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2009年10月30日

生死一如

女優の大原麗子さんの孤独死はショックだった。特別フアンだったわけではないが、テレビドラマでも常に主役で活躍していたし、あのウイスキーのコマーシャルも印象的で、どこか華やかで甘ったるい感じが、独特の個性で光っていた。私的生活がどんな暮らし振りだったか、我々の知る由も無いわけだが、あれだけ活躍した人が「孤独死」とは驚きであった。さてその後、今度は女優の南田洋子さんが76歳の人生を閉じた。近年認知症になったと言うが、華やかだった方が、老い細った姿を世にさらすと言うことが、どれ程苦痛だったかを察し、胸が痛んだ。その闘病生活の後ついに病魔に冒され亡くなったのである。テレビでは、「太陽の季節」の映像が繰り返し流され、瞬時に白髪の老いた南田さんの闘病生活に切り替えられ、二つの映像の落差の大きさに驚くと共に、生と死が一つに繋がって、生死一如が実感された。人間は自分がやがて死ぬと言うことを知っている。他の動物と違い、人間の未来を予測する能力は、夢や希望とに止まらず、その先に死をも用意してみせる。それでなお人は生あっての死、死あっての生を思い、年齢と共に死生観を重ねるわけである。自らの死は意識の終わりだから、死の実際は他者の死をもって臨むことになる。近年、私の身の回りで、友人を相次いで失った。どうしてこんなに辛いのかと思うほど、日を経てなおこみあげてくるものがある。眉村卓氏は、「人が亡くなると言うことは、その人の中にある自分が消えること」だと言っている。友人は良くも悪くも、自分がどういう人間かを知る証人だ。だから友人はかけがえのない存在なのである。

投稿者 zuiryo : 14:41 | コメント (0)

2009年10月29日

入制目前

10月は開山忌を始め、講中斎・祀堂斎等々、行事が錯綜して、いつものことだがなかなか忙しい。これも今日で全て終わり、漸く落ち着いて修行が出来る。専門道場と言えども世間との繋がりはいろいろあって、これも道場を維持し、雲水修行を多角的に進めて行くためには必要欠くべからざる事なのである。何も坐禅ばかりが修行ではないのだ。うちの場合は檀家も少なく、行事も比較的少ないので、まだ良い方だ。私が修行していた道場は、人の出入りも多く、その為の仕事が随分あって、「もう少し静かに修行させて貰えないものか・・・。」などと、思わず愚痴が出るほどだった。それを教訓に、出来るだけ必要最小限に止め、本来の僧堂行事に支障がないように配慮している。大接心中は「相見謝絶」の看板を出すのもそのうちの一つである。道場も老師によっていろいろで、世俗縁の多い方はひっきりなしに人が訪れ、副司寮で順番待ちをして貰うなどと言う事があるが、私の場合はすこぶる評判は悪く、皆門前を素通りして行く。これで結構と思っているから、益々衆生縁は薄くなり、辺り一面閑古鳥がしきりに囀るという状況である。お陰で雲水は静かに坐禅が組めるというわけである。とまあ、書けば書きほど負け惜しみに聞こえるからこの辺で止めて、気象予報によると、今日までの異常な暑さも今月限りで、一転猛烈に寒くなるそうだ。1日から1週間入制大接心だから、グットタイミング、こんな嬉しいことはない。

投稿者 zuiryo : 20:51 | コメント (0)

2009年10月26日

ロータリークラブ

各地にあるロータリークラブだが、岐阜にも沢山あって、般若会員が加入しているクラブのメンバー30人が、午前11時、坐禅を組むためにやって来た。その日は早朝、午前6時より恒例の般若会坐禅も有ったので、本日はダブルで開催となった。大体高齢者が多いので、身体はカチカチで、足なんぞ容易のことでは曲がらない。そこは大目にみて足の組み方はあぐらでOK、止静中動かないようにだけ注意をして、早速開始した。案の定、背中は曲がるわ、首はうなだれるわ、どうにもこれでは坐禅になっていない。そこで2回目の止静では幾つかの点を注意したところ、なんとほぼ全員が素晴らしい坐相になった。これには驚いた。大体人間老齢化が進むとちょっとやそっとでは、人の言うことなど聞かないものだが、実に素直なのには感服した。こちらの言うことにこうも純に従って貰えると、警策にも気合いが入って、ビシバシと叩いてやった。これがまた好評で、大満足で帰って行った。坐禅が終わってその場で30分ほど話しをしたが、一生懸命聞いてくれて、こちらが感謝である。現在お寺は葬儀や法事など、儀式が専らで、肝心な心の修練場としての活用が疎かになっているが、修行道場の特色を生かして、地域のために少しでもお役に立つことが出来たらと思っている。

