第五十三回  更衣
 俗に言う衣替えは、六月になると高校生の通学服が一斉に夏服に変わり、黒っぽかった重たい服から、特に女学生の白い上着が目に飛び込んではっとさせられ、いよいよ夏到来だな〜と思う。僧堂でも六月になると藍染の木綿の冬衣から軽い麻衣に更衣する。五月中頃には特に日中相当暑い日もあるので、更衣が待ち遠しい。ずっしりと重かった冬衣から麻への変化は爽やかで嬉しいもので、気持ちまですっきりする。それは良いのだが、麻衣は坐禅を組むとき、組んだ足が外から見えないように、内側の着物でしっかり覆って見苦しくないようにしなければならない。その点冬衣の場合は良い。足を組んで衣の内側はぐちゃぐちゃでも、木綿衣ですっかり隠れてしまうので外からは窺うことは出来ない。涼しくて有り難い夏衣だがこういう欠点もあるので注意が必要である。ベテランの雲水になればそこは慣れたもので、あっという間に綺麗に整えられるが、未熟者はもたもたするばかりで、手間暇かけても、組んだ足が見えたり、果ては褌まで見えてしまったりと、はなはだ見苦しい仕儀となる。

『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所
夏もだんだん暑くなれば汗で着物が絡みついて益々やりにくくなり、厄介だな〜と思わず舌打ちしたくなるような気分になる。僧堂は万事素早く物事をするのが信条である。本堂での朝の勤行の時、禅堂での坐禅の時、食事のために飯台座に着くとき等々、全て坐禅だから、目にも止まらぬ速さでさっさと足を組んで着物で綺麗に覆い、何事も無かったような顔をする。これが1人前に出来るようになれば雲水修行も1人前と言うことである。
 六月頃はまだしも、七月・八月となると暑さも本格的で、一回の坐禅で汗びっしょり、粥座で又汗びっしょり、兎も角夏は汗との戦いである。襦袢・着物・帯・法衣を太い手巾で身体に巻き付けるから暑いの何のって、頭からバケツで水をぶっかけられたようになる。こまめに水分補給をして置かないと熱中症になったり、大変なことになる。だから雲水時代は麻衣と大汗とが常に連動して思い出される。しかし大汗掻いた後に裸1枚になって水で身体を拭くと何とも言えぬ爽やかで、こんな気持ちの良いこともない。何事も徹底してやった後の快感は格別である。一陣の風に涼を取る醍醐味はこうした過酷な体験をして初めて得られるものである。
夏も終わり秋を迎える十月六日、開山忌半斎の日に冬衣に衣替えする。記録を見るとこの開山忌に合わせて副司寮角火鉢に炭火と記してあるのだが、まだ扇風機を片付けるのも早過ぎる感じで、火を入れるどころではない。こういう記録からも近年の温暖化傾向がはっきり解る。麻衣から木綿へ更衣で、最初はずっしり重く少し暑苦しく感じられるが、十一月・十二月とも成ると急に薄ら寒くなり、すうすう背中から風が吹き抜けるように感じられ、同じ木綿衣なのに生地が薄くなったように思われるのは何ともおかしい。更衣は決まった年中行事で、改めて季節の変化を肌で感じるのである。


 
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