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2017年10月31日

探索(その二)

電話に出てくれた方は、ばあばの家の娘さんのところへ養子に入られた方のようである。墓参にお邪魔したい旨申し上げると、是非、お待ちしてますということで、ようやくこの話実現にまでこぎつけた。聞けば、当代のおばあちゃんが昨年亡くなり、ついこの間1周忌法要を済ませたところだそうだ。その際菩提寺から「永井キシ50年忌」の知らせがあったので、一緒に合わせて法要を営んだという。そういうやり取りがあって、11月中旬の日程で日帰り墓参が実現することになった。その日の夕方、当家の後を継いだ娘さん(?)、たぶん70歳近くの方だと思うが、わざわざ電話をしてくれた。この方とは、もう遥か昔、夏お盆の頃、ばあばの里帰りにくっついて行った頃、この方はまだ小学低学年くらいで、一緒に遊んだことがある。「…もうそこ頃のことを知っているのは二人きりになりました・・・。」と、懐かしそうに電話口で話してくれた。本当にそのとおりである。「あなたに会えるのが楽しみです」と、心温まる電話をいただき、心がほっこりした。お互いもうあと何年生きられるかわからない。心に掛かる事柄は全て済ませて、無にしてあの世に逝きたいものである。

投稿者 zuiryo : 05:31 | コメント (0)

2017年10月30日

探索

この間、ばあばの50年忌に当たると書いたが、私が新潟県長岡市桂町のばあばの生家へ一族代表でお墓参りに出かけることにした。ところが何せここ数十年音信不通で、先方も代替わりして、どう連絡を取ってよいやら思案に暮れた。兄に電話して連絡方法を尋ねると、昔の電話帳を引っ張り出して調べてくれた。しかしやはり載っていない。そこで長岡市の電話局に訪ねると、桂町には永井姓の人は合計8名居り、親切に8軒の電話番語を教えてくれた。ここからは一軒づつ電話をかけて3代前のおじいさんの名前を言って、お宅はその該当者ではないかどうかを尋ねることにしたわけだ。しかしそれも大変で、突然縁もゆかりもない人から、該当のお宅なのかどうかを尋ねまわるのも如何なものか。思案の結果当家の親戚の家の電話番号が解かり、ようやくそこへ電話すると、話が通じた。そしてついにばあばの家の電話番号がわかったのだ。ここまでまるで探偵映画みたい。

投稿者 zuiryo : 14:20 | コメント (0)

2017年10月29日

鳴かないカラス

カラスのイメージダウンの一つで最大のものは、一重にあのやかましい鳴き声にある。カアカアというかギャ〜ギャ〜というか、まさに悪魔の声である。さらにあの大口を開けて集団で鳴くから、お寺の清浄なイメージが一辺に壊れてしまう。うちの愛犬ハチが死んで、小さなお墓を作った。お寺で行事に昼食を出すときは、生前特に好きだった「ゴマ豆腐」を忘れずに墓前にお供えする。と、相向かいの電柱に待機しているカラスが数秒後にはさ〜と舞い降りて、金物の器ごとくわえて、車庫の棟に置き、おいしそうに平らげる。食後は器は返さない。というわけで、にっくきカラス野郎なのだ。ところでカラスが嫌われる要因の一つは、あの鳴き声にあるのだが、なんとイギリスのカラスは鳴かない。姿形は日本のと変わりないのだが、絶対鳴かない。こうなると、あのつやつやしたカラスの濡れ羽色といい、くりくりっとした目と言い、大きなくちばしと言い、途端にカラスがかわいく見えてくる。

投稿者 zuiryo : 09:53 | コメント (0)

2017年10月28日

前歯がボロッ

私は甘いものが大好きで、中でもチョコレートはその筆頭である。特に外国へ出かけた折は、お土産や自分用に沢山チョコレートを買い込む。昨日も3時のおやつに、取って置きの超固い板チョコをかじったら、ボロッ!と前歯が折れた。これはえらいこっちゃ!掛かり付けの歯医者さんに電話すると6時にお出で下さいと言われた。折れた前歯を紙に包んで持参、取り敢えず応急処置をしてくれて、食事をするのには不都合ないようになった。たかが歯1本とはいえ、無くなったらこんな不自由はない。75歳を過ぎたら、万事に老化現象をきたし、目はかすむ,歯は折れる、膝は痛むで、ろくなことはない。