投稿者 zuiryo : 21:27 | コメント (0)

2009年10月25日

講中斎

今日は恒例の講中斎が催された。布薩会(ふさつえ)が先ずあって、次ぎに私が無門関の一節をお話し、その後はうちの雲水と尼僧堂の雲水手作りの精進料理を召しあがって頂くと言う会である。近年世代交代がすすみ、講員数も徐々に減りつつある。今日のような催しも、当初は百人近く集まったが、このところ三,四十人と激減、手間は同じ事なので精々多くの参加をと声を掛けるのだが、反応はイマイチであった。ところが今年はいろいろお誘い下さったと言うこともあって、八十余名と久しぶりの盛況で、嬉しい次第である。布薩会では何十辺と礼拝させられ、余り楽じゃないから集まりが悪いのかとも思うが、行事としてはなかなか意義深いものなので、講員以外の方々にも是非ご参加頂きたいと願っている。ところで今朝は早朝久しぶりに、岩戸公園から岐阜城へ登るコースを登山した。こちらはうちの行事と違って年々愛好家は増えるばかりで、ひっきりなしに人が行き交い大盛況である。健康志向と言うこともあるのかも知れないが、お年寄りがやたら元気である。頂上では何人かが一休しながら、お喋りに花を咲かせ、誠に賑やかなことである。現代人は心の修養より身体の健康の方が大事ということなのだろうか。確かに健康第一で、病気をしたらしたいことも何も出来なくなるわけだから、先ずは山登りで身体を鍛え、何事もそれからだと言うわけである。まっ、それはそれで大変結構だから、その後、是非お寺詣りをして貰いたい。それでこそ心身の健康が得られるのである。とまあ、これは少々手前味噌な話しになったが、若者が余り寺に近づかないと言われたのは以前のことで、最近では年寄りも寺に来なくなった。これは我々宗教家の怠慢で、行こうという魅力が無くなった事が原因だろうと、大いに自省した。

投稿者 zuiryo : 19:49 | コメント (0)

2009年10月19日

アンゴラ肌着

ぼつぼつこの季節になると、般若会の幹事から、今年のお歳暮品を適当に選んで買って下さいと言われる。何が良いかは自分で選び、それを自分で買い、11月下旬、今年最後の般若会の折り、お歳暮と言うことで、私が頂くのである。この方式だと私の一番欲しい物が頂けるわけで、なかなか良い方法である。で、今年は考えた末、寒さ対策として、アンゴラ100パーセント肌着を買ってきた。上着だけでも何と3万数千円もする。とてもじゃないが自力でこんな高価な物は買えない。本当は上下欲しいところだが、予算の都合上、上着だけになった。近頃一般では、冬になっても夏と変わらないような軽装で過ごす人が多いそうだ。その点僧堂では酷寒の季節とも成ると、十二一重になる。肌着から法衣まで数えると七,八枚の重ね着となり、もうころころ状態となる。これは早朝本堂での勤行・禅堂での坐禅を基準にして着込む故である。こういう僧堂生活をご存じない方は、どなたも厚着に驚き、少々軽蔑したような目で見る。暖房の効いたぽかぽか部屋で、過ごすのとはわけが違うのだ。尤も雲水はこういうわけにはいかない。坐禅の時警策を当てられ、余分な厚着は音で直ぐ分かってしまう。「バカ野郎!」てなぐあいで、はぎ取られることになる。私は今までに充分その経験を積み重ね、人が一生味わう分の酷寒を経験しいるから、以後の人生では、私の辞書から、「寒い!」を無くしたのである。とまあ、寒がり屋の、言い訳なのである。その上こう言うと一層負け惜しみに聞こえるか知れないが、近年寄る年並みで、ちょくちょく腰痛に悩まされ、特に腰回りは絶対に冷やしてはいけないと感じているからである。まっ、我々は平生着物を着ているから、少々厚着でも見栄えが悪いなどという気を使う必要は全くない。むしろやせっぽちの着物姿より堂々と風格が備わっているように見えるから、大いにころころになった方が良いのだ。と、くだらない話しを延々と書き、申し訳なし。これも偏に岩手の親友K師の、「穴空けないで下さいね!」故である。

