2018年06月21日

顔真卿(がんしんけい)

中国唐代の官僚で書の巨人の代表作とされる「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」台北故宮博物院所蔵、が来年1月16から東京国立博物館で開かれる特別展に出陳される。安史の乱で犠牲になった顔真卿従兄の末子の顔季明を供養した文章の草稿。悲憤に満ちた激情があふれ出るように記されている。書聖・王義之の「蘭亭序」と並び書の傑作として伝えらっれてきた。以上の新聞の記事を見て、ビックリポン!この複製品を画家の土屋禮一先生から頂いて、部屋に飾っていつも眺めていた。草稿のため途中何カ所も消したり〇で囲ったりで、頂いた当初は「なんだ〜こりゃ〜!」と思った。先生からは当代随一の書と言われている大変貴重なものの複製です!と言われ、一生懸命素晴らしさを感じようと努力したが、ついに断念、最近は倉庫にかたずけて、その代わりに私の描いた北濃山河の絵を掛けた。ところが今日この記事を見て、載っている写真がまさに頂いたものそっくりで、慌てて倉庫から引っ張り出した。ホコリまるけだったのを綺麗にはたきをかけて、わたしの超へたっぴ〜な絵と代えた。改めて見直すと、やっぱり超国宝級の書とは思えないが、ともかくこれからは心を入れ替えて、毎日拝むことにする。

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2018年06月18日

仁義なき戦い

十数年前から隠寮の縁の下に住み着いていた黒猫が、愛犬ハチが死んでから、だんだん人に近づいてきた。何となく可哀そうに思いキャットフードを与えると、クロもそれを当てにするようなった。一端そのパターンで出来上がると,にわかに止めることができなくなった。さらに冬の木枯らしが吹きすさぶ季節などは、見るも哀れな姿につい情がわいてきて、廊下の片隅に段ボールを置いて、使い古しのタオルを敷いてやった。だんだんなついてきて、真っ黒な猫なので「クロ」と名前を付けた。月日が経つに従って険しかった人相?「猫相」も丸く穏やかになってきた。南廊下をクロの住処にしてやると、もうすっかり飼い猫になった。そのうわさが周辺に広がり、白黒まだら模様の幼い猫がどこからともなくやって来た。ついでだからと、「タマ」にも餌をやり、段ボールのベッドがもう一つ増えた。こうしてしばらく二匹体制が出来、後から来たタマは遠慮がちに隅っこにいた。やがて3年の歳月が流れ、クロがにわかに弱ってきた。老齢化である。やや認知症の兆候も見られ、この頃では餌もあまり食べなくなった。すると何と!今まで遠慮がちだったタマが俄かにえばり出して、クロに猫パンチを浴びせるようになった。地位が逆転したのだ。今までの住処を追い出されるようになったので、軒下に別にクロ用の寝床を作って避難させた。ついこの間までは部屋の隅っこで小さくなっていたタマが、親分に変身した。猫社会の「仁義なき戦い」である。

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2018年06月16日

他人を頼るな

人間は本来弱いものだから、ちょっと困ったことが起きるとすぐ他人の力を借りようとする。これは間違いである。他人様に自分の困りごとを肩代わりさせようなんぞと虫のいいことを考えるな。また頼まれたほうもすぐにその気になって、やっぱり俺の力が必要なんだな〜などと、浮かれる。飛んでもないことである。そんなことで世の中渡って行けるものではない。今、腹が減って腹が減ってどうしようもない。すまないが私の代わりにご飯食べてよ、と言うのと同じで、食べた者の腹が膨れるだけで本人の腹は膨れない。当たり前のことである。禅は絶対自力と言う。弱かったらその弱い自分と相向き合い、その弱さと手を携えて前に向かって進む。これ以外、他の方法など何もないことを知るべきである。

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2018年06月15日

クロは認知症

もう相当な年になったクロは、最近特に食欲がなくなり、やせ細る一方。行動を見ているとどうも認知症気味である。そろそろ寿命なのかもしれない。およそ20年くらい前から寺の縁の下に住み着いた猫で、餌は公園へ出かけて行って、近所のおばちゃんからもらっていた。たまに寺のつくばいに水浴びに来る小鳥を捕まえては食べていた。ここ2,3年前から、だんだん老人になってゆく姿が可愛そうなので、餌を与え、寝床も作ってやった。準野良時代の険しい顔も柔和になって、クロ!と呼ぶと、ニャ〜ゴ!と答える。クロは人生の最晩年になって幸せになった。しかしそれもつかの間、こういう状態で、何とかしてやりたいと思うものの、根がノラだから、なかなかこっちの思うようにはいかない。まっ、できるだけのことはしてやりたい。

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2018年06月13日

T先生の個展

地元のデパートでうちのお寺とは大変ご縁の深いT先生の展覧会が催された。初日ということもあって大盛況で、人でごった返していた。最初に気が付いたのは、先生の絵が全体的に明るくなったことである。では以前の重厚の方が良くて云々と言う話ではなく、芸術家と言うのは良いからと言っていつまでもそこに止まっていたのではいけないということである。常に新しい境地を目指して変化し続けなければ人は評価してくれない。丁度断崖絶壁にしがみ付いているようなもので、ちょっと気を緩めれば千尋の谷底に落ちてしまう。なぜこんな話を持ち出したかと言うと、偶然かねてからの知り合いの中部圏で活躍されている起業家の大御所氏から、私の同僚の禅僧の講演を聞いてがっかりしたと言ってきたからである。彼はつい最近まである派のトップに就いていた。どこか慢心があって、俺は偉いと思ってしまったのだろう。他人ごとではない。自分もうっかりしていると同様な非難を受けるかもしれない。他山の石とするで、他山の石以て玉を攻(おさ)むべしである。

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