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2018年05月22日

朋遠方より来る

昨日今日と二日間、嘗て湘南高校で同級生だった友人3人がはるばる訪ねて来てくれた。昨日はお寺の中を説明したり、一緒に短時間だったが大衆禅堂で坐禅を組んだり、夜は市内の食事処で積もる話に大盛り上がりだった。今日は9時半出立で、車で華厳寺と横蔵寺を案内した。山がの静まり返った雰囲気を、大変喜んでくれた。最後にちょっと遅い昼食を市内で食べて、岐阜駅に送った。これから京都へ行って一泊し、明日関東へ帰るという。卒業して以来、57年ぶりである。二人はそれぞれ仕事をリタイアし、一人は40数年間も市会議員で、今なお続けている。この年齢になると人生の様々なことを体験してきているので、私は興味津々で、色々話をしてもらった。こんなことは今まで一度もなかったことなので、たった二日間だったが、世の中のことがいろいろ解って本当に楽しい時間だった。

投稿者 zuiryo : 15:30 | コメント (0)

2018年05月21日

喜寿の茶事

昨日は私の喜寿の茶会を、坐禅会の方々が中心になって開いてくれた。茶室床には利休の「喝」、脇床には若冲の隻履の達磨、賛は白隠禅師、と言うようなわけで、お道具類も名品が続々、私には勿体ないようなものばかりで、恐縮次第もなかった。丁度40歳で入寺したから、今年で36年になる。当初十数年は波乱万丈、今から考えても、よくぞ乗り越えてこられたな〜と言うのが実感である。今までにも還暦・70歳・そして今回の喜寿と合計3回節目に茶事を催した。これらはすべて私の大信者さんが居られて、全てご奉仕で務めて頂いた。頭が下がるというか、身に過ぎたるご厚情を頂き、恐縮の至りである。その方のご要望は、生涯この寺に居ること!である。そもそもボロボロのお寺をすべて新築して下さったのも、この方が中心になって実現した。人生には良いこと悪いことが、良い配分でやってくるものだが、私の場合は、どう考えても良いことばかりなので、これは余程身を慎み更に精進しなければ、閻魔さんに大目玉を食らわされるぞと、いまから覚悟している。

投稿者 zuiryo : 11:31 | コメント (0)

2018年05月19日

強風

今日は一日中強風が吹き荒れた。明日は私の喜寿の茶事ということで、皆で庭掃除をするのだが、掃いてるそばから木の葉が舞い落ち、とてもじゃないがやってられない。さりとて放っておけばますます葉っぱは落ちるばかりである。しかしきれいに箒目の立った庭は、たとえ葉っぱが落ちていても、掃除の痕跡は残っているので、良しとする。それにしても選りによってどうしてこんなに今日は吹き荒れるのだ。間が悪いったらありゃ〜しない!庭の新緑が目に染みるようで、まさに緑滴る季節である。

投稿者 zuiryo : 16:56 | コメント (0)

2018年05月17日

会計簿

僧堂ではお金の計算は副司(ふうす)役の者が一切やる。夏・冬各制末に帳面を締めて老師に点検してもらう。正眼寺では、嘗て戦前は広大な田畑を所有していたので、小作農家の人達が季節ごとに参道入り口にある大きな蔵へ運び込み、それらを点検記帳する大事な役目があった。だから村の人達は副司を「お納所さん」と呼んでいた。しかし戦後農地解放ですべてを失い、途端に無収入の寺になってしまったが、ともかく寺の会計をすべて取り仕切るのが副司である。うちの場合は少々貸地があるので、実務的な事柄はすべて専門の業者がやってくれるので、その他法要などの収入と合わせて雲水の一番古手の者がやっていた。しかし特に土地に関わる事柄は、若い雲水には過剰な負担である。そこで此処十数年前からは私がすべてやっている。勿論専門の会計士さんにその都度点検してもらい、年度末には総代さん方に決算報告をし、了承印を貰っている。というわけで私に掛かってくる負担が相当大きい。まだ今より若いころは頭の回転も普通だったから良かったが、最近の寄る年波に勝てずほとほと参った。しかし代わってくれる者が居なければやらざるを得ない。もう目の前真っ暗だ!