投稿者 zuiryo : 11:28 | コメント (0)

2009年10月18日

華道

華道は茶道と並んで日本の伝統的習い事の一つである。今日は地元を中心にして活躍されている流派の四年に一度の発表会が、瑞龍寺山内全てを会場に、催されている。先日家元がご挨拶に来られ、伺えば、近年若い方の入会が激減しているそうだ。従って流派としても高齢化が進んで、それが大きな問題なのですと仰る。その原因は何かとお尋ねすると、カルチャーセンターなどで、他に幾らでも興味を引くお稽古事が沢山出てきたこと、お茶やお花は一,二年の短期間では直ぐには上達しないこと、家元制度の下でいろいろなお付き合いがあることなどが、理由らしい。まっ、好きなことを自由に選んでやって頂くこと自体は別にそれで良いのだが、伝統的な茶道や華道は他の習い事とは少し違う処が有ると思う。例えば茶道でも、単にお茶を点てる手順を覚えるとか、礼儀作法を心得るとかだけではなく、様々なお道具類の鑑賞、床に掛かる軸の味わいや、それを書いた人の足跡、字句の意味など、当に日本文化の集大成が籠められている。お茶は大の苦手な私だが、一席の茶事の道具組で亭主の力量が分かる、と言うことを最近知った。これなどは亭主のコーディネイターとしてのセンスを問われるわけで、なかなか深い味わいがある。つまり奥行きが深いのだ。だから生涯続けて、日々の生活の中に取り入れ、お茶を楽しみお花を楽しみながら、教養を身に付け、センスを磨いて行くのである。こういう日本独特の伝統が失われるのは、誠に憂慮すべき事である。岐阜では謡曲をされる人が多い。私の周りでも何人もの方が定期的に集まっては稽古を続け、酒宴の席でも、その会に相応しい演目を選んで、必ず謡う。男性の朗々と響き渡る謡曲は、いつ聞いても良いものだ。能を舞われる方も沢山居られる。近頃は一杯飲んだ後の二次会と言えば直ぐカラオケらしいが、それも結構だが、これだけでは頂けない。

投稿者 zuiryo : 09:23 | コメント (0)

2009年10月17日

誕生日

私はこの間、誕生日を無事迎えた。近年、親しかった人達が何人も亡くなって、死を目の当たりにすると、今までは当たり前にやり過ごしていた誕生日も、特別な感慨がわいてくる。明日、傘寿を迎えられる方のお祝があるが、よくぞ元気に溌剌として長寿を保たれたものと、羨ましくもあり、またそれだけ、徳を持っておられるのだろうと感ずる。命とは世の中が必要とする限り与えられるのではないかと、勝手に解釈している。そう言うと早く亡くなった方に失礼に成るか知れないが、「もうあんたは結構!」と、天の神に宣告されたときが寿命の様な気がする。だから80歳になっても尚必要とされるという事が、凄いと思うのである。まっ、これは私が独りよがりに、考えてるだけなので、何の根拠ない。先日もある人と話していたら、あと残された寿命の間に、やっておかなければならないことが山ほど有って、時間が勿体なくてしょうがないと、言っておられた。それだけ責任の重い地位に居られると言うことなのだろうが、そう言う生き方をされていること自体が、凄いことだ。誰でも老いてくると、段々視野が狭くなって、ちっぽけな自分の身一つに、きゅうきゅうとしがちだが、人間が大きいというか、眼は遙か彼方の目標を見つめ、そこを目指して生きている姿は素晴らしいと感じたのである。人間死んでしまえば、地位も財産も名誉も、全てこの世でチャラになってしまうのだから、心を残すことが一番であろう。

投稿者 zuiryo : 11:18 | コメント (0)