投稿者 zuiryo : 03:27 | コメント (0)

2017年10月24日

面白い鳥

ある時、空に向かって「かあ〜かあ〜」と鳴いてみると、「カア」「カア」と鳴き返してきた。さてそんなカラスの日常の中心は食うことである。今日を生き抜き明日へと向かうためにはまず餌だ。どこでどうやって探すか。餌と社会は動物の知能に深く関わっている。例えばクルミ割り行動など、非常に高度な社会的知能を持っている。カラスは数々の神話に登場し、神の使いやトリックスターを演じる。半面、死の前兆として語られ、農業や狩猟の邪魔者となる。これはいずれもカラスの餌を探し餌を手に入れるための行動がもたらしたものである。毎朝のゴミ袋を巡る攻防戦や、繁華街で頭上を掠めるように飛び去るカラスに首をすくめる。だが二枚貝に閉じ込められていた世界をカラスがこじ開けて天地を開闢して以来、電柱の上でカアと鳴く今に至るまで、カラス自身がやっていることは何一つ変わっていない。ただ、明日のために今日も食う。(つづく)

投稿者 zuiryo : 19:37 | コメント (0)

2017年10月23日

へびは小食

シンリンガラガラヘビは実に少食だ。体長1,5メートルで、1年にリス2匹、おやつにネズミが2〜3匹あれば充分。まっ寒い地域なので年の半分は冬眠しているとはいえ、実に少食ではないか。毎日肉だ野菜だ魚だと食べ続ける人間より遥かに罪がない。ところで動物行動学でカラスを専門に研究している人がいる。人に話すと大抵は、エエッ!カラスですか?どうやらカラスとはわざわざ見るほどのものではなく、ましてや研究者などいるわけがないと思っている。冗談じゃない、これほど面白くてカワイイ鳥はいない。こんな興味深い鳥を見ないのは人生の楽しみを半分くらい損している。しかもどこにでもいるから、わざわざ探しに行く必要もない。しばらく見ていれば好きにならずとも、興味は沸いてきますから。ひとたびカラスって面白いな〜と思うようになれば、たとえ嫌な事があってもあっちのカラスこっちのカラスを見ているだけで歩くのが楽しくなる。しかしカラスはイメージが悪い。ゴミを荒らす、襲われそうなどなど、しかし声を大にして言いたい。カラスは本当は面白いのである。(つづく)

投稿者 zuiryo : 14:53 | コメント (0)

2017年10月20日

秋深し

このところ急に小寒くなってきた。早速タンスをひっくり返して、冬物に入れ替えた。6月頃段々暑くなってくるときに夏物に入れ替えるのは、なんとなく心も弾むが、秋は寂しい。まだ境内の紅葉は始まっていないが、11月中旬になると、一斉に真っ赤になるのは、きれいで良い。隠寮の庭なので、一般の方々は見ることが出来ないのだが、はらはらと舞い落ちる紅葉の風情は特に良い。もう20年くらい前の話だが、友人にロンドン在住の者がいた。窓から茶色に涸れた葉がひらひら舞い落ちるのを見て、これならきっと郊外に行けば真っ赤に色づいた紅葉が見られると思い、その話をすると、ええ、いっぱいありますよ!と言う。じゃあ今日は紅葉狩りということで弁当持ってレッツゴー!と言ったら、けげんな顔をした。どういうこっちゃ!と言うと、わざわざ郊外へ出かけて紅葉を見物して喜ぶ人間などロンドンには一人もおりません!そんな小寒い木の下で弁当広げたって、面白くもなんともない!一体そんなことして何がいいんですか?とぬかしゃ〜がる!出かけましょうなどという雰囲気さらさらなし。あ〜あ、そ〜う!で話はこれでおしまい。国が違えば人間もいろいろなんだな〜。

投稿者 zuiryo : 14:51 | コメント (0)