投稿者 zuiryo : 20:53 | コメント (0)

2018年05月16日

京都へ

今朝早朝より京都へ出掛けた。嘗て私が若いころお世話になった寺で、今では師匠は亡くなり、親戚の甥っ子が住職をしている。開山250年忌と住職の晋山式にこちらの用事と重なってしまったので、今日はその代りにお参りした。先住の奥さんとは久しぶりの再会だったので、大変喜んでくれて、お経後に本堂で同好のコーラスグループのご婦人方の美声を聞かせてもらった。なかなか良かった。そのあと部屋で昼食、わざわざ料理人を呼び、大変美味しく頂いた。いろいろな話で大盛り上がり、昔小僧をしていたころのことなどいろいろ思い出した。ところでそこの新住職夫妻が野良猫を飼っていて、真っ白で、優雅で品の良い猫ちゃんだった。うちのクロとタマとを比較して、何と上品なことよ!やはり野良猫も京都だと品良くなるのだろうか?それに比べてうちのクロとタマの野性的なことよ!物腰からして違うのである。でも、やっぱりうちのクロトタマの方が良いな〜!

投稿者 zuiryo : 20:22 | コメント (0)

2018年05月13日

万事面倒くさがり

心身ともに衰えてきたからかもしれないが、最近とみに面倒くさがり屋になった。良いことでも面倒だな〜と思い、ましてや嫌な事になると更に倍加して面倒くさくなってきた。これって、精神の衰えなのだろうか。何にもないのが一番!僧堂の同じことの繰り返しが一番居心地が良い。私の仕えた師匠は、二人とも日々何か変化がないと居たたまれないような性格の人だった。私にはああいうタイプは理解できない。こんな風だから、用事で外へ出掛けなければならないときは、気が重いったらありゃ〜しない。しかしそう義理を欠いてばかりもいられないので、自分に鞭打って出かける。床の間の置物のように同じ場所に居るのが私の理想。机に向かってじ〜としている時が一番幸せで、私のゴールデンタイムである。遥か昔、私はこのじ〜としているのが大嫌いな子供で、母からいつも、もう少しじっとしていなさい!と叱られた。人間変われば変わるものよ!

投稿者 zuiryo : 10:18 | コメント (0)

2018年05月12日

世界猫歩き

岩合光昭の世界猫歩きが好きでよく見る。私も小さいときから猫が大好きで、親も兄弟も皆好きだったから、ず〜と猫がいた。その後僧堂へ入門、寺の住職になって、そんな余裕もなく、犬も猫も一切動物を飼うことがなかった。その後阪神淡路大震災の時、孤児になった犬がたくさん出て、どなたかぜひ飼って欲しいという新聞を読んで、神戸まで貰いに出かけ、「ハチ」と名付けた真っ白な子犬を育てた。賢い犬で、雲水たちのアイドルになって、みんなに可愛がられ、15年の人生を閉じた。死んだときの可哀そうな姿が目に焼き付いて、もう金輪際動物を飼うのはやめようと思った。しかししばらくして、お寺に住み着いていた野良猫「クロ」が、そういう心の間隙を突くように、ニャ〜ゴ!とすり寄ってきので、頭をなぜてやった、以後すっかりお寺の猫になってしまい、今ではハチ亡き後の僧堂の飼い猫になった。真っ黒で眼だけ金色に光っていて、表情は分かりにくいが、人の心が良く分かる大変賢い猫である。それがきっかけで、岩合光昭世界猫歩きに釘付けになっている。近年市内のデパートでも、岩合光昭猫写真展が開催されたら、押すな押すなの大盛況だったらしい。私は小さいころから犬や猫が好きだったが、こういうのって、生涯変わらないものと見える。

投稿者 zuiryo : 14:54 | コメント (0)