2009年10月15日

フナ寿司

今日は関ヶ原のY会長さんのご招待で、新しい美術館を見学、その後昼食をわざわざ湖北の遠藤周作がフアンだった料理屋さんにご案内下さって、点心を頂いた。此処は有名なフナ寿司の産地、献立もオールフナ寿司の「フナ寿司懐石」であった。ご存知の通りこのフナ寿司は猛烈に臭い食べ物で、慣れた者でないと拒否反応を起こすという代物、食べられるかと少々心配したが、それが何と実に旨かった。部屋からは琵琶湖が遙か彼方まで見渡せ、そよそよと心地よい初秋の風が吹き抜け、気分の良いことこの上なし。ところでこの会長さんは芸術を愛し、絵画彫刻など、ご自分の目で発掘され、今度の美術館もある版画家のために建てられたのである。一方では大きな会社の会長として日々ご苦労をされながら、心の大きさと思慮の深さには感銘した。目の付け所が普通の人とは違う。飄々とした風貌と話し方からは一見掴み所のない感じにみえるが、どうしてどうして、聞けば聞くほど、考えている世界が実に大きいのに驚かされる。こういう素晴らしい人と一緒に時を過ごすことが出来るのは、何と幸せなことかと、ご縁の有り難さに感謝した。

投稿者 zuiryo : 18:24 | コメント (0)

2009年10月12日

悲しい別れ

と言っても之は愛犬との別れの話し、と言っても我がハチ君とのことではない。今日、知人に会ったら、彼が可愛がっていたゴールデンリトリバー君とつい最近死別し、今でも想い出しては涙がこぼれるそうだ。ごもっとも。ハチも14年半、人間年齢でゆくと85歳以上になるそうで、万事ものぐさになり、意欲的なのは餌を食うときだけになってしまった。あなたもぼつぼつその時を覚悟して心の準備をして置いた方が良いですよと言われてしまった。ところでまたまた左前足の肉球の皮が剥けてびっこを引いている。他にも身体の何カ所かに毛が抜けてピンク色の膚が見えている部分がある。アトピー性皮膚炎なのだ。足の裏は毎日歩くたびに使うので、厄介である。以前にも薬を塗ったが直ぐぺろぺろ舐めてしまう。包帯を巻いても口で上手にはずしてしまう。赤ちゃん用の靴下を履かせてみたが、何せかかとが無いため直ぐに脱げてしまう。何をやっても駄目で、自然治癒を待つより他ない。歩くたびにびっこを引くので痛そうだが、何とも処置無しである。明日はまた医者に連れて行き消炎剤でも貰ってこようと思う。ところがこのお医者さん、大変親切な方で、だから近所でも評判の医者、従って猛烈に混む。凡そ3時間は覚悟しなければならない。犬を飼うのもたいてやない。

投稿者 zuiryo : 21:35 | コメント (0)

2009年10月09日

傘寿

このところ相次いで知り合いが傘寿、つまり80歳を元気で迎える。一人の方から御祝い返しに、「忍」の一字を四半折に10枚ほど書いて頂きたいと頼まれた。その時、できれば忍の字に繋げて少し言葉を書いて頂ければ尚有り難いのですがと言われた。そこでほぼ真ん中に「忍」を書き、左横に小さく「辱護真心」(にんにくはまごころをまもる)と書き添えた。これを依頼された和尚さんは嘗てうちの道場で修行され、開山忌と円照忌には、何があっても必ず前晩からこられ、未だ一度も欠席されたことがない、じつに宗盟心の篤い方である。長らく喘息を患い、決して頑健な身体ではないが、ついに傘寿を迎えられたのである。以前にも書いた通り、近頃は癌で亡くなられる知人友人が数多くいるが、そう言う中にあって、こうして元気に傘寿を迎えられたというのは、本当に素晴らしいことで心からお祝い申し上げたい。だからこの依頼も喜んで書かせて頂いた。人間何処に不幸が待ち受けているか分からない。健康の時には健康の有り難さは分からない。病気をして初めて何事もないことに感謝する。私もこの方のように、宗盟心を保って、元気で師家を努めたいと心から感じた。

投稿者 zuiryo : 20:55 | コメント (0)