2017年10月18日

ばあばの50年忌

自室の仏壇に師匠や僧堂時代にお世話になった尼僧さん、両親や兄弟のお位牌を祀っている。特に両親とばあばの正当命日には年1回だが献膳をして、懇ろにお経を読み供養する。10月7日がばあばの命日で、正面中央にお位牌を置き、お経を読みながらふと何回忌になるのかな〜と、裏側の年号を見たら、なんと今年が50回忌だった。ばあばというが、祖母ではなく、母は商売で忙しく子供の面倒が見れないので、ばあやさんを住み込みで雇っていた。生まれた時からもっぱら我々子供の世話は、このばあばが母親代わりだった。このばあばは口やかましく、ビシバシと躾けるので、子供の敵だった。後年母から聞いた話だが、私は中でも一番手の焼ける子供だったそうで、ある時腹を立ててこのばあばに突進、体当たりして、肋骨2本折ってしまったそうだ。新潟の長岡市から田舎へかなり入った山奥の出身で、小学生の頃は夏休みばあばの里帰りに一緒に連れて行ってもらい、超田舎暮らしをした。晩年病気をして入院、私はその頃すでに僧堂で修行していたので、病気快癒を祈願して、お見舞いに行ったとき、般若心経を墨書してお経本にしてプレゼントした。これを大変喜んで、死ぬまで肩身離さず持っていたそうだ。最後は郷里で死にたいというので、延々長岡まで送ってゆき、最後は生まれ故郷で亡くなった。じ〜とばあばのお位牌を見つめていたら、それからそれへと遥か昔の様々なことが思い出されて、涙がぽろぽろこぼれた。

投稿者 zuiryo : 19:21 | コメント (0)

2017年10月17日

祠堂斎

近かじか恒例のお位牌を祀っている方々の供養の行事が催される。我が家は神奈川に先祖代々の墓があり、兄は今はその寺の総代も務めているのだが、亡くなった姉の主人とその娘は息子を亡くし、後継ぎがいないのでうちの寺にお位牌を祀っている。さらに私の両親のお位牌も祀っているので、秋の供養斎には姉とその娘、兄夫婦などなど総勢7人が大挙押しかけてくる。今やこれが恒例の行事のような次第で、同窓会ならぬ、同族会である。平生はほとんど会う機会もないので、これが私自身の楽しみにもなっている。今年も大挙やってくるので、泊めるホテルの手配や、一部うちの寺にも泊まるのがいて、厄介だが、1年間の積もる話もいろいろあって、なかなか楽しい会である。朋遠方より来るまた楽しからずやである。

投稿者 zuiryo : 14:53 | コメント (0)

2017年10月16日

坐禅

現在では坐禅というと立派な禅堂や本堂などで、専用の坐禅用布団に坐って行うというのが普通だが、嘗ては坐禅は白骨累々、腐敗した死体が散乱し、遺体を野良犬や鳥がついばむ、時には盗賊のねぐらになるような場所で行われていた。瞑想のために最適な場所としてこのような墓所に集まった。ブッダも六年間の苦行生活は想像を絶する過激なもので、毒蛇や野獣の棲む森で、断食・断水の苦行をされた。白骨累々の墓地で坐れば、人は嫌でも死をリアルに実感する。まあ、それを現代社会でもやれとは言わないが、何もかも整えられ、用意された場所で坐るのが坐禅だと思っていたら、それは大間違いだと言うことである。大切なのは精神で、その気になればどこでも坐禅は組める。私は旅行で宿に泊まった時は、宿の座布団を使って壁に向かって坐る。たとえホテルでも、枕を尻に当てて坐る。坐ればたちまちそこは禅堂になる。最初申し上げた白骨累々の場所でなくとも、心さえあれば無の境地に至ることができるのである。

投稿者 zuiryo : 13:46 | コメント (0)

2017年10月14日

蛇足

蛇を描く競争で早く描き上げた者が足まで書き添えて負けになったという故事、あっても益のない余計な物事。今回岡倉天心美術館開館20周年特別展、龍を描く展が催されることになり、うちの本堂上間、土屋禮一先生の龍の絵が出品されることになった。運搬業者が大型トラックでやって来た。襖8面、正面床の間3面、梱包作業にかかった。正面は3つに紙が分割され繋ぎ合わされている。壁からはがすと、最後に貸し出したどこかの美術館が、勝手に裏側を表具して一体にしてしまった。正面から見れば3枚の紙が繋ぎ合わされているわけなので、はがせば3つに梱包できるという計画で作業を始めてみると、この状態。となると乗せるトラックから大きさが全然違うので、もう一度出直してくることになった。運搬先は茨木県の美術館である。全く迷惑千万な、余計なことをするな!と言いたい。こういう美術品は借りた時のままに返却するのが当たり前で、良かれと思ってやったのか知れないが、まさに蛇足である。

投稿者 zuiryo : 20:48 | コメント (0)

