学で教えていたころ、授業中の学生たちに5分間目を閉じて貰い、その間に気付いたことを全部書き出させたことがある。その一つ一つは彼ら自身の驚きと発見に満ちていて、体内の鼓動と生命の不思議や指のすきまを通る風まで書く学生もいた。現代人は視覚に頼りすぎだといわれる。時に目を閉じ、耳を澄ませば、呼び覚まされる感覚にハッとさせられることもあるのではなかろうか。』

投稿者 zuiryo : 11:04 | コメント (0)

2007年10月29日

イノシシ来襲

半月ほど前、夜中にイノシシがやってきて、隠寮の庭を荒らし回り、まるで鋤で掘り返したように杉苔を無茶苦茶にし、更に山際に積んであった丸太をゴロゴロ転がし深いところでは数十センチも穴を掘っていった。これはたまらんと思い、杉苔の上に紗を張り巡らし、杭で押さえつけた。これで良しと安堵の胸を撫で下ろしたところ、昨夜再び来襲、残りの杉苔を全て捲った上、山際の丸太辺を前回以上に猛烈に荒らし回り、穴ぼこだらけにして行った。雲水に聞くと、昨日の守夜の時、バキバキメリメリ音がし、イノシシらしい鼻息の荒い声がしていたという。市役所困り事相談室へ言ったところ、他にも何ケ所か同様にやられたところがあるそうで、猟友会に話しをしているところですと言うことだった。差し当たっては自己防衛以外にはないようだ。裏山じゅうをトタンで塀を作り囲うのが一番効果的と聞いたが、何百メートルにもなってしまい、簡単にはいかぬ。かくなる上は散弾銃でやっつけてやる以外にはないかとも思ったが、これは少々過激すぎると、思い止まった次第。そのうち猪鍋にでもして食ってやるからと、憤懣やるかたなしである。

投稿者 zuiryo : 18:34 | コメント (0)

2007年10月27日

陶工の卵

午後、知人が陶工の卵を連れてきた。40代頃より陶器が好きになり、会社勤めの傍ら多治見の陶工の弟子にして貰い、休日毎に通ってはこつこつ作陶を続けてきたという。何せただで教えて貰うため、使いっ走りから展示会の裏方まで何でもしたそうだ。今年60歳定年となり退職を機会に独立して、本格的な窯を作り作陶に専念するのだという。お金がないので敷地は知人の土地の一部を使わせて貰い、その代わりに陶器作りを教えるという交換条件だそうだ。窯も全て手作りで土を集め知人の協力も得ながらこつこつ作りつつあり、来年5月ゴールデンウイークに第1回目の窯を焚くのが目標だそうだ。師匠の窯で作ったという花入れ(伊賀焼き)を頂いた。独特の緑色が程良く広がって良い景色となっているなかなかの作品である。腕前もかなりな人だと解った。趣味もいろいろあるがここまでのめり込み、プロの域まで達するというのも出来ることではない。話を聞いていても人柄の良さが伝わってくる人で、これなら屹度思いは遂げられるだろうと感じた。

投稿者 zuiryo : 16:52 | コメント (0)

2007年10月26日

日々好日

10月はいつものことながら慌ただしい。開山忌・講中斎も終わってほっと一息ついたら、次々に用事が出来て大忙しである。今日も檀家の葬儀、享年90歳だから、年齢に不足はないが、お寺へも良くお出で頂いた方なので、引導の時、思わず胸がいっぱいになってしまった。生憎の雨模様、お詣りの方々にもご苦労お掛けした。帰山後は毎月寄稿している茶道誌の原稿書き、今日は来年12月掲載分を書き終えた。この位余裕を持って書いておかないと、小心者の私は慌てだしたら気が動転して、頭がぐちゃぐちゃになってしまう。29日に秋季祠堂斎があり、31日は隔宿諷経・総茶礼で、いよいよ入制大接心である。いつもの通りで、何も変わりはないのだが、冬の修行期間に入ると思うと、矢張り緊張する。世俗の苦労は何もせず、坐禅修行だけしてさえいれば世の中送れるなんて、贅沢の極みである。いつも思うことである。

投稿者 zuiryo : 21:23 | コメント (0)

