« 畳替え | メイン | 運転免許更新 »

2009年09月06日

東海庵開山忌

毎年9月6日は瑞龍寺の本庵、東海庵の開山忌に出頭する。朝7時からなので前日、花園会館に泊まる。住職は元管長の臥雲老師、既に83歳に成られ、尚矍鑠として凛とした姿には、永年修行で鍛え抜かれた片鱗を見る思いである。臥雲老師とは特別な想い出があって、10数年前、管長になられて直ぐ、私達の教区の授戒会が催された。その折り私は唱名師を拝命し、前後5日間ずっと同室でご一緒させて頂いた。いつも笑顔を絶やさず、私のような新参者に対しても実に鄭重な応対をされ、大変恐縮したのを覚えている。授戒会はいろいろな行事が組み込まれ、出番は断続的なため、二人で話しをしたり、お互い読書をしたりで、過ごした。私はそれまで逸外老師や耕月老師しか知らなかったので、全く違うタイプの方なので、何だか世界が広がったような気がした。人間顔が違うように、それぞれ性格も雰囲気も違う。それが個性で、だから面白いと言うこともあるのだろうが、あの独特のソフトな感じにすっかり魅了された。これがそもそもご縁の始まりで、その後開堂の時お世話になったり、双方で開山忌に往き来したりと、私にとっては勿体ないようなお付き合いをさせて頂いている。一般的には修行した僧堂が違えば、同じ宗門の中にいても殆ど挨拶することもなく過ぎてしまうのだが、考えてみると本当に有り難いことである。来年早々には、数年がかりで進めてきた開山悟渓国師の語録、「虎穴録訳注」本が完成する。そのことをご報告すると、とても喜んで下さった。これはそもそも、10数年前に執行した五百年遠忌の付帯事業で、永年の念願が漸く叶うことになった。思えば何と様々なご縁を頂き、その縁に支えられ励まされ、ここまでやってこられたものである。感謝、感謝。

投稿者 zuiryo : 2009年09月06日 19:55

コメント

滴翠軒本師老大師 金猊座下

時下益々ご清福の段、欽んでお慶び申し上げます。
一昨日から昨日にかけての妙心寺・東海庵開山毎歳忌ご出頭、誠にお疲れさまでございました。
小納雲水時代に老大師の隠侍役を仰せつかり、東海庵開山忌にお供致しましたのを鮮明に覚えています。ですのでブログを読むと、大変懐かしく感じ、当時を思い出し、貴重な経験をさせて戴いたことに有難く感謝申し上げます。
最近、京都の名庭園を集めた写真集に妙心寺東海庵庭園のつくばいが掲載されている!のを読んだのですが、実際に觀る機会が無いので残念です。是非拝見したいと思っているところですが、東海庵は妙心寺四派の格式高き師家寺。普段、観光客や一般人の拝観はしてないと聞いております。裏口入学などは、きっとないのでしょうネ。歴史と由緒正しき東海庵は瑞龍寺専門道場で修行させていただいたものにとっては、本山に値する誠に大切かつ法源と法孫の関係である母親的存在の想いがいたします。
末筆ながら、時節柄、何卒ご尊体、くれぐれもご自愛ください。
        欽 白
玄信 九拝

投稿者 玄信九拝 : 2009年09月07日 07:38

滴翠軒本師老大師 金猊座下

時下益々ご清福の段、欽んでお慶び申し上げます。
一昨日から昨日にかけての妙心寺・東海庵開山毎歳忌ご出頭、誠にお疲れさまでございました。
小納雲水時代に老大師の隠侍役を仰せつかり、東海庵開山忌にお供致しましたのを鮮明に覚えています。ですのでブログを読むと、大変懐かしく感じ、当時を思い出し、貴重な経験をさせて戴いたことに有難く感謝申し上げます。
最近、京都の名庭園を集めた写真集に妙心寺東海庵庭園のつくばいが掲載されている!のを読んだのですが、実際に觀る機会が無いので残念です。是非拝見したいと思っているところですが、東海庵は妙心寺四派の格式高き師家寺。普段、観光客や一般人の拝観はしてないと聞いております。裏口入学などは、きっとないのでしょうネ。歴史と由緒正しき東海庵は瑞龍寺専門道場で修行させていただいたものにとっては、本山に値する誠に大切かつ法源と法孫の関係である母親的存在の想いがいたします。
末筆ながら、時節柄、何卒ご尊体、くれぐれもご自愛ください。
        欽 白
玄信 九拝

投稿者 玄信九拝 : 2009年09月07日 07:43

質問:疑問があります。

「東海」の名前の由来は?いかなるものなのか?です。大学時代から気になっていますので、東海庵の話がでたので、老師様のブログをご覧いただいている方で、ご存じの方、ご教示ください。
ちなみに、わたしが調べたところのインターネットの記述を以下に記します。

