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2014年02月26日

小祥忌

今日は朝から車で小一時間ほどのお寺の先住さんの一周忌法要に出掛けてきた。この方は私が雲水時代からよく存じ上げている和尚さんで、随分親切にして頂いた。私のお寺の開山さんの直弟子が開いたお寺という関係で、去年の津葬にも行き、今回の法要にも招かれたというわけである。春真っ盛りのような温かで穏やかな日和で、沢山の和尚さんのお詣りの中、無事に法要を務めさせて頂き安堵した。今の和尚さんの奥さんは嘗て尼僧堂に在錫していた人で、いろいろ昔話に花が咲いた。また別にもう一人嘗てうちの僧堂に在錫した者で、その後別の僧堂へ移り、今は九州のお寺の和尚さんになっている者とも昔話に花が咲いた。いろいろ喋っているうちに次々遙か昔のことが想い出され、お互いに昨日のことのように思い起こされ、懐かしさで一杯になった。こういう事がなければ多分一生お目にかかることなどなかっただろうに、この法要のお陰で良い想いをさせて貰い有り難かった。

投稿者 zuiryo : 13:55 | コメント (0)

2014年02月25日

三国志

もう半世紀前になるだろうか、二十代の頃人に勧められて三国志を読んだことがある。分厚いのが確か十冊ぐらいだったと思うが、ともかく読めども読めども終わらない。しかも内容が多岐にわたっているので、暫く間を置くと筋が解らなくなる。頑張って終わりまで読み切ったのだが、ところでどうでしたかと問われても殆ど答えられない。近年文藝春秋で毎号連載されていた宮城谷昌光氏の三国志が十二年にわたりついに完結した。その連載を毎号楽しみにしてしていた知人がいるが、根気の良いのに改めて驚かされる。完結インタビューで、幾つかな〜るほどと思うところがあったので記す。「後漢末から三国時代の人々は、歴史というものを非常に意識していた。「春秋左氏伝」は特によく読まれ、難しい時代を生きる指標にした。」。「皇帝個人が信じられるのは、自分の妻か宦官しかいない。妻を信じれば、その後ろの外戚が強力になる。そうでなければ近侍の宦官の力が大きくなる。人はどうしても近くに居る人間を信用し、その考に引きずられるようになってしまう。現代の企業でも言えることで、社長が自分の秘書役や、気心の知れた部下を引き上げる例は少なくない」。「学問の力とは、結局人を知る力である」。等々まだまだ沢山あるが、何十年ぶりかでもう一度この三国志を読み直してみようかと思った。

投稿者 zuiryo : 21:20 | コメント (0)

2014年02月24日

興福寺の仏頭

良い天気だったので奈良興福寺の仏頭を拝顔に出掛けた。10数年ぶりである。興福寺国宝館に入って驚いたのは、中が立派にニューアルされていたことである。以前は仏像をまるで倉庫に並べてあるだけという感じだったのが、今回は展示の仕方から照明、解説文に至るまで、素晴らしい仏像にふさわしいしつらえになっていて、ぐっと格が上がった感じである。特に見たかったのは仏頭で、以前はコンクリートの床にただ置いてあるだけだったのが、今回見ると特別に安置されていた。これでこそあの仏頭にふさわしいと安堵した。以前とはとても同じ仏頭とは思えないほどで、なんだか顔そのものまで新しくなったのかと見間違うほどであった。大化の改新の蘇我入鹿暗殺事件、その後の石川麻呂の変、山田寺の復興等々、数々の歴史の大変革を見届けたこの仏頭は、そう思ってみると優しく微笑むがごとき顔がさらに深みを増して見える。同じ仏像も何も知らなかった頃見たのとはこうも違って見えるものかと改めて思い知らされた。折角奈良まで来たので大仏様・三月堂・二月堂・春日大社もお詣りしてきた。もう20数年も前、80過ぎていた母の手を引いて、これらのお寺をお詣りしたときのことが想い出され、懐かしさで一杯になった。いろいろ思うことがあった奈良だった。

投稿者 zuiryo : 04:41 | コメント (0)

