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2017年02月25日

同夏会(どうげかい)

先日久しぶりに僧堂時代の仲間が集まった。同夏は20人以上いたのだが、何人かは既に他界し、生きていても出掛けて来れるほど元気ではないとか、つまらん顔を見てもしょうがないとかいろいろで、結局9人集まった。会って驚いたのは皆眉毛が真っ白になっていたことである。顔がしわくちゃなのは勿論のこと、どう見ても老人である。75歳にもなればそれが当たり前なのかも知れないが、矢張り殆ど子供に住職を譲って、隠居になっているからである。話題も少々愚痴っぽく、どうも私とは波長が合わぬ。それでも遠方から不自由な体を押して会いに来たのには頭が下がる。こう言う会もあと何回できるかな〜と、お互い言って別れた。現役で若い雲水を相手に切磋琢磨できるのは、何と幸せなことかと改めて思った。

投稿者 zuiryo : 16:44 | コメント (0)

2017年02月21日

アジャンタ・エローラ

友人達7人とアジャンタとエローラへ行ってきた。私が鎌倉に住職していた40数年前に一度行ったことがあったのだが、「武満徹音楽創造への旅」(立花隆著)を読んで以来、もう一度見てきたいと思い立ち、無理矢理友人達を誘って出掛けた。矢張り行って良かった!アジャンタも素晴らしさを再認識できたし、エローラの見方も前回とは全く違い、心に深く思うところがあった。それは良かったのだが、道中の暑さと言ったらない。焼けるような強烈な日差しに目がくらむほどだった。帰国すると今度は猛烈な寒さ、今朝もチラチラ雪が舞ったが、余りにも気温の変化が激しく途端に風邪を引いてしまった。鼻はずるずる、少々頭痛もあり、寝込むほどでは無いが目下静養中、英気を養っているところである。何事も億劫がっていたのでは好奇心を満足させることは出来ない。冒頭記したように、最近武満徹に非常に興味が湧き、ともかく同じ体験をしてみなくては話にならん、そう思って出掛けたのだが、心に染みる旅だった。

投稿者 zuiryo : 16:56 | コメント (0)

2017年02月19日

無葬社会

知人から「無葬社会」という本を借りて読んだ。我々も葬儀のあり方が徐々に変化してきたことは感じていたが、ここまできたとは驚くばかりである。お経をあげて死者を送ると言うこと自体なくなって、死者をまるで物のように扱う考え方にはとてもついて行けない。しかしこれが実体なのである。死者の葬り方は人それぞれなのは当然のことである。例えばチベットでの鳥葬等は、初めて聞いた時はびっくりしたが、聞いてみれば、これは決して人を粗末に扱うというのではなく、彼らの死に対する考え方の違いであると解る。ブータンへ旅行した時、門前の売店で、人間の頭蓋骨を輪切りにして、それをお札入れにしていたり、大腿骨に穴を開けて、縦笛にしていたりと、一瞬エエッ!となった。生命とは輪廻転生、生まれ変わり死に変わりして、永遠に生き続けるのであって、肉体や骨は単なる入れ物に過ぎなのだから、使い終わったら再利用すると言うわけである。こう言うチベット仏教の生命に対する確たる考え方があって、この伝統に従っているのだからこれで良いのだと思う。しかし現在進みつつある日本人の死者に対する変化は、そう言う確たる宗教観も何もなく、何処かでソロバン勘定をしているように思える。いよいよ人間の生死も、ソロバンを弾くように決めていくのかと考えると、薄ら寒くなる。しかしそのようにして来たのは、宗教に携わる我々の責任だと改めて感じ、いっそう寂寞たる思いに駆られる。

投稿者 zuiryo : 10:23 | コメント (0)

2017年02月03日

文七元結

私は小さい頃から落語が大好きで、落語大全集などの本を読み、一生懸命覚えた。覚えると今度は人に聞いて貰いたくなる。ところが子供の落語の真似など聞いてくれる者などいない。そこでばあやを捕まえては一席披露、まあ義理で、上手上手!などと言われ得意になっていた。その後受験勉強に追われ、また僧侶になって修行に入ってからは殆ど忘れていた。月日は巡り岐阜へやって来て十数年経ち少し気持ちにゆとりが出来た頃から、遙か昔の落語好きが復活、今では落語と山歩きが趣味になった。良い落語家の良い話は、なんべん聞いてもその都度良いな〜と思う。最初から終わりまで殆ど全部台詞まで覚えていて、なお毎回飽きない。近頃きゃ〜っ!と言われて浮かれているような安っぽい落語家の話なんぞ聞いちゃいられない。数ある中でも特に好きなのは、志ん朝の文七元結(ぶんしちもっとい)である。江戸時代の下町人情の機微が克明に現され、江戸っ子の歯切れのいい物言いが小気味よく、最初から数えたらもう何百回になるか分からないほど聞いて、なお良いな〜!と思う。

投稿者 zuiryo : 12:04 | コメント (0)