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2010年04月29日

パトカーはお友達

毎朝午前4時、朝の勤行を済ませハチの散歩に出掛ける。これがほぼ365日の日課で、盆も正月もない。今年は特に雨の日が多く、ざざ降りの中、先ずハチに合羽を着せ、私は長靴に傘という格好で出掛ける。散歩中必ず会うのは新聞配達のおじちゃんやおばちゃん、あちらも同じ時刻に同じコースを回っているからみな顔見知り、「ハチ!おはよう!」と声を掛けてくれる。ハチは無視、ひたすら拾い食いのために目を輝かせ、一万倍の鼻をくんくんやっている。次ぎにお友達は市内を循環警邏中のパトカーのお巡りさん。こちらもほぼ同じコースを赤色回転灯をキラキラさせながら、「おっ!白ちゃん元気に歩いてるね〜!」。いつだったか、このパトカーの派出所へ拾った財布を届けたことがある。お巡りさん達は実に愛想良く頭を撫でてくれた。今朝、道路脇に1台の車を止めて、このパトカーのお巡りさんが二人で取調中、通りかかったら、「おはようございます!」と元気よく挨拶されてしまった。あちらは仕事、こちらは散歩、事情は違えども、日課のように毎度顔を合わせていると自然に不思議な交流が生まれるものだ。ところで繁華街を散歩するのでやたら信号が多い。全部の信号を規則通り守っていたらちょくちょく立ち止まらなければならないので、すべて信号は無視、「赤信号誰も見てなけりゃ怖くない」。まっ、車も人も殆ど通らないから、これで充分安全なのだ。いつもの通り赤信号を無視して横断歩道を渡り、ふいっと停車中の車を見たらパトカーだった。「ずるい!赤色回転灯を消していたとは!」。あれを止められては、暗い夜道に黒いパトカーでは、全くそれと解らない。まっ、叱られることもなく無事通過、そりゃ〜そうでしょう、何たってお友達なんだから。

投稿者 zuiryo : 09:47 | コメント (0)

2010年04月27日

立ち居振る舞い

昔、百丈禅師の処へ司馬頭陀という老居士がやって来て、近頃道場を開くにはまことに良い山を見つけたが、千五百人の弟子を持ちうる器量のある善知識でなければならぬ。和尚の会下にそれに適した人物があったらお世話願いたいと申し込んだ。そこで会下の第一座、覚首座を喚んで会わせたが不合格。次ぎに典座の霊祐を喚ぶと、一見してこれこそ千五百人の師となる徳があると判断した。ところが不合格になった覚首座が不満の意を示したので、二人を試験したと言う話しがある。司馬頭陀が霊祐こそ相応しい人物であると判断したのは、歩く姿と咳払いだったと言われている。この話を聞いたとき、そんなことで本当に人間の器量が見えるものかと思ったが、近頃そうかも知れないと思うようになった。毎年春に新到が入門してくると、早速参禅が始まる。室内での立ち居振る舞いを見ていると、凡そその人物が解る。誰もみな初めてで慣れない上、さらに特別な場所だという圧迫感もあって、異常に緊張するものなのだが、だから余計素の姿を見ることが出来る。見事にその人間の精神が現れるのである。近頃は親子でも知人友人の間でも、堅苦しい挨拶は抜きと言うのが主流だが、ちょっとした所作にも、その人の全体が現れるのだから、お互いによくよく気を付けなければならないと感じた。

投稿者 zuiryo : 10:03 | コメント (0)

2010年04月24日

易経

午後易経の講義があり拝聴に出掛けた。隣に座った知人が講師の先生が書かれた易の本を見せてくれたのでぺらぺらっとめくっていたら、「窮すれば変ず、変ずれば通ず、通ずれば久し」という言葉が出てきた。急に逸外老師が目の前に浮かんだ。この言葉、雲水修行中どれ程聞かされたことか。耳にタコができると言うが、全くその通りで、老師は「窮して変じ、変じて通ず」という言い方だったが、兎も角良く聞かされた。凶の窮まったところがまさに吉に転ずる兆し、目には具体的にまだ見えていないが、やがて吉に転ずると察して行く眼を持つことである。冬至に喩えれば、12月22日が過ぎれば日差しは確実に長くなって、温かな春がやってくるのだが、しかし現実には、まだこれから1月にかけて、小寒・大寒と言う猛烈な寒さが待ちかまえている。最悪の時期を脱しても尚過酷な試練が待ち受けているわけで、そこをさらに乗り越えて3月4月になって初めて本当の春を迎えることが出来るのである。これを知っていないと、苦境を乗り越えたら直ぐにでも吉となるように思って、もう少しの辛抱に絶えられずあたら好機を失する事がある。根気を失わず、さらなる努力を重ねて行くことである。しかしこれは言うほど簡単ではない。そこで中国最古の書物易経から直に学ぶことにより確信が持てるようになるのである。尤も易経に余りはまるのも如何なものかと思う。もう10年以上も前になるが、別の先生から易経について講義を聴いたことがあるが、この先生はそのように警告された。良いとこ取りでは叱られるかも知れないが、私もそう思っている。

