« 2013年03月 | メイン | 2013年05月 »

2013年04月29日

大会(だいえ)

40年前、現役の雲水の時、初めて大会の主催者側の一員となって知客(しか)として先輩の和尚さんに聞きながらやったことがある。そのときの貴重な経験が土台となり20年後、今度は瑞龍寺の住職となり2回目の大会を計画、お陰でこれもクリアー出来た。来年3回目の大会を計画している。目下そのための作業が進行中である。何事も実際にやった経験は大きなもので、さすが3回目とも成ると、余裕が出てきた。失敗は成功のもとと言うが、失敗ほどよく覚えているものである。4月の大接心が終わるのを待って一斉に拝請回りをし、今日すべて無事終わった。どうっと言うこともないようなものなのだが、相手の都合を聞いたり、包み物など手抜かりないように準備万端整えるのにはそれなりに経験がないと出来ない。こういうことを修行中に知らぬうちに経験させて貰ったことは本当に有り難いことである。今時は万事略式が大流行で、まあそんな堅いことはやめときましょうという人が多いが、古来からの伝統に従って忠実にやることはそれなりに意義のあることだと感じている。それにしても思うのは各僧堂にお邪魔すると、それぞれの所で雲水の動きがいろいろ違って興味があった。人様のことは言えないので、自分の所はどうなのかと思い、日頃の教育が大切と改めて感じた次第である。

投稿者 zuiryo : 20:36 | コメント (0)

2013年04月25日

雨安居入制

4月15日から雨安居入制となり、大接心が一週間あり、無事に円成した。今年はやたら暑くなったかと思うと急に冷え込んで、まるで冬に逆戻りというような不安定な陽気が続いた。今の季節は楓の新緑が最も美しい時期で、目に染みるような新緑を眺め清々しい気分にしたっている。例年はウグイスがしきりに鳴いて、さらに気持ちの良い季節となるのだが、少し鳴き始めたと思ったら、全く聞かれなくなってしまった。あっちにもいろいろ都合があるのかもしれない。さて親戚の者が亡くなったり、両親の法事があったり、大会の拝請回りをしたりで、てんてこ舞いの忙しさであった。世の中どうして忙しくなるとさらに用事が増えてくるのかと思う。逆に暇になり出すと何もすることがなくなることがある。不思議なものである。このところうちのブログを見て座禅会に参加したいと言ってくる人が多くなった。またしばらく居士修行をさせて貰いたいとか、在家のままで本格的な修行を続け、いずれは参禅もしてみたいだとか、結構反応がある。少しでも世間の方々に禅を知って貰い、参加して貰いたいという願いから始めたホームページ開設なのだから、数年経ってやっと芽が出てきた感じで喜んでいる。だから質問メールには出来るだけ親切に対応している。こっちの千客万来は大歓迎である。

投稿者 zuiryo : 20:31 | コメント (0)

2013年04月11日

津葬(しんそう)

今日知り合いの和尚さんの津葬に行ってきた。80歳は過ぎておられたので男の平均寿命はとうに越えて亡くなったので天寿を全うされたと言っていい。晩年は難病に冒され多少不自由な体だったが、前日まで檀家の葬式に出かけられたというのだから、まさかこんなに急に亡くなるとはお家族の方々も信じられないと言っていた。この方が寺に住職された頃は私は僧堂の雲水として修行中であった。我々雲水を大変可愛がって下さり、お寺に招かれてはよく台所で、「どやし」をやってくれた。和尚さんと車座になってざっくばらんにご馳走になった。年がら年中腹を空かしている雲水にとっては何より有り難く、このご厚情は今でも忘れない。和尚さんの寺の開山様はうちの開山様の弟子という関係で今日の葬儀の導師を頼まれたわけだが、奇しくも巡り巡ってお世話になった和尚さんを送ることになったのだから、不思議な縁である。思わず声にも力が入った。そこのお寺の後を継がれご子息さんの奥さんは、お寺の娘さんで、かつて私がお世話している尼僧堂で修行していたことがあり、これもまた不思議な縁である。聡明な娘で、このままずっと修行してくれたら良いのにな〜と思ったが、そうはならず今はお寺の奥さんとして住職を助けている。元気で可愛らしい子供の手を引いている姿は微笑ましく、こういう姿を見るのも良いもんだと思った。かつて私が飼っていた愛犬ハチをとても可愛がってくれて、荷担に来るとぎゅ〜っとハチを抱きしめて、「癒やし犬!」といっていた。永暫のときハチを色紙に描いてプレゼントした。そんなことをふと思い出した。

投稿者 zuiryo : 20:07 | コメント (0)