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2021年01月26日

精神の衰え

最近、精神の衰えの酷さを実感している。それは日常万事に渡って表れている。大雑把に言えば年齢相応と言えるのかも知れないが、我が身のこととなると、そんな暢気なことを言ってられない。しかもこうすれば良くなるというような問題ではなく、殆ど修復不可能なことである。あとは坂道を転げ落ちてゆくより仕方が無い。随分暗い話になったが、近頃はどうもこう言う話ばかりで,我ながら嫌になってくる。なら、こんな事、書かなければ良いじゃ無いかと思うが、書いてしまい、益々暗くなって行くと言う、悪循環に陥っている。まっ、これも心の衰え現象の一つとも言える。♫ 解っちゃいるけど止められない! ̄

投稿者 zuiryo : 13:21 | コメント (0)

2021年01月24日

雲水の習字稽古

今日は雨降りで作務も特別ないので、午後から習字にした。私が嘗て先生について習字の稽古をした当時のお手半がわんさとある。そのお手本を使って雲水に習字の時間を設けている。お坊さんはいずれどこかで筆を持たなければならない時期が来るから、その日のために今から稽古を積んでおくのだ。稽古を始めた頃はナメクジがのたくっている様な、見られたもんじゃ~ないのも、やればやっただけのことはある。やがて少しは見られるものになってきた。筆慣れることが大切だ。習字をしながら、雲水とお喋りをする。これも普段と違って、お互いの垣根が自然に取り払われ、色々珍しい話が聞かれ、私の楽しみの一つになっている。

投稿者 zuiryo : 15:38 | コメント (0)

2021年01月23日

コロナで会計ピンチ

今日、副司さんが会計簿を持ってきて、最近の経理状況を説明に来た。明らかに支出超過で、これでは倒産である。副司さんの説明を聞くと、矢張このコロナが影響し、ボディーブローとなって、しっかり効いている。ではどうするかである。支出を削ればいいわけで、早速私の給与を大幅減額した。一日中ぷらぷらしていて、給与だけがっつり貰おうなんて言うのが大間違いだ!深く反省してガバッと減額した。こう言うときに限って山崩れで余分なお金が出て行ったりで、泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったりである。まっ、今世の中何処もコロナの影響で青息吐息なのだから、お寺といえども例外ではない。褌を締め直して、緊張感を持って日々過ごそう。

投稿者 zuiryo : 16:27 | コメント (0)

水道漏れ

私の部屋の洗面所の水道がポタポタ漏れた。そう酷く漏れているわけではないが、床はびっしょり濡れている。漏れている箇所も分かっているので、そこのパッキンを変えれば良いのだ。しかし素人では難しい。ところがうちの雲水で、僧堂へ来るまでにいろいろな職業を経て来ている者が、何でもよく知っている。パッキンを交換してたちまち修理してくれた。まっ、簡単と言えば簡単なことだが、まるで素人では手がつけられない。たったこれだけのことでも、大助かり。いちいち水道工事屋さんを呼ばなくとも直ったのだから。持つべき者は雲水だ!これで気分もすっきりした。

投稿者 zuiryo : 11:23 | コメント (0)

2021年01月22日

僧名

在家から出家すると、お坊さんの世界では必ず音読みをするので、改名する必要に迫られる。私の場合は、保男(やすお)が在家の時の名前で、師匠は僧名を考えてくれず、そのまま僧堂へ入門してしまった。僧堂では音読みになるので、必然的に「ほなん」となった。まっ、耳で聞いているときは「ほなん」で、一向に不都合はないのだが、漢字で見ると、これはどう見ても「やすお」で、具合が悪い。そこで雲水時代に自分で勝手に「保南」にしてしまった。やがて十数年後鎌倉の寺に入ったとき、戸籍名の保男を南という漢字に変えて住職した。これで今に到っている。名は体を表すと言うから、南を進路に向けて迷い無くばく進する人生を歩む、これが意図するところで、自分で考えた名前だが実に気に入っている。

