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<title>禅僧の徒然日記</title>
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<title>森林浴</title>
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<description><![CDATA[<p>私はほぼ毎日散歩に出かける。散歩と言ってもぶらぶら暢気に歩くのではなく「速歩」である。ひとえに運動のためだから、かなり真剣に歩くのだ。今までは寺の北側奥に広がる葬儀場が林立するさびし〜いところを歩いた。ここだと道路に信号が無く、一々立ち止まる必要がないうえ、ほとんど人に会わないし、この寂しさが又良いのだ。以前はもっぱら裏山を歩いていたが、だんだん山登りが大儀になってきたので、このところ葬儀場コースに変更したのだ。ところがだんだん暑くなってくるとこのコースは不向きである。カンカン照りのうえ更にアスファルトで下からもむっとする暑さだから堪らない。で、これからの季節は多少しんどくとも裏山コースとなる。そこで今日から始めたのだが、快適と言ったらない。幅１メートルほどの舗装された山道は木々が頭の上まで覆い、少々の雨なら傘要らず、外気温は２５度を超えていても涼しい風が吹き抜けてほとんど汗も掻かずに歩ける。自然の力のすごさを肌で実感する。今年の夏は全原発停止で節電が言われている。都市ではクーラーなしでは酷暑を乗り切ることは出来ない。コンクリートとアスファルトで固めたような、緑１本ない所ではもろに強烈な太陽にあぶり出され、少々緑のカーテンをしたところで、焼け石に水である。私も５月始めに朝顔を植え、今小さな芽が出てきたところだが、もっとペースを上げて大きくなってくれないと、暑さに間に合わないな〜と心配している。うちのお寺は岐阜城に繋がる金華山の山並みが南に一番せり出した先端にあり、道路から約１００メートルほどの参道一番奥に位置しているため、ほぼ周囲は山に囲まれている。窓を開ければ一面の山の緑で、小鳥のさえずりが喧しいほどである。こういう良い環境の所だから、街中の家がぎっしり詰まっているところに比べれば別天地で、窓を開ければいつでも爽やかな風が吹き抜ける。それでも日本一暑い岐阜の真夏の暑さには負ける。部屋ではほとんどパンツ１枚生活だがそれでも尚暑い。皮を剥ぎたい位なのだから、この鬱蒼とした緑をもってしても適わない酷暑はいったいどうしてこうなのだと天に向かって文句を言いたい位だ。</p>]]></description>
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<title>「７０歳死亡法案、可決」</title>
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<description><![CDATA[<p>この間姪っ子から、「叔父さん、面白い小説があるから送るわね」と言ってきた。しばらくすると、垣谷美雨著の表題の本が送られてきた。題名からして誠に過激なもので、興味津々読んでみた。冒頭には週刊新報に掲載されたという文章が載っている。この部分も既に小説の一部になっているわけだが、『七十歳死亡法案が可決された。これにより日本国籍を有する者は誰しも七十歳の誕生日から三十日以内に死ななければならなくなった。例外は皇族だけである。尚、政府は安楽死の方法を数種類用意する方針で、対象者がその中から自由に選べるように配慮するという。政府の試算に依れば、この法律が施行されれば、高齢化による国家財政の行き詰まりがたちまち解消されるとしている。施行初年度の死亡数は既に七十歳を超えている者を含めて二千二百万人で、次年度以降からは毎年百五十万人前後で推移する。この十年、少子高齢化は予想を上回るペースで進み、それに伴い年金制度は崩壊し医療費はパンク寸前、さらに介護保険制度に到っては認定条件をドンドン厳しくしたにも拘わらず、財源が追いつかなくなっている。戦後日本は急速に食糧事情が良くなり、医療も進歩し、日に日におかげで平均寿命を更新している。はたして長寿は人類に幸福をもたらしたであろうか。本来ならば喜ばしいはずの長寿が、国の財政を圧迫する原因となっただけではなく、介護する家族の人生を台無しにするような側面があることは今や誰も否めない。今後も世界的議論を呼ぶところだ。施行は二年後の四月一日である。』。さて小説の内容だが、老人介護に振り回されて精も根も尽き果てた主婦がすべてをほっぽり出して家出、その後今までは無関心で自分本位だった亭主や息子が俄然頑張り、代わって介護をすると言う筋立て。それからすべてが丸く収まってハッピーエンドとなるのだが、世の中そんなうまい話はない。現実はもっと悲惨な結果に終わると思うが、まっ、そこは小説、作り話だからこれで良しとする。ここで興味深いのはもし七十歳で死ぬことがはっきりしているとしたら、老人が溜め込んだ預貯金も七十歳までに使い尽くすとなれば大いに消費も盛り上がり景気が良くなるかも知れない。しかもいつまで続くかも知れなかった老人のケアーもきっちり七十歳で終わるのだから、若者一人で四人を支えなければならないなどと言う絶望的な状態も一気に解消する。そうすれば若い世代ももっと溌剌として将来に希望がもて、世の中全体が今よりずっと元気になるような気がする。ところで私は満七十歳まで後四ヶ月少々だ。どうやって完全燃焼して死のうか考えよう。</p>]]></description>
