« 2020年07月 | メイン | 2020年09月 »

2020年08月31日

門前の信者さんへ誦経

8月参道の照明器具を全て新しい照明器具に変えた。雨風に晒される為、傷みが酷く、更に器具自体が古いためである。変えたと言ったが、厳密に言うと信者さんで、電気工事を仕事にしている方が費用の全てを負担してやって下さったのである。今度は新しい方式で、耐久性も抜群に良くなり、照明そのものも一新した。参道も結構長いため、その費用も馬鹿にならないのだが、本当に有り難いことである。今日はそのお礼に私と隠侍二人で先祖供養のお参りをしてきた。先方の家族全員揃って一緒にお経を詠み、良い供養ができた。この家は先代さんが大変信心深い方で、毎日僧堂にやって来て、あっちこっち傷んだところを修理するのが趣味だった。ちょっとした困り事でも直ぐに解決してくれた。そう言うご縁が息子さんにも引き継がれ、参道照明の工事に繫がったのである。本当に有り難いことである。

投稿者 zuiryo : 10:23 | コメント (0)

2020年08月27日

眼鏡

時たまプールへ泳ぎに行く。この連日の暑さ、水浴びでもしなければ干物になっちゃう。脱衣所で着替え、一時間プールで水浴びをして、爽やかな気分で上がり、入浴・サウナ・安楽椅子で横になり、すっかりリフレッシュ、いざ帰ろうと身支度を調え、出立と思ったら眼鏡がない。こりゃ〜困った!探しまくったが出てこず、係の人にもし後で見つかりましたらお願いしますと頼んで帰った。寺に戻り自室に入って直ぐ机の上に眼鏡を見つけた。つまり最初から眼鏡は掛けて行かなかったのだ。こう言うことが最近しばしば起こる。言ってみれば老人特有の現象で、朝起きたときからず〜っと、これだ。もう人間やめたくなっちゃう!気持ちだけは若いときとちっとも変わらないと思っているが、実体はかくの如し、さりとて治す手段はない。老化現象の一語に尽きる。まっ、眼鏡くらいのことなら愛敬だが、もっと重要な決断でこう言うことになったらと思うと、ぞっとする。周りの友人達はそう言う私のことを心配してくれていろいろ助言を頂く。しかし根本的な治療法はない。どないしたらええんや〜!

投稿者 zuiryo : 11:12 | コメント (0)

2020年08月23日

野良クロ

もう20年くらい前になるが、一匹の野良猫が寺の開山堂の裏に住み着いた。食べ物は寺では一切与えず、長い参道を歩いて西へ行ったところに有る公園へ食べに行っていた。当時は辺りに住み着いている野良猫数匹に近所のお婆さん達が、決まって餌を与えていたので、その仲間に入っていたのだ。時たま寺のつくばいに水浴びに来る小鳥を捕まえては栄養補給をしていた。勝手に住み着いた猫なので、境内で見掛ければ石を投げて追っ払っていたのだが、それでも他所へは行かず住み着いた。その後、愛犬ハチも亡くなり、ぐっと寂しくなったころから、この野良クロに、シンパシーを感じるようになった。よく見ると、クロもなかなか可愛い。性格も良く、そもそも自分の分際を知っている。時を経て今では暑いに付け寒いに付け、部屋の中ですやすや寝ている。さてこの野良クロ、思えば不思議な経緯で寺の飼い猫になったのだが、年月を経て、何か不思議な因縁に結ばれていると感じるようになった。

投稿者 zuiryo : 19:11 | コメント (0)

2020年08月19日

頭がボ〜ッ

以前にも同様なことを書いたような気がするが、このところの暑さと言ったらない!お寺はまだ一般の家より大きく、裏に翠一杯の山を背負っているので、その分街中よりいくらか涼しいのかも知れないが、しかし連日のこの暑さ、どうにかならんものか!したたり落ちる汗を見ながら、皮を剥ぎたくなる。しかしまだ人間は良い方で、毛皮にくるまっている猫は可哀想と言ったらない。思いっ切り伸びて腹を出して、そのまま固まっている。早く秋風が吹かないかな〜と願うばかりである。こうなると人間、真面目にコツコツなどと言う思考力は全くなくなる。ただただ時に後ろから押されながら、漫然と過ごすのみ。やがて涼しい秋がやって来て寒い冬が来るから良いようなもの、年中こう言う気候の南洋では、真面目に人生を考えることなど失せるだろうな〜と、思ってしまう。これは自分が老化して万事に後ろ向きになってきたからそう思うのかも知れないが、兎も角早く秋風の吹く季節になってほしいものだ。

投稿者 zuiryo : 10:27 | コメント (0)

2020年08月14日

棚経

朝から2軒ほど棚経に出掛けた。それぞれ一年分の出来事など話してきた。特にコロナの影響でお目に掛かることがなくなったので、積もる話に時間を忘れた。年々ご家族の構成も変化して、ついこの間までガキだと思っていた子供達が今では立派なサラリーマンになってバリバリ仕事をしているという話しなど、歳月の経過を身に染みて感じた。最近私は特に身体の衰えを痛感させられることが多くなった。立ったり座ったりの日常の動作一つ取っても、老人!を感じる。さりとて元に戻る訳にはいかないのだから、これを受け入れるより仕方がない。そんなこと解っちゃいるが、つい愚痴が出てきてしまう。つまりそれが老人になったと言うことだ! 

