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2006年10月31日

隔宿諷経(かくしゅくふぎん)

10月31日は通常の月末とは違って、明日から雪安居(せつあんご)に入る節目の日である。寝忘れで朝はいつもよりゆっくり休めたが、粥後は大四九の掃除・塔所掃き・大接心の諸支度など、てんてこ舞いの忙しさ。午後3時半より隔宿諷経、本堂・開山堂・韋駄天・塔所・禅堂と、境内一巡して諷経、薬石も早々に6時から総茶礼、寮頭の会中評議と続き、9時少し前からは堂内告報がある。こうして順に諸行事をやってゆくうちに段々気分も高揚してきて、いよいよ明日からは入制大接心なのだと、緊張してくる。何十年経っても気分は雲水で、こちらも自然に引き締まってくるのだが、今年は暖かな日和続き、これでは折角の大接心も台無しだな〜と思っている。一日も早く木枯らしが吹いて欲しいと願っている。

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2006年10月28日

アンチェイジング(抗加齢)ドック

以前この検査を受けた話しはしましたが、昨日その検査結果がでた。筋年齢50歳・ホルモン年齢50歳・血管年齢50歳、骨年齢68歳、この辺までは上々、次ぎに神経年齢74.7歳、老化は顕著ですだと。要するに頭の回転はすこぶる悪いと言うことである。自覚症状はまるでないが、こうもハッキリ指摘されてはガックリ来る。パソコン相手に懸命に検査中、傍らにいた看護婦さんは、「素晴らしい!」とその敏捷性を褒め称えていたが、あれは一体何だったのか!さらに活性酸素などにより、遺伝子DNAが損傷を受けています、と言うご託宣。どうすりゃ〜いいんだ。精神的ストレスを溜め込まないようにして、抗酸化物質を多く摂ることだそうだ。青もの野菜・ほうれん草・南瓜・レタスなどがよいそうだが、これらは平生良く摂っている。となると原因はストレスか?尚一層坐禅に励んで下さいと言われてしまった。それは釈迦に説法だっつうの。

投稿者 zuiryo : 12:45 | コメント (0)

2006年10月27日

津葬(しんそう)

昨日は建仁寺前管長湊素堂猊下の葬儀へ出掛けた。30年前、私が初めて住職したお寺が、当時、建長寺管長だった素堂老師の兼務しておられた寺だったと言うのが、そもそもご縁の始まりであった。会下(えか)でもないのに、格別ご法愛を頂き、有り難かった。当時老師は怒ると、雲水には必ず頭突きをくらわせたものだが、ある時師匠の逸外老師のことで怒って、総門前でいきなり得意の頭突きを頂戴する羽目になった。こちらにしてみればとばっちりみたいなものだが、あっ、これが素堂老師なのだと直感した。頭突きのいわれは、大好きだったプロレスの大木金太郎の得意技から学んだと言うことである。スキンシップが老師の得意技だから、フィーリングがぴたっとあったのだろう。昨日の新聞で偶然その大木金太郎が亡くなったと言う記事を読んだ。それにしても痛い思い出である。

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2006年10月25日

居士修行(こじしゅぎょう)

般若会は今年で20年目である。7,8年前、2泊3日の居士修行をさせて貰いたいという申し出があり、爾来毎年、般若会員の誰かが必ずやることになった。今年は還暦を記念してSさんが今日から参加、午前9時半に入山され、午前中は雑巾掛け・午後は庭掃除など、雲水と共に大汗掻きながら頑張っている。夜は禅堂で坐禅がある。平生の座禅会では坐禅や食事をして帰るのだが、これでは僧堂修行の本当の味は分からないと言う所から始まったものである。下山の時、如何でしたかとお尋ねすると、皆一様に、「若い雲水さんが本当に一生懸命修行されているのに改めて驚かされました。」と言われる。兎角近頃の若者は・・・・と言われるご時世、こういう事も布教の一つなのかも知れない。

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2006年10月23日

喜寿の茶事

20数年来、私を支えて下さった総代さんが目出度く喜寿を迎えられた。岐阜の名家、さすがお祝の仕方も違う。ご自身が亭主になって相客5人、極く親しい人だけの落ち着いた茶事を催された。過去にも還暦・古稀も同様だったが、今回はこういう形式でやるのは多分最後だからと仰って、大名物が何点か出てきた。見る目のない私などには勿体ないようなものだが、茶事の雰囲気と言い、お菓子・お茶・懐石と、全てが素晴らしく、そのグレードの高さには恐れ入った。招待客からのお祝品は風炉先屏風、名前の一字をとって4句の字を書かせて貰った。私とは丁度一回り違いなのだが、益々元気に第一線でご活躍されている様子を見るにつけても、私もこの元気さにあやかりたいものだと思った。それにしてもさすが岐阜は、歴史のある街だ。懐の深さが違う。

