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2010年03月30日

春寒

お彼岸も過ぎたというのに、この寒さはどうしたことか。今朝は1度、まるで真冬並みである。門前の桜を切ってしまってから、桜がいまどの程度なのか、さっぱり解らなくなった。市内にも小規模ながら桜の名所があって、普通なら花見で夜桜を楽しむのだろうが、こう寒くては多分人出もあるまい。先日の土曜日、知人の会社のコンサートホールでピアノ演奏会があったので聞きに行ってきた。3,40人程の小さなホールだが、これが却って良く、最前列で聞いていたら、まるで私のために演奏してくれているような気分になった。丁度1年前、同じ方のピアノ演奏があって、その折の、「児玉桃メシアン・プロジェクト」が評価され、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞された。今回はバッハの若い頃の作品、を数曲演奏された。今年はショパン生誕200年だそうで、どこもかしこもショパンばかりなので、あえてバッハを取り上げたのだそうだ。アンコールの時、1年前は元気だったこのホールの主催者が亡くなったので、追想を籠めてショパンを弾いた。昨年は演奏後、食事をご一緒させて頂き、パリでの生活振りや、ヨーロッパでの演奏会のことなど興味ある話を聞いた。お好きな曲はと尋ねられたので、ラフナニノフの3番と答えたら、「まあ、あなたはロマンチストね!」と言われてしまった。話しの遣り取りからこの人は相当気のお強いタイプだな〜と感じたが、女一人、海外で活躍するのは、並大抵のことではあるまい。1年前よりはまた一段と引き締まった顔をしていたので、成長ぶりが窺えた。

投稿者 zuiryo : 21:17 | コメント (0)

2010年03月24日

分際

ある本を読んでいたら、大変興味のあることが書いてあったので、ここにご紹介する。昆虫は自ら食べるべき物を限定し、棲む場所も活動する時間も,交信する周波数も排泄したものの行方も、自らの死に場所と死に方も知っている。誰にどのように食われるかと言うことさえも。何故か。それは限りある資源をめぐって異なる種同士が無益な争いを避けるためである。生態系が長い時間を掛けて作り出した動的な平衡である。彼らは確実にバトンを受け、確実にバトンを手渡す。黙々とそれを繰り返し、ただそれに従う。これを生物学用語で「ニッチ」と呼ぶ。ニッチとは全ての生物が守っている自分のための僅かな窪み、生物学的地位のことだ。窪みは同時にバトンタッチの場所であり、流れの結節点となって、物質とエネルギーと情報の循環、すなわち生態系全体の動的平衡を担保している。今、ニッチを「分際」と訳す。すべての生物は本能の、もっとも高度な現れ方として自らの分際を守っている。ただヒトだけが、自然を分断し、あるいは見下ろすことによって、分際を忘れ、分際を逸脱している。人間だけが他の生物のニッチに土足で上がり込み、連鎖と平衡をかく乱している。ヒトは何が自分の分際であるかを忘れている。しかし他の生物のありようを見れば、分際とは何かがわかる。自らが棲む風土との間に、長い時間を経て生み出されたバランスのことである。たとえば江戸時代、私達はずっと風土に根ざした暮らしを送っていた。旬のものを食べ、地産地消を考え、薬物や添加物など、自らの平衡を乱すものを避ける。時間の経過にあらがわない。流れを止めず、足りているものをそれ以上取らない。それなのに私達は何をしてきたか。草食動物に肉食を強要し、あげく狂牛病を蔓延させ、集約的畜産から新型ウイルスを生み出し、抗生物質の多用によって耐性菌を作った。一度乱した平衡を回復するには膨大な時間がかかる。自分の分際を知り、足を知るということである。私達に必要なのは数値目標ではなく、生命観・自然観をめぐるパラダイムの転換である。

投稿者 zuiryo : 21:25 | コメント (0)

2010年03月22日

大掃除

万事整理整頓が苦手の私は、部屋も納戸も物で溢れ、足の踏み場もなくなってきた。いつもは年末掃除で取り敢えず片付け、何とか凌いできた。しかし昨年末は酷い風邪を引き、やる気力も起こらず、ついにそのまま新年を迎えてしまった。そのしわ寄せがここに来て、もうどうにも成らなくなって、ついに本日一大決心を起こし、朝から大車輪で徹底的に片付けた。結果、部屋も納戸もスッキリして、気持ちの良いったらない。机の上も仕事スペースがぐっと広くなり、捜し物も次々に出てきて、嬉しくなった。雲水の頃先輩から、物の整頓が悪い奴は心の整頓も出来ていない証拠だ!と叱られたことを思いだし、な〜るほど、と改めて想い出した次第。さて季節は着実に進んで、2,3日前岐阜では桜の開花宣言があった。いつもよりはだいぶ早い。うちでは総門横道路沿いに数本の桜の古木があって、一斉に咲くとそれは見事で、道行く人を楽しませていた。私も総門を出入りするたびにちらっと眺めては、咲き具合を確かめ、3分咲きとか7分咲きとか、必ず日記に書いていた。しかし昨年秋、門前町内会からの申し出で、全て根元から切ってしまった。枝が折れて通る人が危険だというのである。存続派と切り倒し派と町内二分する議論が起こり、賛成多数で切ることになったのである。うちの桜の木なので、植木屋の費用も多少かかったが、少ないながら町内会費から一部費用が出された。お陰で薄暗かった通りがぱっと明るくなり、開山塔所の白塀が俄然際だって、全体的にスッキリして誠によろしくなった。その後へ小さなツバキの苗を植えた。今日見たら門前の人がその根本に水仙を植えて、今までとはまた違った雰囲気で、ものは思いよう、これもなかなか良いもんだ。