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<dc:date>2012-05-17T16:38:41+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/05/post_766.html">
<title>ボロ着て奉公</title>
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<description><![CDATA[<p>今の季節は楓やドウダンが一斉に新芽をふき、部屋の窓を開け放つ早朝は、いろいろな小鳥が一斉にさえずり、それは賑やかなことだ。その中でフクロウの鳴き声が山の奥から聞こえてきた。ちょくちょくではないが今までにもたまに夜聞いたことがあるが、早朝は初めてのことだった。昔からフクロウの聞きなしは、「ボロ着て奉公！」と言われているが、どう聞いてもそうは聞こえない。昔の人は我々とは違って自然と一体になって生活していたから、感性も豊かだったのかも知れない。新緑も四月初め、小さな芽が吹き出し、あれよあれよという間に数日でびっしり葉で一杯になる。そのころの若葉の美しいと言ったらない。ちょっと言葉では表現できない新鮮さで、「滴翠」とはよく言ったものだと思う。何だか見ているだけでもこちらが命を貰うような気がしてくる。しかしそれも１週間もするとたちまち色あせて、普通の緑色になってしまう。ところで２，３日前、早暁カラスの大群が突如として隠寮の庭の上を旋回、バサバサと大きな羽音をさせぎゃ〜ぎゃ〜となきわめいていた。小鳥たちはびっくりして木陰で息を潜めている。この傍若無人ぶりと悪声、むか〜っときて、今に見ていろ！カラスの焼き鳥にして食ってやるから！</p>]]></description>
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<dc:date>2012-05-10T04:44:51+09:00</dc:date>
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<title>「ふたふし」の茶杓</title>
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<description><![CDATA[<p>昨年１１月、７０歳５０年３０年で七五三になるところから、坐禅会員を中心に皆で祝って呉れた。茶事では筆頭の総代さんが道具類をすべて整えて下さった。その時使った茶杓の銘が「ふたふし」と言うもので、茶杓に二つ節があるものだった。お茶がひと当たりまわったところで道具類の拝見となり、会員の中の一人が茶杓に虫食いの穴が開いており、それが良い景色になっていると指摘した。「良くお気づきになりましたね〜！」と言うと、「私の商売は虫を退治することで、日頃から虫食いの穴には特に注意しておりますので、それですぐ気が付きました」と仰った。「な〜るほど！」。その時頭にピ〜ンときた。かねてから本堂障壁画が虫に食われて白い斑点となり原因が分からず困り果てていたので、早速その話をして、「一度見に来て下さいませんか」、とお願いした。その場で快く承諾してくれた。間もなくお寺にやってきて本堂を調査、畳の下に敷いてある防虫シートが原因でそれをエサにした虫が下から這い上がって、墨に混ぜてあるニカワを食べるために紙を食べたと言うことが解った。虫の沸くのは少し温かくなってからですからその頃改めて調査に参りますと言うことだった。それが昨日、社長さんと責任者の方がやってきて、本格的に調査し虫を特定し、防虫対策を施すことになった。しかも費用はすべて寄付させていただきますと言う有り難い申し出である。これもその方が坐禅会員だったこと、七五三茶事に参加されたこと、道具拝見でふたふしに丁度虫食いの穴があったこと、これらすべてがどんぴしゃり合った故である。世の中は何とも不思議なことが起こるものである。</p>]]></description>
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<dc:date>2012-05-07T21:26:11+09:00</dc:date>
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<title>百足シーズンイン</title>
