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2017年04月05日

常識とは如何

事に当たって奇矯に陥らず、頑固にならず、是非善悪を見別け、利害得失を識別し、言語挙動すべて中庸に適うことが肝心である。「智・情・意」の三者が各々権衡を保ち、平等に発達したものが完全な常識である。別な言い方をすれば、人情に通じ、通俗の事理を解し、適宜の処置を取りうる能力である。智とは、人として知恵が充分に進んで、ものを識別する能力。善悪是非が出来なければ、利害得失に欠け、如何に学識があってもその人の学問は宝の持ち腐れになる。智慧が如何に人生に大切かが知られる。しかし智の弊に、ややもすれば術数に陥り欺瞞を生ずる場合があるので、気を付けなければならない。次ぎに「情」を巧みに案配しなければ、智の能力を十分に発揮することはできない。もし情がなかったら、自己本位で、他人の難儀には目をつぶり、蹴倒しでも一向頓着しない不均衡を調和して行くのが情である。しかし情の欠点は喜怒哀楽愛悪慾の七情により生ずる事柄は、変化の強いもので、心の他の部面に於いてこれを制裁するものがなければ、感情に走りすぎる弊がおこる。ここで「意志」が必要になってくる。動きやすい情を抑制するものは強固な意志である。この三者を適度に調和したものが「常識」となるのである。

投稿者 zuiryo : 2017年04月05日 10:52

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