2007年10月23日

見立て

知人で、一緒に旅行に行くと必ず現地の物を茶道具の一つに見立てて買い、帰って例えば水差しなら蓋を茶道具やさんにあつらえ、箱に納めて立派な道具として再生される方が居る。以前ベネチヤへご一緒したときも、ベネチアングラスの鮮やかなブルーの筒型のものを買われ、素晴らしい水差しに変身させた。今回もアイルランドで朝顔型のガラス器を購入、夏用の水差しになった。こう言うのを見立てと言うが、簡単なようでこれがなかなか難しい。西洋風に全く別の用途として作られた物だから、ずらり並んだ中から、これぞ!と見立てるのは相当日頃から茶道具に親しんでいないと出来るものではない。名物と言われるような立派な茶道具でお濃い茶を頂き、あとは薄茶の席で、それぞれ旅行の思い出と重なるような品々でまたお茶を頂くという趣向はなかなか良いものだ。個人的には旅行に行っても土産は一切買わず写真も撮らない主義で、味も素っ気もない私だが、こういう方を見ていると、買い物も工夫次第で結構意味のあるものだと思うようになった。

投稿者 zuiryo : 11:15 | コメント (0)

2007年10月21日

落語

私は小さい頃から落語が好きで、特に小学生の頃は、落語大全集20何巻を買い込んで、一生懸命覚えて部屋で一人落語を演じては得意になっていた。その後修行の道に入ってそんなことは遥か彼方、殆ど縁もなく過ごしてきた。岐阜の寺に転住して何年かした頃、落語の元祖と言われる安楽庵策伝が、岐阜出身で、彼が住職していた寺が岐阜の郊外にあって、毎年命日には有名な落語家が来て真前で、落語を演じ供養をするという話を聞いた。早速聞きに出掛けた。はじめに落語の研究では第一人者の関山和夫先生の落語に関する講義を拝聴し、落語家露ノ五郎の話を聞いた。久しぶりに聞く生の落語の魅力に圧倒され、爾来病みつきになった。普段はCDで、今、古今亭志ん朝にはまっている。人情話しが特に好きで、同じ話しを繰り返し聞き込んでゆくと、練り上げられた話芸に舌を巻く思いである。元々落語はお説教から発したもので、お寺とは深い繋がりがある。話術の勉強と称して、今日もドヒャ〜、イッヒッヒ、と独り品なく笑い転げている。

投稿者 zuiryo : 14:57 | コメント (0)

2007年10月17日

湖南三山

ともしび会秋の旅行のお供で、琵琶湖南にある善水寺・常楽寺・長寿寺をお詣りした。奈良時代天皇の勅命により鎮護国家の道場として草創され、現在の建物は約六百数十年前の国宝の本堂や仏像の数々、素晴らしいものばかりだった。湖東三山の方は夙に有名で、この辺の人なら必ず一度はお詣りするほどポピュラーな寺だが、湖南三山は2年ほど前、市町村合併で三つの寺が同じ市になったのを機会に3ケ寺が一致協力して宣伝するようになったのだそうだ。全て勅願寺のため何処も檀家は1軒もなく、建物の維持管理は並大抵ではないようだ。ご苦心されている様子が伺われた。こうしてお詣りの人が徐々に増えてくれば、活路も見出されるのではないかと感じた。ぼつぼつドウダンも色づき始め、間もなく紅葉も見られるようになり、お詣りの人々で賑わうことだろう。現代はこういう形で貴重な文化財を守ってゆくということだと思った。檜皮葺の屋根、優美な稜線、素朴な参道の雰囲気、どれをとっても実に良い感じの寺々であった。

投稿者 zuiryo : 20:00 | コメント (0)

2007年10月15日

朋、遠方より来る

午後、嘗て鎌倉にいた頃知り合いの和尚連中13人が訪ねてきた。部内旅行で、早朝神奈川を出立してバスで岐阜へやって来たのだという。これから高山に廻りその後、白川郷を見学して帰るのだそうだ。私が住職していた頃から世代交代で、顔ぶれは大分変わってしまったが、当時僧堂で雲水修行中だった方も居られて、思い出話に花が咲いた。何年経ってもこうしてはるばる訪ねて来てくれるのは嬉しいものだ。午後からハチは専門の美容院でシャンプー、4時前に戻ってきたが、ピッカピカ、サービスに首に緑色のハンカチを巻いて貰って、颯爽としていた。明日はまた医者へ連れて行くので、その前に磨き込んだというわけ。私は午後整体治療院へ出掛けた。本来は昨日が把針灸治なのだが、講中斎で1日延びて今日になったので、体の整備にでかけたのである。急な冷え込みで少し腰痛気味、転ばぬ先の杖である。

