« 2015年07月 | メイン | 2015年09月 »

2015年08月31日

おかあさんと一緒

毎年8月下旬に,姪っ子と二人の息子を奥飛騨方面の温泉に招待する。岐阜までやって来るだけでも大変なのに、親子3人連れだってせっせとやって来る。一人は既に社会人で立派な会社の新入社員、もう一人は高校生、二人とも180センチ近くの大男、ところがこの二人、お母さんが大好き。このくらいの年頃になると親などは鬱陶しいもので、出来るだけ離れようとしたがるものだが、まったくそうではなく、端から見ていても可愛らしい。近年は親子の断絶が言われ、家庭崩壊などとも言われるが、こう言う親子関係もあるのだと再認識した。親を見れば子供が解り、子供を見れば親が解る。以前にも書いたと思うが、人間の肉体はその人が過去に食べたもので構成されているように、人間の知性はその人の脳が過去に食べた知的食物によって構成されているのであり、人間の感性はその人のハートが過去に食べた感性の食物によって構成されているのである。この母親の両親の影響と本人自身の生き方が、このような微笑ましい親子関係を作りだしたのだろう。

投稿者 zuiryo : 15:43 | コメント (0)

2015年08月27日

車検の結果

睡眠時無呼吸症の車験があったのは既に前に書いた通りだが,この間その結果が出た。残念ながら、なお機械を装着しなければならないレベルだそうで、期待は見事打ち砕かれた。二年前より大分良くはなっているそうだが、まだまだなのである。ガックリきた。一晩泊まりで出掛けるときも、この器具を一式持っていかなければならない。荷物は増えるし、厄介この上ない。2月インド仏蹟巡拝旅行に兄も一緒に行き、同部屋だった。睡眠中、酷いいびきとともに明かに呼吸が止まっている。一度検査をした方が良いと勧め,その結果は私より酷く,最高2分2秒呼吸が止まっていたそうだ。超重症だったのである。変なところで兄弟似てしまったものだ。しかし私の助言が功を奏したわけで、これも仏蹟巡拝の御利益である。

投稿者 zuiryo : 20:18 | コメント (0)

2015年08月24日

虫の声

相変わらず日中の暑さは厳しいが、それでも朝晩はだいぶ凌ぎやすくなってきた。早朝開静で障子を開け外気を入れると、爽やかな風が入り、秋の虫の声がきこえる。秋だな〜と思う。こういう微妙な四季の移ろいを感じることが出来るのは、幸せなことである。我々にとってあたりまえだが、世界にはこういう四季の微妙な移ろいがない国が沢山ある。以前ロンドンの友人の家に泊めて貰っていたとき、あちらでは8月下旬は既に秋で、街路樹の葉がひらひら舞い落ちていた。そこで、「紅葉狩りに行こうじゃないか!」と言ったら、「それって何ですか?」と言う。紅葉を見に出掛けるのだというと、そんなの見てどうするのですかと言う。はらはらと散る紅葉を愛で、秋の風情を感じるのだと言ったら、そんなことのために出掛けるイギリス人は一人も居ませんよと、笑われてしまった。こういう情緒が欠落している人間ばかりが集まって国を作っているのだから、やたらもめ事が増えるのである。よく日本人の曖昧さが非難されるが、人間のやることは常に曖昧なものなのである。天地自然からこれを学ぶのだ。

投稿者 zuiryo : 10:07 | コメント (0)