2018年05月11日

刀剣女子

最近若い娘さんで、刀に魅力を感じる人が多いと聞く。まあ確かに名刀と言われるものなどは不思議な魅力があるものだが、さりとてそんなに引かれる理由がよくわからない。近くの関市は名刀孫六や兼房の出た街で、僧堂で修行していたころ、よくそういう名刀をまじかに拝見したことがある。切れそ〜う!とは思ったが、いつまでも眺めて楽しむと言うことはなかった。知人の女性で昔から刀に詳しい方を存じ上げている。世の中が今のように騒がないときから終始一貫、刀の魅力に取りつかれている方である。今日たまたまテレビを見ていたら、若い女性がケースの中の刀をジ〜イと凝視していた。途端にw女史を思い出したら案の定テレビに出た。人にはいろいろ趣味や興味を感じる事柄はあるものだが、私にはどうして刀にそんなに興味がわくのか全く分からない。wさんに叱られそうだが、すでに相当なお年の方だが、元気そうな姿をテレビで拝見して安堵した。

投稿者 zuiryo : 21:14 | コメント (0)

2018年05月10日

朋遠方より来る

今日はお寺の年中行事で、信者さん方が20人余りやって来た。無事行事も終わり、友人親子が残って少々お喋りをした。私は近頃とみに頭が弱って来て、意気消沈していたのでそのことを言うと、そんなの!まだまだ序の口よ!と激励されたような、同情されたような変な気分になった。要はそれ位のこと気にするな!ということである。少し元気になった。たより休刊についても、何で〜?と案の定言われてしまったが、色々話を聞いて分かったことは、人はいろいろな考え方、立場で読むから、余程配慮が必要だということである。これは素直に納得!道端のお堂にお賽銭を投げ入れて懇ろに合掌礼拝する友人を見て、拝んでも拝まなくても、何も変わらないんだがな〜、と思ったというところで、これはお坊さんの言うことではない!と指摘され、な〜るほど!と気が付いた。ともかく別世界の意見には素直に耳を傾けたいと改めて感じた次第である。

投稿者 zuiryo : 14:07 | コメント (0)

2018年05月08日

背中が・・・

数日前より突然背中全体がイテテテテッ!となった。この前は膝がイテテテテテッ!まあ年を取るとろくなことはない。他人はこんな話は聞いても面白くも何ともない。十年くらい前より近くに良い鍼灸治療師を友人から紹介されずっとお世話になっている。ハリとお灸を組み合わせた治療法だが、これが不思議に良く効く。近年は腰痛に襲われることが多くなり、大変便利に利用させてもらっている。今回も1回でスッと治った。有難いことこの上なしである。年寄りがよるとあっちが痛いこっちが悪いと、気鬱になるような話ばかりで、若いものから嫌われるが、歯は欠ける目はしょぼしょぼ、物忘れはする、すぐグチル、水っ洟は垂れる、飯はこぼす・・・・と、まあろくなことはない。黙ってればいいのにすぐ喋りたがる。もう死んだほうがましかな〜とふっと頭をよぎる。これって老人性鬱かな〜?

投稿者 zuiryo : 07:01 | コメント (0)

2018年05月07日

師匠のことを思う

だんだん自分も老齢化して、あと何年こうして元気居られるのかな〜などと、ふっと頭をよぎることが多くなった。師匠は何年たっても師匠で、自分より高〜いところに居られる人と固定観念で固まっていたが、近頃はその境いがだんだんほどけてきて、あそこの所はちょっと間違っているな〜とか、あれは不親切だったな〜とか、思うようになった。下手に聞くと、この野郎とんでもない奴だとなるが、確かに不親切だったり間違っていると思うことがある。まあ人間のすることだからそういうこともありかな〜とも思うが、ではその時仕えた雲水の側から考えると、それでは済まされない。と言うようなわけで、私は良い見本も悪い見本もよく考えて、少しでも雲水のために良いように、自分を律してゆくことにしている。言うは易く行うは難しで、これとてなかなか容易なことではないが、しかしそれが師家になった者の務めだと思っている。講座で偉そうに喋りながら、心の中で強くそう思っている。

