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2011年03月20日

東北関東大震災

その日埼玉のお寺と電話で話をしていた。話しの途中、先方の方が、「酷く揺れますので一端電話を切ります!」と言った。???、ものの10秒もしないうちに、私の部屋全体がゆ〜らゆ〜ら、最初はめまいでもしたのかと錯覚した。実はこれがあの大災害の始まりだったのだ。地震情報を得るためにテレビを付けると、釜石の港が映し出された。直ぐに津波警報が出され、それも高さ6メートルとか10メートルの表示に、スマトラ沖の大津波が頭をよぎった。しかし海は静かで、港で働いている人達もそう慌てている様子もない。ものの20分も経つか経たないうちに、目を疑うほどの惨状となった。それからはずっとテレビに釘付けとなり、特に原発の事故には驚かされた。しばし落ち着いてから知人友人の消息が心配になり電話を掛けたが全く繋がらない。翌々日、インターネットのグーグルで尋ね人を入れたら、ものの数分で直ぐに返事が返ってきた。お寺は大分やられたらしいが本堂は健在で檀家の人達と一緒に避難生活していると判り安堵した。それから間もなく、東京方面の知人から、原発事故で放射能をあびるから疎開させて欲しいと言ってきた。テレビなどではそんな深刻な様子ではなかったので、こちらは暢気に構え、何日以降でしたら結構ですよ、と留守電に入れて置いた。多分切迫した事情を理解していない反応に、呆れかえったに違いない。その後、神奈川の姉に電話して、「そっちは疎開しないのかね!」と問うと、「なに言ってんのよ、そんなのでデマ!デマ!デマ!」、でがちゃん。まっ、人もいろいろで、こういう大災害が起こると必ず風評被害があるものだ。計画停電があったり、スーパーから食品が消えたり、ガソリンスタンドに長蛇の列が出来たりと、不安感をあおる状況を目の前にすると、浮き足たつのであろう。近所の方の娘さんが東京に嫁いで居られるのだが、娘さん一家族、疎開してくると言っていたから、矢張り東京中騒然となっているのだろう。うちでも雲水皆でボランティアに出掛けようと考えているが、インターネットでその方面の団体を検索して調べてみると、いまは却って迷惑が掛かるらしいので、しばらく落ち着いたら出掛けようと考えている。先ずは少しでも募金して支援しようと思っている。先日茨城の関係のお寺の様子が分かったのだが、本堂の瓦が滑り落ち、大変な被害を被ったとようだ。しかしテレビなどでは東北方面が専ら報ぜられ、茨城でもそんな酷かったのかと改めて知った。石原都知事が「天罰」だと言って物議を醸したが、確かにそれぞれ真面目に生きてきて、天罰とは何事かという話しになるが、日本国家全体のあり方の問題として、特に政治では近年のていたらく振りに、そう言いたくなる気持ちも分かる。兎も角この未曾有の大災害に、日本国中が皆自分のことだと思って復興に努力しなければならないと痛感した。

投稿者 zuiryo : 2011年03月20日 13:58

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