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<description><![CDATA[<p>いよいよムカデのシーズンに入った。山際に住むというのは早朝から小鳥がさえずり、ウグイスも鳴いて、それは良いものだが、唯一困ることは秋頃までずっとムカデが出没することである。ムカデも大型中型小型とあって、まっ、小型はどうっつことはない。中型も刺されると相当痛く腫れるが、これも自宅治療で何とかなるから心配は要らない。問題は大型である。背中は真っ黒、腹は真っ赤、長さも１０数センチはゆうにあり、ザワザワと歩く足音が大きい。何せ百足と書くくらい足の数が多いから足音も相当なもので、黒光りした背中とこの足音を聞いただけでも身が縮む。これに刺されたらすぐに医者へ飛んで行って血清をうって貰わなければならない。マムシと同じである。こういう恐ろしい奴がうちの山にはうようよ這いずり回っていて、水を好むらしく梅雨になるとぞろぞろと出てくるのだ。以前は防御法がいまいち不完全だったために、就寝中雲水が刺されて大変な目にあった。最近農協に強力な粉末薬があって、これを段ボールで大量に買い込み、寺じゅうの土台まわりに線状に防御ラインを張り巡らすので、これを突破してくるものはいない。つい先日、早くもこの防御ラインの寸前で行き倒れになって、真っ赤な腹を出してひっくり返っているいる大型ムカデを見た。しかし問題はお寺は建物が多く、これらすべてを線状にこの強力薬で囲むのも、なかなか費用の居ることである。又ムカデの出るシーズンと梅雨が重なり、強力薬が水に濡れると効果が激減するため、撒くにもいろいろと工夫が要る。ネズミにはネズミ返しという良いのがあるが、ムカデにもムカデ返しというのを誰か考えてくれないかな〜と思っている。</p>]]></description>
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<dc:date>2012-05-05T10:28:26+09:00</dc:date>
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<title>緑のカーテン再び</title>
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<description><![CDATA[<p>去年は節電で緑のカーテンが流行語にもなるほど騒がれたが、今年も昨年以上に節電が必要のようだ。全原発が停止になる気配である。幸い中部電力は賄えそうな雰囲気だが、それとは別に少しでも無駄な電力は消費しないように、今年は早くも緑のカーテン作戦を始めた。もう苦瓜はやめにして、三日前に朝顔の種をまいた。こうすれば毎日苦瓜の収穫に追われることもなく、綺麗な花を眺めているだけで涼を得ることが出来るわけだからこんな良いことはない。毎朝水を撒いて、「早く芽を出せ！」と呼びかけている。さて話は変わるが、ノラクロだが、２匹になってしまった。今朝いつものように可愛らしい声で、「ニャ〜ゴ！」と鳴くのでエサをやると、何だかしきりに後ろを気にしながら食べている。変だな〜とよく見ると、そっくりな黒猫がもう一匹いるではないか。どうもそいつの方が強いらしく、警戒を怠りなく、いつでも逃げられるようにしているのだ。ほとんど区別が付かない位そっくりで、強いて言えば毛並みのつやつや感がうちのノラクロの方が食糧事情が良いためか光っている。一方強い新参者はややくすんで目つきも悪い。そこで何とか目印を付けなければと考えた。首輪でもするかとも思ったがそれでは野良でなくなるので、白色のスプレーを買ってきて、餌を食べているすきに尻尾の先っぽにシュッ！とかけてやったらどうかと思案中である。</p>]]></description>
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<dc:date>2012-05-04T21:17:32+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/05/post_762.html">
<title>無呼吸症候群</title>
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<description><![CDATA[<p>万事気にし屋の私は、今度は無呼吸症候群が気になりだした。きっかけはうちの雲水で、病院へ治療のために通っていたのだが、医者から思わぬ指摘を受け、詳しく調べたところ重症の無呼吸症候群と解った。マウスピースぐらいでは駄目で、今は睡眠時、機械で強制的に空気を送り込む療法を取っている。本人は全く無自覚で、幸い医師から指摘されて事なきを得たわけである。そこで気にし屋がむくむくと頭をもたげた。早速録音機を購入、睡眠中のいびきを録音した。午後１０時半に寝て午前３時起床だから４時間半、聞いた。約３０分経過したころより激しいいびきである。そのうち約１０秒位いびきが止まり、その後フ〜ッ！と息を継いでいる。コレダ！ついに無呼吸症候群発見！すぐにインターネットで検索、いろいろ調べた結果歯医者さんで診て貰うと良いらしい。