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2026年02月27日
どんよりと、曇り空
居室の机の前のガラス越しに鬱蒼と茂る山が見える。ソヨとも動かず、ジ~ット固まったよう。どんより曇り空、静まりかえった境内。いつまでも眺め続けて居いる。私はこう言う一時が好きだ。人くらい煩わしいものは無い。孤独大好き人間なのだ。うちの寺はこんな風で、ちゃんと廻って行く。有り難いことだ。未熟者も今年84歳になる。遠からず、あの世行きである。トホッ。
2026年02月26日
いつも母のことを想い出す
もう遙か昔、母は死んだ。小さい頃から私はいつも、「・・まっ!お母さんそっくりね!」と言われ続けてきた。その私が18歳の時突然、俺坊さんになる!ドヒャ~ッ!84歳の今尚、僧堂で頑張っている。有り難いことだ。居室の前のガラス越しに、鬱蒼と茂る山が見える。ジ~ットいつまでも飽きずに眺めている。至福の時である。
いつも母のことを想い出す
神奈川の田舎の次男坊が突如、「俺、坊さんになる…」。この子はあんまり勉し過ぎて、頭が可笑しくなったのだと思ったそうだ。あれから、66年経った。お陰様で途中挫折することも無く今尚お坊さんである。小さい頃から私は母に顔がそっくりと言われた。逢う人ごとに、まあ!お母さんにそっくり!と言われ続けてきた。母は必ず寝る前に、お仏壇に手を合わせて祈っていた。「どうして母ちゃんはお仏壇に手を合わせるの?」と聞くと、「それはね、お前の上にもう三人子供がいたの、でもね、1歳から2歳になる頃、次々に死んでね。だから今こうして幸せに居られるのは、先に死んだ子供が、あの世で一生懸命拝んで居てくれているからなんだよ!」「フ~ン」。後年、私は突如として、俺坊さんになる!ガ~ン!この子はあんまり勉強しすぎて頭が可笑しくなった!そう思ったそうだ。お陰様で地中挫折すること無く、84才の今尚、僧堂で若い雲水と一緒に日々修行できる、こんな幸せは無い!
2026年02月24日
ノ~ビリ、ぶったるむ!
まっ、老齢化つう事もある、84歳。世間一般ならもうとっくにお払い箱。しかしこの業界、古びれば古びるほど珍重される。お陰で近年矢鱈とよいしょされる。調子に乗ってふんぞり返るほどバカじゃないので、ほどほどに身を慎み、いつも足下を見つめながらボツボツ歩んでいる。近頃は一端僧堂を引いてからも、大接心毎に、黙々禅堂で若い者と一緒に坐る、っつうような者は一人もいなくなった。自分のことを言うのは憚ることだが、20年僧堂修行をして、鎌倉の寺に住職、翌年から大接心毎に、僧堂に通い続けた。まっ、これは当り前のことである。田舎の用品屋のせがれが、突如出家、おまえバカか!といわれた。バカじゃ無い証拠を見せなければ、立つ瀬は無い。今年84歳になる。今尚僧堂で雲水と一緒に修行できる幸せは他に無い。
2026年02月22日
ぶったるむ
ゴム紐の伸びきったような日々である。緊張感ゼロ、トホッホッ!ブッタルム、居室の窓越しに向いの鬱蒼と茂る山を終日眺めている。トホッ!老化である、84歳、耄碌爺のなれの果て。こう言う怠慢の虫がうごめいたときはいつも母のことを想い出す。93歳、死ぬ寸前まで商売に精出していた。そう言う母の子供なのだから、84歳くらいで老人ぶってなんか居られない。バチがあたる。
別に何も無いのだが・・・
ブログが少しでも途絶えると、こりゃ~まずい!と、天の声!トホッホッ!後ろから背中を押されるような気持ちになって、兎も角何でも良いから書き始める。故に読むに堪えない、ブログの羅列となる。もうこうなると、「ブログ病」である。止められないのだ。小さい頃から、勉強でも遊びでも、始めだしたら止まらない、「感熱病」患者なのだ。よく母から、あんたは何でもやり過ぎる!もっと普通で良いだから!と言われ続けて84歳、今や恍惚老人真っ只中、しかし尚、この悪癖は治らない。もう、生涯治らない!ガ~ン!
