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2016年12月16日

公案

長年公案に付きあってきて、実に良く出来ているな~と思うことがある。無眼子のうちはどいつもこいつも一緒だが、やがて進んで本則を数えるようになると、雲水の腹の中が丸見えになる。人間は正直な者で、窮すれば窮するほど本性丸出しになってくる。日常のやり取りでは見えない腹の中がよ~く見える。隠そうと思っても隠せないのだ。これは単に公案の工夫がどうのこうのと言うだけではなく、今まで生きてきた全てが丸出しになるのである。素っ裸になって私の前に坐っているのと同じである。この恐ろしさを知るようになるには、10年、いや更にもう10年積み重ねていかなければならない。公案も何百と数えていけば、通るの通らないのと、そんなことはどうでも良くなる。もっと修行で大切なものは何かが解ってくる。ではその最も大切なものとは、「襟を正す」である。

投稿者 zuiryo : 2016年12月16日 20:37

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