睡眠
 

 うちの雲水で、睡眠時無呼吸症と診断され、寝るときには特殊な機械を装着している者が居る。そこで自分の睡眠中はどうなのか気になりだし、一週間録音をしてみた。その結果、数回十秒程度呼吸が止まっていることを発見した。まあこれくらいならたいしたことはあるまいと思ったが、やはり専門の医者に診て貰った方が安心だろうと思い出掛けた。一晩入院、体中にセンサーを取り付け調べた結果、超重症無呼吸症と分かった。何と四時間半の間に呼吸が止まること三百六十五回、その中で一番長いのが一分四秒であった。そんなに呼吸が長く止まっていて死ぬことはないのか尋ねると、「それは全く心配はありません。脳が反応して血液に強制的に酸素を送ります。しかし睡眠の質が悪いので日中いつも眠気があったり、血管の内壁がはがれて脳卒中になりやすく、その他高血圧や肥満など二次的病気が心配になります」。と言う診断であった。爾来ずっと寝るときは強制的に気道を広げる機械を装着している。そんなことがあって以来、睡眠中の人間の脳は一体どういう働きをするものなのか気になりだし、睡眠と脳の専門家の本を読んだ。

 そもそも人はなぜ眠るのだろうか。睡眠中は外敵に襲われる危険が増す。もし眠らなくて済むなら、生存競争の上でも有利な立場に立てるはずなのに、高等脊椎動物は皆睡眠を必要とする。睡眠の役割の上で、ノンレム睡眠とレム睡眠の二つを考えなければならない。レム睡眠はむしろ覚醒に方に似ている。覚醒の時の脳波は小刻みで、眠りにつくと脳波の刻みはだんだん大きくなる。ところが六十分ほど経つと、今度は覚醒に近い小刻みな脳波になる。これがレム睡眠である。ところでノンレム睡眠の役割は何だろうか。それは「記憶の強化」と言われている。脳には膨大な数の神経細胞が詰まっており、それぞれ軸索で連結されている。電気信号を入力された神経細胞は、化学物質を介して、別の神経細胞に電気信号を伝える。その神経細胞がまた化学物質を介して別の神経細胞へ電気信号を伝える。このように次々と電気信号が脳内の神経ネットワークを駆け巡る。神経ネットワークの絶え間ない再構成の上で重要な役割を果たしているのが、シナプスと呼ばれる構造である。神経細胞と神経細胞は軸索で連結されているが、完全に密着しているわけではなく、わずか、二十ナノメートルほど、隙間が空いている。この独特の構造が形を変え、増減することで、神経ネットワークはダイナミックに変動する。シナプスは何度も電気信号を受けて刺激され続けると、効率が高くなったり、数を増やして、機能を高めていく。起きている間はシナプスが増え強度も上がる。しかし脳の大きさには限界がある。それに神経細胞が処理できる情報量にも限界があり、シナプスが数万、数十万と増えていくと、いつか脳は破綻してしまう。そこで無駄なシナプスを削除して、より効率の良いつなぎ方に替える必要が出てくる。それをやっているのがノンレム睡眠なのである。要らないシナプスを刈り込んで最適化するために、一回脳をアイドリング状態にしている。ちょうど店を改装するとき一端営業中止する。それと同じ事である。ノンレム睡眠について最近明らかになったことは、「ローカル・スリープ」(局所睡眠)と呼ばれる現象である。脳が全体一気に休止状態に入るのではなく、局所的に眠る。その極端な例として、夢遊病がある。脳の一部は寝ているが、運動に拘わるところは起きている。ローカル・スリープがあると言うことは、脳の中に、どこがどれだけ睡眠を必要としているかを計る仕組みがあることを意味する。これまで脳の中で睡眠物質が溜まると眠気が生まれと考えられていた。ある種の物質が脳に蓄積されて睡眠負債となり、睡眠によってそれを返済すると言う考えである。その睡眠物質はアデノシンと呼ばれ、これはカフェインによって作用が抑制されるので、コーヒーを飲むと目が覚めるというわけである。

 次ぎにレム睡眠の役割だが、レム睡眠の脳波は非常に活発に働いている。実のところ何故レム睡眠が必要なのか解っていない。レム睡眠中は自律神経が激しく変動する。自律神経ストーム(嵐)とも呼ばれ、心拍数、血圧、体温などを一定に保つ恒常性機能が調整されていると言う説、またノンレム睡眠が深くなって脳機能をどんどん下げていくと、心停止まで進んでしまうので、エンジンを吹かすように、ときどき脳を活発にするため、レム睡眠が必要なのだと言う説もある。また記憶の整理をするのではないかとも考えられる。よく知られていることに、レム睡眠中、奇妙奇天烈な夢を見る。しかもその夢は感情に訴えるような夢が多い。脳の中では感情を処理する中枢である扁桃体や、記憶に関わる海馬が活動性を増すファイルシステムの整理のようなことを、レム睡眠中に行っているのではないかと考えられる。起きている間に記憶したことを、ふるい分け、整理しているのである。脳はまさに記憶システムなのだが、睡眠の本当のところはまだ解明されていない。覚醒状態の脳を知るためにも、なお一層の睡眠研究が必要であり、一口に睡眠と言うがなかなか深い意味を持ったものだと言うことが解った。
 

 

 

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