2000年3月 湖水地方
 
 三度目のイギリス旅行に出掛けた。数日間の坐禅会員への指導も無事終わり、いよいよ地方への旅に出掛けた。スコーン駅より特急に乗り約四時間、ウィンダミヤに着いた。駅前からタクシーで十分程の、リンデスフェルホテルに着くと、周囲は鬱蒼とした木立に囲まれ、庭一面に色とりどりのシャクナゲの花が咲いていた。ホテルの真っ白な建物は良く手入れの行き届いた芝生の中にあり、直ぐ下 にはテニスコート、クロケー場、ミニパターゴルフ場など実に良く整備されている。見ると既に到着した客の何組かがシャクナゲの花に囲まれた庭先のテーブルに腰掛け、紅茶を飲みながら談笑していた。遥か眼下にはウィダミヤ湖を望み、その向こうに連なる山々の緑が目に鮮やかである。こうしてポール夫妻と私の旅が始まった。

 さて翌日予め頼んであったレンタカーに乗り、グレンレジングのアウズウオーター湖に出掛けた。湖畔に広がる草原で一時間ほど昼寝すると心地よい風が頬を撫ぜ、まるで時が止まったかのようであった。次に少し歩いて湖の際まで行くと、木々に覆われ岩が突き出た所に出た。そこに七十過ぎと思われる老夫婦が居て釣り糸を垂れていた。見ているとやがてお爺さんは傍らにごろりと横になって、ぷかりぷかりパイプを燻らせ遥か対岸の鬱 蒼たる山を眺め始めた。お婆さんは時折思い出したように糸を巻き上げて、さっぱり手応えの無いのに諦め顔である。「何が釣れるんですか?」と尋ねると鮎だという。「今日はもう三時間もこうしているが一匹も釣れない。」と嘆きながら、しかし少しもそんな風には見えない顔つきで言った。「いつもは沢山釣れるんですよ。晩ご飯のおかずにするんで す。」我々がそこを通り過ぎ、暫くして振り返るとやはり元通りにじっとしゃがみこんで釣り糸を垂れている。何と緩やかな時を過ごす夫婦なのだろうと思った。我々はレジャーとなると遊ぶ時も一生懸命になって、帰ったらもうくたくたという場合が殆どだ。これでは何の為に遊びに出掛けたのか分からないなーと思うことがよくある。日常生活の気分をがらりと変えて、全く異質な時を持つのが レジャーだと思うのだが、結局同じようにせかせかとしてしまう。これは何とか成らぬものかと思う。
 翌朝午前四時には目が醒めてしまった。朝はイギリスで一番暑いシーズンにも拘わらずひんやりとして小寒いくらいである。再びレンタカーに乗って幾つかの湖を巡った。こうして汗を掻き乍ら山に登ったり、林の中を歩いたりで気持ち良い四日間は瞬く間に過ぎ、最終日になってしまった。借りていた車をレンタカー屋に返しに行くと、受付に二十二、三の若い娘さんが居た。良く見ると初日に 受付に居た婦人に顔立ちがそっくりだったので、聞けば矢張り親子だということだった。支払いを済ませると駅まで送ってくれるということになり、車に乗り込んだ。すると運転席にはどう見ても八十歳は越えていそうな老人が居て、大丈夫かしらと少々心配になったが、無事に駅に着いた。もしかしたらこのレンタカー屋は母親と娘それにお爺さんのファミリー経営なのかと尋ねると、そうではなく 老人はただの従業員だという。驚いて年齢を聞くと、「エイティーワンイヤーズヤング!」と言った。これは普通ならイヤーズオールドと言うべきところなのだが、わざとヤングと言い換えているのである。”たったの八十一歳さ!″というニュワンスなのだ。そういえば駅前にあったスーパーへ買物に行った時もレジ係はどう見ても七十は過ぎているだろ うと思われる老婦人で、その人も溌刺としていた。私の作務着を目敏く見付けると、「あなたのその服はとっても素敵よ!」とウィンクをされてしまった程だ。これら老人がイギリスの至る所で元気良く働いている姿は誠に微笑ましいかぎりだが、その一方でこんなに年を取ってまで働かなくてはならないとは少し惨めではないかとポールに尋ねた。ところがイギリスにはそういう考え方は全く無いそ うで、この歳になるまで使ってもらえて、 ハッピーだというのだそうである。成程確かに働いている姿は元気いっぱいで、惨めったらし様子は微塵もない。

 以前ウィンチェスターの教会のレストランでも忙しく働く老人達を見た。ともかく溌刺として働く老人が多いのには驚かされる。日本にも元気な老人が多いのには驚かされる。日本にも元気な老人は沢山居て、ゲートボールやカラオケ大会など大いにハッスルしてはいるものの、余りボランティアなどには関心がないようでこれには少し残念な気がする。我が国が超高齢化社会を目前に控え若者はも とより、より元気な老人が弱い老人を助けて行くという形が日本の社会にも定着してゆくことが望まれる。イギリスで見た溌刺とした老人達の姿がこれからの社会のあり方を示しているように思えた。

 

 

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