投稿者 zuiryo : 16:42 | コメント (0)

2010年04月22日

今日もまた雨

今年は本当に良く雨が降る。ほぼ一日おきに降るから、新芽を一斉に出す木々には恵みの雨である。新緑の美しいことこの上ない。茶室の濡れ縁に佇み暫くうっとり見とれた。ついこの間までは枯れ枝同然だったのに、そこから続々と芽が吹き出すのを見ていると、命の循環を感ずる。近年私とほぼ同年の人達が次々に亡くなり、あすは我が身かな〜と、冷え冷えした風が心の中を通りすぎるようだったので、春の若葉には何だか励まされるような感じがする。今日は大接心明けの把針灸治で、皆外出したのでお寺の中はし〜んと静まりかえっている。ハチはどうしてるかな〜と台所を覗いてみたら、丸まってグウグウ高いびきで寝ていた。頭を撫でたら、手足を思いっ切り伸ばし、次ぎに手で顔を覆った。まるで人間の子供のような仕草に思わず笑った。昨日首のあたりに早くもダニを1匹発見、直ぐにダニ殺しの液を首周りにぽとぽとと数滴落とした。これで1ケ月半は大丈夫。午前中近くのお寺の閑栖さんが88歳で亡くなり、近々津葬があり、その拝請に来山、略歴を見たら大正11年生まれとあった。京都でお世話になった師匠も確か大正11年生まれだから、もう88歳に成られるのかと改めて思い、何十年も前の様々な事柄が懐かしく蘇ってきた。過ぎてしまえば全てが楽しい想い出ばかりになって、喜びも悲しみも幾年月、若かった未熟な頃が、妙にいとおしく感ぜられた。

投稿者 zuiryo : 20:56 | コメント (0)

2010年04月21日

近道は敵

知人の和尚で、毎月ハガキに文章を書いては壇信徒を始め知人友人に送っている人が居て、私の処へも何年間もこつこつ送ってくる。毎回楽しみに読ませて頂いているのだが、今回の文章の標題が「近道は敵」であった。その文章を引用させて貰う。楽して儲けたものは泡となる。苦労して身につけたものは生涯の身を立てる宝となる。苦労を厭わず努力と研鑽と辛抱を積み重ねる事が大切である。古今東西史上に名を成した人を見ると、皆大きな志や目標を掲げて自分を厳しく鍛え努力している。自分を育てるのは自分しかないのだ・・・云々。なるほど納得である。特に最近はこの地道な努力を怠る。楽してお金を儲けて何が悪いのだ!と言って憚らぬ。むしろ汗水流し、労多くして効少ないのは、どこか間違っているからだと言わんばかりである。禅の修行では「無駄骨を折る」という。後から考えたらあれは無駄骨だったな〜と言うのが良い。道でも迷って遠回りすれば、ダイレクトに行き着くより、それだけ周辺の道も知ることが出来るからだ。狭い日本そんなに急いで何処へ行くである。その為には大乗根気が要る。ちょっとやって駄目なら直ぐ諦めるようでは駄目で、恰も雨だれが硬い礎石を穿つように、同じ事を間断なく繰り返し続ける、まさに正念相続である。僧堂でも3年も居れば鬼の首を取ったような顔して帰って行く。俗に石の上に3年と言うが、修行は石の上にも10年である。10年くらいやると、本当のところが解ってくる。しかし近頃石の上に10年、坐り続ける者は殆ど居なくなった。こんな調子では宗門は益々衰退の一途を辿る。しかし中にはこういう世間の風潮に逆らって、バカになって10年以上頑張るものも居る。こういう男が一人でも居ると嬉しくなって、こっちも頑張れるのである。最初に「近道は敵」と言ったが、これには相当覚悟が要るのだ。