2015年08月22日

スペイン・ポルトガル旅行

兄夫婦が今年金婚式を迎えるというので、その祝いをかねて、スペインへお伴で一緒に出掛けた。1週間前友人でスペインへ行かれた方に、暑さ加減を聞いてみたら、バルセロナ辺は日中50度ですという話に、びっくり仰天した。さて現地に行ってみると、確かに日差しは強烈で、ジリジリと肌を刺す。しかし日本のように湿度が高くないので、ちょっと日陰に入れば、実に涼しく爽やかで心地良い。10日ぶりに帰国して岐阜のむっとする暑さに、こりゃ〜スペインの方がよっぽどいいやと思った。殆どバスでの移動だったが、何時間走っても延々とオリーブの林が続く。まさにオリーブの木の海である。その広大さは半端じゃない。確かに国土はほぼ真っ平らで、地平線の彼方まで畑が広がっているが、殆ど雨は降らず乾燥した大地で、日本のような肥沃さは感じられない。片側はドングリの木(イベリコ豚の餌用)、もう片側はオリーブの林が延々と続くという具合である。ともかくパサパサと言うのが実感。成田に戻って電車に乗って窓から見える鬱蒼とした緑が目に染みた。むしむしと湿度の高いのには閉口するが、それらをさっ引いても、この緑溢れる景色は、何にも代えがたく心安らぐ。もう一つ思うのは、日本食の豊かさである。今世界でこの和食文化が注目されていると言うが、これを日本人は普通に味わっているのだから、本当に幸せなのだと改めて思った次第。

投稿者 zuiryo : 16:52 | コメント (0)

2015年08月07日

癒やしのせせらぎ

友人で毎年このシーズンは毎日のように長良川上流域で終日鮎釣りに明け暮れする人が居る。ではその期間仕事はどうなっているのかと心配になるが、商売柄この時期は長期休暇に入るのだそうで、心置きなく鮎釣りに専念できるのだそうだ。この鮎釣り、何十年のベテランのこの人でも、釣れるか釣れないかはその日の調子で全く予測がつかないものだそうだ。昨日釣りの現場から携帯で、沢山鮎が釣れたので、ご馳走しますというので、釣れたての美味しい鮎をがばっと食べた。そこでの話、ろうそく温泉で聞く小川のせせらぎに心癒やされるという話をしたら、彼曰く、鮎釣りも全くその通りですと言う。聞けば、長良川に腰まで浸かって7,8時間じっと鮎を釣り続けるとき、川のさらさらというせせらぎの心地良さは、釣れても釣れなくとも、この音を聞いているだけでも心地よいのだそうだ。目的は全く違うのだが、思わぬところで意見一致した。

投稿者 zuiryo : 16:14 | コメント (0)

2015年08月06日

早朝坐禅会

夏休みに入ると早朝坐禅会の依頼が増える。この間も母親と子供が坐禅を組んで、本堂の濡れ縁を雑巾がけして帰って行った。また今朝は数十人のグループの会が、早朝例会を催し、そのあと少し坐禅、朝食のお粥を食べて帰った。どのような使われ方でも、わずかでも宗教的雰囲気の中で時を過ごして貰うことはそれなりの意義がある。僧堂の方から言うと、きちんと時間で毎日が出来ている中、相手に合わせて、バタバタさせられるのは余り歓迎ではないが、平生托鉢などでお世話になっているのだから、これくらいのことはさせて頂かなければ罰が当たる。たった一炷の坐禅でも、新鮮な気持ちで禅堂で坐ることの意味は大きい。神社に較べるとお寺は内向き傾向で、もっと社会に広く門戸を開いて下さいと言われる。しかし僧堂はいわばお坊さんの学校のようなところだから、オープンにしろと言われても自ずから限界はあるが、せめて夏の一定期間だけでもいろいろ活用して頂けるのはありがたいことである。

投稿者 zuiryo : 06:58 | コメント (0)

2015年08月05日

ラジューム鉱泉保養所

通称ろうそく温泉については、今までにも何回か書いたが、爾来月2回のペースで出掛けている。不思議な心地良さが魅力である。しかし此処は主に癌患者の人たちが集まるところで、静かな山間の場所ではあるが、一般の温泉場などとは全く違う。私の場合はそう言う深刻な病を抱えて行っているわけではないので、私流の快適な過ごし方を試行錯誤し、良い方法を見つけた。第1回目入浴後、最低1時間は空けなければならないが、そのとき、森の中にベンチがあるので、そこでゆったりと坐禅を組む。背後に小川がさらさらと流れ、この音が実に良い。じっとこの小川のせせらぎに集中すると、背後30メートルぐらいの広がりで感じられるようになり、さらに音に集中すると、実に複雑な音のハーモニーを醸し出していることが解る。その中に没入していくと、得も言われぬ心地よさが感じられる。この心境を会得して後、第2回目の入浴をすると、さらに効果抜群、身心ともにすがすがしくなり、元気を取り戻すことが出来る。