2014年02月22日

日記

私は30数年こつこつ日記を付けている。最近は10年連記のものである。これだと1ページに10年連続して書くので、振り返るのに大変都合が良い。特に個人的な事柄より僧堂の行事やその時々の注意事項が大変役に立つ。人間の記憶ほど曖昧なものはない。去年どうしたのか、その前はどうだったのかが、一目で分かる10年連記日記は重宝している。日記を付けるのも習慣で、もう何十年も書き続けていると、日記病になって、一日でも書かないと調子が悪くなる。ところで去年の今日は右足アキレス腱が痛んで整形外科にかかっている。筋肉疲労によるものと診断、温湿布を貰って帰ってきた。また瑞泉僧堂老師が遷化され、津葬の奠湯導師の拝請を受けている。また習字の稽古日二時間等々、へ〜そうだったんだ、と懐かしく振り返った。その前日は早朝散歩用ジョギングシューズを買いに行ったと書いてある。いまでもそれを使っているのだが、あれから早や1年経ったのだ。とこんなふうにたいしたことは書いてないが、いろいろ記憶がよみがえってくる。

投稿者 zuiryo : 15:00 | コメント (0)

2014年02月21日

習字

もう30年以上も前のことだが、瑞龍寺に入って間もなく、知人から墨跡を依頼された。人様に自分の書いたものを貰ってもらう事など生まれて初めてのことだった。印は鎌倉を出るとき仲間から頂いた上等のものがあったが、書くのは初めてで大変困った。それでも何とか禅語を書いてみたのだが、それが酷いのなんのって、我ながらあきれかえった。それからある人の紹介で高名な書道家について書の稽古を続けて32年になる。最初の頃から比べれば大分見られるようになたが、漸く入れば漸く深しで、何年やっても満足と言うことはない。それは目の方が先に進むからなのだそうで、これは一生続くのだそうだ。腕はイマイチだが一つだけ学んだことがある。それは書に対して決して高慢にならないことである。今年も日展で素晴らしい書を沢山拝見させて頂いたが、やはり究極の處は書く人の人格だろうと思った。書は人なりと言うが、もろに人間性が現れる。昔の禅僧の墨跡を見ながら、この人はこういう人なのかと想像を巡らしている。

投稿者 zuiryo : 20:30 | コメント (0)

2014年02月20日

減量

今日は月一回の耳鼻科診察日である。睡眠時無呼吸器のデータと喉と鼻孔を診て貰う。「ちょっと体重が増えてますね」と指摘を受けた。たった1,5キロ増なのだが、覿面に現れるらしい。太ると気道が狭くなり、より無呼吸状態が増えるらしい。この機械はそういうときに強制的に広げるためのものなのだが、痩せれば喉も痩せるため、結果この機械が不要になるという次第。目標は後3キロなのだが、8キロ減までは難なく減量できたのが、ここへ来て一進一退、食うものも食わずに頑張るのもしんどいものである。昼食はお茶だけにしている。先日東京まで出掛けたとき、一日中動いていたので極度に腹が減り、ついに昼食に小さなサンドウイッチを食べてしまった。何と翌日1、5キロ増である。これは私の胃腸が極めて消化吸収が良いという証なので喜ぶべき事である。そう思って自ら慰めている。しかし何と厄介な体なのだと悲しくなった。

投稿者 zuiryo : 21:27 | コメント (0)

2014年02月19日

風邪

今年は風邪一つひかず、昨年打ったインフルエンザワクチンの効果もあってか、順調に2月まできた。ところが一昨日ある会合で、二時間以上数人の仲間と食事をしたのだが、目の前に座った人が、その間中ゴホンゴホンと咳のしっぱなし。まるで風邪の菌のふりかけご飯を食べているよう。さりとて脇に席をずらすのも気が引けて、仕方なしにたっぷり菌を浴びた。案の定翌日からくしゃみがしきりに出て、そのうち鼻水がたらたら。初めはティッシュでかんでいたが、あっという間に箱が空になる始末、これでは堪らんと思いハンカチを使った。しかしそれも暫くすると鼻水でぐちゃぐちゃ。や〜まいったまいった。私の日常空間はほぼ一人きりでの生活だから、更に周囲に迷惑を掛けると言うこともないからいいようなもの、そのうち頭が痛くなったり、こっちもゴホンゴホンと言うことになると、私がまた菌を周辺にまき散らすことになるわけだ。何とか薬で押さえ込み、迷惑掛けないようにと思っている。人間一人っきりで生きているわけではないので、こういうことも仕方ないことだが、風邪の菌など蹴散らすぐらいの馬力がないといけないと感じた。

