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2016年05月31日

近年は銀行などの利息は殆ど無いも同じ、マイナス金利と聞いたときには、ついに銀行にお金を預けて置くと、預け賃を取られるのかと思った。まあ金庫代わりと思えば良いが、それにつけても、利息何%と言っていた時代が懐かしい。そこで頭の働く人は、株というのをやるらしい。上手に運用すると、びっくりするほど儲かると聞いた。まあ、それは頭の働く人のやることで、ぼ〜っと毎日暮らしている我々とは別世界の話。ついこの間も、消費税を上げるのを当分先延ばしにすると報ぜられていた。政治の世界のことは、さらに解らない話だが、収入と支出の差引勘定がこうも合わず借金暮らしを続けていけば、いずれ破綻するのは目に見えている。子孫に尻ぬぐいさせて知らぬ半兵衛は無いと思うのだが・・・。この膨大な借金を返さなければならないのなら、今から毎年1%づつ消費税を上げていって、収支のバランスが取れたところで止める。確か数年前どなたか経済界の重鎮がこの意見を出されていたと思うが、緩やかに国民全体で負担していくという、これなどは誠に結構な話だと思う。イギリスは確か26%だと思う。少しづつ上げていって、目下こうなった。消費税率を上げるというと必ず、皆が困るという議論が先に出てくる。おかしなはなしである。借金踏み倒しで良いと言うのと同じだ。さて株の話に戻るが、あれも誰かが影で泣いている、その上に成り立つ世界なのではないかと思う。バカ!世の中知らん者が、勝手なこと言うな!たしかに知らない世界を云々するくらい滑稽な話はない。

投稿者 zuiryo : 05:31 | コメント (0)

2016年05月30日

知人の個展

明日から知人が個展を開くために準備中のところへ出掛けた。数年ぶりの開催で、病の床に伏せっている奥さんを介護しながら、美術館々長としてもお勤めし、その他様々な仕事を持ちながら頑張って居られる。奥さんのお世話だけでも大変なのだから、何処かの施設にでも入って貰ったら、と言ったら、いいえ、自分で世話できる限りは世話をしますとキッパリ言われた。私は結婚したことがないので夫婦の心の機微というのは解らないが、今まで様々な苦労を乗り越え支え合ってきた絆の強さを感じた。人間は心の持ちよう一つで、仏にもなれば邪にもなる。そう言う葛藤の中で、悪戦苦闘しながら生きると言うことが、まさに人生なのだと感じた。

投稿者 zuiryo : 16:07 | コメント (0)

2016年05月27日

世の中多忙

前年度の決算が会計士さんによってまとめられ、寺側と在家側の代表の方にご報告、了承が得られると、私とお二人が検印をする。その後寺側の役員さん、在家側の役員さん全てにご案内を出し、決算報告と懇親会を催す。これが今の時期の恒例行事で、6月・7月の都合の良い日をピックアップ、FAXで問い合わせる。第一回のFAXでは相当な数の日を列記したのだが、ついに全員好都合の日は全てなくなってしまった。そこで再度日程を組み直し、二度目のFAXを送信。目下返事待ちというところである。それにつけても思うのは、世間の人は本当に忙しいんだな〜ということ。夜の6時からの開催なのだが、ペケ印ばっかりなのだ。私の日々は時計の針の動きみたいなもので、決まった事の繰り返し、予定もはちの頭もない。それだけ自分のことが出来るのだから幸せなことなのだと改めて思った。

投稿者 zuiryo : 20:56 | コメント (0)

2016年05月26日

遠方へ法要に

大阪市中心から遙か南の山奥にあるお寺の法要に出掛けた。生憎今日は伊勢志摩サミット、途中道路がその経路に当たるため、用心のため午前4時に出掛けた。早朝と言うこともあって、道路はスイスイ走ったが、途中のサービスエリアは全て閉鎖、予測しておにぎり持参で出掛けたので、車中走りながらかわりばんこに食べた。スイスイ行き過ぎて、先方到着が法要3時間前、山の小陰に止めてしばし仮眠を取った。雨の予想がはずれて曇り空ながら降られずにすみ大助かりだった。やたら蒸し暑くて大汗かいたが、ものごと全て良しと言うことはない。長時間の運転になるので、雲水二人に交代でやって貰った。帰路、褒美にサービスエリアでソフトクリームを食べさせた。ほんのお礼のしるし。夕方寺に戻って手足顔をすすぎ、さっぱりした。無事に戻ってこられたのが一番嬉しい。

