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2018年12月28日

猛烈膝痛

昨日から左膝が猛烈に痛み出し、ついに堪らず今月2回目の整形へ出掛けた。先生の見立てではどうも足の神経に鍼を打ったためによるものらしい。少し外して痛み止めを打ってくれた。本格的な杖も貸して下さり(右手に握り、肘の處にも支えがある)この杖なかなかの優れもので、実に安定感がある。それにしても酷い目に遭ったものだ。昨日などは悲観してこの世の末という気がした。この時期お礼状やら仕事が山ほど在り、痛い足を引きずりながら奮闘の一日だった。夕方国松さんから電話があった。今度東京方面へ来たときは、是非一緒に食事でもしましょうというお誘いだった。何年たっても昔のことを忘れずに、こころにかけて頂けるのは有り難いことである。

投稿者 zuiryo : 16:47 | コメント (0)

2018年12月18日

ポカポカ陽気

今年はずっと暖冬で、ついに15日からの臘八も温か続きである。困ったもんだ。ジ〜ンと冷え込んで、堂内を木枯らしが吹き抜けると、良いのだが。私が修行していた頃は、尤も1月15日からだったので、時期的にも更に冷え込んだと言うこともあるが、手がかじかんで、経行(きんひん)の時、腰上げの紐が旨く結べなかった。耳が木枯らしに吹かれて千切れそうで、たちまちシモヤケになった。更にその上、鬼直日が背骨も折れよとばかり叩きまくった。接了後の鶏鳴喚鐘後、直ぐに堂内南敷き瓦前の僅かなスペースで折れた警策を山ほど積み上げて焚き火をして暖をとった。今から思うと、ちょっとやり過ぎと思うが、これも若かりし頃の良い想い出である。

投稿者 zuiryo : 14:34 | コメント (0)

2018年12月15日

タマはガードマン

おととい、久しぶりに野良猫のチャイが隠寮の庭に顔を出した。や〜珍しいな〜!と思った途端、うちのタマ(元は野良)がどう嗅ぎつけたか不思議なのだが、脱兎の如く部屋から飛び出してきて追っ払った。その素早さと言ったらない。そもそもお前だって2年くらい前まで野良でやって来て、まだ子猫だったので可哀想に思って、飼い猫にしたのである。その恩も忘れて、チャイを追っ払うとは何事ぞ!タマは今日になっても警戒怠らず、寒空に庭に出てガードマンよろしく縄張りを見張っている。この執念深さは一体何なのか。猫には思いやりの心というものはないのだろうか?

投稿者 zuiryo : 21:22 | コメント (0)

2018年12月06日

スマフォ

私は殆ど電車に乗ることはない。年に何回と言うくらいの頻度である。だから社会の変化には甚だ疎い。先日郷里の法事で岐阜駅から電車に乗った。立っている人も結構居ると言うぐらいの混みようなのだが、何と驚いたことにほぼ100%の人がスマフォを覗き混んでいる。それは見事なくらい。これにはビックリポン!外の景色を眺めてボ〜としているのは私一人なのだ。若者は今やSNSと無縁ではない。孤独というのは恐ろしいものなのだ。人と人との繋がりも余り濃密な濃い関係は鬱陶しい。しかし全く孤独でいることには耐えられない。孤独であることはみすぼらしいことで、情けないことで、敗者の生き方のように感じている。ほぼいじめと同義になっている。東日本大震災の後一時期「絆」が言われた。しかし絆は必ずしも嬉しいことでも、心強いことでも、温かい言葉でもない。ある意味ではとても厳しい言葉なのではないだろうか。

投稿者 zuiryo : 20:28 | コメント (0)