投稿者 zuiryo : 16:40 | コメント (0)

2021年01月20日

兄弟姉妹

兄弟でもそれぞれ大きくなって結婚をして家庭を持ち独立すると、当たり前のことだが、親の元で一緒に育てられた頃とは違ってくる。それでも兄弟には違い無いので、お互い家庭を持ち独立しても、困ったときには助け合い何時までも仲良く暮らすというのもあれば、独立した途端に赤の他人より他人になってしまうという例もある。この違いはどこからそうなるのかと言えば、親の育て方では無いかと思う。お互い一緒の親を持って生まれ育てられたのだから、親の生き方や考え方の共通項を持っているはずである。親の心の深いところで、子供たちは今を生きているのだ。親元を離れ独立した途端に、赤の他人以上に他人になってしまうというのは、親がそう言う生き方だったからだと言える。では私の兄弟はどうだろうかと考えると、まあまあかな~。酷く冷たいわけでもなし、さりとて親切溢れかえるというほどでもなしってとこかな。

投稿者 zuiryo : 10:01 | コメント (0)

2021年01月18日

帯留め

二,三日前から帯留めが何処かへ行ってしまい見つからない。そう小さいものでもないので、部屋で見つからないはずはない。ところがいくら探しても何処へ消えたか見つからない。ないとなるとこんな不便なことはない。探すのを諦めて法衣店に早速注文。漸く今日届いて帯がシャキッと締まって、腹のあたりが落ち着いた。この帯留めに限らず最近は矢鱈物がなくなる。無くなっているわけはない、つまりどこかへ紛れ込んで見つからないのだ。これも老化現象の一つである。そう思ったら途端に心がしぼんだ。トホッホッ。

投稿者 zuiryo : 18:09 | コメント (0)

2021年01月16日

この所ものが・・・

よくものが無くなる。だからしょっちゅう捜し物・・となる。つまり物忘れが酷いのだ。脳が途切れる、心のエアーポケット。まっ、単純に言えば老化現象である。従って机の上はもので溢れかえっている。兎も角目の届くところに置いておかないと、無くなったと思ってしまう。困ったことだ。この調子で行くと仕舞いには物で溢れかえって、どう仕様もなくなるだろう。半年後は目の前、真っ暗。絶望・・と言う文字がチラチラする。どうも、暗い話ばかりになってしまう。そう思うとさらに暗くなる。悪循環である。どこかで心を切り替えて、まっ人間年をとればこんなもんだ~!トホッ。

投稿者 zuiryo : 18:07 | コメント (0)

2021年01月15日

講座

今日から夏末大接心、午前8時半から講座である。碧巌録をやっているのだが、今日の則を講じながら、ふっと雲水時代を思い出した。私は二人の老師にそれぞれ10年間づつ就いて修行したのだが、お二人とも話し下手で、だから講ずるのが苦手で、お一人の方などは講本は殆ど無視で、自分の喋りたいことを勝手に喋る方式、聞いてる雲水にすれば、この何処がこの講本に話がつながるのか、チンプンカンプン、まるで関係ないことを好き勝手に喋っていた。まっ、大きく捉えれば、どんな話でも全て、禅につながるとも言えるので、ガタガタ言うな!と言うことにも成るが、しかし雲水は皆未熟者なのだから、もう少し雲水に寄り添って話をして貰いたいな~と思っていた。そう言う雲水時代の苦い経験から、できるだけ雲水に通じるように工夫している。まっ、提唱は師家の境界を披瀝する場だから、講義とは違って当然なので、何をどう話してもOKとなるのだろうが、とは言え、雲水に通じなければ何の意味もない。色々昔のことを思い出して、私は二人の老師のように良い境界をしてるわけではないので、できるだけ律儀にコツコツ、講じようと思っている。

投稿者 zuiryo : 10:53 | コメント (0)