投稿者 zuiryo : 17:14 | コメント (0)

2016年05月25日

磨針峠(すりはりとうげ)

小倉遊亀の「磨針峠」の縮小版を見ている。数年前遊亀の出身地滋賀県立美術館で、全作品が網羅された素晴らしい展覧会が催された。この美術館を訪れたのは初めてだったが、紅葉の真っ盛りで、池を中心に庭園が広がり、辺りの景色を眺めているだけでも来た甲斐があった。お目当ては「径」(こみち)で、現物を見るのは初めてだったが、その大きさに驚かされ、この絵が板に描かれているのを初めて知った。念願だったのでしばし釘ずけになった。次ぎに見たのがこの「磨針峠」だった。大きな画面の左側に老婆が石を掴み金属を研いでいる、右側の若い修行僧が行脚の姿で、この老婆の仕草をじっと見つめているというものである。解説に依れば、若い僧は苦しい修行に耐えられなくなり、ついに断念して山を下りる途中である。しかしこの老婆に心を奪われ、再び山に戻る決意の瞬間を描いたものである。修行僧の凜々しい姿と老婆の凜とした佇まいの何とも言えぬ清々しさに、思わず心を奪われた。良い絵は、まさに画家の精神の表れだと感じた瞬間でもある。題材も修行僧を扱ったものだけに、自分の修行と何処か重なるところがあり、深く心に染みた。そこでこの絵の縮小版を買ってきて、机の前に飾りいつも眺めて心の戒めにしている。

投稿者 zuiryo : 04:53 | コメント (0)

2016年05月24日

老化現象

昨日会下(えか・嘗て私の下で修行した者)のお寺で齋会(さいえ・法要のこと)があり、早朝より出掛けた。雲水も前日より3名荷担している。彼の寺は、元々は隣のお寺の隠居所のような小庵であったが、時代と共に独立した一ケ寺となって今日に至っている。今の住職になってから、鐘楼、書院、茶室、塀や庭も新たに造られ、駐車場も整備、面目一新した。数年前には全檀家総参加のお受戒もおこなわれた。修行の方は余りしなかったが、住職としてはかなり頑張っている。先住さん(父親)の17回忌と開山400年忌法要が無事円成した。行事も無事すんでお齋(とき)を頂いた。隣には嘗て僧堂時代一緒に修行した和尚が居たので、二人でがぶがぶビールや酒を飲んだ。大変良い気分になって自坊に戻ると、酔いが回ってがっくりきた。こんなはずじゃなかったのだが、倒れ込むように横になってこんこんと寝てしまった。ふと目が覚めると3時間以上も経っていた。何とだらしなくなってしまったものだ。これしきの酒でこんなに酔うとは思いもかけぬ事であった。日頃余り飲まないので体勢が出来ていないからなのか、これも老化によるものなのか、ガクッときて気持ちまで萎えた。

投稿者 zuiryo : 09:03 | コメント (0)

2016年05月10日

プラシーボ効果

人間心の持ちようで随分変わると言うことがある。セラミック板をガソリンタンクに入れておくと、あ〜ら不思議!平均15%の燃費向上になると言う話を聞いた。しかし科学的検証の結果セラミック板には全く燃費よくする効果はなかったそうだ。しかし事実として15%燃費は良くなっている。それは何故なのか。つまりこう言うことである。このセラミック板が本当に15%の燃費向上に役立っているのかを立証するため、運転手にガソリンの減り具合を克明に記録して貰った。そこで解ってきたのは、赤で信号待ちをし、青になった途端、不必要にアクセルを踏見込むために余分なガソリンを食っていたのである。すると自然にそう言う乱暴な運転はしなくなり燃費が良くなったのである。つまり15%の節約はセラミックがやっていたのではなく、人間がやっていたのである。あるときその話しを訪ねて来た、元製薬会社勤務の友人に話した。それはプラシーボ効果と言って、例えば栄養剤などでも、殆ど効果は無いにも関わらず、約三割の人には効果がある。薬学的にはその効果は立証されていないにも関わらずである。良く昔からうどん粉丸めた丸薬でも三割の人には効くという話がある。これと同じことで、人間心の持ちようで、どうにでもなるものなのだ。「こころ」がすべてのキーになっているということである。

