第五回 参 堂 式

 庭詰、旦過詰の入門試験も無事に通過し、翌朝禅堂に案内されて、参堂式に臨む。堂内は両側が一段高くなっており畳敷き、中央には瓦が敷き詰められ、それが長い間の雑巾掛けで表面は剥落し、斑模様になっている。まるでこの道場の長い伝統を物語っているようである。正面厨子には文殊菩薩(聖僧)が祀られ、既に先輩たちが塑像のように坐っていた。
 案内の侍者(聖僧さんに仕え、禅堂内もろもろの世話役)の指示に従い、白衣、白足袋、袈裟、法衣を着けると、全身緊張の固まりのようになって堂内に足を踏み入れる。まずは文殊菩薩に線香を供え、坐具を展げて三拝して、これからの無事を祈る。次に直日(じきじつ)という堂内取締の前に進み出て今後のお導きを何卒よろしくお願いいたします。″という意味の低頭、引続き侍者の前でも同様の低頭を行う。そ して下座の処に到り坐具を四つに畳むと同時に、侍者が大声でゆっくりとした調子で新到 参堂!″と皆に告げる。この声に合わせて先輩たちが一斉に低頭し、これで新しく仲間入り出 来たというわけである。
 次に予め指定された単(たん、自分の席)に到り両隣の人に、お隣さん同志ご厄介お掛けし ますがどうぞよろしく。″という意味の低頭をする。こうして初めて自分の単に落ち着くことが 出来るのである。手続きは至って簡潔にして厳粛であり実に清々しい。これで入学式は無事円成ということになった。
 さてその日の午前中、作務(さむ、作業のこと)は特別免除である。というのも侍者さんのお手伝いを得て、リヤカーを引き一キロばかり離れた所まで、予め送っておいた荷物を取りに行くのだ。独り禅堂で荷物をひもときながら、行李を開けると一番上にチョコレートと飴を見つけた。師匠がそっと入れて呉れたのだろう。ふっと緊張の糸が切れ、ぽろぽろと涙が出てきた。これからはたった一畳切りの畳が私の居場所であり、うしろの小さな単箱一個が私の全ての物入れである。その上の細長い板にはお経本や講本、剃髪道具、持鉢(じはつ、食事に使うお碗、大きいものから順に小さく五つぴったり重ね合わさって一組になっている。)などを順序よく決められた通りに置く。
  更にその上は蒲団棚になっていて、支給される普通サイズより少 し横幅が大きめの蒲団を入れる。この一枚を半 分に折ってその間に寝るのである。丁度柏餅の ようであるから、これを通称柏ぶとんと呼んで いる。日常生活に必要なものはこれで全てで、 誠に簡素の極みである。
 次にその日のうちに、堂内大衆頭(だいしゅがしら、堂内古参の者)に呼ばれ、″新到心得″なる、やけに古めかしい筆書きの冊子を一句一句読みながら諄々と聞かされる。これはこれから修行をする上での注意であり、誠に親切この上ないものであった。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所

 

 
 
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