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2017年08月18日

尚志寮

私が小僧をしていた京都のお寺では、嘗て当時の住職がお寺の息子を小僧として預かり、大学までやって、僧堂に掛搭させて、然るべき處へ住職させる。また一般家庭の子供を預かり大学までやって何処かへ就職させる。多い時には十人近くも預かっていたのだから並大抵ではない。こういう育英事業をずっと続けていた。それらの費用は全て寺で負担していたのだからさぞご苦労だったと思う。お寺自身に全て賄える収入があったわけではないので、いろいろな方々の支援を頂いていた。それも全てこう言う志の高さゆえの協力であった。私が小僧として入ったときは既に住職は変わり、また社会情勢も年月を経て変化し、そう言うシステムはなくなっていた。たまに当時お世話になった方々が訪れ、昔話に花を咲かせ、往事の様子が偲ばれた。ざっくり言わせて貰えば、それほどまでのご苦労も余り報われないな〜と言うのが率直な感想である。人のためにすると言うことは、大体そんなものなのだろう。そう思っていたところ、最近その育英事業でお世話になったある方が、那須でアジアの若者のために農業指導をし、国へ帰ってから自立できるように指導をしており、見事に老師の意志を継いでおられることが解った。既に95歳の高齢ながら、今なお頑張っていて、一大社会事業に発展しているのである。この話を老師が聞かれたらどんなに喜ばれるかと・・・。先日お墓参りに来られたそうである。

投稿者 zuiryo : 2017年08月18日 18:41

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