投稿者 zuiryo : 14:40 | コメント (0)

2010年04月20日

パワースポット

この間、伊奈波神社の東宮司にあったら、最近境内がパワースポットに指定されたそうで、雑誌か何かに掲載された途端、若い娘さん達のお詣りが一気に増えたと恵比寿顔であった。お陰で神社も商売繁盛で、嬉しい限りである。いつも新年明けて初詣には、伊奈波神社にお詣りするのだが、門前に連なる露店の中で、並ぶ店の一番は手相見の処である。それも殆どが若い娘さん達である。どうしてこんなインチキ臭い露店の手相見に診て貰うのか不思議に思う。誰でも先は見えない、だから不安に感じたり、何か確たるご託宣を得て、すがりたいと思うのか知れないが、この先どう成ろうとも、自分以外に頼れるものなど、他には何もはない。パワースポットか何か知らないが、自分の力以上のものが天からでも降ってくると思ったら大間違いだ。そんな暇があるなら、どんな困難にも負けないような自分をしっかり作って行くことである。さてこのところ良く雨が降る。晴れた方が良いに決まっているが、丁度庭の木々が一斉に新芽を出す時期なので、この雨はグットタイミング、若葉も嬉しそうにしている。それを眺めていると、こちらまで嬉しくなる。秋の紅葉も素晴らしいが、春、生き生きした若葉を見るのは、こちらまで元気を貰う気がする。

投稿者 zuiryo : 14:10 | コメント (0)

2010年04月17日

聞き上手

人の心はわかりにくい。本音と立前もあれば、また嘘も言う。さらに自分自身の心も分かっていないのが人間だ。鏡の中の自分を見て、もう一人の自分が、何事かささやく。一晩寝ないで考えたことも朝になれば、何とバカなことを考えたのかと思ってしまう。単に夜と朝という時間の違いだけではなく、人間は自己中心の自分と、そう言う自分を客観視している自分が混ざり合って存在している。さてコミュニケーションは、そう言う人間同士の心の伝達だから一筋縄ではいかない。さらに、感情表現が加わるから、いよいよ難しくなる。例えば相手が涙を流しながら、辛いとか悲しいと口にしたからと言って、そのままその人の心を的確に表現しているかどうかは分からない。心に溢れた感情を表現するとき、辛いとか悲しいという言葉があるからそう言ったまでかも知れないのだ。「涙にもそれなりの快感がある」とも言われている。とは言っても、矢張り人間は言葉で理解し合うものだ。それではどんな言葉が大切なのかと言えば、「言葉を引き出す相づち」である。「な〜るほどね!」とか「わかったような気がします」と答えると、相手は少し言葉を多くする。現代は益々人間関係が難しくなっているから、コミュニケーション能力を高める工夫が要る。話す人あり聞く人ありが世の中、そこで軽々に「わかった」などと答えるより、黙して耳を傾け、ひたすら聞くことが一番のコミュニケーション能力なのかも知れないのである。

投稿者 zuiryo : 20:01 | コメント (0)

2010年04月16日

欧米の違い

先日ヨーロッパで活躍している高名な歌手のライブをテレビで放映されていたので見た。1日目はアメリカのラスベガスで催されたもの、2日目はウイーンのサンステファン大聖堂で催されたものであった。多少選曲に違うところもあったが、殆ど同じようなもので、この二つの映像を見比べながら、ヨーロッパとアメリカに、甚だしい違いがあることに気が付いた。ラスベガスの方は舞台の設えから照明、歌手の衣裳、化粧に至るまで、ど派手、これぞアメリカ!と言わんばかりであった。一方ウイーンの方は会場は大聖堂、何本もの灯明に照らされ、歌手の衣裳もグット落ち着いた色調で、また観客もミサの時座る長いすに整然と腰掛け、真冬の厳しい寒さの中、殆ど黒尽くめにマフラーという格好である。歌われる曲目も断然こちらの方がぴったりした感じであった。また歌手の雰囲気や歌い方にも、心が籠もっているように見えた。元来ヨーロッパ出身の人だから当然なのかも知れないが、此処で感じたのはアメリカとヨーロッパの気質の違いである。日本では何となく十把一絡げで、欧米などと言うが、全然違う。個人的に言えば矢張り落ち着いてシックなヨーロッパスタイルの方が共感できる。一方アメリカだが、金に物言わせて、札びらで横っ面張り倒すような雰囲気はどうも馴染めない。サブプライムローンに端を発した世界恐慌も、今その張本人の連中はまたぞろ金まみれになってガッポガッポと稼いでいるそうだ。そのために世界中の人がどれだけ酷い目にあったか知れないのにだ。アメリカの最大の欠点は手を油で汚して一生懸命物作りをし、その労働の対価でつつましく生活するという生き方をかなぐり捨て、お金でお金を稼ぐ方法を考え出し、額に汗することを捨てたことにある。彼らの考え出した金融とは限りなく詐欺に近いものであり、法律に触れなければ何をしても良いではないかという論理である。こういう生き方に精神の気高さなど微塵もない。コンサートの話しから飛んだところへいってしまったが、二つのテレビ画面を見ながら、ふとこんなことが頭を巡ったのである。