すぐさまかかりつけの歯医者さんに電話して事情を話し早々に予約を取り付けたと言う次第。私の場合一日だけの録音だが、１０秒以上も呼吸が止まるというのはそう頻繁ではないので、自己診断だが重症ではなさそうである。しかし４時間半の睡眠中ず〜と酷いいびきが続いており、こんな風だったとは思いも寄らぬ事であった。調べたところによると、口腔内が狭いひとほど舌が気道をふさぎやすく、そのため呼吸が止まるのだそうだ。以前別の歯医者で治療していたとき、上下の歯全体を石膏で型を作ったのを見せて貰ったことがある。その時中年女性の或る患者の歯形と並べて、「あなたのは非常に小さいと言うことがよく解るでしょう」、と説明されたことがある。なるほど小さく、まるでそのご婦人の子供サイズなのだ。私は顎がほっそりとしていて、外見上も解るそうだ。俗に言うエラが張っていないのである。な〜るほど！よくご飯が口からこぼれるのはそのためだったのかと改めて納得した。起きたとき口がカラカラに渇いていることが良くあるが、これなども関係がありそうだ。それにしても何だか私は病気の問屋のようである。</p>]]></description>
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<dc:date>2012-05-02T11:22:02+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/04/post_761.html">
<title>卓宗会</title>
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<description><![CDATA[<p>私が住職してから間もなくして、朝の勤行中突然雲水が苦しみだし、救急車を呼んで近くの病院に担ぎこんだのだが、その時には既に心臓は停止状態、電気ショックを何回か試みたものの、あっという間に死んでしまった。私も雲水達も狐につままれたような気分で、呆然とした。医師の診断は急性心筋梗塞と言うことだった。後日親御さんからそう言う病気を兼ねてから持っていたのか聞いたところ、全くないというのだから、益々不可解な死だった。ご両親の落胆は勿論だが、我々もついさっきまで一緒にやっていたのだから、何とも納得のいかない思いであった。それから残った者でしばしばお墓詣りをするようになった。三重県の海岸線が入り組んだ交通不便な所だったが、無念な思いで死んだ同僚を思いお詣りした。そんなことがきっかけで、当時居た者の仲間で彼の僧名を付けた会が設けられ、三重県方面の温泉地に一泊してお墓詣りをするのが恒例になった。これが卓宗会のそもそもの発足理由である。その後暫くこのパターンで続けられたが、そのお寺も老僧が亡くなられ、お母さんはご長男の所へ身を寄せられ、全く面識のない後住さんが入られた。又当時を知るものも少なくなり、名前だけ残って、今は私の元で修行した連中の年１回の集まりに変わった。今回は小田原の会下の和尚が幹事役になって、箱根に集まった。私にとって箱根は小さい頃の想い出が沢山詰まった地で、久しぶりに訪れ懐かしさで一杯になった。生憎の雨降りでお天気には恵まれなかったが、嘗てどうしようもないガキ連中が、今では立派な和尚さんになっている姿を見るのは、嬉しいものである。ところで、勿体ないような豪華な部屋を使わせて貰ったのだが、少々枕が堅く、高めだったため、翌朝首肩がぱんぱん、帰って早速いつもの中国鍼へ出かけ治療して貰ったが<br />
、未だに首がうまく回らない。さりとて枕を抱えて旅行と言うわけにも行かず、本当に厄介な首を持ってしまったものだ。</p>]]></description>
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<dc:date>2012-04-30T08:15:49+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/04/post_760.html">
<title>土屋禮一展</title>
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<description><![CDATA[<p>昨日は大垣市の「スイトピヤ２０周年記念・土屋禮一展」の開場式に行ってきた。土屋先生はうちの本堂の障壁画を奉納して頂いた方で、今回も上間の間の「瑞龍図」をお貸しして展示した。１０時からの開場式には地元の方々や日本画家など遠近より沢山来られ、先生の評判の高さを垣間見る思いであった。又同時に絵本作家の奥さんの絵も沢山展示され、これが又大変面白い作品ばかりで、大いに楽しませて頂いた。サドルにＴシャツを着せた「サドル犬」・蛙の膨大な数の収集品を様々に組み合わされた作品等々、どれもユニークで、いかにも奥さんらしくて、ほほえましい限りであった。市長さんや先生と用意された昼食をご一緒した後、午後１時から先生と熊崎先生の対談があった。この中で土屋先生の話が我々の禅に、ぴったり添っていたのには、改めて驚かされた。