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2015年12月31日

今年一番面白かったこと

今年は図らずも三度も外国旅行をした。中でも特に8月、兄夫婦と三人でスペインポルトガル旅行へ行ったのが印象的である。兄夫婦が金婚式になるというので、そのお祝いを兼ねての旅行で、乾燥した大地が延々と広がり、オリーブ畑が続く景色は圧巻だった。「オリーブの木の海」である。ガウディーの公園や建築物も、想像していたより素晴らしかった。三人で食事をしながら四方山話は、こんな経験は初めてのことで、本当に楽しかった。私の日常はいつも一人きりで、世間話をすることなどまるで無いから、何十年の空白を一気に埋めるような気がした。大きなモスクと教会が合体した所を見て後、喉がやたら渇くので,アイスクリームを注文した。言葉は分からないから,身振り手振りのやり取り、まるで落語の蒟蒻問答のよう。結果渡されたのは超ボリュームのアイスクリームが三ヶもてんこ盛り。結局殆ど残してしまった。又行きに乗り換えのため3時間ほどストックフォルムの空港で待たされた。丁度夕食の時間になったので、パック入りの巻き寿司を食べた。何と一ヶ3500円!日本なら300円くらいの代物である。これにはビックリポン。珍しいところの見学もさることながら、道中記もなかなか面白かった。

投稿者 zuiryo : 14:15 | コメント (0)

2015年12月28日

腰痛

もともと私は腰痛持ちなのだが、近年は近くに良い鍼灸院があるので、ちょくちょく通って用心怠りなくやってきた。ところが今朝、起きた途端に鼻はずるずる、くしゃみを連発、さらに腰痛と来た。まいったまいった!年末大掃除で屈んで作業をしたからかも知れない。風邪でも腰痛でも、もっと暇なときになってくれれば良いものを、この忙しい時にとは、全く腹が立つ。早速鍼灸院でぶすぶす鍼をやってもらい、薬屋で風邪薬を買い、今日は一日静かにしていよう。そう思ったが、しかし洗濯物が溜まっているので、良い天気だし、まずはそいつを片付けてからだ。ところで般若心経の写経を何千巻と続けて居る信者さんがおられ、何百巻かまとまると供養に持参される。写経を納める超立派な箱も奉納され、11時から納経供養のお経をあげた。ちょっとその法要が挟まったが引き続き洗濯、部屋の大掃除などを続行。その合間を縫ってお歳暮の礼状書き、ずるずるひっきりなしに垂れる鼻水をかみながら、ともかく忙しいったらありゃしないのだ。

投稿者 zuiryo : 05:12 | コメント (0)

2015年12月27日

年末大掃除

臘八も無事終わって一息ついたところで年末掃除である。私は元々整理整頓が苦手で、その辺に直ぐぶん投げておくタイプ。ちょっと気を遣って置いておけば、物を探すにも直ぐに見つかって便利だと解っていながら、それが出来ない。困った性格である。取り敢えず棚の整理だと思い、点検していくと、殆どどうでも良いような物ばかり、片っ端からダンッボールに次々放り込んだ。今まで溢れんばかりだった棚が空き空きになった。気持ちが良いったらありゃしない。普段からその都度残しておくべき物か処分すべき物か判断していれば、段ボールに幾つもと言うこともないのにな〜!私の姉の旦那は、私と全く正反対な人で、几帳面と言ったらない。納戸の中などはまるでクロスワードパズルの如く、一つ物を出すにも正確に順を追って引き出さないと目的物を出せない。だから他人には手を付けられず、出すのも仕舞うのも本人専用であった。ここまで来るとまるで整理整頓マシンで、ちょっとやり過ぎじゃないかと思うほどだが、この几帳面さは死ぬまで変わらなかった。いずれも小さい頃からの癖だから直ぐには直らないが、新年を期して兄を見習おうと改めて感じた次第。

投稿者 zuiryo : 12:30 | コメント (0)