投稿者 zuiryo : 19:59 | コメント (0)

2010年04月11日

朋遠方より来たる

今年もブラジルからE氏ご夫妻が帰国され、お忙しい中わざわざ岐阜までお出で下さった。氏は77歳に成られるそうだが、顔の色つやも良く、体力気力とも充実している様子が窺われた。10年以上果樹園を続けてこられ、ブドウも柿も桃も立派に木が育ち、本当はこれからの収穫が楽しみなのだが、年齢には勝てず、遂にどなたかに売却する決心をされた。丹誠込めて土作りから手がけられ、漸く良くなってきた果樹園なので、手放すことは相当苦渋の決断だったと推察される。しかし既に数年前からご家族の方々ともよくよく話し合われていたことなので、気持ちの上では一応のけりを付けられたのではと思われる。これからはまた別のことで少しでも人様のためにお役に立ちたいと願っておられるので、体の動くうちは何事か始められるに違いない。E氏の話を伺っていると、自分の怠慢さに気づかされ、気が引き締まる思いである。私の仕事は専ら僧堂内に居て、雲水相手の事柄だから、ややもすると高慢に陥りやすい。そう言う意味では世間知らずの典型みたいなものだから、「高山植物」などと悪口を言われる。まっ、高山植物も悪くはないが、僧堂と雖も世俗と別ではないのだから、里に下ろしたら直ぐに枯れたと言うことにならぬよう、精々頑張って美しく咲き続けたいものだ。遅れていた鶯の声もこのところしきりに聞かれるようになった。モミジやドウダンの枯れ枝のように見えていた先っぽに、あっと言う間に新芽が吹き、一日一日ずんずん伸び、今日あたりはもう立派な葉の格好をしている。先程のE氏もその庭を見ながら、四季の移ろいの素晴らしさを、頻りに羨ましがっておられた。ブラジルでは年中殆ど同じだそうで、情緒がないそうだ。日本で暮らしていればこんな事は当たり前で、特別感じないが、言われてみれば有り難いことである。

投稿者 zuiryo : 20:16 | コメント (0)

2010年04月08日

カラス

早朝ハチを連れて市内を散歩すると、カラスの群れに出会す。繁華街では生ゴミが大量に出されるため、それを狙って沢山のカラスが集まりビニール袋を食い破り、あたり一面生ゴミをまき散らして漁っている。まあ、この汚いことと言ったらない。黄色い網を被せて何とか防ごうと努力しているところもあるが、そんな程度で引き下がるカラスではない。またその付近の電線は良い休憩場所に成っていたり、樹木はねぐらにもなっている。だからそう言う下の道路は真っ白な糞で埋め尽くされている。最近はカラスが餌を漁る前に専門の回収業者がゴミを集めるようになったので、以前に比べれば大分ましになったが、まだまだ充分とは言えない。この間ラジオを聴いていたら、カラスがどこで覚えたのか、「ママ〜、ママ〜!」と鳴いたと言っていた。ほんまかいなと一瞬思ったが、カラスは大変頭が良いというから、そう言うこともあるかも知れない。昔鎌倉に住職していた頃、九官鳥を飼っていた。何でも真似をして、清水屋という調味料や乾物お酒などを扱っている店の番頭がご用聞きに来て、「こんちわ〜!」と言うとすかさず、「ちょっと待って〜!」と言う。その声が私にそっくりに言うのである。これで何時も騙されるんですと、番頭さんが苦笑いしながら言っていた。カラスも九官鳥を少し大きくしたような形をしているし、くちばしの格好もよく似ているから、ママ〜もあるかも知れないと思った。カラスが嫌われるのは生ゴミあさりもさることながら、あのガ〜ガ〜という鳴き声にある。何ともいや〜な声で、もう少しましな鳴き声はないのかと思ってしまう。もしカラスが悪魔のような鳴き声でなく、あの大口を一杯に広げて、ほ〜ほけきょ!なんて鳴いたら、さぞかしみんなに好かれるのにな〜。

