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2026年03月30日

日々老化

認めたくは無いが、この老化、食い止めようが無いのだ!とほっ!84歳、恍惚老人のなれの果て。普通はこう言う恥ずかしいことは書かないのだが、バカだから書いちゃう。まっ、自然と言えば自然なこと。机の前のガラス越しに向いの山の鬱蒼と茂る木々が風にユラユラ揺れている。ジ~ッと飽きずに眺めている。夕日に照らされてキラキラ輝いている。こう言う時が大好きだ。

投稿者 zuiryo : 16:31 | コメント (0)

万事、調子悪し・・・

パソコンが突如言う事を聞かなくなた。トホッ!一瞬、外へほっぽり出したくなったが、ぐっと堪えて、今格闘中。機械ものはこれだからやんなっちゃう!まっ、速い話しが、私がトロイだけなのだが、いらつく。で、本日はこれまで・・・。

投稿者 zuiryo : 16:16 | コメント (0)

突如、パソコンが・・・

言う事を聞かなくなった。お手上げ。一瞬、張り飛ばしてやりたくなったが、止めた。右手握りこぶしを左手で押さえ込み、ぐっと我慢。で、何とか動き出してくれた。恍惚老人のなれの果て!机の前の窓越しに、向いの山の鬱蒼とした木々が風にユラユラ揺れている。じ~っとしばし眺めた。心も落ち着き、平常心に戻った。トホッ!

投稿者 zuiryo : 15:47 | コメント (0)

2026年03月29日

今日も何も無し

無為が定番、居室の机の窓越しに、向いの鬱蒼と茂る山が見える。ソヨともせず、固まったよう。じっといつまでも眺め続けている。私はこう言う時が好きだ。孤独大好き人間なのだ。孤独くらい充実していることは他に無い。小さい頃から独りぽっちが大好きだった。今年84才になる、耄碌爺のなれの果て。益々これが加速してきた。トホッホッ!

投稿者 zuiryo : 10:07 | コメント (0)

ふっと母のことを想い出し・・

何。だか知らないがふっと母のことを想い出した。もう遙か以前、90歳の長寿を保ち、静かに息を引き取った。死の寸前まで、田舎の小さな街で小さな洋品店を営み、早朝から夜遅くまで働きずめに働いた。小さい頃から、私は顔が母そっくりで、逢う人毎に、まっ、お母さんそっくりね!と言われ続けてきた。顔同様に性格もそっくりだった。何だか知らないが、急に母のことが無性に懐かしく、涙が出るほど逢いたくなった。

投稿者 zuiryo : 09:34 | コメント (0)

2026年03月28日

ふっと父のことを想い出し・・

何だか知らないが急に父のことを想い出した。もう遙か昔死んでしまったのだが・・・。寡黙な父は我々子供にも殆ど何も言わなかった。小言は殆ど母の専門で、特に私は兄弟の中でもすることなすこと羽目を外していたから、心配の種だったようだ。しばしば母の小言が続くと、傍らからそっと母をいさめて、「保坊(やすぼう)だってよく考えているのだから、そう頭ごなしに小言を言うな!」と、言ってくれた。私は顔が母そっくりで、性格も瓜二つだった。何だか知らないが、ふっと遙か昔の父のことを想い出した。平生でも殆ど喋ることも無く、お喋りは母の専門だった。もっといろいろ聞いておけば良かったな~と、今にして思う。父のことがしきりに想われる。

投稿者 zuiryo : 09:34 | コメント (0)

2026年03月26日

二十日ぶり・・

まっ、老化ッつう事、満84才、恍惚老人のなれの果て。日々新鮮に生きてない証拠.。ボツボツ師家もお払い箱なのだ。殆ど惰性で生きている。次々出てくる言葉が死んでいる。トホッホッ!絶望的。目の前真っ暗、こんな事、書くの止めときゃ~!てんだよ~っ!まっ、普通はこんな事書かないのだが、バカだから書いちゃう。始末が悪いのだ。そもそも人間がひん曲がっているのだ。トホッホッ!

