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2006年12月29日

初雪

今年はずっと暖冬がつづき、27日は気温17度にもなって、こりゃ何だ!と思うほどだったが、今日は早暁より雪が降り続き、午前10時現在積雪5センチ、あっという間に一面の銀世界。まっ、日中の雪はさほど積もる心配はないので良いが、これで年末の庭掃除はできなくなった。2,3日前から猛烈な風で、掃いても掃いても何処からか木の葉が舞い込んで、しゃくにさわる天気だった。その上この雪だ!踏んだり蹴ったりである。昨日は恒例の餅搗、以前はまだ暗がりのうちから、全員総出で、ぺったんぺったん、それは賑やかで威勢が良かった。しかし近年は手が回らなくなって、殆ど機会でこね回して作るという、何とも情けない状態になった。しかし松竹梅を立てたり、餅を搗いたり、大掃除をすると、いよいよ今年も終わりだな〜、と実感する。2,3年前、「山中暦日無し」だから、自室の大掃除は全くせずに、新年を迎えたことがある。確かに忙しい思いはせず済んだが、全く正月の気分にならなかったことがある。矢張りばたばた、慌ただしくしてこそ、気分一新、新年を迎えられるのである。

投稿者 zuiryo : 09:36 | コメント (0)

2006年12月26日

歳末

私は40年来、ずっと日記を付けることを習慣にしてきた。特にここ20数年間は、個人的なことと同時に僧堂の諸行事・その準備に必要なことなど、半分以上は仕事絡みの記録になっている。還暦の時、姪っ子二人がお祝に10年連記の日記帳をプレゼントしてくれた。これが意外に重宝で、今年は4年目だが、3年前に遡ってどのようだったかを克明に知ることが出来る。年々記憶力は低下するばかり、こういう私には無くては成らぬものになった。ところで、近年は必ず1年分の日記を読み返し、歳末には反省文を巻末に書くことにしていた。が、昨年当たりから止めた。理由は、反省文を書き出したら切りがないからと、その都度骨に染みて、深く頭を垂れているから、もういいや!と厚かましくなったからである。

投稿者 zuiryo : 09:23 | コメント (0)

2006年12月22日

臘八円成

ご無沙汰しました。15日より臘八大接心で、今朝午前3時暁天座を以て、首尾円成しました。今年は比較的温暖で、もう少し木枯らしが吹いて欲しいな〜と思っているうちに終わってしまった。ともかく、僧堂最大の修行は終わり、ほっと一息ついているところである。今夜は6時に総茶礼があって、その後恒例の灯夜があり、終夜賑やかに飲み明かす。僧堂の良さは把住と放行が徹底しているところである。今朝まで死にもの狂いで坐禅を組んだ禅堂で、今夜は一転して、和気藹々賑やかに酒を酌み交わし、飲み明かすのである。雲水時代の臘八大接心にはいろいろ思い出があるが、この灯夜にも数々の思い出がある。お互い若い血をたぎらせて、修行の上で取っ組み合いの喧嘩もしたが、また肩を組んで高吟放歌したものである。65歳と言えば世間一般ではリタイヤー年齢だが、幾つになっても若者相手に修行できるのは無上の幸せである。

投稿者 zuiryo : 14:43 | コメント (0)

2006年12月13日

妙心寺開山忌

昨日は本山開山忌に出頭した。予想に反して雨模様ながら暖かめ、助かった。いつもは木枯らしがピューピュー吹き抜け、体の芯から冷える2時間の法要は正直堪える。今年は新管長さんの初めての開山忌、79歳だそうだが、お元気そのもの。永年修行で鍛えた体は、並の者とは違う。15歳も下の私がしんどいなどと云っていたら笑われる。何人か、旧知の和尚さん方にもお目に掛かることが出来た。毎年和歌山の千光寺さんが紀州みかんと佛手柑をお供えされる。丁度その寺の弟子を隠侍に連れていったので、そのことを尋ねたら、彼の寺では代々住職の心得として、開山忌には必ず蜜柑をお供えすることに成っているのだそうだ。有り難いことである。宗盟心と一口に言うが、寺の伝統として受け継いで行くのは、なかなか出来ないことである。

