エネルギー保存の法則
 
 近頃の急激な石油の値上がりには驚くばかりである。石油はそもそも有限なもので、あと四、五十年もすると完全に涸渇すると言われている。さらに世界情勢に左右されるから不安は一層増し、お先真っ暗になってくる。そんな事をある人に話したら、「いや、心配は要りません。『エネルギー不滅の法則』と言って、永久になくなる事はないのです。」と言われた。その理由はこういう事らしい。例えばここに薪が一本有ったとする。これを燃やすと文字通り灰になり無くなってしまう。ところが化学的に見れば無くなってはいない。つまり薪という形は無くなったが、燃えた事によって炭酸ガスになったり炭素になったり、形は変化してもエネルギーは存在し続けるのだという。ただ現在はその変化した物質をエネルギーに変える技術が開発されていないだけで、何れは屹度実現するという。燃料電池などもその一例で、このことを心の片隅に置いて次の話を聞いて欲しい。

  ある人がこんな相談にやってきた。既に家庭を持ち子供も二人いるというご子息さんだが、職場での配置転換で事務職から営業に回された途端、次第に会社を休むようになり、今では殆ど引きこもり状態だという。嫁も大変心配しており何とかしなくてはと思い、ご相談に参りましたということであった。果たして僧堂修行がどれほどの効果があるかは解らないが、ものは試しということもあるので、やってみて下さいと申し上げた。間もなくしてやって来た件のご子息さんを拝見すると口数も少なく、これでは営業はとても無理と思われた。しばらくは雲水と坐禅を組んだり雑巾掛けをしたり庭掃除をする毎日が続いた。そんなある時、古参の雲水が、「このまま続けていても立ち直れないように思います。『内観法』をやって貰っては如何でしょうか。」と言ってきた。これは元来、浄土真宗の特別な一派に伝わる修行法「身調べ」から、宗教色を取り去り、吉本伊信氏が創始した独特の自己修養法である。方法は一週間の宿泊形式で、新聞やテレビなど一切の日常的刺激を遮断し、一日十五時間、生まれてから現在に至るまでを二年から三年に区切り、両親や祖父母兄弟などから、「してもらったこと」「してあげたこと」「迷惑をかけたこと」の三つについて出来る限り具体的に思い出して貰う。一日一時間半から二時間くらいの間隔で面接者に思い出したことのハイライトを三分間程度で報告する。これを集中内観とよび欧米の心理療法と比べきわめてシンプルでかつ標準化された方法が特徴である。内観する人は幅一メートルの二枚の衝立の中に座り、先に述べたような作業をしながら、就寝やトイレ、入浴の時以外は原則としてこの中で過ごす。こう書くと普段の生活とあまりにかけ離れていて、とても厳しい方法のように思われるかも知れない。しかし朝、昼、晩と心の籠もった食事が出され、内観をする人が「主人公」としてとても大事にされるので、多くの人は最期までやり通すことができる。集中内観では、初めの三日間くらいは、雑念がわいて、「こんな事をして何になるのか」というような焦りも出て、集中できない人が殆どだ。しかしそこを凌ぐと四日目くらいからは次第に集中できるようになり、「こんな事まで覚えていたのか」と自分でも不思議に感じるようになる。さらに「してもらったこと」を明確に思い出すにつれ、「こんなにまで自分は大事にされていたのか」と感じ、自分が存在の根本から愛されていた感覚を経験する。そういう中から失った自信を取り戻し自らの力で立ち直ってゆくのである。さて内観法を経験した後、彼に会ってみると、見違えるほど元気を取り戻し、仕事に対する意欲も出て、これなら会社に復帰しても大丈夫だろうと感じられた。

   さて、ここで考えられる事は、心的エネルギーが何かのきっかけで低下したために仕事に対する意欲が失われ身体的にも疲れ果ててしまったと思われる。しかし先程の「エネルギー不滅の法則」のように、エネルギーはその性質を変えても、その量は一定不変で、一端失われたかに見えても実は何処かに存在する。彼の場合、自我の使用し得るエネルギーは低下したが、無意識領域のどこかに貯留されていた。それが「内観法」によって流れを止められていた心的エネルギーを自我のほうに戻す事が出来た為ではないかと思われるのである。
  初めにエネルギー不滅の法則について述べたが、心の世界も同様である。幼年期に注がれた愛情は決して失われることなくその子供の無意識界に存在し続け、成長した後、困難に見舞われ心のエネルギーは一端は失われても、それを本当に必要とする時には必ず蘇って自分を支える大きな力になるのである。だから今一度、自らの心と向き合い、勇気を蘇らせどんな困難にも挫けずに頑張って欲しいと願っている。

 

 

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