2026年02月20日
ふっと遙か昔を想い出し・・・
老齢化、つうこともある。老いれば新しいことが日々少なくなり、自然に後ろ向きになる。で、昔を想い出し、独り勝手に懐かしんで居る。トホッホッ!裏山歩きもばったり行かなくなってしまった。運動することも少なくなった。万事内向き。どんより曇り空。これが今の私、84歳。終日部屋に引っこもり、故に会話は無し、無言の行。遙か昔の昔、18歳で突如出家、周囲には勉強のしすぎで頭が狂ったと思われた。確かにそうかも知れない。それを今尚、何処かで引きずっているようだ。トホッ!まっ、途中で志を曲げずに今に到ったのが、唯一の取り柄。このブログも一重に頭の体操なのである。ふっと机の前を見ると、愛犬ハチの写真がある。保健所へ行って捨て犬を貰ってきた。
2026年02月17日
特別何も無し
それなら止めときゃ~!となるわけだが、何だか分からないが、食い下がって何か書こうとする。止めときゃ良いのにだ。変な癖である。まっ周りにそれが為に迷惑掛けるっつう事も無いので、ま、良いか!未熟者も今年10月、誕生日が来ると、84歳になる。老いぼれ爺のなれの果て。まっ、健康で、雲水と一緒に坐禅修行が出きるのが一番有り難い。で、頭の体操のつもりで、このヘタッピ~のブログを掲載し続けて居るっつうわけ。恥の上塗りみたいなものだ。
2026年02月15日
時がスカスカ・・
まっ、速い話が日々ボ~ッと無為に過ごして居るつう事、老齢化もある。トホッホッ!万事お粗末、スカスカ人生!居室の机の窓越しに鬱蒼と茂る山が見える。ジ~ッと、いつまでも飽きずに眺めている、84歳、至福の時である。嘗て私が仕えた師匠は、片時も側に人が居ないと居たたまれないという、変わった人だった。副司の頃、ベタベタくっつかれるこっちは大迷惑だったが、そうなるにはそうなる、しかるべき理由があったのだと、今にして思う。しかしはた迷惑この上ない。修行は一口に言えば、「逆境の克服」である。それが耐えられないなら、僧堂なんてさっさと止めて、母ちゃん貰って、賑やかに生きたら良いのだ。この矛楯、不幸この上ないではないか。居室の向いに鬱蒼と茂る山が見える。曇り空の今日は更に静かで、まるで時が止まったようだ.。窓越しに、その景色をいつまでも眺めている。こんな幸せなことは無い。
2026年02月11日
フッと、遙か昔を想い出し・・
雲水修行時代のことは、いつまでも忘れずに残っているものだ。もう50年くらい前のことになる。懐かしいと共に、改めて冷静に良かったこと悪かったこと等々、反省しながら振り返っている。こう言うのも、今尚、僧堂で雲水と共に修行の日々のお陰である。有り難いことだと思っている。人間は愚かなもので、年月を経るうちに、忘れ去られ、自分の都合の良いことばかり記憶し、まっ、いろいろあったが、こんなもんだ!で、片付けてしまう。とんでもないことだ!日々反省である。84歳の老いぼれ爺。トホッ!