2015年12月25日

お医者さんは超満員

いつも診て頂いているお医者さんへ行ったら、座る椅子も無いほどの混みよう。年末になると、お正月休みが続くので何となく不安を感じて、一度診て貰ってこよ!というわけで,普段よりドドット押し寄せる。看護婦さんに聞くと、たまたま先生が往診に出掛けられ、予想外に手間がかかり、帰りが遅くなってしまったと言うことらしい。私はいつもの薬を頂いてくるだけだから、直ぐに処方して貰い帰ることができた。ところでお歳暮が未だに次々に来るのでその礼状書きも一仕事である。しかし本当に有り難いことで、雲水も私もその恩恵に浴し、普段は食べられないような贅沢なお菓子や果物等々、沢山食べることが出来る。さて今朝からやたらくしゃみが連発し、水っぱながずるずる止めども無く出て、その度に鼻をかんでいたら、ひりひりしてきた。困ったことになった。こうも身体から水分が出て行っては駄目だと思い、じゃんじゃんお茶を飲んだ。そうしたら自然に治った。実に理に適っていると思った。

投稿者 zuiryo : 20:56 | コメント (0)

2015年12月23日

臘八大接心無事円成

15日午前3時から22日未明の暁天坐喚鐘まで、恒例の臘八(ろうはつ)が無事終わった。真夜中約3時間ほど一息付けるが、それ以外はずっと坐り続ける接心である。終わって一転、昨夜は冬至灯夜、午後6時の総茶礼後は、深夜にいたるまで大いに飲めや歌えの大騒ぎをした。知らない者なら、こりゃ一体何事ぞ!と言うところだが、これが古来からの僧堂流儀である。まあその差の激しいことと言ったらない。近年は近くの会下(えか)の和尚連中が雲水のために、ご馳走を沢山差し入れてくれる。ありがたいことである。明けて今朝はゆっくり休ませて貰い、爽やかな目覚めというわけ。「尺取り虫の屈するは伸びんが為なり」という言葉があるが、まったくその通りで、やるときは徹底的にやり、休むときは徹底的に休む。このけじめが僧堂である。年賀状も書き終え、明日からは部屋の年末大掃除が始まる。寒いときだからこれも楽じゃないが、あっちこっち綺麗になると、何だか良いお正月が迎えられそうな気持ちになる。

投稿者 zuiryo : 11:43 | コメント (0)

2015年12月14日

バカの壁

どうも最近の物忘れはひどい!我ながら呆れかえっている。来年の九州断食道場行きの飛行機の切符をパソコンで予約して、又予約、二重予約してしまった。慌ててガチャガチャやって、さらに混乱に拍車がかかり、頭はパ〜!になった。落ち着け落ち着け、と自らに言い聞かせて、何とか収拾した。一例を挙げればかくの如き日々で、この先私の頭はどうなってしまうのか、意気消沈。その一方では、読書欲は凄まじいものがあり、日々何か読んでいないと禁断症状となる。要するに身体の中の調節機能が馬鹿になったのだ。午前中は銀行へ行って事務的なことをやって来たのだが、受付の娘さんに笑われてしまった。まっ、向こうさんも老いぼれを見て、大変親切に取り扱ってくれるので、助かった。73歳でこれでは、この先どうなるのか大いに案じられる。このままじっとしていてはさらに老化現象が進むので、これから裏山歩きをして、精々心身共に活性化してこよっと!

投稿者 zuiryo : 15:07 | コメント (0)

2015年12月13日

開山忌

毎年12月12日は本山の開山忌に出頭する。今年は大変温かく、開け放った法堂でもさして寒さは感ぜずに済んだ。例年、容赦なく木枯らしが吹き抜け、延々2時間続く法要はなかなか堪える。本来歩きながらお経を詠む行道なのだが、独特の節回しのため、専門に訓練された和尚さん方7人ほどが詠むだけで、我々はただ黙ってしずしずと歩くのみ。やはり行道は大きな声でお経を詠みながら歩くのが良いので、黙って黙々というのは辛いものである。やたら愚痴っぽいことばかり並べ立てたが、73歳の私などまだ若造のうちで、80歳を越えて出頭されている先輩和尚さんも沢山居られる。自分はあの年までこの出頭に耐えられるだろうか心配になる。そんな情けないことを愚痴るようではとても禅僧はやってられない。古来からの伝統を粛々として守って行くことは、本当に大切なことだな〜と改めて感じた次第である。