投稿者 zuiryo : 10:37 | コメント (0)

2026年03月25日

ブログ更新もなく・・・

目下、無気力症に襲われている。日々ブログ更新も怠り…、トホッホッ!な日々なのだ。一つは老齢化がある、間もなく満84才、ポンコツ爺なのだ。尤も未熟者のブログなど、最初から読む人などいないだろうが・・・。偏に我が身の老化防止のためなのだ。居室の机の前の窓越しに、鬱蒼と茂る山が見える。今日はピタッと全く動き無し。木々が固まってしまったようだ。いつまでもジ~ット眺め続けている。こう言う無為が私は大好きだ。嘗て仕えた師匠は常に側に人が居ないと居たたまれない風だった。これが何とも不思議だった。今でも不思議で堪らない。孤独くらい楽しいことは無いではないか。

投稿者 zuiryo : 10:49 | コメント (0)

2026年03月22日

日々、ボ~ッと

春の日差しに、ボ~ッとして過ごしている。こりゃ~まずい!と思うものの、時に流され、まっ、良いか!と、怠惰に過ごしている、満84才の恍惚老人、トホッ!病気ひとつせず回りに迷惑掛けずに日々元気に過ごしているのが唯一の取り柄である。我ながら老いぼれ爺のなれの果てを実感している。鎌倉から此処へやって来てもう44年になる。いろいろあったが、今尚頑張っているのが唯一の取り柄である。この間、多くの方々に助けられて、今こうして居る。有り難い有り難い!あと何年頑張れるか分からないが、ぶっ倒れるまでやり抜く。

投稿者 zuiryo : 20:54 | コメント (0)

ブログも途絶えがち・・

これ偏に我が身の老化である。万事にものぐさになってきた。日々、まっ、良いか…で過ぎて行く。トホッホッな日々なのである、満84才、老いぼれ爺のなれの果て。周囲に迷惑掛けまくるっつう事も無いので、一応これで良しとする。出来るだけ自分のことは自分でやる。更に毎日裏山歩きを続けている。唯一の健康法。鎌倉からここへやってきて、はや44年になる。有り難いの一語に尽きる。これからも健康に留意して、一日でも長く僧堂で雲水と一緒に修行に頑張りたい。

投稿者 zuiryo : 19:59 | コメント (0)

2026年03月18日

連日トホッホッ!

速い話が老化現象で、日々ボ~ッと過ごして居るっつう事、84才。老いぼれ爺のなれの果て、人間やめたく成っちゃう。40才で此処へやって来たのだから、44年間、大過なくやって来られたので、有り難いの一語に尽きる。本来ならこの辺で後進に道を譲って、悠々自適の隠居生活ってえ事にならはずだったが、何処で間違ったのか、今尚、現役で踏ん張って居るっつうわけだ。トホッホッな人生だ、まったく!

投稿者 zuiryo : 10:43 | コメント (0)

久し振りで、さっぱり解らん・・トホッ

パソコンの操作が分からなくなった。ただ唖然!聞く人も側には居らず、茫然自失。トホッホッ!人間やめたくなった!これ偏に老化である。故に何ともしようがないのだ。と言うことで話はこれで終わりとなるのだが、これでは面目次第もないので、何とか踏ん張ってみる、トホッ。まっ、所詮ブログだから、ガタガタ言うことはないのだ。老いぼれ爺のなれの果て、間もなく84才のしわくちゃ野郎。居室の窓から向いの山の鬱蒼と茂る緑を飽きずに眺めている。

投稿者 zuiryo : 10:09 | コメント (0)

2026年03月16日

日々、ボ~ッ!

偏に老化である、84才。まっ、未だ隠居せず現役で頑張っているお陰で、何とか保っている。風前の灯火である。情けない話で、わざわざこんな話を持ち出さなくとも良いのにと思うのだが、触っちゃいけない治りかけの傷口に、触って益々悪化させるようなもの。トホッホッ!耄碌爺のなれの果て。机の前に嘗て可愛がっていた猫と犬の写真が飾ってある。もうとっくにあの世行きと成ってしまったのに、未練がましく今でも写真を飾って偲んでいる。トホッホッ!

投稿者 zuiryo : 13:38 | コメント (0)

2026年03月15日

ご無沙汰・・

老化である、84才。トホッホッ!この老齢で、一応現役なのだから、褒めて使わす。まっ、激しい競争の真っ只中の方々に比べれば、僧堂は専ら現状維持で、何ら不都合は生じ無いのだから、楽ちん。本音のところ、誰か変わってくれないかな~と思っているのだが、このお役目、とんと人気が無いのだ。まっ、有り難いと思って、日々若い雲水と一緒に頑張っている。幾つになっても働けるというのは幸せなことである。母は田舎で小さな用品屋をやっていた。96才で死ぬまで現役で頑張った。その息子の私も、母に習って、負けずに頑張ろうと思っている。

投稿者 zuiryo : 16:33 | コメント (0)