2009年10月08日

蜂の本能

今朝は大型台風直撃かとだいぶ心配したが、ちょっと早暁雨風が強かった程度で無事納まった。8時頃にはそよとも風が吹かないようになり、覚悟を決めて雨戸や心張り棒をかって待機していたのに、はぐらかされたような気分になった。こんな事を言うと直撃を受け被害を蒙った方々には叱られそうだが、兎も角岐阜では皆ほっと安堵の胸を撫で下ろした。お年寄りは50年前の伊勢湾台風を思いだし、非常に怖かったと言っていた。さて隠寮の庭に通ずる細い小径の山側に高さ1メートルほどに石垣がある。その石垣の間に蜂が入って巣を作り、7,8月頃盛んに出入りする。小径を通るときは刺されそうな気がして、ドキドキしながら通る。ところが毎年巣作りをするわけではなく、作る年もあれば作らない年もある。ある時ふと気が付いた。蜂が巣を作るときは必ず台風が上陸して、庭木の枝は引きちぎられ、酷いことになる。しかし巣を作らない年はほぼ100パーセント、台風はやってこないことが解ったのだ。以来、気にしてみているのだが全部当たっている。で、今年は巣を作らなかったので、台風は来ないと確信していたのだが、18号の進路予想図を見ると岐阜直撃コースである。ついにジンクスは破られ、蜂への信頼は揺らぎかけたのだが、どうです!ぴったり当たって殆ど影響を受けなかった。動物の持っている本能で、何ヶ月も前に気候がどう変化し、その為に自分たちは何を成すべきか、ちゃんと解っている。気象庁の科学的分析なんかより余程正確なのだ。多分人間も太古には、蜂と同様な本能的勘を持っていたのだろうが、科学技術の進歩と共に、次第に失われ、機器に頼らなければ生きて行けなくなってしまったのではないのだろうか。ところで庭は山の際にあるので、愛犬ハチは散歩の時先ず山に向かい、やたらあっちこっちを前足で掘りまくる。あるとき、ぎゃ〜!と悲鳴を上げたので見ると、2,3匹蜂がハチの顔面を刺しているではないか。ハチ、蜂!ハチ、蜂!ややっこしいことになった。素早く手で払い落とし、むんずと小脇に抱え脱兎の如く近くの動物病院へ直行、注射を打って貰い事なきを得たことがあった。爾来余程堪えたとみえ、ハチは決して山際を掘らなくなった。とまあ、蜂とハチに関する話題2件、これにて終わり。

投稿者 zuiryo : 10:19 | コメント (0)

2009年10月06日

開山毎歳忌

今日は恒例の開山毎歳忌、1ケ月以上も前から境内植え込みの剪定・草引き・掃除等々、残暑厳しい中、皆で頑張って何とか無事に円成することが出来た。僧堂では年間を通じて最大の行事で、これが終わるとほっと一息つく。午後3時頃には後片付けも、荷担者の協力のお陰で全て終わり、雲水達も漸くゆっくりくつろぐことが出来た。いつもの事ながら準備が長期にわたるため、気分的負担が相当ある。だから終わると安堵もそれだけ大きいわけである。このところ急に小寒く成って、いつもは大汗掻くところ、お陰で随分楽だった。昨日からの雨降りで折角掃き清めた庭がイマイチだったが、まっ、物事全部良いと言うことはないもので、雨に濡れた庭も風情があって良い。関東、静岡方面など、遠方からこの行事のためにお手伝いに馳せ参じてくれる僧堂OBの和尚達が沢山居る。いつまで経っても僧堂時代の事を忘れずに居てくれるのは、本当に嬉しいことである。話は変わるが、ある方から耳寄り情報を得た。それは交通規制やねずみ取り、シートベルトや携帯を見つけて取り締まるなど、道路での警察取り締まり裏情報とでも言うべきものが、インターネット上に掲載されているというものである。早速岐阜市内を検索したらあるはあるは、あっちこっちでやっている。もう油断も隙もない。尤も、安全走行のためにこういう取り締まりも行われるわけだから、敵だ!などと思ってはバチが当たる。以前ブログで高速道路走行中、見事にスピード違反で捕まってしまった一件を書いたので、ご親切に教えて下さったので、お気持ちに感謝である。車の話しついでに、これは書くのを止めようかなと思ったが、恥を忍んで書く。数日前のこと、夜、車で帰山した折り、脇見運転で参道石柱に激突、左前方を大破、石柱を1本ぼきっとなぎ倒し、2メートルばかり吹っ飛ばし、さらに車の脇を頭から尻尾までぎぎぎっと擦り、ライトは吹っ飛びラジエーターの水がじゃあじゃあと流れ出るという始末。これにはぶつけた本人が驚いた。と言う誠に恥さらしな話し。油断大敵!皆さんもどうぞお気を付け下さい。

投稿者 zuiryo : 20:56 | コメント (0)