投稿者 zuiryo : 21:01 | コメント (1)

2007年10月14日

講中斎

凡そ20年前、瑞龍講を興し、二百軒ほどの信者さん方に会員になって貰った。お返しに瑞龍たよりを発行し、また年一回、施餓鬼供養をし、少しお話を聞いて頂いた後、食事を召し上がって頂く会を設けた。10年ほど経った頃、お詣りの皆さんにも参加して頂く法要の方が良いのではないかと考え、爾来布薩会(ふさつえ)を行っている。これは懺悔の拝を繰り返しするもので、楽ではないが好評である。今日は午前10時から布薩会・無門関7則「趙州洗鉢」の話し・食事、午後1時前には終わった。小憩、ハチをおしっこに連れて行き、山歩き1時間20分一汗掻いて帰山後、日曜大工店へ出掛け植木道具を購入。雲水たちは後片付けで大忙し、夕方には全て終わってほっと一息ついた。10月は何かと行事が多く、この後も団参、関係寺院の晋山式、開講、秋季祠堂斎、禅学林講座等々、月末にかけて気の抜けぬ日々が続く。

投稿者 zuiryo : 20:10 | コメント (0)

2007年10月12日

後継者

お寺では伽藍の維持と共に後継者育成が重要な問題である。例えばうちの場合なども、私の次を誰に引き継いで貰うかは、道場の存亡にかかわる重要事項である。今時、馬鹿になって20年もじっと修行し続ける者は希有で、そう言う状況下、後を受け継ぐ者を育てて行くことは至難のわざである。さて一般寺院の場合は、息子がいれば弟子として育て、大学卒業後は専門道場に入門、一定期間修行が済めば晴れて後継者となるわけである。しかし意外と娘ばかりという寺も多い。そうなると誰か後住として迎え、出来れば娘と一緒になってくれれば、これで万歳ということになるが、これがなかなか難しい。僧堂時代から気が合い、爾来大変親しくしている和尚のところは、一人っ子の娘、以前から後継者をと苦心惨憺していた。今日お目に掛かると、何と最近良い相手が見つかり目出度く寺に迎えることが出来たというではないか。満面に笑みを浮かべて話す彼の嬉しさがじわ〜っと伝わってくるようだった。お互い立場は違え、良い跡取りを見つけるのは、本当に大変なことだと改めて思い知った。

投稿者 zuiryo : 14:45 | コメント (0)

2007年10月10日

恒例の漢学塾へ出掛けた。今日は日本書紀の巻第一、神とは何ぞやについての講義。例えば英霊は靖国神社に祀られるが、では誰が神にすると決めたのか。現在でも自衛官が事故などで死ぬと靖国に祀られ英霊となるそうだが、例えばクリスチャンだったらどうなるのか?神の正体は・・・・。宇宙は混沌の中にほのかにきざはしが現れ、恰も泥水が次第に澄んだ上水と濁った泥が沈殿して下に溜まるように分かれる。上を天といい下を地という。然る後神がその中より生まれた云々・・・。万物は神が作られたという考え方とは全く違い、まず万物があってその中の一つとして神が出現したのである。本日の講義はここまで、つづきは次回。我々もよく神社にお詣りするが、あれは一体どういう神に頭下げてるんですかね。そういうの、考えたことあります?八百万の神といいますね。路傍の石ころ一つも神、万物悉く神ならざるはなし。しかし本当にそう思って生活している人あるのかな〜。はなはだ疑問である。

投稿者 zuiryo : 21:12 | コメント (0)