投稿者 zuiryo : 21:19 | コメント (0)

2006年12月09日

般若会懇親会

般若会では、毎年11月にその年の坐禅が終了すると、12月に打ち上げの懇親会をする。今年は特に20周年の節目でもあり、沢山の会員が集まり盛大に催すことが出来た。10年目の時には、話しをまとめて本にして記念に差し上げた。今回は、桜の老木で作った雲水箸に焼き印を押して記念品とした。般若会は知事さんを会長にして、市内の経済界の方々を集め発足し、年々会員も増え、新しく岐阜市長さんも参加されたりで、益々充実してきた。私は毎回25分間ほど話しをするのだが、これが甚だ苦痛である。聴衆はずっと20年ほぼ同じ顔ぶれだから、手を替え品を替え新しい話題を考える。年15回を20年で、既に300話になる。これからもこの難行苦行が続くのかと思うと、ぞっとする。しかしこれがあるから必死に勉強すると云う利点もある。崖っぷちに立たされるのが何よりの薬だ。

投稿者 zuiryo : 20:19 | コメント (0)

2006年12月07日

建長寺団参

午後、鎌倉建長寺西国33番霊場巡りの一行、100名が立ち寄ってくれた。打ち上げが谷汲さんなので、帰る途中、わざわざお詣りに寄って下さったのである。一行の中には私が嘗て鎌倉に住職していた頃の知人も多く参加されており、懐かしい再会が果たせた。お互い老人になってしまったが、何時までも元気に、こうしてお目に掛かることが出来るのは嬉しい。鎌倉の7年半は私にとって、世間の実学を学んだ貴重な期間だった。これがあったから、岐阜へやって来ても何とか住職をやり通すことが出来たのだと思っている。だから鎌倉の方々が遣ってくると、無性に懐かしくなる。皆と一緒に本堂でお詣りの後、話しをさせて貰ったが、自然に先日亡くなられた素堂老師のことになった。いろいろな思い出をいっぱい残して下さった、かけがいのない老師だったと、今改めて思った。

投稿者 zuiryo : 14:05 | コメント (0)

2006年12月06日

雲水箸

2,3年前、境内の山桜を切らなければならなくなった。毎年、ソメイヨシノが終わる頃、飴色の若葉と共に白い可憐な花を咲かせ、目を楽しませてくれた。樹齢数十年の老木であった。何か有効活用はないものか思案の末、桜の木は箸にすると良いと聞いたので、雲水用の箸を造ることにした。暫く寝かせ、充分乾燥した所で、大工に見本通りに作って貰い、瑞龍寺の焼き印を押した。丁度今年、般若会の座禅会が発足以来20年の節目に当たるので、記念に差し上げることにした。11月、開講大般若祈祷に、この箸も併せてご祈祷し、末永く愛用して貰いたいと思っている。雲水箸は手元の部分が特に太くできており、一見使い難いように思われるが、決してそんなことはなく、却って慣れると普通の細い箸よりずっと良い。8日の般若会打ち上げ会で、皆に差し上げるつもりである。

投稿者 zuiryo : 09:46 | コメント (0)

2006年12月03日

お歳暮シーズン イン

毎年の事ながら、又お歳暮のシーズン突入である。いろいろな方から頂くのは本当に有り難いことで、よくぞ忘れずに毎年お送り下さるものと、頭が下がる。干支の色紙を礼状に添えるのだが、この色紙は10月頃から書き始めなければならない。結構労働で、へとへとにも成る。毎年嬉しいような哀しいような気持ちである。頂いた物は、折半して雲水共々頂くので、宅急便が届くたびに、雲水の顔が丸くなる。今朝は第一日曜日、光陽会坐禅の日である。午前6時から坐禅が始まり、17人ほどの参加であった。碧巌録講話の後、皆に干支の色紙を差し上げた。一般には12月1日から臘八大接心なのだが、うちでは15日から行われる。大根漬け、白菜漬け、生け垣の選定、もみじの掃き掃除など、正月を迎えるための準備もぼつぼつ始まる。

投稿者 zuiryo : 20:30 | コメント (0)