第三回 庭詰(にわづめ)
 玄関に入って網代傘を外し、右側壁に立て掛ける。上がり框に腰掛け、まず予 め用意の願書、履歴書、誓約書を入れた封筒を差し出す。次に袈裟文庫を前に置 き、そこに額をつけしんと静まり返った空気を突き破るように「たのみましょう ー」と長くのばしながら大声を張り上げた。
  わずかに間があって「どうーれ」という返事がある。人の近ずく気配がして「どちらからお越しでございましょうか」「京都市上京区 ……」住所姓名など形通りの口上を述べた後「掛塔志願に付き宜敷くお取り次をお願い致します。」「しばらくお待ちください。」取次は一端奥へ伺いに消え再び現われ「当道場は只今満衆に付き供菓も充分回りかねます。掛塔の儀は堅くお断わりいたします。」と素気なく引っ込んでしまう。さあこれからが愈文字どうりの庭詰 め″である。
 再び何事も無かったように辺りはしんと静まり返り、時計の音だけがコチコチコチと響きわたっている。

 長い間腰を曲げて頭を下げっぱなしているため、やがて腰は痛みだし、顔はムーンフェイスになってくる。 額を乗せた手の指は感覚を失い、じっとしている事の辛さを嫌という程思い知らされることになる。
 古来より多くの先輩たち も皆この関門を突破して入門したのだからとひたすら 頑張る。例え玄関払いを食っても、叩き出されそうになっても用便以外は動ぜずひたすら座り込め!の忠告を守ってこの苦行を乗り切るのである。

 


『雲水日記』画:佐藤義英
発行:(財)禅文化研究所
 
 
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