投稿者 zuiryo : 14:49 | コメント (0)

風邪

今年は風邪一つひかず、昨年打ったインフルエンザワクチンの効果もあってか、順調に2月まできた。ところが一昨日ある会合で、二時間以上数人の仲間と食事をしたのだが、目の前に座った人が、その間中ゴホンゴホンと咳のしっぱなし。まるで風邪の菌のふりかけご飯を食べているよう。さりとて脇に席をずらすのも気が引けて、仕方なしにたっぷり菌を浴びた。案の定翌日からくしゃみがしきりに出て、そのうち鼻水がたらたら。初めはティッシュでかんでいたが、あっという間に箱が空になる始末、これでは堪らんと思いハンカチを使った。しかしそれも暫くすると鼻水でぐちゃぐちゃ。や〜まいったまいった。私の日常空間はほぼ一人きりでの生活だから、更に周囲に迷惑を掛けると言うこともないからいいようなもの、そのうち頭が痛くなったり、こっちもゴホンゴホンと言うことになると、私がまた菌を周辺にまき散らすことになるわけだ。何とか薬で押さえ込み、迷惑掛けないようにと思っている。人間一人っきりで生きているわけではないので、こういうことも仕方ないことだが、風邪の菌など蹴散らすぐらいの馬力がないといけないと感じた。

投稿者 zuiryo : 14:49 | コメント (0)

2014年02月18日

日本画展

今日は早朝に出発して東京上野の都美術館で開催中の「世紀の日本画」展を見てきた。狩野芳崖、橋本雅邦から始まって菱田春草・横山大観・安田靫彦・小林古径等々、素晴らしい絵をたっぷり鑑賞できて良い一日だった。私には難しいことは解らないが、中でも一番印象深かったのは小倉遊亀の「径」と「舞妓」である。以前からこの二つの絵は是非見たいと思っていたので、ついに念願叶ったわけで、思い入れが大きかったので一層心にしみた。以前滋賀県立美術館で川端龍子展が開催され、それを見に行ったとき、常設展も覗いてきたら、一部屋小倉遊亀の作品だけが展示されていた。その時初めて滋賀県出身と言うことを知った。花瓶や花の小品が多かったが、不思議に引きつけられた。これって何なんだろう?と思い、のち画家の土屋禮一先生にお尋ねすると、描かれている花瓶や花を見るのではなく、何も描かれていない背景を見るのだと言うことを聞いた。背景は何百辺も塗り重ねられているのだそうで、小倉遊亀さんは「私は宇宙を描いている」と言われていたそうだ。今日もその言葉を思い出して見たのだが、不思議に幸せな気持ちになった。ふと我々の修行の世界も同じだな〜と感じた。うまずたゆまず坐り続けることが何より尊いことなのだ。百万遍の説法に勝ると思った。

投稿者 zuiryo : 16:23 | コメント (0)

2014年02月15日

バレンタインデー

先日姪っ子から花が届いた。これって何だろう?取り敢えず頂いたのでメールでお礼をした。その後で、ああ〜、バレンタインのチョコレートの代わりの花だ!と気が付いた。この姪っ子がまだ娘だった頃、バレンタインには必ずチョコレートを送ってきたのだが、ある時から、おじさんは甘いものは控えた方が良いと思うのでこれからは代わりに花を贈ります。爾来花を毎年贈ってきてくれる。近頃は世間の事柄に疎くなって、この時期はバレンタインだということすら忘れてしまった。そこで思い出したのだが、以前はもっと何人かの人がバレンタインだと言ってチョコレートをプレゼントしてくれた。今や一人減り二人減り、ついに姪っ子一人きりになった。別にそんなことどうでも良いのだが、「去る者は日々に疎し」という言葉の通り、私の身の回りから、人が減ってきた証拠で、これは喜ぶべき現象だと思っている。もともとチョコレート屋の策略なのだから、話にもならない話である。ところであるファッション関係の会社の社長さんと話をしていたら、仕事柄周りは女性ばかりだそうだ。このバレンタイン、義理チョコの山だという。ところがこのお返しがまた大変で、特に女性は食事でお返しと言っても、男と違ってやすもので済ますわけには行かないと言っておられた。仕事をスムースに運ぶ潤滑油と言うことなのだろうが、世俗とは何とごちゃごちゃいろいろなことがあるものだ。すっきり何もない私の僧堂生活は何と快適かと思った。

