宇宙のこと
 
 私はおよそ理系人間ではなく、数字を見ているだけでも頭が痛くなる。ましてや物理だとか化学などはてんから興味を持ったことがない。そんな私だが、昔アメリカの宇宙飛行士が月面をウサギのように飛び跳ねる姿を見てから、我々の住むこの宇宙とは一体どのようなものなのだろうか、俄然興味が湧いてきた。私のような漠然と興味を抱いたのと違って,立花隆氏は宇宙飛行士に直接会って、体験を聞いている。それが「宇宙からの帰還」と言う本である。話を段階を踏んで進めて行くために、まず宇宙とはどのようなものなのか,基礎的な事柄から申し上げる。

 そもそも人間と宇宙は本質的に無縁な存在どころか、宇宙とは人間の物質的存在根拠そのものなのである。我々の肉体は無数の元素によって構成されているが、それらの元素は宇宙空間で生み出されたものであり、この地球で生み出されたものではない。宇宙を構成する全ての物質は、ビッグ・バン直後の全宇宙的元素の生成に淵源を発し、その後宇宙を漂いながら、寄り集まり発展し,離合集散を百数十億年にわたって繰り返してきた。それぞれ独自の漂白の人生を送ってきた無数の原子が、たまたま集合して私の肉体を構成しているのである。言ってみれば、ビッグ・バン以来の壮大な宇宙の歴史の一部が,この私の肉体の中に縫い込められているのである。人間は宇宙生成の初めから連綿と続く,切り離すことが出来ない存在のドラマの一部として此処にあるのだ。その宇宙について、正しく思考しようとするなら、そのための正しい手がかり、宇宙についての正しい知見を得る必要がある。
 最近よく炭酸ガスによる温室効果の問題が話題に上る。気温が数度上昇したら極地の氷が溶け出し、低地は水没する。しかしこの温室効果、ないと困るのである。地球上の生命環境は実は温室効果によって保たれている。炭酸ガスや水蒸気など各種のガスによって総合的に保たれている温室効果がなかったら、地球は凍り付いてしまって、とても生命が生きていける状態ではなくなってしまう。つまり温室効果はなければ困るが、ありすぎても困る。人間にとって、それはほんの狭い範囲でバランスしていることが必要なのである。このように地球が今日に至るまで、地球環境がバランスよく保たれてきたのも、実は奇跡の積み重ねによるもので、その条件がいつ失われてもおかしくないと言うことでもある。近年地球環境の危機が叫ばれているが、このバランスがいかに崩れやすいものであるかをよく示している。人間がこの宇宙環境で今日まで生きてこられたのは、地球という巨大な宇宙船が提供してくれる生命維持装置を利用することが出来たからである。この宇宙船がたいした故障もなしにきたが、それは奇跡的偶然に支えられてのことで、それが続く保証はない。もし故障が起きたら宇宙船を修理する能力はまだ持っていない。そのためにもこの宇宙船についてもっとよく知らなければならない。故障しないように管理し、また万一故障した場合に備えて、修理する能力を身につける必要がある。
 さらにいえば、単なる故障では済まない地球システムの激変に備えて、もう一つの宇宙船を建造しておく必要がある。この目的に役立つのが火星である。温室効果がなく大量の水があるにもかかわらず、それが皆地中で凍り付いた状態にある。しかし嘗ての火星にも温室効果があり、水が液体として流れていた。その時代には生命があったのではないかと言われている。火星探査の最大の目的は、歴史的生命の痕跡を探ることである。もし火星の研究が進めば太陽系惑星にどのような条件が備われば生命が誕生し、どのように失われれば生命が消滅するのかが解る。火星は地球の過去を映す鏡であり、未来の地球が生命環境を失った場合にどうなるかを示す鏡でもある。この火星に、もう一度生命環境を復活させ、火星全体をもう一つの地球にしてしまうと言う、壮大なプログラムが今、真剣に検討されている。これがうまくいくと、人類生息圏を火星まで広げ、ゆくゆくはそれを太陽系全体に広げていく。それでも遠い将来、太陽の死による太陽系の死を免れることは出来ない。そこで人類はさらに、太陽系の外へと生息圏を延ばしていく必要がある。


 このように人類はその生息圏を地球の外へ外へと拡大し、やがて銀河系全体に、あるいはさらなる深宇宙へと進出していくのか、それともあくまで地球を唯一の生息場所としてとどまるのか、その選択は人類自身に任されている。そこで思うのは、やはり人類進化の大道は地球人から宇宙人へと至る道であろうと思う。そのためには地球人であるだけでは宇宙人として十分ではない。もっと本質的な意味で宇宙人になるためには、自分が宇宙的存在であることを深いレベルで意識する人間にならなければならない。地球のことだけ考えていたのでは人類の未来は危うい。十年、百年単位の未来なら安泰かも知れないが、千年単位、万年単位の未来を考えることが必要なのである。

 

 

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