2026年05月23日
居室の椅子に腰掛けて・・
鬱蒼と茂る山を、飽きずに眺めている。時折ヒラヒラと枯れ葉が落ちてくる。こう言う一時が私は大好きだ。一番嫌いなのは人間!孤独大好き、満84才のなれの果て。周囲を鬱蒼と茂る山の緑に覆われている。シ~ンと静まりかえって、時が止まっているようだ。こんな幸せは他に無い。
有由有縁(うゆうえん)
あまり書かない方が良いと思うのだが、バカだから書いちゃう。日々、アホに向かって駄々走り。人間やめたく成っちゃう。「有由有縁」(うゆうえん)、出会いに偶然は無い。すべてに理由がある。私の大好きな言葉である。私も間もなく満84才、老いぼれ爺のなれの果て。棺桶へ、駄々走り。ハイ!サヨウナラ。トホッホッ。一巻の終わり。ポクポク、チ~ン!まあ何とこの自虐的なお言葉!
午前2時目パッチリ
これも老化のひとつだと思うが、仕方ないのでノコノコ起き上がって、今こうしてブログを書いている。調度40才でこの僧堂へやって来て、今年84才になるので44年間、お陰様で大病もせず元気にやってこられた。有難いことである。神仏、両親に感謝である。待ってましたとばかり待ち構えていたように、全伽藍の再建工事が始まった。他所から貰われてやって来たので、何だかわけ解らずに、必死の日々だった。懐かしい思い出である。多くの方々に支えられて今がある。感謝、感謝!
2026年05月16日
毎日ボ~ッ!
トホッホッ!偏に老化である、満84才、恍惚老人のなれの果て。。ただ空気吸って吐いてるだけ。バカの極み。この自虐的なこと、アッパレ!まっ、誰でも通る道。今日は遙々徳島から二人やって来た。来るだけでも容易なこっちゃない。まっ、ボ~ッとしていても、何とか寺は廻って行く。有難いことである。此処に住職して間もなく44年になる。大病もせず良くここまでやって来られたと感謝でいっぱいだ。「出会いに偶然は無い。全てに理由がある」私の大好きな言葉だ。
2026年05月12日
日々、ボ~ッと・・・
まっ、これ一重に心身の老化である、間もなく満84才の恍惚老人。世俗一般なら、周りに家族があり、仕事があって、日々無為などと言う事はない。それに比べて、私には周囲に誰も居ない。一日中無言、机の前の窓越しに鬱蒼と茂る山が見える。ジ~ットいつまでも眺め続けている。一日一言も喋らず過ぎる日々なのである。まっ、別にこれを淋しいとかつまらないなどと思ったことは無い。ごく当り前の日々である。これが私には一番合っている。だから日々快適、幸せに暮らしている。いつも思うのだが、人生は不思議にその人に合ったようになるものだ。だから、いつも幸せだな~と思っている。仏様に感謝である。
2026年05月11日
このところ、無為
84才の耄碌爺のなれの果て。せめて周りに迷惑掛けないように、と思いながらの日々である。お陰様で健康なのがせめてもの恩返しである。丁度40才の誕生日に入寺した。自来44年間、いろいろあったが今尚こうして僧堂で雲水と一緒に毎日送れるのが何より有り難い。あと何年頑張れるかな~、と思うこともあるが、まっ、それは天に任せて、毎日せっせと同じ事を繰りかえしている。時折ふっと91才で亡くなった母のことを想い出す。生涯働きづめに働いて、亡くなった。いつも自分はこの母の子供なんだから、まだ。まだ頑張らなければと思いながら過ごしている。
2026年05月09日
近頃はブログも・・・
近頃はブログを書く気力も失せ、ただ日々ボ~ッと無為に過ごしている。トホッホッ!これ一重に心身の老化である事に間違いない、満84才の耄碌爺のなれの果て。日々時に押されて、トコロテン人生である。しかし何人と言えどもこれは避けられないのだ。てな言い訳をしながら、ノラリクラリ、生きている。世俗一般ならもうとっくに現役お払い箱なのだが、僧堂では古いほど珍重される。つまりバカが良いわけだ。トホッホッ!てな言い訳しながらノラリクラリ、と生きている。
2026年05月06日
ゴールデンウィーク
五日目、今日で終わり。まっ、僧堂にゴ~ルデンウイ~クもハチのアタマも無いが、カレンダ~を見ながら、世間ではまた明日からせっせと働くことになるのかと思った。私自身では、僧堂修行がもう64年にも成るので、世俗のことなど論外なのだが、カレンダ~を眺めながら、ふっとそうなんだ~と思った。思えば私も僧堂生活が長くなった。世間ではどういう風に生活していたのかさえ忘れてしまった。お陰様で病気ひとつせず健康で修行できるのが何より幸せだ。