2021年01月14日

処方箋

毎月1回、掛り付けの内科医へ診察に出かける。その日の診断結果を見ながら、何点か注意事項があって、すぐ前の処方箋薬局でクスりを貰って帰る。家に戻って早速頂いてきた何種類かの薬を分別し、袋に小分けて間違わないようにする。この一連の作業が、お医者さんから戻った時、いつもやることである。例によっていくつかの紙袋に分けしたのだが、どうもいつもと違う。矢鱈数が沢山ありすぎたり、今まで見たこともないような薬がはいっていたり、ものが薬だけにアバウトというわけには行かない。こりゃ~どう見ても変だ?早速薬局へ電話すると、一向に出ないのだ。今日は午後休診だから、明日の午前9時まで待たなければならない。間違いは人につきものだが、机いっぱいにぶっ散らかしたこれ、どうしてくれるんだい!

投稿者 zuiryo : 14:00 | コメント (0)

2021年01月13日

寒さで縮こまる

年間を通じてもこの時期が一番寒さのピークである。誰でも寒いのが良いなんて言う奴はいない。雲水時代、一生分の寒さを味わったから、これから以降の人生では寒い!と言う言葉はない様に生きようと心に堅く決めた。と言っても毎年寒さは襲ってくるから逃れようはないわけだが、部屋では惜しみなく暖房をガンガンいれて、着る物も達磨のように丸まると着込み・・・てな具合でこの時期をやり過ごす。まっ、修行者としては褒められた話ではないのだが、誰がなんと言おうと、私はそう決めたのだ。♪ね~こは炬燵で丸くなる~、と言うではないか。

投稿者 zuiryo : 09:25 | コメント (0)

2021年01月12日

後ろ向き

後ろ向きの反対語に前向きというのがある。万事物事は前向きでなければならぬ。ところがいつもエネルギッシュの人なら良いが、人の心はコロコロ変わるので、ちょっと油断していると、たちまち後ろ向きになる。こなると坂道を転げ落ちるように、悪い方悪い方へと行ってしまう。で、♪解っちゃいるけど止められない~!となる。まさに今日の天気のように、薄ら寒くてどん曇りとなる。こう言う気分を一転するにはひたすら前向きに・・が大切。沈んだ心を奮い立たせて、前へ!である。小寒くてドン雲り、心も沈みがちだが、こう言うときは意識的に溌剌としたことをやってみる。人間も自然界の一員だから、周辺の環境の影響を受けるのはやむを得ないことだが、漫然と受け身ばかりではなく、積極的に前へ・・・向かってみる。そうすると気分も変わる。

投稿者 zuiryo : 13:45 | コメント (0)

2021年01月11日

断食道場断念

一端行く気になって着々準備を進めていた断食道場も、雲水の猛烈な反対に遭い,熟慮の結果、行かないことにした。道場へ参加しない旨電話したり、前日の宿のキャンセルをしたり、飛行機の切符のキャンセルしたりで、頭がぐちゃぐちゃになった。まっ、普通の人ならこのくらいどうっつ事無いのだろうが、何せ近年老いの下り坂だだ走り状態の私では頭の中はオーバーヒート。しばし魂の抜け殻状態になってしまった。いつからこうなったのかよく分からないのだが、知らぬ間にこうなっちゃった。早い話が私はもう賞味期限切れなのだ。自室の窓からあい向かいの塀と聖侍寮の屋根を眺めながら、しみじみそう思った。もうポンコツなのだ!こんな事ばかり考えていると憂鬱になるので止めておく。

投稿者 zuiryo : 15:15 | コメント (0)

2021年01月10日

断食道場予約

毎年二月制間になると、九州前原の断食道場へ出かける。東京の仲間何人かと一緒で、恒例行事になっている。前後行き帰りを入れて約1週間である。これをもう何十年と続けている。断食したからと言って特別どこかが良くなるとか目に見えて感じるというようなことはないが、何十年間の習慣で、これをやらないと1年間健康で過ごせないような気がする。また現地福岡にも親しい友人も出来、その方と一年に一回お目にかかるのも楽しみの一つになっている。今日往復の航空券を取得、前日博多の宿の予約もして、準備万端整った。こう言う恒例行事はやらないと何か調子が狂う。雲水の中にはコロナ蔓延中出かける事を心配する者も居るが、滞在中は一切食事はなく、おがくずの風呂に入ってはひたすら休む繰返しなので、さして心配することはない、と言うことで、2月恒例の断食修行へ始まり始まり~!