2017年10月12日

岩瀬文庫

瑞龍寺では毎月1回、講師をお招きしてお話を聞く会を催している。厳密にいえば主催者はある方がやっておられるのだが・・・。講師の中で毎年1回お願いするS先生は名古屋大学の教授で、20年以上岩瀬文庫の解読に関わっておられ、その一部を講義してくださる。愛知県西尾市の実業家岩瀬弥助翁が私財を投げ打って凡そ8万点にも及ぶ膨大な古文書を収集保存、明治4年、私立図書館を設立、広く一般に公開している。イギリスBBCやネイチャー誌など、世界中から資料を求めコンタクトがある。ところでS先生の講義だが、原本は墨書が多く、しかも手紙文などでは達筆すぎて、我々ではほとんど読めない。それをいちいち解読し、その文面の背景を解説してくださる。これがなかなか面白く、その時代の考え方や時代背景が如実に表され、興味が尽きない。先日の話では、ほぼ解読し整理に目途がついたそうだ。S先生の場合は殆ど岩瀬文庫通いが日常だったそうなので、世の中にはそれぞれ専門分野があって、S先生のような学者もあるのだと知った。

投稿者 zuiryo : 23:20 | コメント (0)

2017年10月08日

無明の井

これは免疫学者だった故多田富雄氏が書いた創作能である。北国の荒野、石造りの井戸、水は涸れて、もはや打ち捨てられている。旅の僧が傍らで休んでいると、どこからともなく女が来て水のない井戸から水を汲もうとする。不審に思った僧が尋ねると女は答える。これは罪深き女のために空しくなった男の霊によって水が涸れた命の井戸。その涸れた井戸から水を汲めば迷いも少しは晴れると思い今宵もここへ来たのだと言う。すると漁師が現れ、その井戸の水は人の命より湧き出た水であり、他人が汲めば我が命が縮まり、身を苦しめる事になるので、この水は汲ませない。涸れた井戸の水をめぐって争う二人、実はこの世にいない亡魂なのだ。男女は僧に哀れみたまえと言い残し、古井戸の底に消え失せる。実際には出会うことも明かされることもないドナーとレシピエントが、夢幻の霊となって心の内を吐露しあう。多田冨雄は免疫学の立場から生命をひとつのつながりをもった動的なシステムだと捉えていた。そこには絶え間ない相互作用があり、全体性がある。切り取ったり、移し替えたりできる部分的なものはない。強行すれば免疫系は壮絶な拒否反応を示す。免疫抑制剤によって無理矢理押さえつけ、一方で感染症を防ぐために抗生剤が投与され続ける医療とはいったい何だろうか。多田富雄の目指したものは生命の全体性である。実に深い生命観ではないだろうか。

投稿者 zuiryo : 14:41 | コメント (0)

2017年10月07日

フェルメールと北斎の青

フェルメールと北斎をつなぐ線は何か。それはブルーである。青は不思議な色である。空の青、海の青、青は自然の中のあらゆるところに見ることができる。大気にせよ、水にせよいずれも生命に直結した重要な色である。しかし青い色を空や水の中から取り出してくることはできない。青はいつも遠い色である。そんな青が人の心を捉えることをフェルメールは正確に気が付いていた。青は貴重な宝石ラビスラズリを惜しげもなく使い、「真珠の首飾りの少女」を描いた。ラビスラズリは当時アフガニスタンにしか産出しない貴重な青い宝石で、金よりも高価だった。ベロ藍、またの名をプルシャンブルー、北斎が選んだ青は、鉄イオンの媒体だった。この類まれな物質。ベロ藍はラピスラズリよりずっと細かい粒子であり、極めてなめらかに水に分散させることができる。北斎はこの青を見逃さなかった。フェルメールの果たせぬ夢をついに実現した画家、それが葛飾北斎である。止まっていたフェルメールブルーを世界で初めて動かして見せたのである。小布施には北斎の傑作、男波と女波の天井画がある。青い大波が砕け散りながら旋回している。見上げると宇宙のかなたの星雲に吸い込まれていくようだ。

投稿者 zuiryo : 15:55 | コメント (0)

