2024年06月21日

遙か昔のことを・・・

これも老齢化と言う事なのかも知れないが、ふっと、遙か昔のことが甦ってくることがある。だからどうっつ事もないのだが、矢張、老いなのだろうと思う。若いうちは前のことばかりに気が行っていたのが、気がついたら日々後ろ向きなのだ。淋しくなった。老いを実感した瞬間である。だからどうなんだ!と言うほどの事でもないのだが・・・。ボ~ッと机の前のガラス窓から、向いの山の鬱蒼とした茂みが微かに揺れているのが見える。日に照らされてキラキラ輝いている。何時もの眺めなのだが、不思議に癒やされる。

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歯の定期検診

毎月一回、歯の定期検診をして貰っている。今日がその日で、特別問題なしで、帰ってきた。老人になれば誰でも歯はあっちこっち傷んでくる。転ばぬ先の杖で、毎月何も無くとも歯を検診して貰っておくと、酷くならないうちに処置して貰えるので良い。これは友人の勧めで始めたことである。お陰で常に口の中は快適っつわけ。満82才、沢庵でもバリバリである。まっ、今は歯の話だが、人生全て良き友人に巡り会えることが財産である。この反対だと酷いことになる。それも半分は自分の責任なのだが。ところで話は変るが、老人特有の認知症気味で困っている。取り敢えずは僧堂の中では問題無いようにフォロ~してくれているのだが、対外的なことになると・・・。だから予防線を張って、必ず古参の雲水に立ち会って貰うことにしている。誰でも老いればこうなるわけだから。まだこう言う自覚があるうちは良いのだが・・・。

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2024年06月18日

夏末四日目

もうこの大接心をどのくらい繰りかえしたことか知れない。丁度40才で、この道場にきて、今82才になるから、42年間勤めたことになる。随分長くやってきたもんだ。ほぼ同じ事の繰り返しだから、世間の仕事と違って,大変と言う事はない。また周りに迷惑を掛けるということも無い。フッと気がついたら、もう42年間も経ったのだ。身近な実感としては、立ち居振りまいが、少々もたもたするかな~って~ところ。お陰様で大病もせず、こうして続けていられることが何より有り難い。ボツボツ後継者に引き継ぐ年齢なのだが、これが旨くいかないのだ。今一番の悩みなのである。誰でも喜んでこの役目を引き受ける者などいない。さまざまな縁で、今こうしているわけなので、みんなそう言う気持ちでやって貰えば良いのだが。かくなる上は棺桶片足突っ込むまでやり抜かなければならないのかな~と、フッと淋しい気持ちになる。

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老化現象

今に始まった話じゃ無いが、このところ特に心身の衰えを痛感する。大らかに考えれば年相応って事なのだが、日々心身の衰えを目の当たりにすると,一寸やばいんじゃない!と思う。しかしだからどうすりゃ~良いんだよ~っ!となるわけだが、どうにもならない。トホッホッなのである。大らかに考えれば人間誰でも通って行く道、ガタガタすることは無い!と思いながらも、このままじゃまずいよな~っ!となる。この葛藤の繰り返しの日々なのである。暗~く心も落ち込む。ふっと目をやると、窓越しに向いの山が見える。朝からシトシトと雨が降り続き、昼間なのに薄暗く、さらに心も落ち込んでくる。見る物は全て心の表れと言うが本当にそうだ。心の中の様子をこうして書いて行くと、さらに暗さが増して、愈々真っ暗闇となってきた。トホッ!フッと部屋に飾ってある自作の絵を見る。もう10年ほど前に山奥へスケッチに出掛けたヘタッピ~な絵が、自慢げに掛けてある。遙か昔の絵なのだが、当時の事が鮮やかに甦って、ほんの少し救われた気持ちになった。

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2024年06月17日

ドン雲リ

朝から一日中重たい雲が垂れ込め、実に鬱陶しい日である。降るなら降る、晴れるなら晴れる、どっちかにしろ!と叫びたくなる。窓から向いの山の木々を眺めても、ソヨともしない。まるで時が止まったようだ。傍らでタマちゃんが、専用の布団に丸くなってすやすや寝ている。シ~ンと静まりかえって,物音ひとつしない。ふっと目を机の前にやると、「有由有縁」と書いた紙が立てかけてある。これは川端康成さんが良く好んで揮毫されたそうで、この世の巡り会いの不思議さを表した言葉である。本当にそうだな~と改めて思った。

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