投稿者 zuiryo : 20:59 | コメント (0)

2015年12月10日

山歩き

お寺の後ろは金華山に繋がる山道があって、岐阜市民の良い登山道、特に早朝などは数珠つなぎで歩いている。私は人の少ない午後歩く。往復約一時間、谷が2ケ所あるから、登ったり下ったりと、一汗かいて丁度良い運動になる。もう30年近く歩いているので慣れたものだが、最近帰り道の途中頃から急に全身の力が抜けて、冷や汗が出てきて、さらに頭がぼ〜として、一歩も歩けなくなることがある。感じとしては低血糖状態のようである。しばらくしゃがみ込んで頭のぼ〜!が収まったら又歩き出し、何とか寺まで戻る。これがしょっちゅうで、帰ったら砂糖水をがぶがぶ飲むと自然に回復する。後遺症は無いので、余り心配していないが、さすがに老化を感じる。老いとは何と情けないことか!歩き出す前にポケットに飴を幾つか入れて行けば良いのだが、又これを忘れるのである。

投稿者 zuiryo : 21:24 | コメント (0)

2015年12月07日

こころ

何年か前、偶然ラジオを聞いていたら、沢知恵の「こころ」という歌が流れてきた。心に染み入るような歌声に引かれた。私はそのとき初めて名前も曲も知ったのだが、アナウンサーとの会話で、彼女が所謂在日朝鮮人であること、そして日韓親善交流のために歌を通して努力されていることを知った。現在両国は相互に不信感をつのらせ、最も近くで最も仲の悪い国になってしまった。そこで自分に出来ることは何かと問い、爾来韓国にしばしば出掛け、歌を通して親善を深めようと努力しておられる。インタビューでの彼女の話しぶりも謙虚で一途なのが非常に好感を持てた。直ぐにアマゾンでCDを2枚買った。爾来時折聞いているのだが、澄んだ声と彼女の生き方が合わさって、益々心に染み入る。歌は曲と歌手が良ければそれでOKだが、歌手の声が発せられる以前の、「声前の一句」が如何に重要なのかを改めて感じた。

投稿者 zuiryo : 19:42 | コメント (0)

2015年12月06日

骨董商

友人に長らく骨董商を営んでいる人が居る。営むと言っても,店を構えて手広く商売をしているというのではなく、極めてこじんまりと、彼の鑑識眼に適った良い物をコツコツ買い溜め、お金が必要になったとき少しずつ売って行くというやり方である。私はどちらかというと,骨董品など何処にそんな価値があるのか?と疑ってかかる方なので、余り彼の話も真剣に聞くと言うことはない。しかし中に上等な物もあり、彼の説明に思わず引き込まれることもたまにある。そんな程度だが、最近オークションで大変高価に売れたそうだ。いくら儲かったかは知らないが、お金の額よりも,彼の高い目が素晴らしい。それも独力で養っていったのだから、尚素晴らしい。遙か昔、貧乏所帯でその日の糧にも困っていた頃、ポートベローの隅っこのトイレの出入り口に,三尺四方のスペースを確保して、たった一点オランダの陶器を置いて,じ〜っと待ち続けていた話を聞いたことがある。その頃はガラクタの中から彼の鑑識眼で掘り出し物を見つけ、それを売って何とか生活の糧を得ていたという。それやこれやいろいろ想い出されて、今度のことは涙が出るほど嬉しかった。

投稿者 zuiryo : 17:11 | コメント (0)