投稿者 zuiryo : 14:51 | コメント (0)

2020年08月13日

重複

何と同じ文章を2日に亘って掲載してしまった。何とバカな!近頃私の頭のバカが極度に進んで来て、このような始末である。目の前に「認知症」という言葉がチラチラし出した。こりゃ〜まずい!何とかしなっくちゃ!と思うものの、良い方法などみつからない。こんな頭でブログを書き続けるのも問題だな〜!まっ、より緊張感を持って臨み、それでもバカを繰り返すようなら、やめよう!

投稿者 zuiryo : 21:43 | コメント (0)

2020年08月12日

これからがこれまでを決める

人の受け売りで恐縮だが、良い言葉なのでご紹介する。「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」。つまり心の持ち方が運命を変えていくと言うことである。心の持ち方はその人が長年に亘って培ってきた習慣の一つ。強情な人は他人にいくら注意されても頑として受け付けず自分の信念を押し通す。そこであるべき方向に心を変えるコツは、言葉を変えることである。言葉が変われば心が変わる。言葉は力なり。発した言葉には力が秘められている。私はできないと言えば出来ないし、私は出来る!と言い続ければ、出来る日が必ずやって来る。

投稿者 zuiryo : 11:09 | コメント (0)

これからがこれまでを決める

人の受け売りで恐縮だが、良い言葉なのでご紹介する。「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」。つまり心の持ち方が運命を変えていくと言うことである。心の持ち方はその人が長年に亘って培ってきた習慣の一つ。強情な人は他人にいくら注意されても頑として受け付けず自分の信念を押し通す。そこであるべき方向に心を変えるコツは、言葉を変えることである。言葉が変われば心が変わる。言葉は力なり。発した言葉には力が秘められている。私はできないと言えば出来ないし、私は出来る!と言い続ければ、出来る日が必ずやって来る。

投稿者 zuiryo : 11:09 | コメント (0)

2020年08月11日

捜し物

近頃やたら捜し物が増えて困っている。それなりに整理整頓しているつもりだが、月日と共にその整理整頓がごちゃごちゃになってきて、何が何処ににあるのか解らなくなってしまった。結果年がら年中捜し物中と言うことになる。そもそも私は小さい頃から整理整頓が下手で、両親からいつも叱られていた。こう言う性癖は治らないもので、人生の最晩年になっても未だに捜し物に明け暮れる始末、我ながらホトホト愛想が尽きる。僧堂では寺の会計は副司(ふうす)が担当するのだが、修行中の雲水には負担が掛かりすぎるため、専門の会計士さんにお願いしている。しかしお願いをするための基本的資料はこっちで調えなければならない。今日もそれを探しまくったが、ついに出てこず、再発行の手続きをすることにした。かくの如く、一事が万事、私のゴチャゴチャ性癖は大いにはた迷惑で、もう人間やめたくなっちゃう!

投稿者 zuiryo : 10:45 | コメント (0)

2020年08月10日

酷暑で終日汗タラタラ

全国何処も酷暑で、大汗かいていることだろうが、岐阜も知る人ぞ知る酷暑地帯、内陸地域で海なし県、この時期は思考力ゼロとなる。今年もその通り、タラタラ流れる汗を拭きもせず、ただボ〜ッと無為に過ごしている。それなら冷房で部屋を涼しくして、もっと真面目に働け!と思われるだろうが、日頃、万事に考え過ぎなところがあるから、これで差引勘定は良しと思っている。と言う、良い理屈を付けて、益々怠惰に過ごす今日この頃である。最近はコロナの関係で、家に仕事を持ち込んで働く人が多いらしいが、私は最初から家が職場だから、たまには通勤という経験もしてみたいな〜と思うほどだ。まあ兎も角コロナも去って欲しいし、この暑さも何処かへ飛んでいって欲しい。人間も暑いが猫も暑い!クロもタマも、もうヘロヘロで、それはそうだろうな〜、真夏に毛皮のコートを着ているのだから、剥いでやりたい!

投稿者 zuiryo : 10:50 | コメント (0)

2020年08月02日

8月制間の放行

8月制間、恒例の一泊二日の放行(ほうぎょう)へ出掛けて、留護の雲水一人で境内は静まり返っている。昨年はお伊勢さんに行き、今年は福井方面である。コロナウイルスの影響で観光地は疲弊しているらしいので、少しでも助けになるならと出掛けた。雲水達は結構楽しみにしている。うちは人少なので、作務その他の負担が大きいので、せめてものご褒美というわけ。物音一つしない僧堂もまた良いもんだ。半年分の溜まった仕事をぼつぼつ片付け、ごろり横になったタマの腹を撫で、ゆったりした気分にしたった。

投稿者 zuiryo : 10:28 | コメント (0)