桜の堂々たる古木に、僅かに花びらが描いてある作品と、曲がりくねった椿の老木に小さな真っ赤な花が描いてある、この二つの作品には特に心惹かれた。どちらも描かれた老木は一応存在するというのだが、出来上がったものは現実のものとは全く違って、それぞれの老木に込められた土屋先生の心の表現だという。先生が最も敬愛する恩師と一緒に雪の中を歩いたとき、ついに最後まで先生のお陰ですと言えずに別れたことがあるそうだ。お礼の一言も言えずついに亡くなられてしまってから、はらはらと舞う雪を見ると先生の顔が浮かび、自分にとって雪は先生の形見ですと言っておられた。また少年の頃、父親に背いて独りぽっち原っぱに寝ころんで見たときの雲は、父親の化身ですとも言っておられた。この世のものはことごとく自分の心の現れですと断言されていた。これらは全く禅そのもので、芸術の世界も究めた人というのは、図らずも禅に符合するのだということを知り、我が意を得たりの思いであった。</p>]]></description>
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<dc:creator>zuiryo</dc:creator>
<dc:date>2012-04-29T20:49:48+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/04/post_759.html">
<title>真似乞食</title>
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<description><![CDATA[<p>私は３０年来書道の先生についてずっと稽古をしている。瑞龍寺に住職して間もなくある信者さんから墨跡を書いて欲しいと頼まれた。一応押す印はこちらへ転住した折り、鎌倉の友人が勿体ないような上等な印をプレゼントしてくれた。これからは墨跡を書く機会もあるでしょうから、その時にどうぞお使い下さいという温かい気持ちである。押す印はそれで準備は整っているのだが、墨跡を書くのは生まれて初めてである。早速紙屋へ行って半切を購入、いざ墨をすって何枚か書いてみたのだが、これが酷いの何のってとても見られたものではない。ましてや他人様に貰って貰えるような代物ではないのだ。しかし一端引き受けたからには出来ませんでしたと言うわけにも行かず必死な思いで何枚も何枚も書いた。書けば書くほどへたっぴ〜で本当に困り果てた。仕方なく少しましなのを一枚選び出し差し上げた。爾来墨跡が頭痛の種になった。そんなある時、信者さんの家にお邪魔したとき、床の間に立派な書が掛けたあった。「これはどなた様のですか」と、お尋ねすると、高名な書道の先生の書かれたもので、この先生に家に毎月来ていただき、仲間数人と稽古をしていると言う。早速私も仲間に入れて貰うことにした。これが縁でずっと稽古を続けている。書道の基本は先生のお手本をひたすら真似ることである。我流はいけない、自分を無にして忠実に真似をすることが稽古なのだ。私はそれを３０年間続けてきたので、今では先生も感嘆の声を上げるほどそっくりになった。半切を２枚書いて貰い、それを横に置いて私が書く。そっくりなんてものじゃない、瓜二つなのである。だから書き終わったら先生のお手本の落款の下に四角いマークを付ける。そうしないとどっちがお手本か解らなくなるからだ。このように真似も永年続けると真似力がついてくる。ところが困ったことになったのだ。今度は何をしてもすべて真似てしまう癖が付いてしまった。１０年ほど前から絵を始めた。スケッチへ出かけると、必ず先生の右後方に位置を決める。まず鉛筆でざっとアウトラインを決め、それから精密に書き上げて行くのだが、私は肝心の景色の方は全然見ずに、目は先生の手元から離れないのだ。先生がぴ〜と書くと同時進行で私もぴ〜と書く。絵の具で彩色する場合も同様で、ぺっぺっと先生が塗るとすかさず私もぺっぺっと塗る。だから出来上がった絵は先生とそっくりになる。真似力も時と場合で、スケッチの真似はいただけない。しかし３０年真似のキャリアは染みこんでいてどうしてもそうなってしまうのである。いかにオリジナルの絵を描くか、これが目下私の一番の悩みなのである。</p>]]></description>
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<dc:creator>zuiryo</dc:creator>
<dc:date>2012-04-21T14:54:26+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/04/post_758.html">
<title>カラスのカー子</title>