午前一時半、目パッチリ

老化現象なのか、近頃こう言うことがちょくちょく。早起きは三文の徳と心得、机に向かっていろいろ仕事を片付けている。トホッ!私も僧堂生活が長くなった。普通で午前三時起床なのだから、まっ、一寸速かった程度のこと。朝は脳味噌が冴え渡って、仕事もはかどる。こう言う一寸した時間の隙間に、遙か昔の、元気だった頃の母を思い出す。小さい頃から、ま~っ!お母さんそっくりね!と言われ続けてきた。何だか無性に逢いたくなった。こんなことを想い出しながら、やがて私もあの世行きになるのだろう。

投稿者 zuiryo : 02:08 | コメント (0)

2026年03月12日

暫くお休み・・・

あっという間に早3月も半ば、光陰矢の如し。一方こっちは老化するばかりで、トホッホッ!な毎日。ボツボツこのブログもお仕舞いにしようかな~と思うこの頃である。淋しい話だが、老いには勝てぬ。まっ、暫く休んでも、別段周囲に迷惑掛けるわけでも無し、万事成り行きに任せてやろうと思っている、齢84才の老いぼれ爺。私は小さい頃から誰に頼まれたわけでも無いのに、毎日、日記を書いていた。いつも兄からそんなことは止めろ!と注意されていたが、無視して、書き続けていた。それが今尚直らず続けているわけで、筋金入りなのだ。まっ、その内、お仕舞いになるだろうが。考えてみればこの日記病、しぶといのだ。特別周囲に迷惑掛けるでも無し、まっ良いか!

投稿者 zuiryo : 19:25 | コメント (0)

2026年03月06日

突如としてパソコンの操作が分からなくなった!

老化である!何人いえどもこれは避けられない。なんて言ってる場合じゃないつうの!雲水に来て貰って、何とか動き出した。トホッ!老化と絶望の二文字が目の前に躍っている。速い話が、ボツボツパソコンなんていじるな!と言う天の思し召し!である。満84才、老いぼれ爺のなれの果て。がしかし、これでへこまないのが修行で鍛え上げた“根性”のたまもの。果敢に挑戦で、今こうしてブログを更新しているっつうわけ。言い訳が長くなったが、ちょとやそっとではへこまないのだ!

投稿者 zuiryo : 15:23 | コメント (0)

2026年03月02日

日々無為

3月は特別な行事も無く、ノ~ビリ!日々過している。嘗て仕えた師匠は、このノ~ビリがとても耐えられないという風な人だった。何とも不思議だった。終日無為くらい快適なことは無いではないか!矢鱈人の側に居たいらしく、副司寮に降りてきては、終日側を離れないのだ。こんな迷惑千万は無い。幼少期から大寺の小僧に出され、一人ぽつねんと日々過してきた反動のようで、意味なく側にくっついて離れないのだ。失礼ながら、こいつ馬鹿か!と思った。暇なら他にすることが山ほどあるだろう!しかし何もせずただジ~ット側に座って離れないのだ。気持ち悪いったらありゃ~しない。人は何処かで過去を背負って生きているっ!つう事なのだろうが、周りに迷惑掛けないようにして貰いたい。私は独りぽっちが大好きである。居室の机に座って、窓越しに、向いの鬱蒼と茂る山を、いつまでもジ~ット眺めている。こんな幸せなことは他に無い。トホッホッ!

投稿者 zuiryo : 10:09 | コメント (0)

あっという間に3月

ついこの間お正月と思っていたら、早や3月である。僧堂は決まったスケジュ~ルに従って、毎年同じ事の繰り返しである。18才で出家して、この繰り返しを今尚続けている、満84才。精神は誠に軽快である。故に心にわだかまりは何も無い。日々実に爽やかに過ごしている。速い話が脳天気っつうこと。雲水修行の頃から引き続き今に到ってるわけで、超幸せ人生!66年、有り難いの一語に尽きる。しかしこの幸せは、父や母、師匠、諸先輩、多くの方々のお陰である。この恩は終生忘れない。

投稿者 zuiryo : 05:08 | コメント (0)

2026年03月01日

早3月、光陰矢の如し

ボ~ッとしているうちに無為に日々過ぎて行く・・・。老いをひしひし感ずる。誰でも通る道、ガックリ来ている場合じゃない!満83才。振り返ると、殆ど何も残らない。ただ月日が経って行く。老いさらばえて、やがて虚しく死んで行く。何だか無性に淋しくなる。母は93才まで生きたから、私ももう少し生きられるかも知れないと、微かな望み、トホッ!老いると自然に淋しい話にばかりになるので、この辺で止めておこう。

投稿者 zuiryo : 08:05 | コメント (0)