投稿者 zuiryo : 10:09 | コメント (0)

2016年05月08日

降誕会(ごうたんえ)

今日はお釈迦様が生まれた日、(4月8日に行われるところもある)午前中山内の和尚さん方全員集まって法要を行った。祭壇正面に花御堂を据え、小さなお釈迦様のお像に唱えものをしながら甘茶をかけ、行道する。山門前にも同様の花御堂を据え、小さなお釈迦様に甘茶をかけて貰えるように支度をする。脇に大きなやかんに沢山甘茶を支度し、自由に持って帰って貰えるようにしてある。ずっとこの方法で準備してきたのだが、去年から山門前のは止めることにした。一人も此処にお詣りする人もなく、甘茶を持って帰る人もなくなったからだ。何とも寂しい限りだが、時の流れで仕方が無い。聞くところによるとお隣の韓国では、大々的にこの花祭りが催されるそうで、国民の祝日にもなっているようだ。そこで日本でも同様に盛り上げようと仏教界が主体になって、幼稚園の子供に参加して貰い、繁華街を練り歩いていると聞くが、イマイチ盛り上がらない。私の車は12月25日、朝エンジンをかけると、「メリークリスマス!」と叫ぶが、お釈迦様の日は無言である。

投稿者 zuiryo : 17:25 | コメント (0)

2016年05月06日

1ケ月後の計るだけダイエット

結論から申し上げると、減量には全く効果無し。貸して頂いた本には10日辛抱すればそれなりの効果が実感できると書いてあったが、それはウソ!私の場合一進一退の繰り返しで、増えてはいないが減ってもいない。相当な決意で始めたのだが、グラグラと自信が揺らぎだした。しかしグラフを10枚(10ケ月分)もプリントしてしまったので、今更止めるのも全てが無駄になるので、しゃくにさわる。こうなったら後は意地で続けてやろうと思っている。大体計るだけで痩せられるなどというのがそもそも胡散臭い話である。昔神社のお祭りで、大道香具師(やし)が言葉巧みに怪しい商品を売りつけていたが、ふとあれを想い出した。

投稿者 zuiryo : 16:49 | コメント (0)

2016年05月04日

武満徹・音楽創造への旅

武満徹という現代音楽の作曲家をご存知の方も多いと思いますが、うちの障壁画を描いて下さった土屋禮一先生は特にぞっこんで、何処か共感するところがあるらしい。ある雑誌の「意味のある偶然」という文章で、武満徹さんが死の間際、偶然バッハのマタイ受難曲全曲を一人静に聞き続け、至福の時間を過ごしたというのを読んだ。万事に直ぐに飛びつくダボハゼ精神の私は、早速CDを買い聞き続けたが、ついに断念した。とてもじゃないが、この何処がそんなに素晴らしいのか私にはさっぱり解らなかった。ケチな私は払ったお金が惜しくて、以後何度か挑戦してみたが。矢張り聞き続けることが苦痛になってしまった。ところが最近、立花隆著「武満徹・音楽創造への旅」が出版されたと聞き、直ぐに取り寄せた。この本が又膨大なもので、厚さ4センチ、しかも上下二段になって、小さな活字でびっしり埋まっている。昨日から読み始めたが、最後まで読み通すことが出来るか不安がよぎるが、ともかくこれを読み終えてから、もう一度バッハのマタイ受難教に挑戦してみようと思っている。

投稿者 zuiryo : 10:54 | コメント (0)

2016年05月03日

針仕事

着物は袂や裾が直ぐに破れる。今日もそろそろ夏物へ入れ替えようと箪笥から引っ張り出すと、夏の作務衣の足首と手首のゴムがユルユルで、これでは使い物にならない。以前は自分で何とかやっていたのだが、この所万事に鬱陶しくなって、やる気が起こらない。そこで便利なのが尼僧堂の雲水さん、「頼むね〜、これ!」てなぐあいでやって貰った。有難いことだ。特に針仕事が億劫になってきた。だいたい針に糸が通らない。老眼鏡はかけているのだが、スッと行かないのである。そのうちだんだん腹が立ってきて、え〜い!とぶん投げて終わり。これも尼僧さんにお願いをしてやって貰うことができた。持つべきものは弟子である。以前悪戦苦闘してやっていた頃が妙に懐かしく想い出される。

投稿者 zuiryo : 16:24 | コメント (0)