投稿者 zuiryo : 20:57 | コメント (0)

2014年02月04日

乗馬

門前のおばあさんが亡くなった。89才であった。この方のご主人と大変親しくさせて頂いた。岐阜市郊外の河川敷で馬場を経営しておられた。20数年も前のことだが、私は午年生まれと言うこともあり、一度馬に乗ってみたいというと、どうぞどうぞと勧めてくれた。広大な敷地にコースが出来ていて、傍らに楕円形の広場もある。まずは背中に乗るだけでも大変で、鐙に片足を掛けてひょいっと跨がれない。初心者はビールケースに足を掛け、しがみつくようにして漸く背中に乗るという有り様である。乗ってからがまた大変で、つかまるところがない。西部劇に出てくるカウボーイの鞍には前に角のようなのがあるからそれを掴めば良いが、普通のには何もない。しかも馬の背は例えるとコンニャクのようで、グニャグニャしている。手綱があるではないかと思うかもしれないが、手綱は常に弛ませていなければならない。だから動き回る馬の背中の上で体の重心を保っているだけでも大汗掻く。で、一体どこで体を支えるかというと両股で馬の腹をぎゅ〜っと締め付ける事で自分自身のバランスを取るのである。だから1時間乗って降りると内股がひどく疲れてがに股歩きになる。と、こんな風にご好意に甘えて2,3年乗馬を経験させて貰った。結局止めたのは3回落馬して、背中をたたきつけられ、私と馬とは相性が悪いと思ったからである。勿論そういう場合に備えて乗馬用のヘルメットをかぶっているので、怪我はない。その時お世話になったご主人は今91才で介護施設に入っている。ご夫婦共に親切にして頂いたので、引導を唱えながら、思わず声が詰まってしまった。本当に悲しい別れであった。

投稿者 zuiryo : 20:12 | コメント (0)

2014年02月02日

制間

2月1日から1ヶ月半制間となりほっと肩の荷が下りる感じだ。起床から就寝まで制中と基本的には変わらないのだが、気分の問題で、何となくほっとする。この間雲水たちは入れ替わり立ち替わり暫暇を貰って授業寺へ少しの間帰る。帰る雲水は嬉しそうにして、指折り数えてその日が来るのを待つ。本来出家なのだから、うきうきして帰る場所など他にないのだが、僧堂とは違った空気を吸えるのが嬉しいのである。私は小僧だったから、寺へ戻っても食事の支度から風呂焚き、掃除や作務など、かえって僧堂よりも忙しかったが、まっ、気分の問題で、いそいそと帰ったものである。そういう雲水の頃の気分が何処かに残っていて、今は立場が変わっても、記憶の奥から自然に湧き出てくるのかもしれない。ところで文藝春秋、立花隆の「興福寺の仏頭」は非常に感ずるものがあった。これは上野の国立博物館で催された興福寺仏頭展を見ての感想文である。私は20数年前、興福寺宝蔵館で有名な阿修羅像を見て、他の仏像を見ているとき、やたら大きな仏頭があった。首から上だけでしかも後ろの部分は掛け落ちていた。国宝であった。無知な私は何でこんな頭だけが国宝なのだろうと不思議に思って、へ〜っ!で通り過ぎた。ところがその仏頭、なかなか深い古代史が込められており、この文章を読んで初めてそういうものなのだったのかと解った。早速この制間は奈良へ出掛けてもう一度見直してみようと思った。無知ほど恐ろしいものはない。

投稿者 zuiryo : 09:02 | コメント (0)