投稿者 zuiryo : 16:43 | コメント (0)

2006年10月21日

習字

今日は把針灸治である。午前は20数年来続けている習字の稽古、早くも来年の干支の色紙を書き始める。毎年250枚くらい書くのでこの時期に始めないと間に合わぬ。又先日お邪魔した寺の茶室に掛ける墨跡を頼まれたので円相を描いてみたが、これがなかなか難しい。午後からは水泳、夕方は30年来の知人と会食、私より4つ年上、ある大きな団体を主催している。いろいろ苦労話を聞きながら、自分のことと照らし合わせ、教えられることの多い内容であった。我々は限られた狭い世界で日々暮らしているから、たまにこうして、外部の方の話を聞くのが良い刺激になる。夜は干し上がった洗濯物を畳み、風呂を洗い、ゴキブリホイホイを設置し、(今朝朦朧と歩くアブラムシを発見、新聞を丸めて叩き潰したが、これはいかん、と言うことで斯くの如きと相成った)。あ〜今日は草臥れた!

投稿者 zuiryo : 21:05 | コメント (0)

2006年10月16日

斎会(さいえ)

僧堂OBの寺の先住さんの7回忌法要に出掛けた。隠寮と茶室を新築したので早めに来て見て欲しいというので、行事開始1時間前には到着した。名古屋の専門の大工さんに作って貰ったと言うだけ在って、なかなかグレードの高い建物である。欄間や天井は古在を使って仕上げてあった。それが一層風格を醸しだし落ち着いた感じである。「ところであんたのお流儀は何んだね?」と尋ねると、「これからお茶の稽古を始める。」と言う。まだ稽古は一辺もしたことがないのに、先に茶室を造るとは手回しの良いことである。それなら「松尾流」に是非!と言っておいた。彼の寺は最近本堂を新築し、更に鐘楼まで出来て面目一新である。この大鐘が妙で、立派な鐘を寄進しておいて、鐘は撞かないで欲しいというのが檀徒の要望だそうだ。理由は喧しいから。お寺の鐘が騒音になるようでは世も末である。お寺に鐘楼は景観を整えるためのものになっているのであろう。

投稿者 zuiryo : 19:57 | コメント (0)

2006年10月14日

把針灸治

開山忌も終わってほっと一息、今日は把針灸治で休息日である。皆貯まった洗濯をしたり、午後からは外出許可を貰ってそれぞれ出掛けていった。私は知人の喜寿祝いにプレゼントの風炉先屏風に字を書いた。既に仕立ててある物に一発勝負で書くのだから失敗は許されない。紙も鳥の子の為、画仙紙と違って吸収しないから墨の濃さが問題になる。試し書きをするわけにも行かず、エイヤッ!と気合いで書き下ろした。自分で言うのも何だが、まあまあの出来。午後からは久しぶりにプールへ泳ぎに行ってきた。クロールで凡そ1キロ、段々身に堪えるようになってきた。これも老いか?夜は明朝座禅会の講話の下調べ、もう目はトロトロである。

投稿者 zuiryo : 19:36 | コメント (0)

2006年10月10日

山登り

3ケ月振りに岩戸公園から岐阜城まで山登をしてきた。この夏はずっと体調思わしくなく、山に登ろう何ぞという気が起きなかったが漸く復活、日中26,5度という暑さで大汗掻いて登った。矢張り気持ちが良い。午前中はハチの足に皮膚病のような症状が出てきたので、今日から新しい獣医さんの所へ行ってきた。ここは山内の祐子ちゃんが動物押さえ係で勤めているので、変わったわけである。駐車場も完備され助手の獣医さんも居て、先生の診察振りもなjかなか丁寧で良かった。夜は久しぶりに講座、開山忌も終わってこれからは普通のペースで出来る。近年は小僧育ちの雲水が居なくなったから、修行の基本が全く出来ていない。だから精々講座で僧侶としても考え方を伝えて行かなければならない。

投稿者 zuiryo : 16:34 | コメント (0)

2006年10月09日

布薩会(ふさつえ)

毎年10月恒例の講中斎が午前10時から催された。布薩会・法話・食事の3点セット。今年はやや参加者が少なく、来年に向け何か工夫が必要かなと感じた。布薩会は加行礼拝(けぎょうらいはい)で、懺悔文・三帰戒・五師礼拝から成っており、私の後に続いて全員大きな声で唱えながら一節づつ礼拝を繰り返すのである。終わる頃にはじっとり汗が滲み出るほどだが、なかなか有り難い行である。大体日常こんなにも懺悔しながら頭を畳にこすりつけるほどお辞儀を繰り返す何ぞという事はない。これで一年の汚れを洗い流すのである。次ぎに法話、無門関を1則から順に話していて、今年は第6則世尊拈華、この話に登場する霊鷲山(りょうじゅせん)は昨年佛跡巡拝旅行で坐禅会員と共にお詣りした所なので話しにも自然、力が入った。その後の食事は雲水達が昨日から準備してくれた精進料理、午後1時終了、皆喜んで散会となった。