投稿者 zuiryo : 14:52 | コメント (0)

2010年04月03日

岐阜まつり

今日明日と恒例の岐阜まつりである。いつもは大抵無視で、遙か祭りの太鼓の音を聞きながら、我関せずで居た。ところが今日は余りにもお天気が良いので、誘われるように初めて見物に出掛けた。寺からは歩いて5分ほどだから、直ぐに神田町通りに着いた。押すな押すなの人だかり、露天も一杯出て、賑やかなことと言ったらない。円徳院あたりが出立と聞いていたので、人混みをかき分けるようにして進むと、丁度行進の出立時刻らしく、伊奈波神社の東宮司さん、太右衛門さんや桑原さんなど、顔見知りの人達とバッタリ会った。先頭は芸者衆お揃いの手古舞姿の一団、その後に伊奈波神社・金神社・橿森神社、三社そろい踏みで、宮司さん、禰宜さん、総代さん達の行進と続いた。日差しは春の陽気だが、冷たい風が吹き、寒いったらない。こちらは背中丸めて見物してるだけだから良いようなもの、道路の真ん中を寒風をまともに受けての行進もさぞ辛かろうと思った。この三社は、伊奈波さんがお父さん・金神社がお母さん・橿森さんが子供だそうで、順繰りにお詣りするのだそうだ。神田町通りでは沢山の御神輿が繰り出し、かけ声や太鼓の音など入り交じって賑やかなこと。その時ふっと、郷里の小さかった頃の祭りを思いだした。私は子供御輿を担ぐのが大好きで、祭り半纏にはじ巻き姿、颯爽とした出で立ちで出掛けたものである。関東では祭囃子と言えば神田囃子が定番で、大小の太鼓に笛、リズミカルな調子に、思わず体が揺れるようであった。父は中でも笛が上手で、山車の上に駆け上がり、飛び入りで一緒にお囃子の中に加わった。普段は無口で、およそ賑やかなことは嫌いだったのに、この時ばかりは別で、生き生きしていたのには子供心にも不思議な感じであった。岐阜に来てもう28年にも成るが、初めて見た岐阜の祭りで、図らずも郷里の祭りを思いだし、懐かしさで一杯になった。

投稿者 zuiryo : 15:30 | コメント (0)

2010年04月02日

一雨毎の温かさ

4月に入ってから連日の雨、丁度桜も見頃というのに,生憎のお天気続きである。昨日帰国中のブラジルの知人から電話があって、日本の寒さに驚いたと言っていた。お友達が箱根に別荘を持ったので、ご案内致しますと言うことで行ったのは良いが、大雪に振り籠められ、無事に東京へ戻れるかと心配になる程だったと言う。うかがえば、ブラジルも今年は天候異変で、農園のブドウの収穫時期に2ヶ月も雨ばかりで、大変だったそうだ。天候は人間の思うようにはいかぬ。平年と言ったって、そんなのは人間が勝手に短期間の平均値を取って言ってるだけで、何億年周期の地球規模から言えば瞬きほどで,厳密に言えば平年並みという言い方自体が成り立たないのではないかと思う。地球温暖化が騒がれ、そのためにCO2削減が世界的問題になっているが、ある学者によれば地球はむしろ寒冷期に向かっているのだと言う。こうなると何が本当なのか解らなくなってくる。温暖化だろうと寒冷期だろうと、CO2を減らすこと自体は間違っていないと思うが。春寒からとんだところへ話しがいってしまったが、春の雨は暖かな季節の到来を告げる有り難い知らせで、嘗て雲水修行している頃は、本当に嬉しかったことを覚えている。なんと言っても寒い・眠い・腹がへる、が僧堂三悪で、その内の寒いが無くなるのだから、嬉しかったのである。

投稿者 zuiryo : 03:20 | コメント (0)