2009年10月05日

くも

くもとは、猫の名前である。9月下旬本山で報恩接心があった折、喚鐘場としてお世話になった山内寺院で飼っている猫である。真っ白な毛並みに背中の処に薄鼠色の丸い斑点が5つある。見るからに相当年をとっており、首輪にぶら下げている鈴をちりんちりんと鳴らしながら、部屋を我が物顔に歩き回っている。私が休憩用に使わせて頂いた部屋の廊下にやってきて、ニャ〜ゴと鳴いた。「くも、こっちにおいで」と言うと、全く無視して、縁側から庭をじっと眺めている。「くも、何見てんの!」と話しかけると、こちらにお尻を向けたまま長い尻尾を二度ほど、ぴっぴっと動かした。「こっちに向いて!」と言うと、再びぴっぴっと長い尻尾の先端を動かし、私のことなど殆ど眼中になきがごとき様子である。間もなくして喚鐘の時間となり、寺の灯りは全て消され、喚鐘部屋だけが明るく照らし出された。参集した雲水が次々に入れ替わり立ち替わり室内にやって来る。一人終わる事にちりちりとなる鈴の音だけが静まりかえった境内に響いている。しばらくするとちりんちりんと軽やかな鈴の音と共に「くも」が室内に入ってきて、参禅中の雲水の傍らにちょこんと座った。雲水の拝をする所作を不思議そうに眺めていたが、そのうち横にどたっと転がり、2,3回横回転を始めた。神聖な参禅室に傍若無人に浸入し、この何たる慣れっこ振り、密室だと言うことなど勿論全然解ってない。その内、こんな所にいつまで居ても面白くないな〜と、言わんばかりにそそくさと出て行った。私も動物好きで、この猫にはひとかたならぬ好意を抱いていたが、どうもこの態度にはいささかむっときた。まっ、そもそもこちらがお世話になっているのだから、猫の方に言わせれば、こっちが家主だと言うことになるのだろう。兎も角室内に猫が遠慮会釈なく入ってくるなどという経験は初めてだったので、ビックリしたのと、動物の何にもとらはれない様子が誠に新鮮であった。

投稿者 zuiryo : 15:21 | コメント (0)

2009年10月04日

PPC

この暗号のような標題の意味がお解りだろうか。つい最近ある先生の講義を聴いて初めて知った。「ぴんぴんころり」だそうだ。私はまだ目前に死を意識するほど老齢ではない積もりだが、知人友人が相次いで癌で亡くなるのを目の当たりにすると、ひたひたと死が忍び寄ってくる気配を感ずる。そこで誰でも思うのは、死の間際まで元気で、コロリッと死にたいと言うことである。知人で14年間もの長きに渡り半身不随で、94歳の長寿を保った方がいたが、これなどは、果たしてこれを長寿と言えるのかとさえ思ってしまう。周囲のお世話する者も大変だが、ご本人が一番辛かろうと思う。しかしお迎えが来るまでは人間生き抜く以外にはないのである。そこでぴんぴんころりと行きたいと願うのである。こういう事を言うと不謹慎と思われるかも知れないが、矢張り循環器系が良さそうだ。師匠の逸外老師も寸前まで元気に客と会い、賑やかに話しをして送り出して間もなく、あっという間に逝ってしまった。聞くところに寄れば心臓が急に止まったということである。側に付いていた隠侍さんも、余りの急に唖然として言葉を失ったそうだ。これなどはPPCの典型のようなものである。私は最近どうも不整脈に度々襲われ、医者は何も心配要りませんと太鼓判を押しているのだが、どうも気持ちが悪い。そこで、最近出来たハートセンターへ行くよう、周りからしきりに勧められているのだが、少し迷っている。心臓の調子が悪いというのも、PPCから言えば、必ずしも悪いばかりでは無さそうだ。尤も若年で心臓に欠陥を抱え移植手術以外には助かる見込みがないというような深刻な方々には、冗談も休み休み言えと叱られてしまう。だから誰でも死ぬ間際までは元気で居たいわけで、逝くときはあっという間に、と言うわけである。こんな都合の良いことは、なかなか無いのである。昨日も肝臓癌で約10年の闘病生活の後、亡くなった知人が居る。この人にとって、人生締めくくりの10年間は、心境いかばかりかと偲ばれる。日々の生活を支えて行くことも大変だが、特に老いてから、若い頃には何ともなかったのに、あっちこっちが傷んでくると、否でも応でも死を意識せざるを得ない。こういう日々の自分と直に向き合うことが、生きると言うことなのだろうか。

投稿者 zuiryo : 18:13 | コメント (0)