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<description><![CDATA[<p>ハチが死んで１年半、生前可愛がってくれたハチファンが沢山居て、花とお供えは絶えたことがない。そこに目を付けた猫のノラクロとカラスのカー子が、お供えするやいなや何処からともなく遣ってきて、さっともって行く。特にカラスのカー子は相い向かいの電話線に止まって待機しているのだから堪ったものではない。ところが猫のノラクロも負けてはいない。それよりも素早くくわえて行ってしまう。地上戦と空中戦の攻防である。今日もカー子の方が負けでガクッと来たのか、入れ物をくわえて車庫の屋根の棟に持って行ってしまった。見ると棟にちょこんとハチのお供え用入れ物が陽に輝いてピカピカしているではないか。聞くところによるとカラスは光り物が好きだそうで、腹いせもあって持ち去ったようだ。梯子を掛けて取りに昇らなければいけないかな〜と思っていたら、春風に飛ばされてころころ下に落っこちてきた。さて一方猫のノラクロだが、最近は雲水共が可愛がってこまめにエサを遣るものだから、すっかりお寺の飼い猫気分で、側を通っても平気で毛ずくろいなどして、逃げもしなくなった。中でもとりわけ動物好きの一人の雲水は頭をなでたりしてもへいきだそうだ。野良猫は近くまでは寄ってきても決して身体には触らせないと聞いたことがあるが、ついにここまで来たかと言う感じである。何だか私もノラクロをなでてやりたいな〜と言う気がしてきた。</p>]]></description>
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<dc:date>2012-04-17T20:19:29+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/04/post_757.html">
<title>急遽植樹</title>
<link>http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/04/post_757.html</link>
<description><![CDATA[<p>先日恒例の市営墓地へ一人花見に出かけた。４月中旬になって満開とは驚きだが、ぽかぽか春の陽気に誘われ静まりかえった墓地の花見もなかなか良いものだった。しかし境内に桜の木が１本もないというのは何とも寂しい限りで、山内７ヶ寺を代表してうちで植えることにした。出入りの植木屋にその旨依頼すると、ちょっと植樹の時期としてはやや遅きに失しており微妙なところですが、まっ何とかやってみましょうと言う返事。桜はご存じのとおり花が終わると梅雨時に掛けて虫がわき、それが済むと今度は半年以上掛かってぱらぱら葉が落ち続けると言う厄介者。そこで植える場所は落ち葉があまり目立たず、花はよく見える格好の場所を見つけた。高さ２メートルほどで既に花が着いていて小さな花見が出来た。このついでに高野槙を移植した。これは１０年ほど前、四国８８ヶ所遍路の旅を、全行程歩いて回り、最後、高野山にお礼参りした折り記念に高野槙の苗を買ってきた。居室の前の僅かな場所にちょこんと植えておいたのが、年々成長して２メートルほどにもなった。すくすく成長してくれたのは良いのだが、周りの木の邪魔になってどうにも不都合。元来大木になる木なので、駐車場のわきの、以前はなの木の大樹があって、それが枯れてしまった切り株のわきに植えた。いずれも木を植えるには時期的に問題なのだが、何とか無事に育って欲しいと念じている。</p>]]></description>
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<dc:creator>zuiryo</dc:creator>
<dc:date>2012-04-16T04:49:36+09:00</dc:date>
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<title>津葬（しんそう）</title>
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<description><![CDATA[<p>今日は私が大変お世話になった和尚さんの津葬があった。朝からどんより曇って、時折ぽつりぽつりと雨も降り、例年なら桜の満開の時期にも拘わらず、小寒く冷え冷えとした日であった。昨年６月突然癌の宣告を受け、それからの闘病９ヶ月間は心身をすり減らすような日々であった。勿論ご本人と奥さんが一番しんどかったわけだが、さりとて一端不治の病に冒されてしまえば如何ともし難い。私は瑞龍寺に入寺する前から様々なご指導やお骨折りをお掛けしたので、和尚さんに対する感謝の念は一入である。特に入寺の翌年から始まった全伽藍の再建・開山五百年遠諱・受戒会・報恩接心等々、総て背後から支えて下さった。その後も尼僧堂の設立・開単・堂頭・禅学林寮舎等々、新たに僧堂を一つ作ったわけで、これも苦労の連続だった。勿論これには資金的援助を全臨済、黄檗から頂いたので、そっちの苦労はなかったが、しかしお金があれば出来るというものでもない。ハードとソフトと言うが、この両方が揃わないと機能しない。特にソフト面が重要で、規矩のもとに規律のある僧堂修行がスムーズに行われるように準備万端整えるのは本当にしんどかった。入ってくる雲水は何も解らないわけだから、放っておけば無茶苦茶になってしまう。これら総て和尚さんが仕切って段取って頂いた。このように私が瑞龍寺に来て以来３０年間まるっきりお世話の掛けっ放しで、何もお返しが出来ないうちにあっという間に亡くなってしまった。まだまだ生きてやりたいことが沢山あっただろうに、どれほど無念だったかと思うと、胸が詰まる。本当に世の中は理不尽なものだと悔しくて仕方がない。</p>]]></description>