投稿者 zuiryo : 15:46 | コメント (0)

連日雪

この所連日雪降り、ごっそり積もるほどではないが、屋根には数センチ積もって、この寒さで一向に溶ける気配もなく真っ白。弱いながら冬の日差しが照って、キラキラ輝いている。お日さんに照らされながら小雪が舞い続け、暖房の効いた部屋から外を眺め、冷たいだろうな~と思う。近頃は老化現象であまり動きたくない。置物の様な日々である。何もしていないわけでもないが、殆ど動かない。ネジの緩んだゼンマイ仕掛けの人形である。まっ78才も過ぎればこんなもんだ。舞う雪に日差しが照り、キラキラ宝石のように輝いている。行く人はさぞ寒かろう冬の雪。最近とみに老化を感じるようになった。日常の立ち居振る舞いから、思考力の衰えなど、ぼつぼつおれもお仕舞いかな~と思う。思ってもこれを止める方法はない。時に流されて行くより仕方ない。人によると、この流れに果敢に逆らって、ランニングシャツ1枚になって動き回る人も居るが、どうもああいうのは惨めったらしくていけない。年寄りは背中丸めて水っ鼻しゃくり上げてよろよろ生きれば良いのだ。今年は丑年だから虎視牛歩で良い。

投稿者 zuiryo : 10:25 | コメント (0)

2021年01月08日

書道

毎月定期的に雲水に書道を教えている。お坊さんは筆で上手に書けないと、値打ちが下がる。嘗て雲水の頃、同僚で大変修行の出来た方が居た。しかし筆を持たせると酷いったら酷い、ナメクジがのたくったような字で、とてもじゃないが見られたものではない。まっ、その反対で字だけは素晴らしい才が発揮されても修行がグズグズでは話にならぬが、兎も角お坊さんは筆で上手に字が書けなければ、いくら偉そうなことを言っても駄目だ。書はお坊さんの教養の一つである。と言うことで雲水に筆を持たせ、訓練をしているというわけ。私自身もここへ来て40年近くずっと書道を学んできたので、雲水にそのお返しをしている。少しずつでもやれば確実に進歩するのだから。

投稿者 zuiryo : 16:02 | コメント (0)

2021年01月04日

暇を持て余す

正月三が日も終わって、既にお忙しい方もおられると思うので、暇で困っているなどと書いたら、この野郎不届き千万!と叱られるかも知れないが、超~暇なのだ。することもないので久しぶりに郷里の兄のところへ電話した。正月三が日も終わって、早や商売で忙しそう。暢気に暇を持て余しているなどとは言えないので、巧みに話をそらしながら、そちらの近況などを聞いた。姉が昨年暮れより、老人介護施設に入っているので、その様子なども聞いた。今年はどうも年賀状を出すのを忘れていたようで、どうして?と逆に問われて、ぼ~として忘れちゃったよ!まっそれなら良いけど~!私より三つ上の兄はまだ現役で、バリバリ働いているので、私より万事にシッカリしている。私の方が既にボケ老人になりかけている。新年を期して、もう少しシャキッ!としなければと、改めて思い知らされた。

投稿者 zuiryo : 15:59 | コメント (0)

