尼僧堂
 
 七年ほど前、近くに尼僧の為の修行道場が出来た。うちの寺と特に因縁深い所なので私がその指導を承ることになった。従来から既に各僧堂では尼僧に門戸を開放しており、修行を志す者は近くの尼寺などに寄宿させて貰いながら、男顔負けの修行をしてきた。しかしこの方法では規矩の下で修行することが出来ず、また在錫したという証明が無く甚だしく不公平であった。さりとて幾ら男女平等の時代とは言え、一緒に寝起きして修行というわけにもいかぬ。そこで尼僧のために専門の道場を作ることが宗門内外から切望された。近年漸く機が熟し多くの方々の支援も仰ぎ、立派な道場が完成したのである。平成十四年四月一日、管長猊下をお迎えして盛大な開単法要が執行され、いよいよ修行が始まった。当初果たしてどれ程の尼僧が入門してくれるか案じたが、そんな心配をよそに続々と入門者が現れ安堵の胸を撫で下ろした。

 そこで重要なことは「規矩」である。僧堂修行の命脈は一重に厳格な規矩にあると言って良い。つまり僧堂での日程や行事、食事の作法や出処進退に至るまで事細かな規定である。こういう規定が連綿として伝わり代々継承されてゆくのである。ところが尼僧堂の場合は全てが新たな出発であるから、この規矩についても一から作ってゆかねばならず、これもなかなか大変な作業であった。
  さて入門してきた者を見ると、意外なことが解ってきた。女性が髪を切って剃髪するというだけでも相当な覚悟が要るであろう。その上般若木綿の着物に墨染めの法衣、お化粧一つ出来ず、冬は素足に暖房無しの生活、これだけでも生半可な気持ちでは尼僧には成れない。しかしそれが必ずしもそうではなさそうなのだ。約半数の者は父親のあととりとして住職するため、必要な資格を得る目的で来ている。それは恰も仕事を継ぐという感覚で、この割り切り方はいかにも現代子である。剃った髪はいずれ又生えてくるということなのであろう。
  次に残りの半数だが、こちらは純然たる出家組で、大半が五十代〜六十代の高齢者である。様々な人生を経験し葛藤の末、全てを捨ててこの道に辿り着いた者達である。朝早くから起きて日中は肉体労働に追われ、深夜遅くまで坐禅を組み、良く体力が持つものだと感心させられる。そんな中で開単と同時に入門してきた三十代前半の一人の尼僧さんが居る。彼女は東北地方の国立大学を卒業後出家した。在学中通っていた喫茶店の女性店主と仲良しになり、ある時、「ちょっと変わった所が有るから一緒に行ってみない」 と誘われた。行ってみると、そこには小さなバラックのような建物があり、一人の和尚さんと数人の住人が共同生活をしていた。パパラギの里″と言い、主催者の和尚は厳密に言うと和尚ではなく本業はピアノの調律師である。嘗て僧侶を目指し禅寺の弟子になったのだが、その後心変わりして日本一周の行脚に出た。その途次、たまたま通りがかった岩手県のこの地が気に入り、廃材を利用して自力で建物を建て、行き場のない人や不登校の子供などを預かり共同生活を始めた。半年間は九州へ出掛け調律師の仕事をして稼ぎ、その資金を残りの半年間のパパラギの里での共同生活に充てているのである。何故彼女がここでの生活に魅力を感じたのかは解らない。しかし兎も角大学卒業後はパパラギの里での炊事や作業に明け暮れ、時に盛岡市内にまで托鉢に出掛けるという日々を過ごしていた。最初は両親もこの得体の知れない共同生活に不信感を持ち、「何だかオウム真理教みたいだけど、大丈夫なの?」 と心配したそうだが、主催者の和尚に直接会い生活振りも見て一応理解してくれたという。
そこでの生活が数年経った頃、丁度尼僧堂が新たに開単されたというので、是非本格的な禅の修行を体験したいと入門してきたわけである。最初に入門してきた五人のうち四人は一年が過ぎて帰ってしまった。結局、彼女だけが一人残って頑張っている。俗世の価値観に犯されず性格も良いので、このまま修行を続けてくれたらさぞかし立派な尼僧第一号誕生かと楽しみにしていた。ところが間もなく帰りますと言うので理由を聞くと、こういうことであった。

 パパラギの里の建物は元々が廃材同然の寄せ集めで作ったものなので、近年傷みが酷く本格的な建物に作り替えなければならない。永年の活動に対し地域住民からも温かい支援が得られ、何とか頑張れば出来そうな機運だというのである。しかしこの計画は容易ならざる事なので、彼女は一年間毎日托鉢をしながら日本中を巡り、得たお金を建物再建に使って貰うのだというのだ。近頃は宗門でも自分さえ良ければ良いという風潮だが、彼女の行き方こそ今真に求められるものである。主催者の人間的魅力もあるのだろうが、出家者としての価値観を護持し、逞しく生きる一人の尼僧に心から声援を送りたいと思っている。

 

 

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