投稿者 zuiryo : 11:14 | コメント (0)

2018年05月05日

足腰の弱りよう

寺では畳に坐ったり、立ったりという動作が日常頻繁にある。ついこの間まで何の苦労もなく自然にこれをやっていたのが、矢鱈よろけるようになった。そればかりかイテッテッテッテッ!と思わず声が出てしまう。ともかく柱か何かに掴まらないと危なっかしいことこの上なし。さらに加えて、物忘れがひどくなった。もう目の前真っ暗である。こういう日々では気鬱になる。何かパ〜っとやって明るい気分になりたいものだが、僧堂ではそんなことを勝手にやれるわけがない。まあ年相応と考えれば少し気分も楽になるが、やってることは40代、師家になったころと変わらないわけだから、体力的にしんどいのは当たり前である。さりとて良い対策法はない。しかし庭の新緑が目に染みるようで、背後の山の緑とマッチして、日々こころ癒されている。こういう贅沢をさせて貰えるのも、僧堂で早朝より雲水と頑張っているからこそである。感謝感謝。

投稿者 zuiryo : 19:44 | コメント (0)

2018年05月03日

ハブの鍋物

ひょんなことから遥か昔の旅のことを思い出した。中国の学生と知り合いになり、彼の案内で奥地の武夷山と言うところへ出掛けたことがある。ここは有名なお茶の産地であり、またハブの産地でもある。夕方小屋掛けの店が並ぶ品物を覗いてビックリポン!アライグマから毒蛇、得体のしれない山の獣がひらきになってぶら下っている。ここの名物はなんといってもハブ鍋、金網の中でうごめく沢山のハブの中から旨そうなのを指さすと、炭バサミでチョイっと挟んで、目の前のコンクリートの上であっという間に皮を剥ぎ取った。まあ見事な手さばきと言う外ない。指を腹に突っ込んで胆を引きちぎって、これを飲み込めという。滋養強壮の名薬だそうだ。とてもじゃないが飲み込めたもんじゃない。次に輪切りにして鍋でくつくつにて塩を入れて、これで出来上がり。生臭くてとても喉を通らない。結局お金を払ってお店の人に差し上げた。處変われば品変わるというが、中国も内陸部へ入ると目を回すような光景にいろいろ出くわす。

投稿者 zuiryo : 10:18 | コメント (0)

2018年05月02日

背中がイテテテテッ!

今朝起きたら途端に背中が突っ張って、屈むとひきつる様に痛みが走り、瞬間息が止まるほど。こりゃ〜一体どうしたことだ。思うに、肋間神経痛ではないか。吸盤をくっ付けるとビリビリ電機が走るマッサージ器を使ってやりまくった。何となく和らいできた。しかし膝は痛むし、背中は引きつるわで、ろくなことはない。これはすべて老化からくるものなのだろうが、最近特に矢継ぎ早にあっちが痛いこっちが痛いばっかりで、やんなっちゃう。年は取りたくないものである。

投稿者 zuiryo : 19:52 | コメント (0)

2018年05月01日

瑞龍たより休刊に抗議

今日ある人から電話を頂いた。本題は別の話なのだが、その折り瑞龍たよりを是非再開して下さいとお願いされてしまった。他にも何人かの方々から、どうしてやめちゃったんですか〜!と抗議された。まあ、惜しまれているうちが花。私は人の前で話をするのが大の苦手だから、その代わりにたよりを発行した。しかし中にはあら探しをして、あの文章って、どこそこにありましたよね〜、なぞと言われると、ガクッときて意欲を失う。まあ本当のことだから文句は言えないのだが、ともかく公衆の面前に出ることの怖さを思い知らされる。知人友人とお喋りをするのは気が楽で良いが、広くみんなに公開すると、いろいろ言う人がいるわけだ。まあしばらくほとぼりが冷めたら、またぼつぼつ再開しようと考えている。

投稿者 zuiryo : 15:38 | コメント (0)