脳を鍛える
 

 どうも我々には「知識信仰」があって、やたら本を読んだり、人の言っていることを頭に入れて知識が増えれば、頭が良くなると思っているふしがある。しかしそれは人間博物館のようなもので、過去のことを頭に保存しているだけで、自分の考えを持つという独創性がなく、あまり価値がないのではないだろうか。
 ではどうしたら良いのか。いくつか列記してみる。フランスの哲学者モンテニューは、「歩いていないと私の頭は眠る」と言っている。毎日一万歩と言うがそれではまだ足らぬ。日々一万五千歩くらい歩くと、散歩の途中で考えるようになる。全身が活動している中での思考は、机に向かって考えるのとかなり違ったものになる。しかも健康にも良い。過去にとらわれない自由な思考が出来、発見、発明、創造の出発点となる。ほかにも頭にいい活動はないだろうか。それは五体の散歩である。まず、手の散歩、指先を使うことは老化防止に効果がある。手を動かすと脳が活性化される。編み物、ピアニスト、オーケストラの指揮者、皆さん高齢になっても活動的でしっかりされている。次は口の散歩、しゃべることである。発声することは思っている以上にエネルギーを使う。話しているうちに思ってもみない考えが飛び出してくることもある。新しいところへ行って目を喜ばせ刺激を受ければ目の散歩、音の散歩、音楽を聴けば耳の散歩となる。

 では頭の散歩とは何か。それは眠ること、そして忘れることである。知識や情報が詰め込まれすぎると頭は働く余地がなくなる。知識や経験を積み熟年になると、新しいものを作れなくなるといわれる。それは積み重なった知識が、新しい考えの邪魔をするからである。ではどうするか。新しい知識で古い知識を押しつぶせば良い。しかしこれはそう簡単なことではない。一番良いのは忘れることである。よく年を取って記憶力が衰えると嘆く人が多いが、それは逆で、読書や勉強して知識が入ってくると、初めのうちは有用だと思うかも知れないが、やがてゴミになる。現代は日々生活しているだけでも、テレビ、携帯電話、ネット等々、大量の情報が入ってくる。その行く先は知識のゴミ屋敷である。頭に詰め込まれた役に立たないガラクタと化した情報を綺麗に忘れる。すっかり処分して頭の中を整理してさっぱり清々しい頭にしておくことが肝心である。そのためにどう忘却すれば良いのかだが、最も有用なのが睡眠である。夜寝るとレム睡眠と言われる状態が一晩に四,五回繰り返す。するとその度に情報を仕分けて、ゴミ出しをしてくれる。一方で価値のある情報は残してくれる。いわば選択的忘却である。だから朝になると頭のゴミが整理され、すっきり爽快な気分になる。朝こそ思考に最も適した時間なので、頭を使う仕事は朝食前の時間に行うのが合理的である。胃袋にものが入ると血液がそちらに集中して、頭がおろそかになる。この「朝(あさ)飯(めし)前(まえ)」の時間に足の散歩を組み合わせれば、相乗効果が望める。私も一年三六五日、早朝散歩をするが、浩然の気が養えると感じている。そして歩いている時、ふと面白い考えが浮かんできたり、迷って二者択一のジレンマの時、踏ん切りが付くことがよくある。また、近くで美しくないものも、遠くに行けば美しくなるということがある。一緒に居て偉いとも思わなかった人が時間がたつと、その偉さがわかる。昔の人が「富士山には登るな、遠くから愛でよ」と言ったのと同じである。
  頭に良いエクササイズは普段の生活の中にも隠されている。家事がそれである。やってみると家事というのは相当頭を使う。料理の理は理論であり思考である。また料は料簡と言うことができる。つまり非常に理知的で論理的なのである。季節感、彩り、具のバランス、相性等々、仕上がりを想像することは脳の前頭葉が働く。また家事は機敏さが求められ、段取りを考えることが刺激になる。さらに皿や鍋は使った後は洗って元へ戻す。これも大事で、そうしなければ頭が混乱する。きちんと頭の中で理解し、反射的に次ぎに使えるようになっていなければならない。そんなことをしていると、脳が刺激されるから、いろんなアイデアが出てくる。そして手を動かすことは手を制御する脳の処理能力もアップしてくるわけである。だから奥さんを亡くした人は面倒でも自炊しなきゃ駄目である。若返るためにも、ともかくやってみることである。

また脳をリフレッシュさせるためには新しいことを始めるのが良い。失敗しても引きずらない。幾つかやってみれば一つくらいは残る。「老いて学べばすなわち死して朽ちず」。ほかには仲間を作るのも良い。その場合、賞味期限切れの友情は捨てるべきである。古い人間関係に執着せず、幅広く新しい友達を作れば、おのずから新鮮な刺激が得られる。また定期的に集まる「おしゃべり会」なども良い。出身分野が違うと刺激を受け、頭が新しいことを考え出す。このように幾つか脳の鍛え方を申し上げたが、老人だからと言って安全なコースばかり選んでいては駄目で、「年を取ってからの苦労は買ってでもせよ」である。失敗を恐れず、五感をフルに活動させることが、頭の健康を保つ秘訣なのである。

 

 

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