2017年10月06日

開山毎歳忌

この時期は晴れるとやたら暑く、行事が終わる頃には全身汗まみれとなる。ところが今年は朝から雨、少々小寒いくらいで、重ね着をしたくなるほどであった。出頭寺院の和尚さん方やお参りの信者さんたちは足元が悪いなか沢山お出で頂き感謝である。行事万端滞りなく円成し、ほっと安堵した。この行事はもう35年も続けてきたので、さほど緊張しなくなったが、生来人前に出るのが苦手な私にとっては、気の重い日である。嘗てうちの道場で修業した和尚連中がたくさん手伝いに来てくれて、大助かりである。このお手伝いがなければうちの雲水だけでは到底無理、有難いことである。行事が終わって出斎が済むとすぐに後片付け、何日もかかって荘厳したのを、一気に元に戻すのだから、これもなかなか大変である。9月初めから連日植木職人の手伝い、枝葉の跡片付けなどでへとへとになっている。それに加えてだから、一応片付け終わったら寺中シ〜ンと物音ひとつしなくなった。み〜んな伸びちゃった!

投稿者 zuiryo : 20:50 | コメント (0)

人の心は変わる

不透明で不確かな世界で次のことだけはいつの世でも真実である。第一は人の心は変わる、人は必ず死ぬ。自明の理であるほどその理由は意味深い。普段自分の体は自分のものと思っているが、実は身体は流れの中にある。分解と合成のさなかにあり、常にその時点で構成している原子や分子は捨てられている。もっとも高速に入れ替わっているのは上皮細胞である。ゆえに記憶も流れ流されている。全身のあらゆる部位は作り替えられている。1年もすれば物質的には私は別人になっている。だから心がどこに宿っているにせよ、変わって当然なのである。約束なども生物学的にはやぶってよい。それは過去の別人がしたことだから。自己同一性も自己実現も幻想である。同一の自己も実現すべき自己もない。流れだけがある。ヒト以外の生物は、約束なんてしないし、一貫性もない。そのかわり後悔もない。生物はわざわざエネルギーを使って積極的に自らを壊しては、作り替えている。細胞は壊すことの方を必死にやっている。これが動的平衡である。なにゆえにそこまでして壊し続けるのかである。 

投稿者 zuiryo : 13:04 | コメント (0)

2017年10月05日

空気人形

私たちは空気からやってきた、と申し上げると、エエッ!どどっどう言うこと!ではこれからご説明いたします。さて、人口の増大は食料によって支えられてきた。トウモロコシ・小麦・コメなどである。では一体これらの作物は何からできているのか。ここからの話が重要なところなので、生命体の中で最も重要なのはタンパク質である。そもそも光合成反応を行うのは植物細胞内の膨大な酵素タンパク質であって、そのタンパク質を合成するためには窒素が必要となる。窒素はタンパク質だけでなく、DNAやRNAを作るためにも必須の元素なのである。さて窒素は空気中にある。空気の80%は窒素で出来ている。しかし動物も植物も窒素を直接栄養に変えることはできない。それができるのは、土壌中にある一握りの窒素固定菌という微生物である。これによって窒素を吸収して生命活動が維持されている。しかし人間は自然のサイクルで生ずる窒素だけでは到底足りない。そこで空気中の窒素を肥料に変換する発明がなされた。つまり化学反応によってアンモニアに変え植物が利用出来るようにした。要するに空気を肥料に変え、肥料は作物となり、作物は人間のタンパク源となった。つまり空気人間とは私たち自身のことに他ならないのである。

投稿者 zuiryo : 11:50 | コメント (0)

2017年10月03日

庭掃き

5日・6日が恒例の開山忌、先月より庭木の剪定、後片付け、庭掃きと連日の作務、今年は意外と雨が多く、作業を中断などということもあって、少々遅れ気味で気を揉んだが、ほぼ終わって安堵した。しかし庭掃除というのは、掃いてるそばから葉が落ちてくる。これじゃあとてもやってられない。と言ってギリギリ間際に1回で済ませようと思っても駄目。無駄なようだが、繰り返しその度に掃いてきた掃除と、間際に1回こっきりで済ませた掃除とは、見ると不思議にその違いが解かるものだ。掃いても掃いても元の木阿弥なのだが、この繰り返しのそこはかとない味わいである。つまり消えてなくなってないのである。今は庭掃除の話をしたが、これって人間の価値もその通りだ。日々の精進の積み重ねは、決して消えてなくなりはしない。その人の体全体からそこはかとなく漂う何かがある。

投稿者 zuiryo : 16:47 | コメント (0)