日々老化
誰でも通る道、間もなく84才のヨロヨロ老人。トホッホッ!まだ僧堂で何とか使って貰えるので感謝。学ぶは苦学より良きは無く、道は貧道より美しきはなし。この気持ちで頑張っている。丁度40才の誕生日に入寺した。途中大病もせず何とかお役目を果せてこられたのが一番の自慢。これからもまだまだ頑張るつもりだ。人生、縁が全てだと思っている。自分の力など、たかが知れている。全て周りの支えで何とかやってこられた。感謝しか無い。こう言う時はいつも母のことを想い出す。小さい頃から暴れ回っていたので、いつも心配ばかり掛けていた。18歳で出家して、間もなく84歳になる。今尚、背中を母が支えてくれている。この感謝の気持ちを忘れずに、死ぬまで頑張りたいと思っている。
2026年05月05日
あっという間に日が経って・・
誰でも老いればそうなる。間もなく84才の老いぼれ爺。まっ、何とか周りに支えられてやっている。丁度40歳の時、此処へやって来たから、44年になる。速いものだ。お陰様で大病もせず、雲水と一緒に修行させて貰え、有難いことである。「有由有縁」生きている限り、人は何が起こるかわからず、誰に出会うかもわからない。時・所・人・物とこの世での巡り会いが人生の少なからぬ部分を占める。偶然のようであるが、起こってみれば必然のことである。そうなるのはそうなる理由があった。川端康成が好んで揮毫した言葉である。本当にそうだな~と思う。これからもこのご縁を大切にして頑張ろうと思っている。
2026年05月04日
ゴ~ルデンウイ~ク
まっ、僧堂にゴ~ルデンウイ~クもヘチマも無いが、カレンダ~を眺めながら、そうか、連休なんだな~と思っている。未熟者も今年84歳になる。老いぼれ爺のなれの果て。お陰様で病気ひとつせず、元気で僧堂修行を頑張っている。有り難いことだ。遙か遙か昔、18歳の時突然、俺坊さんになる、ガ~ン.!あれからもう66年経った。お陰様で途中挫折することも無く、84才を迎えた。有り難いことだ。心配を掛けた父も母も既にこの世には居ない。淋しいな~と思った。
2026年05月03日
ふっと姉のことを想い出し
私より7つ上だから、もう91歳になる。小さい頃から四人兄弟の中で、私と姉はとても仲が良かった。大きくなっても変わらず、お坊さんになってからも、いつも姉のところへは出掛けていった。何だか知らないが、急に姉の顔が浮かんだ。多分寝たきり老人に成って、淋しい日々を送っていると思うが、神奈川と岐阜では、離れすぎていて、ちょくちょく会いには行けない。淋しいな~と、ふっと思った。誰でも老いればこうなると分かっていながら。逢いたいな~!
暫くお休みが続いたので・・・
特に書くことも無いのだが、暫くお休みが続いたので、この辺で何か書こうと背中を押され・・・。朝から曇ぐもり、心まで沈んでしまう。しかし私はこう言う空気が好きだ。向いの山の木立はソヨともせず、まるで固まっている。いつまでも窓越しにジ~ッと眺め続けている。無為、こう言う時が一番こころ安らぐ。ふっと姉が最近入院したことを想い出した。私より7つ上だから、もう91歳になる。兄弟の中でも小さい頃から、姉が大好きだった。いつも一緒にお風呂に入って背中を流しっこした。お互いヨロヨロ老人になってしまったが、幾つになっても姉が大好きだ。
2026年05月01日
日々怠慢
まっ、老化と言う事もある。此処までの積み重ねでこうなったのだから、ちょっこらちょうでは元に戻らない。諦めが肝心。トホッホッ。間もなく84歳になる耄碌爺のなれの果て。僧堂だから、こんなバカでも何とか使ってくれる。有り難いことだ。感謝している。「学ぶは苦学より良きは無く、道は貧道より美しきは無し」その通り!
シトシト雨
居室の窓から向いの山が見える。シトシト雨が降り続いている。ふっと介護施設に入っている姉を思い出した。電話して娘に様子を聞いてみた。まっ、変わらずに過ごしているようだ。安堵した。小さい頃から姉は特に私を可愛がってくれた。良いご主人にも恵まれ、二人の娘も授かり、今は主人も亡くなって、独居老人、近年は施設に入って、静かに余生を送っている。殆ど逢うことも無くなってしまったが、四人兄弟の中でも、姉は一番私を可愛がってくれた。私より7つ上だから、もう91歳になる。