2017年10月16日

坐禅

現在では坐禅というと立派な禅堂や本堂などで、専用の坐禅用布団に坐って行うというのが普通だが、嘗ては坐禅は白骨累々、腐敗した死体が散乱し、遺体を野良犬や鳥がついばむ、時には盗賊のねぐらになるような場所で行われていた。瞑想のために最適な場所としてこのような墓所に集まった。ブッダも六年間の苦行生活は想像を絶する過激なもので、毒蛇や野獣の棲む森で、断食・断水の苦行をされた。白骨累々の墓地で坐れば、人は嫌でも死をリアルに実感する。まあ、それを現代社会でもやれとは言わないが、何もかも整えられ、用意された場所で坐るのが坐禅だと思っていたら、それは大間違いだと言うことである。大切なのは精神で、その気になればどこでも坐禅は組める。私は旅行で宿に泊まった時は、宿の座布団を使って壁に向かって坐る。たとえホテルでも、枕を尻に当てて坐る。坐ればたちまちそこは禅堂になる。最初申し上げた白骨累々の場所でなくとも、心さえあれば無の境地に至ることができるのである。

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2017年10月14日

蛇足

蛇を描く競争で早く描き上げた者が足まで書き添えて負けになったという故事、あっても益のない余計な物事。今回岡倉天心美術館開館20周年特別展、龍を描く展が催されることになり、うちの本堂上間、土屋禮一先生の龍の絵が出品されることになった。運搬業者が大型トラックでやって来た。襖8面、正面床の間3面、梱包作業にかかった。正面は3つに紙が分割され繋ぎ合わされている。壁からはがすと、最後に貸し出したどこかの美術館が、勝手に裏側を表具して一体にしてしまった。正面から見れば3枚の紙が繋ぎ合わされているわけなので、はがせば3つに梱包できるという計画で作業を始めてみると、この状態。となると乗せるトラックから大きさが全然違うので、もう一度出直してくることになった。運搬先は茨木県の美術館である。全く迷惑千万な、余計なことをするな!と言いたい。こういう美術品は借りた時のままに返却するのが当たり前で、良かれと思ってやったのか知れないが、まさに蛇足である。

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2017年10月12日

岩瀬文庫

瑞龍寺では毎月1回、講師をお招きしてお話を聞く会を催している。厳密にいえば主催者はある方がやっておられるのだが・・・。講師の中で毎年1回お願いするS先生は名古屋大学の教授で、20年以上岩瀬文庫の解読に関わっておられ、その一部を講義してくださる。愛知県西尾市の実業家岩瀬弥助翁が私財を投げ打って凡そ8万点にも及ぶ膨大な古文書を収集保存、明治4年、私立図書館を設立、広く一般に公開している。イギリスBBCやネイチャー誌など、世界中から資料を求めコンタクトがある。ところでS先生の講義だが、原本は墨書が多く、しかも手紙文などでは達筆すぎて、我々ではほとんど読めない。それをいちいち解読し、その文面の背景を解説してくださる。これがなかなか面白く、その時代の考え方や時代背景が如実に表され、興味が尽きない。先日の話では、ほぼ解読し整理に目途がついたそうだ。S先生の場合は殆ど岩瀬文庫通いが日常だったそうなので、世の中にはそれぞれ専門分野があって、S先生のような学者もあるのだと知った。

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2017年10月08日

無明の井

これは免疫学者だった故多田富雄氏が書いた創作能である。北国の荒野、石造りの井戸、水は涸れて、もはや打ち捨てられている。旅の僧が傍らで休んでいると、どこからともなく女が来て水のない井戸から水を汲もうとする。不審に思った僧が尋ねると女は答える。これは罪深き女のために空しくなった男の霊によって水が涸れた命の井戸。その涸れた井戸から水を汲めば迷いも少しは晴れると思い今宵もここへ来たのだと言う。すると漁師が現れ、その井戸の水は人の命より湧き出た水であり、他人が汲めば我が命が縮まり、身を苦しめる事になるので、この水は汲ませない。涸れた井戸の水をめぐって争う二人、実はこの世にいない亡魂なのだ。男女は僧に哀れみたまえと言い残し、古井戸の底に消え失せる。実際には出会うことも明かされることもないドナーとレシピエントが、夢幻の霊となって心の内を吐露しあう。多田冨雄は免疫学の立場から生命をひとつのつながりをもった動的なシステムだと捉えていた。そこには絶え間ない相互作用があり、全体性がある。切り取ったり、移し替えたりできる部分的なものはない。強行すれば免疫系は壮絶な拒否反応を示す。免疫抑制剤によって無理矢理押さえつけ、一方で感染症を防ぐために抗生剤が投与され続ける医療とはいったい何だろうか。多田富雄の目指したものは生命の全体性である。実に深い生命観ではないだろうか。

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2017年10月07日

フェルメールと北斎の青

フェルメールと北斎をつなぐ線は何か。それはブルーである。青は不思議な色である。空の青、海の青、青は自然の中のあらゆるところに見ることができる。大気にせよ、水にせよいずれも生命に直結した重要な色である。しかし青い色を空や水の中から取り出してくることはできない。青はいつも遠い色である。そんな青が人の心を捉えることをフェルメールは正確に気が付いていた。青は貴重な宝石ラビスラズリを惜しげもなく使い、「真珠の首飾りの少女」を描いた。ラビスラズリは当時アフガニスタンにしか産出しない貴重な青い宝石で、金よりも高価だった。ベロ藍、またの名をプルシャンブルー、北斎が選んだ青は、鉄イオンの媒体だった。この類まれな物質。ベロ藍はラピスラズリよりずっと細かい粒子であり、極めてなめらかに水に分散させることができる。北斎はこの青を見逃さなかった。フェルメールの果たせぬ夢をついに実現した画家、それが葛飾北斎である。止まっていたフェルメールブルーを世界で初めて動かして見せたのである。小布施には北斎の傑作、男波と女波の天井画がある。青い大波が砕け散りながら旋回している。見上げると宇宙のかなたの星雲に吸い込まれていくようだ。

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