2026年02月08日
あっという間に積雪10センチ
まっ、この辺のいつものこと、しかしそのくらいで雪はやむ。しかし困るのはその後、この雪は解けないことだ。ズ~とコチンコチンに凍って、固まる。だから庭掃除がいつまでも出来ない。窓越しに眺めている分には綺麗で良いな~!だが、後始末が困るのだ。この寒さが暫く続く、建物の北側は春まで雪が積もったままになる。外の雪の反射で部屋が明るいこと。平生でも境内は静まりかえっているが、さらに静かになる。まっ、全ていつものことである。
2026年02月07日
万事無為
トホッホッ!偏に老化故なり。そもそも私の、これが性癖なのである。机の窓越しに向いの鬱蒼と茂る山が見える。夕日に照らされてキラキラ輝いている。ジ~ットいつまでも眺めている。こう言う時が一番幸せである。孤独大好き人間なのだ。まっ、人のことを言うのも憚れるが、嘗て僧堂で雲水をしているとき、当時の老師が非常に変な人で、朝から晩まで副司寮へ降りてきて、くっついて離れないのだ。何も用事があるわけでも無い。ただじ~と側から離れないのだ。これくらい迷惑なことはなかった。失礼ながら、こいつ、バカか!と思った。いや、本当にバカだったのである。こう言っちゃ~失礼だが、講座のお粗末なことといったらありゃ~しない。聞くに堪えないのだ。呆れ返って何人か転錫したほどだ。私はひたすら耐えて仕えた。まっ、それはそれで良い修行になった。あんまりこう言うことは言わない方が良いのだが、一辺くらい言わせて貰う。
2026年02月05日
終日ボ~ッ!
まっ、老齢化が原因だろうと思うが、近頃はボ~ッとしていることが多くなった。嘗て仕えた師匠は常に人が周りに居ないと居たたまれないような方だった。傍から見ていて,何とも不思議に感じた。生い立ちに大いに問題有りと思ったが、ひとはそれぞれ何処かで過去を背負って生きているのだろう、良し悪しの問題では無い。まっ、用もないのに側にひっつかれる、こっちは迷惑千万だったが。私は孤独を愛すで、隠寮で独りぽつんと居るのが一番好きだ。これなら周りに迷惑掛けることも無い。居室の窓越しに向いの鬱蒼と茂る山を飽きずに眺めている。小さい頃から勉強が大好きで、学校から帰ると、ズ~ット机にしがみついていた。母はいつもそう言う私に、「ハイ!勉強はそれくらいにして外へ遊びに行ってらっしゃい!」と言うのが常であった。持って生れた性癖は治らないもので、84歳になった今でもこの悪癖は治らない。
大分ご無沙汰・・・
まっ、これ偏に心身の老化、ボ~と日々過ぎて行く、トホッホッな老いぼれ。世間一般だったらもうとっくにお払い箱である。限りなく骨董の世界ゆえ、何とか生き残っている、間もなく満84歳の恍惚老人。幸い獅子奮迅の活躍で保っている道場ではないので、暢気に暮らさせて貰っている。有り難いことといつも感謝している。大きな病気もせず、元気に暮らしている。母は98歳、亡くなる寸前までまで元気一杯、バリバリ商売をしていた。小さい頃から顔がそっくりと言われていた私は、母同様に、長寿を保てるかも知れないと密かに期待している。まっ、この道場が、私には合っている気もする。
2026年02月03日
フッと、昔を想い出し・・
禅僧の世界など何も知らずに飛び込んだ。恥の掻きっぱなし。恥ずかしいことばかり想い出される。ジ~ット我慢してくれた諸先輩のお陰である。感謝!今年、84歳になる、老いぼれ爺のなれの果て。トホッ!まっ、大病もせずここまでやって来られたのが唯一の取り柄。これからも生きている限りは修行を続けたいと思っている。
2026年02月01日
日々ジワジワ老化
近頃は景気の悪い話ばっかりで我ながら嫌になるが、これも老化故、避けて通ることは出来ない。鏡に映る、皺くちゃ爺、トホッホッ。こんな事、書かない方が良いと分かっておりながら、ついつい書いちゃう、耄碌く爺のなれの果て、84歳。フッと遙か昔、京都で小僧をしていた頃の事を想い出す。未熟の一言なのだが、無性に懐かしくなる。これがあって今があるわけだ。いろいろあったが、途中挫折せず、今もこうして僧堂で雲水と一緒に修行できることが唯一、有り難いことである。、