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<dc:creator>zuiryo</dc:creator>
<dc:date>2012-04-05T20:13:13+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/04/post_755.html">
<title>突然暴風雨</title>
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<description><![CDATA[<p>昨日は朝からしとしと雨が降って小寒く嫌な日だな〜と思っていた。テレビで風が強まるので注意をするようにと言っていたが、その割にはたいしたこともなくたかをくくっていた。ところが午後３時半、突然猛烈な風、まるで台風並みである。同時に猛烈な雨、これが又酷い降りで、ただごとではない。まるで滝のよう、１ケ所屋根の構造上水回りの悪いところがあるので、雲水に様子はどうか見に行かせたところ、現場までとても近づけませんという報告。ごもっとも、この滝の中では一歩も外に出ることなど出来ない。居室から本堂の屋根を眺めたら雨がまるで川のように流れ樋などあってなきが如く、放物線を描いてダイビングして居るではないか。こう言うのを時間何ミリというのか知らないが、兎も角こんなの見たことない。しかし激しかったのはほんの一時間ほどで、あっという間にやみ陽が差してきた。この変化の極端なのにも驚かされた。境内一面が大河のようだったのも排水設備をばっちりしてあるので、さ〜と一気に引いた。今日は排水溝が木の葉や枝で詰まったところを掻き出し、庭一面に木の葉が落ちたので大掃除となった。朝から一斉にウグイスが鳴き、爽やかな風が吹き、花粉が舞って何となくくしゃみが出そうだった空気もすきっとした。急に洗濯がしたくなり（と言っても洗濯機がやるわけで、私は放り込んでダイヤルを回しただけだが）、汚れ物もすべて無くなり良い気分である。</p>]]></description>
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<dc:creator>zuiryo</dc:creator>
<dc:date>2012-04-04T09:18:02+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.zuiryo.com/mt/archives/2012/03/post_754.html">
<title>桜</title>
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<description><![CDATA[<p>今年は桜の開花が遅れているらしい。うちの寺でも以前は総門横に数本老木があって時期には満開の花を見せてくれて、それは華やかで美しいものだった。ところが数年前頃より枝が相向かいの家の屋根にまで伸び、枯れた枝が道路上に落っこちたりで、随分迷惑を掛けていたようである。ある時門前町内会より、枝を切って欲しいと言ってきたので雲水総出で道路上に伸びていた枝葉ことごとく切った。それから１，２年後、ふたたび枯れた枝が落っこちたようである。そこで町内会を開き、切る派と存続派が賛否を投票で問うたところ、僅差で切る派が勝利、代表がかくかくしかじかですので切って下さいと言ってきた。職人を頼み、作業中は道路を封鎖して一気に根元から切り倒した。お陰ですっきりして白土塀がすかっと目立ち、大変良くなった。ところが存続派は腹に納まらないらしく、「毎年桜の花を楽しみにしていたのに〜」と恨めしそうに言う。俺の知ったことか！ところが爾来桜の開花状況が全く解らなくなり、春を実感できなくなってしまった。桜は１年のうちたった１週間位楽しめるだけで、後はぱらぱら落ちる葉を毎日掃かなければならないのだから、相向かいの家の人達は、かなわんな〜！と言うことになるのだろう。良いことばかりではないのである。しかしぱっと咲いた満開の桜を眺められなくなると、何とも寂しいものである。</p>]]></description>
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<dc:creator>zuiryo</dc:creator>
<dc:date>2012-03-31T21:03:21+09:00</dc:date>
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