投稿者 zuiryo : 21:05 | コメント (0)

2010年03月17日

酷い咳

旅行から帰ってしばらくは良かったのだが、ちょっと小寒い夜、夢中になって机に向かって居たら、急に背中がぞくぞくっとした。まずいっ!と思った途端鼻水がどどっと滴り落ちた。その夜から急に風邪気味となり、やたら喉がいがらっぽいのだ。喉の奥の方がむずむずして、咳が止まらなくなる。他には全く症状はないのに、兎も角やたら咳が出て痰が出る。寝るときに首にタオルを巻くのだが、これが余計いけないようである。袂に携帯ティッシュを入れて置いて、ちょくちょく痰を吐き出す。これが既に1週間も続き、お医者さんから貰った風邪薬も今日で飲み尽くした。しかし以前として咳と痰は出続いている。とまあ、こんな調子でイマイチ体調不良にて、ブログの更新も滞り勝ちになったというわけ。さてぼつぼつ庭の梅も散り始め、一端温かくなった日和もまた冬に逆戻りである。今日は午前中、20数年来大変ご厚情を頂いている信者さんを見舞った。既に90歳近くの高齢で、徐々に体が弱られ、近年この高級ケアーセンターに入居されたのである。凡そ2年半振りにお目に掛かったことになる。すっかり老人顔になってしまい、嘗ての艶々して張りのあった頃が妙に懐かしくなった。少しお寺のことでお願い事もあって、何時切り出そうかと躊躇していたら、私の気持ちを察して、ご本人の方から話して下さり、本当に有り難い事だった。不思議な縁でこんなにも昵懇の仲になろうとは思いもよらぬ事で、二人で最初遇った頃のことを懐かしく思いだし、話に花が咲いた。また毎年お寺の紅梅が満開になる頃、必ず見物にやって来るのを楽しみにしておられた。「今年は見に来られなかったでしょう」と言ったら、「この間運転手に付き添って貰い見に行ってきたよ」と、その時撮った写真を見せてくれた。帰りにその中の1枚を頂いてきた。人は必ず老い衰え、やがてあの世におさらばしなくては成らない。そのきわに佇んで目の当たりにするのは辛いことである。明日は我が身、そう思うと一層身に迫って観ぜられた。

投稿者 zuiryo : 20:54 | コメント (0)

2010年03月07日

梅祭り

近くに梅林公園があって、この季節は毎年千数百本もの白梅・紅梅が見事に咲きそろい美しい。私は特に早朝誰も居ない頃、梅の香りが充満している中を散歩するのが好きだ。以前はそれ程でもなかったが、近年は町おこしと言うこともあるのか、市や町内上げて見物客を歓迎しようと言うので、いろいろなイベントが催される。うちの寺にも是非ご協力をと頼まれ、梅祭り期間中の土曜日曜の2日間、寺を開放してお詣りして頂いている。本堂に土屋禮一さんの障壁画があるので、それを見にやって来るのである。今年はさらに厚見寺の五重の塔の芯礎の巨大な石や開山塔、開基土岐成頼・斉藤妙椿の墓なども公開して欲しいと市の博物館より依頼された。生憎昨日は朝から土砂降りの雨、今日も朝から雨で、人出もイマイチである。日曜日は市民茶会も催され、山内とうちに茶席が設けられ賑わう。この公開のために町内から沢山のボランティアが動員され、雨の中じっと佇んで監視している。これもご苦労なことで、うちの境内だけでも二十人以上がやって来る。以前はぞろぞろと人が道路に溢れんばかりに成るので、皆迷惑顔をして、早く梅の花が散って欲しいと願っていた。それが一転、大歓迎になったのだから、変われば変わるものだ。沿道には屋台が軒を連ね、ちょっとしたお祭り気分である。私は以前の対応より今の方が良いと思っている。こういう機会に少しでもお寺が協力できるのは願ってもないことである。

投稿者 zuiryo : 10:17 | コメント (0)

2010年03月05日

2月はいつもの旅の仲間12人と少し長期の旅行をしてきた。私以外は殆ど夫婦で参加なので、日中見学の時は一緒だが、それ以外の時は一人で居ることが多い。そこで気が付いたことだが、意外と旅は孤独なものである。部屋に入ってテレビを付けても、英語が不得手な私では、ちんぷんかんぷんで解らない。そこで暇な時間は専ら読書と道中日記を書くことと、食事に出てくる料理を全て絵に描く事にした。こうすると結構良い暇つぶしになるのである。それから旅をして思うのは、非日常体験から得られるものである。寺での日々は時計の振り子のように毎日決まったスケジュールで、それはそれで快適なのだが、山に入って山を見ずと言うこともある。一端外に出て日常とは全く違った何日間を過ごすと、却って日常が見えてくる。丁度鏡で自分の顔を見るようなものだ。貝原益軒先生も言っているように、初めての土地で珍しい景色や歴史を学び、珍しい食べ物などを口にすると、それまでの自分の世界が新たな広がりを持ってくるように感ぜられる。こういう非日常体験は何も贅沢な旅をしなくとも、工夫さえすれば幾らでも方法はある。心地よいリズムの日々だけで良しとせず、たまには暇を見つけて大いに旅をすることをお勧めする。養生訓の中に、人生の達人とは自己が楽しむことを知る人であると書いてある。代表的なものが3つあって、第一は旅をすること、それに酒と読書だそうだ。成る程どれも楽しいことで、けだし名言である。

投稿者 zuiryo : 21:12 | コメント (0)