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2006年02月28日

禅カウンセリング

禅と医学的な心理療法を組み合わせた独特な手法でカウンセリングをされている人が訪ねてきた。以前臨済宗青年僧の研修会で講演をご一緒にさせて頂いた縁である。アメリカのマサチューセス大学医学部教授ジョンカバットジン氏に直接教えを請い開眼されたと言う。いろいろ話を聞くうちその実践的な活動に大いに共鳴した。乞食のお粥(湯ばっかし、言うばっかし)的指導者の多いなか、この生き方は素晴らしい。目下指導者を養成してゆくための組織作りに奔走されている。私も以前から伝統的禅と西洋の心理学を合体した新たな方法はないものかと考えていたので同感することが多かった。これからもいろいろ教えを乞いたいと思った。世の中不思議なもので、心に何か願いを持つと必ずその思いを後押ししてくれるような良いご縁が巡ってくるものだ。

投稿者 zuiryo : 19:09 | コメント (0)

2006年02月26日

陶工

久しぶりにM氏の陶房を訪ねた。30数年来のお付き合いだが、とても80歳とは思えぬ元気さである。私が雲水修行中老師のお供で初めてお目に掛かった時が竈出しの日で、まだ余熱の残る竈の中から次々に作品が取り出されると、途端にキンキンと一斉に鳴りだしたのが大変印象深かった。爾来鎌倉で小庵の住職をしていた時も近くで個展を開催すると必ず寄ってくれた。その後岐阜へやって来てからも折にふれてお立ち寄り頂き細々乍らお付き合いが続いた。10年ほど前には趣味の滝行にもお誘いし一緒に木曽へ出掛けたこともあった。今回は知人を連れて茶碗に字を書かせて貰ったのだが、この場所に竈を築いて40年になるそうだ。既にご子息さんも共に陶作に勤しんで居られるのだが、「この世界は作品が全てですから、例え息子でも相応の力量がなければ誰か別の人に跡を継いで貰えばいいのです。」と言われた。芸術の世界は勿論のこと企業でも後継者に相応しい力がなければ淘汰される。この厳しさがあるからこそ必死になるのだ。さて我々宗門はどうか、依然としてぬるま湯体質は改まっていない。これでは生存競争で日々戦っている世間の人から信頼を得ることは出来ないと痛感した。

投稿者 zuiryo : 21:24 | コメント (0)

2006年02月22日

居士修行(こじしゅぎょう)

門前T氏の息子が3泊4日の居士修行にやって来た。3月から浜松へ靴作りの学校に入り、その後然るべき人に弟子入りし、出来ればイタリヤへも修行に行きたいと言う。10年間頑張って何とか自分の工房を開くのが目標だそうだ。その資金作りの為にもアルバイトで稼ぎながら頑張ると言う。今20歳だから30歳独立を目安にしているのだ。小さい頃はお爺ちゃんに手を引かれてよく僧堂に来ていたが、今回の居士修行で僧堂の本当の姿が解ったようである。雲水と一緒に托鉢にも連れて行った。お坊さんでもない自分が深々と頭を下げられ喜捨を受けるというのは通常ではできないことで、新鮮な体験だったようだ。彼はづっと試行錯誤、期待と挫折の繰り返しで此処まで来た。漸くうっすらと希望の光が差してきたのだから、何とか頑張って夢を叶えて欲しいと念じた。どの世界でも外から見ていたのと中へ入って感じたのとでは大違いである。暫くすれば必ず挫折する。そこからどう頑張って乗り越えて行くかである。個人的にも生前大変お世話になったTさんの孫だから私が代わって彼を応援してやろうと思った。

投稿者 zuiryo : 18:40 | コメント (0)

2006年02月21日

個展

今日、10時から日本画家K先生の個展が開かれるので、それに合わせて一番に出掛けた。友人と相図り旧知の先生にご指導を仰ぎ、毎月2回のペースで、主に花や果物など生物を中心に描いている。既に今年で7年目に入ったのだが、その割には一向腕は上がらぬ。しかし絵を描くというのは本能に近い作業で、無心に描いているからあっという間に2時間が過ぎてしまう。仲間6人と一緒にやっているのだが、それぞれ個性があって全く同じものを描いても違う絵になるのが面白い。中でも特にS氏の作品が何とも言えぬほのぼのとした良い感じなのである。既に70半ばを過ぎ、我々のように変な欲がないのが、図らずも素晴らしい色彩や形になって現れている。何事も幼子の如き純真さに勝るものはない。又80を過ぎたK氏は一番後から仲間に入ったのだが、その上達振りには目を見張る。最初隣の席から私が何くれと無くアドバイスをしていたのだが、近頃は私の方が教えて頂いている。絵はその人となりが自然に表れるものだから、何時も自分を人前にさらけ出しているような気持ちになる。

投稿者 zuiryo : 20:23 | コメント (0)

2006年02月20日

問候(もんこう)

