火星探査
 
 四十数年前アメリカのアポロ11号が月面に着陸、宇宙飛行士がウサギのように月面をぴょんぴょん跳びはね、星条旗が誇らしげに立てられた。しかもその様子が逐一全世界に実況中継され、私は隠寮で老師と二人で見た。以後も月面車で走り回ったり、日本の衛星かぐやが克明な月面写真を送ってきたりと、アメリカを中心に宇宙開発は凄まじい勢いで進められている。今でも巨大な宇宙ステーションが地球の上を回り続け、日本人の若田光一氏がその船長に抜擢された。かくの如くざっと見ても近年の宇宙開発はめざましい進歩をとげている。

ところで、巨費を投じて行われるこれらの意味は一体何なのだろうかと、疑問に思うことがある。その疑問に答えるために、我が国の宇宙飛行士第一号の毛利衛さんに立花隆氏がインダビューした記録があるので、ご紹介させていただく。 まず最初に宇宙に向かって飛び立とうとした動機についてだが、アメリカと日本ではいささか違いがあるようだ。アメリカの宇宙開発は「フロンティア論」である。コロンブスが五百年前初めてアメリカ大陸を発見し、以来勇気ある人たちが船で大西洋を渡って、そこに新しい生活の場を獲得した。さらに西へ西へとフロンティアを見つけて西海岸に辿り着き、アメリカの繁栄を築き上げた。その子孫の我々は、宇宙という新しいフロンティアを前に、同じような勇気を持って挑戦していかなければならない。つまり現在の人類にとって、地球は旧大陸、宇宙は新大陸、そして今の時代は宇宙大航海時代の始まりだという発想である。アメリカだと聴衆がこれでわ~と沸き立つ話になるのだが、日本ではちょっとちがう。どうも日本は有史以来あまり外へ出てみたいという気持ちがないようだ。個人的にはいろいろな人が出て行って活躍するのだが、社会としては外圧がない限り日本の中で満足し、またそれでうまくやって来た。ではどうしたら人間が宇宙へ行く意味を理解して貰えるかである。毛利さんが宇宙へ行って一番感じたのは「生命とは何か」と言う問題だった。生命の歴史四十億年を振り返ってみたらどうかと思ったそうだ。地球上に最初に生命が生まれ、そこから現在までの生物の歴史みると、すべての時代にすべての生物に当てはまる法則が幾つかある。その最も大きなものに、生命はいつも環境に対してぎりぎりのところまで挑戦して、自分自身を変え、そして生き残ってきたと言う事実である。たとえば、三十五億年前に原始の海に初めて酸素が発生した。これは大変な有害物質で、炭素を基盤とする細胞の組織を燃やしてしまう。ところが環境に対応して生き延びようと様々な試みの結果、今度は酸素を旨く利用してエネルギーとする生命体が生まれた。また私たちの祖先である脊椎動物が、海から陸上という「死の環境」へ出ていったとき、長い時間をかけて骨を作り上げた。骨は体を支える役目と同時に、海中に含まれていたミネラルという生存に不可欠な物質を,体の中に蓄える役目も持った。つまり海という環境の一部を体の中に作り上げたわけである。ひれの骨を強化して足を作り、エラ呼吸を肺呼吸に変え、三億数千年前に上陸し繁栄を遂げていったのである。何故か解らないが、生命体というのは常に自分を変え、過酷な環境、未知の環境へでていこうという基本的な性格を持っているようである。様々な環境の中で多様性を獲得し、遺伝子を次世代に伝え、生き延びてきた。それが地球生命四十億年の歴史なのである。
 さて人類以前の生物は、受け身の進化である。環境変化が先行し、それに対する適応として進化したが、人類の時代になって初めて、意思による進化が可能になった。意思によって進化の方向ずけを変えることができるようになった。そもそも宇宙進出をしたこと自体そのあらわれである。ヒトは宇宙に進出しようと決意したから進出したわけである。人類以前の生物史において,自然の環境適応だけが進化と考えられた。しかし人類の時代になると,自然の環境適応より、テクノロジーによる環境適応のほうが、はるかに大きな意味を持つようになった。技術的な適応によって、生息可能環境を拡大した。人類の持つテクノロジーがどちらに向かうかで、さらにいろいろな方向に拡大していく可能性が出てきたのである。


人類は自分たちを地球の主人公だと思っているが、空を飛ぶ鳥のこと、海の中で繁栄している魚ことなど、何も分かっていない。生物学者に言わせると、地上にいる参千万種の生物のうち、昆虫が弐千五百万種を占めている。人間が地上で最も繁栄しているとは言えない。だが、人類は環境への働きかけを行い、急激に利用するエネルギーを増大させ、アクティブに働きかけ、大規模に変化させてきたのである。その結果、他の生物を駆逐し、人口を増やしてきた。しかしそろそろその方向が限界に近づきつつある。だからこそ、我々人間が、いま宇宙へ出て行こうとしているのである。それは宇宙から地球を観察することで、環境破壊の現状を知ることでもある。これによって、我々の意識も変化し、地球全体で物事を考えるようになり、そこから国家を越えた壮大な公共投資が生まれる。その選択の一つが宇宙開発なのである。

 

 

ZUIRYO.COM Copyright(c) 2005,Zuiryoji All Rights Reserved.