喪中に付き・・・

歳末、必ず喪中につき・・・、と言う挨拶状が届く。何人かの中で嘗てお付き合いが頻繁にあり、現在では殆ど無くなった方で、思い出深い方がある。その方の奥さんが87才で亡くなったという。生前、研究者を志し、かたわらシャンソンを歌い、小説を書いて出版したりと多彩な才能を開花し、満足な一生を送られた旨、書いてあった。へ~そうだったの、と改めてその方を思い浮かべた。ご夫婦共に才能のある方で、人生を全うされた。年齢的には十分生きた方なので、残念と思う一方、ほぼ天命に従って生き、思いは残るもののほぼ幸せな生涯だった。鎌倉に居た頃ある事情で大変お世話になり、頻繁に行き来していた頃のことを改めて思い出した。こっちもだんだん老齢化してくると、こう言うたよりが何となく増えてくる。寂しい一面これも仕方の無いことだと思うこのごろである

投稿者 zuiryo : 11:04 | コメント (0)

2021年01月03日

あ、という間の三が日

正月にはぼつぼつ年始の客が来るのだが、今年はコロナで猫の子一匹来ない。さらに雪が降って、境内は静まりかえっている。部屋籠もりの三が日だった。日頃の寝不足をこの際一気に取り戻した。外はドン曇りだが、心は十分快眠で晴れ晴れ。三が日は連日除策子で、真っ昼から布団敷いて寝て良いのだ。と言うわけで誰も来ず静まりかえったところで寝て寝て寝まくった。まぶたが上下くっついて離れないくらい。良くこれだけ寝られるもんだ。と言うわけで、外は今にも雪が降ってきそうなドン曇りだが心は晴れ晴れ。嬉しいときはあっと言う間に過ぎてしまう。こんな具合で誰にも邪魔されず良いお正月が迎えられるなら、これからもず~っとコロナで良い。なんて言ったら、世間の人から、馬鹿坊主!何を言や~がる!と言われてしまうだろうな~。うちの場合は通常のお正月でもさほど年始の客が来るわけではないので、まっ似たようなものだが・・・。人っ子一人来ないというのも良いもんだ。そう言えば、猫が一匹やってきて、餌を食っていった。

投稿者 zuiryo : 16:29 | コメント (0)

2021年01月02日

ロンドンからメール

嘗て僧堂で修行していた頃、イギリス人の居士が居た。数年後本国に戻り、小さな坐禅堂を作った。まっ、マンションの一室を禅堂にしたというわけ。ただの部屋では気分が出ないので、彼がどこかから仏像を調達し、私が仏像を入れる祠や香炉、警策、拆、引馨等々を持って行き、単布団は円坐でと言う具合で、何とか格好がついた。数人の居士だが、少人数ながら座禅会を始めた。しかし、結局数年でその座禅会は自然消滅したが、兎も角そういう事が昔しあった。それが縁となって、ほぼ夏には毎年イギリスへ出かけ、彼の案内でイギリス中を北から南までほぼ行き尽くした。しかしその後は殆ど行き来が途絶えた。が、近年骨董で大儲けして、超高級マンションに住むことになった。一昨年そのマンションを見学に行った。フムフム、な~るほど~、イギリスではマンションの場所が超高級エリアでなければならぬ。まさにその通りの所だった。では貧乏暮らしの男が何故超高級マンションを買うことが出来たのか。ここから先はどうでも良いことなので止めておく。その彼から久しぶりにメールの年賀が届いた。早速返信したが、何だか旨く送れなかった。まっいいや!

投稿者 zuiryo : 20:11 | コメント (0)

2021年01月01日

謹賀新年

昨夜から降り続ける雪は今日になっても止まず、積雪10センチほど、まっ、大したことは無いが、窓から眺めているだけでも、寒そ~っ!うちでは晴れていようが雪が降ろうが、別段人がやってくるわけではないので、例年の通り静か。相変わらずコロナが収束しそうもないので、密は避けろというわけで、初詣を期待している神社などは、まるで行くな!と宣伝されているようなもので、あまり言わんといてよ!が本音だろう。さらにこの雪では益々足は遠のく。渋~い顔の宮司の顔が想像される。

投稿者 zuiryo : 08:39 | コメント (0)