季節の節目に挨拶に伺うことを問候と言う。今日は京都建仁寺へ恒例の問候に出掛けた。前管長湊素堂老師が鎌倉建長寺より転住されて以来、嘗てお世話になった連中十数名相集い新年のご挨拶をかねてご機嫌伺いにお邪魔している。老師とはお互い言いたいことを言い合って楽しい一時を過ごすのが楽しみであった。しかし十四年前病に倒れられ、爾来顔を見合わせ無言のうちにお目に掛かるという事になってしまった。それでも皆尊顔を拝するだけで有り難いと思い相変わらず集まってくる。修行の師弟関係というのは特別な思いがあるのだ。ところで私の場合はどうなのかと思った。二十四年間も永きに亘って会いに来てくれる弟子はいるだろうか、多分おるまい。徳の違いを認めざるを得ない。何か深く考えさせられる一日であった。

投稿者 zuiryo : 19:22 | コメント (1)

2006年02月17日

研修会

一昨日は恒例の濃尾6ケ僧堂師家が集まって年一度の懇親会があった。20数年前名古屋の徳源寺さんと私がほぼ同時に若手師家として就任したのを機会に先輩達が始めてくれた会である。当時の方々は既に亡くなったり隠居されたり他山へ代わられたりと、代替わりして結局徳源さんと私と二人が未だに残って続けている。2月1日講了でほっと一息ついた制間に気楽な気持ちで集う会である。お互い一杯やりながら本音で語り合うというのは、こういう会なればこそだ。毎回なかなか有意義である。翌日は早朝より静岡東教区研修会の講師を頼まれ出向した。妙心寺派では3年後、開山無相大師650年遠忌をむかえる。無相大師は質実剛健質素枯淡を旨とし坐禅第一に生涯を貫かれた。これを機会にその尊い伝統を思い起こし報恩の行を積んで欲しいと話した。時代も大きく変化し社会の意識も様変わりしてきた今、宗門人としての生き方が改めて問われている。

投稿者 zuiryo : 20:14 | コメント (0)

2006年02月16日

涅槃会(ねはんえ)

昨日はお釈迦様の亡くなられた命日であった。今年は奈良薬師寺執事長村上太胤師と俳優の滝田栄氏がお詣りに来られた。滝田氏は3ケ年もインドでヒンズー行者と一緒に山に入って修行したという。これには驚いた!昔NHK連続ドラマ「なっちゃんの写真館」以来余り画面でお見受けしなかったが、聞けば14年間も「レミゼラブル」の舞台に出演され大評判だったそうだ。テレビや映画で拝見する通りの感じの良い人だった。旨く行けば「釈迦」という映画で主役を演ぜられることになるそうだ。しかし俳優としてより心境を深めるためにこんな厳しい行を積まなければならないとは、どの道も大変なことだと痛感した。昨年2月、坐禅会員と共に10日間ほど佛跡巡拝をしてきたが、たったそれだけの小旅行でも半数以上の者が酷い下痢に悩まされ這々の体で帰ってきた。衣食住全て格段に酷い状況下、しかも行者修行をしたというのだから全く驚くべき強靱な人だ。

投稿者 zuiryo : 19:21 | コメント (0)

2006年02月14日

虎穴録訓注

3年前より依頼しこつこつ作業を続けて頂いている開山の語録、虎穴録訓注について中間報告を兼ね打ち合わせ会があった。開山500年遠忌事業の中、やり残したのがこの訓注本出版である。紆余曲折あったが3年後には完成の目途が付いた。関係者6人集まってほっと安堵の胸を撫で下ろした。無事出版できたら本堂再建のご寄付を頂いた寺院に施本し、以後月1回当山に集まって貰い語録の勉強会を立ち上げたいと思っている。今、僧侶の資質低下が危惧されているが、こういう活動が少しでもお役に立つことが出来れば望外の幸せである。

投稿者 zuiryo : 19:17 | コメント (1)

2006年02月13日

ともしび会

今日は午後からともしび会。この会は信者の或る婦人が50年ほど前に発願された法話を聞く会である。戦後間もない時期、日々の生活に追われ静に話を聞くなどという余裕もない頃、ご婦人方の精神的支えになればと身銭を切って始められたのである。ずっと商工会議所を会場に開催されていたが、10年ほど前から当山が会所(えしょ)を引き受けることになった。2月最初の法話が私の当番で、以降毎月1回開催され、講師も遠方では奈良や東京からもお出で頂く。近頃は流行のようにあっちこっちで似たような会が催されているが、その志の深さという点でともしび会が一番と自負している。しかし近年会員もしだいに老齢化し、何とか若い方々にも是非参加頂きたいと願っている。午後4時、土岐市の陶工M氏がやって来た。近々個展を開くことになり少々私がお世話をさせて頂いた。茶碗に銘を頼まれたり案内状に一文を寄せたりで、なかなかのんびりはさせて貰えない。

投稿者 zuiryo : 09:41 | コメント (0)