2015年12月04日

横断歩道

今日車でお医者さんへ行った帰り掛け、右折したところに歩道があった。丁度お婆さんが渡り掛け、当然のことながら一端停車した。するとそのお婆さん、私の車の前でちょっと頭を下げて通り過ぎた。小学生が横断歩道を渡るときも同様で、渡りきったところで必ず頭をちょこんと下げる。これは日本国中何処でも見掛けることだが、本当に日本的だな〜と思う。横断歩道を青信号で渡るわけで、何も憚ることは無い。さてロンドンに友人が居るので時たま出掛ける。市内至るところに横断歩道があるが、青信号に従って渡る者は一人も居ない。全て無視、車の前をすり抜けるように、じゃんじゃん渡る。この習慣に慣れていない頃は、良いだろうか?躊躇したが、慣れたら何も気にならなくなって、当たり前になった。習慣の違いと言えばそれまでだが、考えてみたら恐ろしいことである。一方車の違反に対しては実に厳しい。走っていても細かな標識が次々にあって、ちょっとでも違反するとカメラで撮られ、直ぐ罰金の請求書が来る。支払いを躊躇していると、日ごとに倍々ゲームで額が増えて行くという地獄のようなシステム。あっという間に何万円にもなる。とくに駐車違反に対しては徹底していて、違反を見つけてシールを貼り付ける専門の業者が居て、車を離れるのは大体30秒が限界で、あっという間に違反シールが貼り付けられ、支払いを渋れば毎日倍倍でつりあがり、酷いことになる。横断歩道無視も酷いが、駐車違反に対しても酷すぎると思う。何かお互い神経逆立てて暮らしているような気分に成ってくる。

投稿者 zuiryo : 20:28 | コメント (0)

2015年12月03日

ろうそく温泉、その後

友人に勧められて今年の2月24日、初めてローソク温泉に出掛け、その後根気よく月2回のペースで通っている。私は凝り性で、一端始め出すとずっと続ける。しかし何かの拍子で気持ちが離れると途端に見向きもしなくなる。どうもこういう変な性格のようだ。今日も午前9時半に出発して午後3時半に帰ってきた。岐阜を出発する頃は薄日も差していたのだが、恵那の山間部に入るとしとしと降り続き、少々小寒い。足下も悪く、余り良い気分ではない。浴槽の中で一緒になった75歳の老人は、なかなかのスポーツマンで、今でもソフトボールの選手として走り回っているのだそうだ。世の中には元気溌剌と言う人が結構居る。別の人の話では、ろうそく温泉の少し奥にも東山温泉というのがあって、そこは浴室にラジューム入りの猛烈な蒸気が充満していて、もうもうたる湯煙の中、長時間は無理だそうだ。と言う具合に様々な情報が入ってくる。受付のおばちゃんに、いつもお世話になっているので感謝の印に干支の色紙を差し上げたら大変喜ばれた。帰路途中で高速を降り、隠寮相見の間に、和風の椅子とテーブルを置こうと考え、大きな展示場を見てきた。丁度良いのが見つかったので早速注文した。近年お寺に来る老人は殆ど足が悪くて正座が出来ないので、大幅に模様替えをしようと思ったわけである。

投稿者 zuiryo : 21:04 | コメント (0)

2015年12月02日

干支の色紙

12年前、年末に知人からいろいろ頂き物をするので、何かお返しと思い、干支の色紙を描いて差し上げることにした。翌年の干支が猿だったので、友人の画家になるべく素人でも真似できるような手長猿を見本に描いて貰い、また賛の字は長年お稽古させて頂いている書道の先生に見本をお願いし、これでワンセット、約百枚完成させた。今見ると、とても恥ずかしくて、穴があったら入りたいくらいの代物である。その干支の色紙も年々枚数が増え、ついに今年は900枚になった。数年前頃から全て手書きを断念し、絵は印刷、字だけ書いていた。しかしそれも枚数が増えるに従って断念、2年前頃から字も印刷にした。後は印を押すだけなので大変楽ちんになった。どうも全て印刷というのは気が引けて、貰って貰う人たちには申し訳ないのだが、これも仕方ないこととご容赦願っている。来年が猿なので丁度ぐるり干支が一周したわけである。こっちもその分、老化してきたので、老いと競争のようなものである。ずっと以前から親しくさせて頂いている方から電話で、「・・・去年は干支の色紙を頂かなかったので、今年は是非お忘れ無く・・・」と言われてしまった。こうして待って下さる方も居るのだから、くたびれるな〜などと言わずに、これからもずっと続けていきたいと思っている。

投稿者 zuiryo : 20:57 | コメント (0)