投稿者 zuiryo : 16:28 | コメント (0)

2006年10月08日

衣替え

僧堂では6日の開山忌を境に冬へ衣替えをする。タンスから冬衣を引っ張り出し、また夏衣の絹物は専門の業者へ頼み、麻衣は自分で洗濯した。半年分の汗が一度に滲み出て風呂桶の中で格闘した。竿に一杯に拡げ、ひだは丁寧に折り目に沿って筋を付け裾を洗濯ばさみで挟んだ。これで乾けばバッチリである。エアコンのほこり掃除、タンスの中を冬物に総入れ替え、着物の綻び縫い等々、ほぼ終日掛かってしまった。夕方伊奈波神社までウオーキング、信長祭りで賑わう露店をちょいと覗きながら帰った。雲水は明日の講中斎の料理作りや境内掃除で大忙しである。低気圧の影響で昨日からやたら風が強い。掃いても掃いても直ぐ落ち葉が飛んでくる。10月はいろいろ行事の多い月で、この後、祀堂斎・開講・他山の開山忌出頭・会下寺院の斎会・津葬等々、目白押しである。

投稿者 zuiryo : 17:09 | コメント (0)

2006年10月05日

宿忌

開山毎歳忌、宿忌の日である。朝からどんより曇り、案の定午後から雨が降り出した。早朝から僧堂OB連中が荷担してくれ大助かりである。行事前に和歌山の千光寺閑栖・清水の久林寺さんが相見、お二人は毎年遣って来て呉れる、有り難いことだ。3時、静岡臨済寺老師が先日の晋山式お礼参りを兼ねて出頭、後の塔参は雨のため大玄関から諷経となる。雲水達はこの日のために、8月下旬頃から庭木の剪定・草引き・山の裾刈り等々炎天下ご苦労だった。庭掃除などはここ数日毎日のようにやっている。庭も平生からきちんと掃き込んである庭は同じ綺麗さも何処か違う。ばたばたとその日だけの庭掃除は見れば直ぐ分かる。自分も嘗て道場で修行していた頃、開山忌の諸準備には随分忙しい思いをした。無事行事が終わった後の安堵感は今でも忘れぬ。雲水修行は何も坐禅や参禅ばかりではない。こういう行事を通じて多面的に鍛えられ、そこから実務を学んでゆくのである。

投稿者 zuiryo : 20:06 | コメント (0)

2006年10月04日

アンチェイジングドッグ

標記のようなのをご存じだろうか。犬の種類ではない、高齢者専用の人間ドッグである。午後受けてきた。検査の中でも面白かったのは、脳がどれくらい活発かを調べるテスト。パソコン上に様々な図形が現れ、それをてきぱきとさばいてゆくというもの。傍らで見守る看護師さんも、「ほお〜素晴らしい!」と感嘆の声を上げる素早さ。これで頭に血が上ったせいか直後に血圧を測定したら普段より異常なほどの高さ、暫くベットに横になり気を静めて計り直した。元に戻った。つらつら思うに、私って何でこうも検査が好きなのだろうか?殆ど趣味と言って良い。話は変わる。最近僧堂を引いた者達が続々と集結して、境内掃除に汗を流してくれた。明後日に迫った開山毎歳忌の為にである。有り難いことだ。しかし明日は雨のようだ、折角の箒目も元の木阿弥になる、勿体ないことだ。

投稿者 zuiryo : 19:21 | コメント (0)

2006年10月03日

晋山式

昨日は静岡の臨済寺の晋山式へ出掛けた。この寺は昔、徳川家康が幼い頃しばらく修行した寺として夙に有名である。新住職の阿部老師は私と兄弟弟子になる。遥か30数年前、彼がまだ花園大学の学生だった時、妙心寺塔頭慈雲院で足立老師の元、一緒に小僧をしたことがあった。これは全て師匠の梶浦逸外老師の御縁なのだが、20数年のブランクの後、不思議な巡り合わせで法の上の兄弟になった。近年は花園大学の学長にもなり、八面六臂の大活躍である。それだけ徳があると言うことなのだが、私にとっても嬉しい限りである。只、余り丈夫な方ではないので、それだけが心配の種である。来春には、妙心寺で歴住開堂もされるようであるが、益々の活躍を期待している。ところで話はがらっと変わって、高島俊男著「お言葉ですが・・・」文春文庫、是非御一読をお奨めする。全7巻ある、いや〜面白い!

投稿者 zuiryo : 16:29 | コメント (1)