2006年02月11日

多忙

昨日は40数年来の友人の父上の17回忌法要に出掛けた。昔話に花が咲いて楽しい一時であった。その後以前住職していたお寺の本堂再建の途中状況を見てきた。私が住職していた頃より見違えるような境内に目を見張った。これからの発展を期待し大いに満足して帰った。その足で新橋に寄り旧友にあった。お互い歳を取りその間いろいろなことがあったが、兎も角元気でめげずに生きているので救われた。翌日は建長寺教学部長時代お世話になった寺の先住さんの諷経をして昼過ぎ帰山した。鈍った体に活を入れるため2時から岐阜城まで山登、夕方からは市長の当選祝賀会と、誠に忙しい2日間であった。

投稿者 zuiryo : 21:07 | コメント (0)

2006年02月08日

健康診断

お前又か!と思われるか知れないが、これは違う。4月から岐阜大学の聴講生に成るための手続き上必要になって受けたのである。私は臨床心理学を基礎から学びたいと思った。師家も言ってみれば古典的心理療法家である。そこで思うのは、一般の和尚さん方には種々講習会が催され、時には義務化されているものもあるが、師家の側には一切無く、全てお任せというのが実情だ。考えてみるとこれはおかしい話しで、むしろ指導的立場にある者ほど研修せねばならぬはずである。宗門の特殊事情と言うこともあるが、手前勝手にやっていればそれで済むと考えているならそれは間違いである。現代の若者を非難するのは容易いが、その若者気質にフイットした方便を的確にこうじられない我々師家側にも大いに反省すべき点がある。と言うことで西洋的な手法と東洋の伝統を合体させたら新たな方法論が見つかるのではないかと発願した次第である。

投稿者 zuiryo : 15:30 | コメント (0)

2006年02月05日

第10回師家懇話会

昨夜は京都で妙心寺派師家11人が集まって恒例の師家懇話会が催された。そもそもこの会は10年前、名古屋の徳源寺さんや私が中心になって起こした会で、年に1度くらいは会っていろいろ話し合うのも良いのではないかという趣旨で始められた。派内には19ケ僧堂あるが、普段全員が集まることは殆どない。若者を指導してゆくことの難しさを日々痛感している者どうし、良い知恵を出しあおうというわけである。近年目立つのは若者の修行に対する意欲の無さである。こんなに素晴らしい修行は外にないのだから、この醍醐味を何とか伝えたいと試行錯誤するのだが、どうも空回りしているのである。問題は種々あるだろうが、我々師家側にも現代の若者の気持ちにフイットした方法論が模索されなければ成らないのではないかとふっと感じた。

投稿者 zuiryo : 11:11 | コメント (0)

2006年02月03日

節分追儺会(せつぶんついなえ)

今日は節分の追儺会行事である。僧堂では日が落ちる5時半頃、飯炊き役の典座が浴室で褌1枚になり予め用意の真っ赤な絵の具を体中に塗る。シュロの木の外皮で作ったパンツ、人参の角、手作りの金棒を持つとこれで鬼は出来上がる。提灯を掲げ、警策を腰に差して案内役は殿司、全ての部屋の障子を開け放ち、大声で、「ごあんない!」と叫ぶ。後に従った件の赤鬼が部屋中を巡り金棒を突き立て、「うお〜!」と吠える。とその後から副随が升の豆を思いっきり投げつけ、「鬼は外、福は内〜!」と叫ぶ。鬼は、「ごもっとも〜ごもっとも〜!」と言う。これで一部屋終わる。この様にして上方より順次豆をまき、禅堂、聖侍、東司などを経て終了、山門の外へ鬼を放り出して円成となる。それから鬼は直ぐ風呂に入り体中の絵の具を落とし冷え切った体を温める。鬼が風呂から出てきた頃合いを見計らって総茶礼となる。お茶を飲み、豆を年の数だけ取って終わる。以上が僧堂の追儺会である。寒気の一番厳しい時期に行われる行事だけに、特に赤鬼役は楽じゃない。余程気合いを入れて臨まないと赤鬼が青くなる。

投稿者 zuiryo : 20:01 | コメント (0)

2006年02月02日

休息日

昨日講了、各役目もそれぞれ交代が済んで、今日は休息日である。洗濯をしたり繕い物をしたり医者に出掛けたりとのんびり体安めをする。お天気も昨日とはうって変わってお日さんが照り気持ちよい。し〜んと静まりかえった境内で気持ちよさそうに日向ぼっこをしているハチの背中を掻いてやると目を細めいかにも満足げである。午後からはいつもお世話になっている整体治療院でボキボキとやって貰い電気針で治療すると一制中の疲れがすっ飛んでゆくようだ。また5日に催される、土屋先生文部科学大臣賞受賞記念祝賀会の打ち合わせに出掛ける。と、まあこれでなかなか忙しい。しかし気分はゆったりの一日である。

投稿者 zuiryo : 10:30 | コメント (0)