2007年10月07日

報恩接心

開山忌明け早々に、大応国師遠忌の報恩接心に雲水4名、早朝より出立した。本来なら開山忌円成で、今日は把針灸治の休息日なのだが、ご苦労様である。留護の者は午前6時から光陽会坐禅のお世話で、これまた忙しい。約20名ほどの参加で、9時には終了した。参加者の中にはるばる福岡から来た人があり、是非相見という申し出だったのでお目に掛かった。女性能楽師で、福岡を中心にご活躍のようである。たまたま同じ流派の方で、岐阜で活躍されている人のことをお話ししたら、よくご存じであった。不思議な巡り合わせに驚いた。僧堂も10月は何かと行事が錯綜して多忙な時期である。11月1日が入制だから、本来は他事には一切関わらず、修行に専念したいところだが、なかなか思うようにはいかぬ。専門道場といえども、世間と全く没交渉では成り立たないわけで、その辺の兼ね合いが難しい。このところ急に秋めいて、虫の声がしきりである。障子越しに涼しげになく虫の音を聞きながら寝るのもいいものだ。

投稿者 zuiryo : 20:06 | コメント (0)

2007年10月06日

開山忌

5日・6日、恒例の開山忌は好天に恵まれ首尾円成。今年は休日と重なった為か、出頭寺院は少なめ、やや寂しい感じであった。この時期は例年結構むし暑く、法衣から袈裟の上まで汗が噴き出るほどなのだが、今年は爽やかな風が吹き抜け、気持ちよく、ほとんど汗も掻かずに終わった。宗盟心という言葉がある。自分が今在るのは誰のお陰かを忘れずに、御恩報謝することである。目先の利害損得に振り回されずに、底に在る大恩を常に思うこと、その為のご恩返しをすることが大切。まっ、誰も返せ〜!なんぞとは言いませんが・・・・。大行事は跡片付けがまた大変、大半の者は終わるとさっと蜘蛛の子を散らすように帰ってしまう。何人か超真面目者が残って雲水と一緒に遅くまで手伝ってくれた。有り難いことだ。こういう者を宗盟心の篤い真の禅僧というわけである。

投稿者 zuiryo : 16:11 | コメント (0)

2007年10月03日

庭掃除

このところ開山忌のために連日外掃除が続く。1週間前にも檀徒30名ばかりで一斉に掃いてくれた。しかし木の葉は待ってくれない。あっという間に元の木阿弥、又全員で庭掃き、今日は朝から尼僧堂の雲水も荷担してくれて、もうこれで4度目の一斉掃除である。箒目が立っていなければ綺麗とは言えぬ。だから前日に、もう一度ひと掃きしなければならない。これが僧堂の掃除である。一見無駄な繰り返しのように見えるが、そうではない。3返も4返も掃き込んだ庭は、前の分は消えてしまったたようで、実は残っているのである。良く行事の前日に慌ててざっと掃いた庭を見ることがある。木の葉は落ちていなくとも、庭にしっとりとした落ち着きが感じられない。人間もこれですね。ところでハチがアトピー性皮膚炎に罹った話しはしましたが、依然として芳しくない。そこで体質改善をしなければ行けないと言うことで、まずはドッグフードを医者の処方に従って換えた。ところが2日目に「フン!」と横向いて食べない。次のに換えたら今度はもりもり食べる。ところが下痢になった。そこで胃腸薬を飲ませている。まったくもう!人間より手がかかるわい。

投稿者 zuiryo : 20:52 | コメント (0)

2007年10月02日

衣替え

10月に入って急に涼しくなった。衣替えのシーズンである。今日は静岡のR僧堂の開山忌に出掛けた。いつもは出頭後、大汗掻いて着替えるほどだが、涼風吹き抜け、誠に快適。雲水も沢山居て、羨ましい限りである。さて、我が方も目前に開山忌を控え、庭掃除・荘厳・出斎支度などで連日てんてこ舞いの忙しさである。そこで雲水に訓示、懇ろに法要儀式を行うのも開山さんに対する報恩の行だが、たった一日のために、炎天下、重労働の作務を何ケ月も黙々とやる雲水の報恩はなお尊い。こういう行は絶対に雲水修行中でなければ出来ないのだから、よ〜く、味わって苦労せい!話は変わるが、先日嘗て鎌倉に住んで居られた方と話す機会があった。岐阜の暑さが話題に上り、お互い顔見合わせながら、「本当に鎌倉は涼しゅうございましたわね〜。」と、昔を偲んだ。炎熱地獄の岐阜に住んで25年、大分鍛えられてきたが、まだまだである。しかしこれから秋にかけてはベストシーズン、いつも隠寮庭の紅葉を独り占めで眺めながら、矢っ張り岐阜に住んで良かったな〜としみじみ思う。

投稿者 zuiryo : 16:53 | コメント (0)