第二十九回  副 随 (ふずい)  
 

 副随は副司の補佐役である。この役目ほど守備範囲の広い役はない。いわば僧堂全体の縁の下の力持ちのようなものである。日常の仕事はまず起床して直ぐ副司寮の掃除で、朝課中の僅かな時間に掃いて拭かねばならない。冬季には大きな角火鉢に炭を熾し鉄瓶を乗せ、舞い上がる灰の汚れにも充分注意しながら、兎も角手際よくてきぱきとやって、静に副司さんの戻られるのを待つ。だから起きあがるやいなやまるで 戦場と化すのである。同夏(どうげ・同時期に入門した者)の成さんは毎日起きるとすぐ副司寮の障子を猛烈な勢いではたきを掛けた。まだ太鐘も鳴っていないうちからこれだから、喧しくてしょうがない。だいたいはたきを掛けるのは四九日(しくにち)掃除の日と決まっているのだから、どだい違反なのである。皆一時でも余計に寝ていたいというのが本音だから迷惑この上ない。しかし幾ら言っても全く無視。「開 静が掛かって、もたもたしている奴がいけないのだ!俺がみんなを起こしてやって居るんだ!」と言ってきかない。一制中それを自慢にしていた。
 朝の諸行事が無事終わってほっと一息つくと、日中は用事を頼まれれば外へ買い物に出掛けることもある。また道具類の管理も一手に引き受けていて、仕事に応じて堂内辺に様々な道具を貸し出す。作業が終われば過不足無く元通り道具が返却されたかを点検する。

  また少菜(おかずのこと)を仕度するのも副随の役目である。これも僧堂の人数が多ければその分量たるや並みではない。こんな時下手にケチれば堂内から何を言われるか分かったものではない。しかも使う野菜類は泥だらけのものばかりだから、調理するまでの段取りも容易ではない。寒い冬の季節ともなれば凍り付くような水に手を真っ赤にしながらの作業となる。私は台所仕事は不得手の上、要領が悪いときてい たから、これまた戦場の様相を呈することになった。
 また粗末なわら半紙を丁寧に綴じて作られた日単(にったん・記録簿)に毛筆で、少菜の調理法などを詳細な図入りで残した先輩も居られた。後の者が困らないようにと言う配慮である。この忙しい中良くもこんなに丁寧な記録を残すものだと頭が下がる思いだった。いろいろなことは在ったが、良し悪しは別にして、お互い青春の滾るような思いを、こんな形で表現していたのである。


『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所
 
 
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