投稿者 zuiryo : 21:21 | コメント (0)

2015年08月04日

車験

車験と言っても自動車のいわゆる車験ではない。私の無呼吸状態の検査である。睡眠時呼吸が止まるのを防ぐために機械を装着して寝る。ジェット戦闘機のパオロットが付けるようなのを、装着して寝る。この機械が保険適用になっているので、2年に一度、回復状態を検査して、なお引き続き付ける必要があるのか、無いのかを検査する。昨日夜の7時に入院、体中に数十個所のセンサーを付けて一晩無呼吸状態がどの程度なのかを調べるのである。その結果は今月24日に知らされる。早くこんな厄介な装置とはおさらばしたいと思うのだが、旨くパスすれば良いな〜とおもっている。この検査はしっかり寝ないと検査にならないので、一生懸命寝る努力をする。ところが人間寝たくないときは直ぐ眠くなり、寝なければならないと義務のようになると却って寝られないものだ。催眠剤を服用し、よ〜し、頑張って寝るぞ〜!と気合いを入れて寝た。今回はそれが旨くいってバッチリ7時間くらいは眠た。しかし寺に戻ったら本当の睡眠ではなかったようで、やたら眠くなり、また直ぐに寝た。睡眠の摩訶不思議、ということである。

投稿者 zuiryo : 21:20 | コメント (0)

2015年08月02日

39度

岐阜は盆地だから、元々暑いところである。近年の地球温暖化傾向でさらに拍車がかかり、この所連日39度、うだるような暑さである。まだお寺は周囲を山に囲まれているのでいくらかましだが、市内へ用事で出掛けたりすると、頭がくらくらする。毎日山歩きをしているのだが、鬱蒼とした木々に覆われ、そよそよと涼しい風が吹き抜け、午後2時頃の最も気温が上がるときでも、涼しい。山路の傍らに灰色の猫がごろっと横になっていた。な〜るほど!ここなら涼しい!猫は毛皮のコートを纏ったままなのだから、想像するだけでもこの暑さは堪らないだろう。行きに見掛けて、帰りもまだそのままの態勢で横になったままだった。うちのノラクロはきっと裏山の何処かで涼んでいるのだろうが、黒色の毛皮のコートだからその暑さ想像するだけでも、お気の毒と言いたくなる。しかし脱ぐわけにもいかず、白に変えるわけにもいかず、よくぞ生き延びている。こんな時いつも鎌倉の寺に住職していた頃の涼しさを想い出す。あれは極楽だったのだ。

投稿者 zuiryo : 20:52 | コメント (0)

39度

岐阜は盆地だから、元々暑いところである。近年の地球温暖化傾向でさらに拍車がかかり、この所連日39度、うだるような暑さである。まだお寺は周囲を山に囲まれているのでいくらかましだが、市内へ用事で出掛けたりすると、頭がくらくらする。毎日山歩きをしているのだが、鬱蒼とした木々に覆われ、そよそよと涼しい風が吹き抜け、午後2時頃の最も気温が上がるときでも、涼しい。山路の傍らに灰色の猫がごろっと横になっていた。な〜るほど!ここなら涼しい!猫は毛皮のコートを纏ったままなのだから、想像するだけでもこの暑さは堪らないだろう。行きに見掛けて、帰りもまだそのままの態勢で横になったままだった。うちのノラクロはきっと裏山の何処かで涼んでいるのだろうが、黒色の毛皮のコートだからその暑さ想像するだけでも、お気の毒と言いたくなる。しかし脱ぐわけにもいかず、白に変えるわけにもいかず、よくぞ生き延びている。こんな時いつも鎌倉の寺に住職していた頃の涼しさを想い出す。あれは極楽だったのだ。

投稿者 zuiryo : 20:52 | コメント (0)