2017年09月20日

腰ひも

日頃から着物が日常着の者にとって腰紐は必要不可欠である。まず帯の下に腰紐できちっと縛って置かないと前がずれてくる。作業ひとつするにも、たすき掛けでないと袖が邪魔になる。特に雑巾がけや台所で洗い物などの水仕事のとき、また時々墨蹟を書くときなどもたすき掛け、全て腰ヒモが要る。というわけでこれ程必要なものはないのだが、腰ヒモなどは商品としては余り儲からない。デパートの呉服売り場や法衣店には有るのかも知れないが。箪笥の一番上の戸棚を空けたら白い腰紐が山ほど出てきた。1本1本きちんと畳んで糸で括り付けてある。あるわあるわ!山ほど出てきた。十数年前、まだ母が元気な頃は、春秋二回やって来ては箪笥を全てひっくり返して、夏物・冬物と、綻びを繕い洗濯して、次の季節に困らないよう入れ替えてくれた。その合間にせっせと腰ヒモも作っていたのだろう。「母ちゃん有り難うね」と、内仏に祀ってある母の位牌にお礼をした。

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2017年09月19日

アーメン

これはロシアの有名な小話。ある男が旅先で宿の近くを散策していた。と、いきなり大きなクマに出会した。一目散に逃げると熊も追いかけてきた。無我夢中で走って、気がついたらそこは崖っぷち、転落したら命はない。固まったまま迫り来るクマを見て、思わず天に向かって祈った。天にまします我等が父よ、この恐ろしい獣に敬虔なキリスト教徒の魂を授けたまえ!アーメン。言い終わらないうちにクマがドテッと跪き、両前足を胸の辺りに合わせ、何やら呻き始めた。「天にまします我等が父よ・・・」あれれ空耳かな、ひょっとしてお祈りのポーズだったりして。てことは神さまは自分の声を聞き届けて下さったってこと。男が思わず心の中でガッツポーズをしている間も、熊の祈りは続いた。「・・・美味しい朝食を恵んで下さいまして有り難うございます。アーメン」

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2017年09月18日

つくつく法師

つくつく法師が庭でしきりに鳴き始めた。初秋恒例の声で、これを聞くと、まだ相変わらず暑くとも、秋〜ッと思う。確かに朝夕は大分涼しくなってきた。本当は17日〜18日と、木曽の御嶽3合目「新滝」へ、恒例の滝行に行くつもりだった。しかしこの台風で、取りやめとなった。結果論だが、17日午後はまだ木曽方面はさほど台風の影響もなく、翌日18日は既に東北方面へ通り抜けていたので、二回とも滝に打たれることは出来た。何とも残念無念である。20数年ずっと毎年の行事として続けてきたのが、ついに途切れた。にっくき台風の野郎め!うちの寺も少しきつい風が吹いて、外廊下が汚れたが、全く被害はなく一安心である。さて午前中いつもお世話になっているお医者さんが名誉ある表彰を受けられその祝賀会があった。会場ではかねてから知り合いの方々に沢山お目に掛かり、話が弾んだ。特に先生のご家族の方々にお目に掛かれ良かった。また日頃直接お世話になっている看護婦さんが、正装で見違えるような姿、これにはビックリポン!矢張り女性は衣装でこうも変わるものかと改めて驚かされた。

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2017年09月14日

我れ思うゆえに我在り

デカルトの言葉である。自分の存在を立証することは不可能である。しかし、自分が考えるそのことだけは否定できない。だから私は存在しているのだ。しかしこういう言い方も出来る。神秘さや不思議さに目を見張る感性を持ちうることが、この世界の有り様を指し示すのだ。自然の細部に宿る美しさに目を見張ることが、世界の実存性を立証している。この美醜の感覚が科学者としての人間を支えている。ゆえに、遺伝子組み換え技術を安易に作物や動物に応用することは美しいとは思えない。操作的介入は生命のバランスを乱し損なうことはあっても、それを改善したり、人間の都合に合わせて改変することは容易なのことではない。生命は文字通りダイナミックに平衡を求め続けて変化している。

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2017年09月12日

センス・オブ・ワンダー

神秘、不思議に目を見張る感性のことである。自然に対する驚き、畏敬の念、美しさに打たれること、好奇心、このシンプルな驚きこそ、生命と私との関係を知る原点である。自然の精妙さに目を見張ること、美しさに打たれること、この世界が我々の思考を越えたところに実在していることを確認する感覚。それゆえ遺伝子組み換え技術を安易に作物や動物に応用することは大いに疑問である。生命のバランスを乱し損なう。人間の都合に合わせて改変することは容易なことではない。生命はダイナミックな平衡を求め続け変化ているのだから。押されれば押し返す、干渉を受ければ抵抗する、沈めようとすれば浮かび上がろうとする。一時生命を人間の都合に合わせて改変できたように見えるかも知れないが、時間が経過すると、その改変の効果は消え去り、かえって大きなリベンジとして出現するかも知れない。動的平衡としての生命は、ダイナミックな平衡を求め続けて変化しているのだから。

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