【東海地方・東海の名前の由来は、8世紀に律令にもとづいて定められた畿内と七道の1つである東海道にあり、畿内から東へ向かう海道という意味があります。
ただし、東海地方と東海道は同じものではありません。
七道の東海道の範囲は、現代の県でいうと、三重県・愛知県・静岡県・神奈川県・東京都・埼玉県・千葉県・茨城県にあたりますが、東海地方は、七道の東海道から関東にあたる部分を除いて、東山道に属する現代の岐阜県加えたものです。
8世紀の律令制のもとで令制国がおかれて、令制国より広域な区分として畿内と七道(東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道)がおかれました。
東海道は畿内から東へ向かう海道、東山道は畿内から東へ向かう山道の意味があります。
この律令にもとづく令制国と畿内と七道という地域区分は明治時代まで続きます。
この畿内と七道という地域区分とは別に、関所の東か西かということで東国・西国という区分がありました。
これはやがて、足柄坂(足柄峠)・碓氷峠より東を坂東・東国というようになります。
そして、七道の東海道の地域から坂東にあたる部分を除いた部分をたんに海道とか東海と呼ぶようになります。
また、七道の南海道の地域から現代の和歌山県を除いた部分を四国、七道の西海道から壱岐・対馬を除いた部分を九州と呼ぶようになります。
つまり、律令にもとづく畿内と七道という地域区分は明治時代まで残り、そのうえでそれとは別に関東・東海・北陸・中国(山陰・山陽)・四国・九州という地域区分もあったということです。】

私が考えますに、京都の都からみて東にあるということ。江戸時代、徳川幕府が現在の東京に都を遷都したことによれば、東京からみて西にあたるので、東という表現は矛盾しますよね。
つまり京都のみやこから、東に向かう海道ということで東海道という名の由来があり、現在、旧東海道に隣接する岐阜県、愛知県、三重県を東海3県というのではないのでしょうか?これって正しいのですか?どなたか納得のいくスッキリした回答をお願いします!
いづれにせよ…「東海」という地名が、古代(律令)の行政区分である「東海道」や、近世・江戸時代の街道である「東海道」に由来していることはおそらく間違いないでしょう…

質問2:そこで、さらなる疑問があります!!!!!というか、こちらが本質的疑問なんですけど・・・(笑)東海派の東海、つまり東海庵の東海、岐阜県などの禅僧に多くみられる、「東海」姓の和尚様方の名の由来っていったいどこからきているのですか???どなたか教えてください。

・・・岐阜の禅寺の和尚様がたに「東海」姓が比較的多いのは、妙心寺四派東海派と何か因果関係があるのでしょうか?と大学時分にGT/Daian先生に尋ねたところ、「さぁ…なー。自分で調べてみたら?」との解答(笑)、そのうち調べたいと思いつつも、そのままです。身近にも「東海」姓の和尚様がいらっしゃるので直接尋ねてはどうかと思うのですが、何の下調べもせず、そのような質問をするのはいかがなものか…、知って問うは礼儀なり・・・と、ジレンマに陥ってる次第です。

推測 東海派の初祖「悟渓宗頓」国師が東海地方のご出身だから。
悟渓宗頓国師の出生地は愛知県丹羽郡扶桑町南山名郷と伺っております。現在もその因縁から悟渓寺が建っております。幼少の頃より「小釈迦」とよばれ、その後、犬山・瑞泉寺の日峰宗舜國師のもとで印可を得たと聞いております。さらに、美濃地方の武士・土岐氏の菩提寺として、旧:美濃の国、厚美郡、現在の岐阜市寺町に瑞龍寺を創建なさいました。塔所も瑞龍寺山内にあり、虎穴塔と呼ばれています。私ごと乍ら、家内の旧姓は「土岐」、瑞龍寺の寺紋は土岐氏の家紋と同じく「桔梗」でございます。このように不思議なご縁を感じて、めおととなりましたが、夫婦ゲンカが絶えません(笑)。このように、東海地方と由縁が深いことから、悟渓宗頓国師以下の法系を東海派と呼ぶのでしょうか?どなたかお教えください。

推測◆Я気任いΑ崚豎ぁ廚琉嫐。禅宗の鼻祖・達磨大師以降、中国で禅が大成され、その法が中国から見て、東にあたる日本に伝わったという事実。つまり中国で生まれた禅が東の海を越えて、法孫をつくったという意味?これは関係が薄いですか?全くの勉強不足でわかりません。どなたか、ベストアンサーをお待ちしています。

妙心寺の現役の管長さまは東海大光猊下ですが、以前隠侍をしていた時に、九州は博多の鬼僧林・梅林寺専門道場は、代々、東海姓を襲名されるのだと、老大師からお聞きしました。東海派と関係あるのでしょうか?東海姓についても、どなたか由来をお教えください。

ところで、現在H大学、Y澤先生らが訓訳されておいでの悟渓宗頓国師の語録「虎穴録」の訓注本、とても愉しみにしております。

「徳の悟渓」とよばれた國師。東海派のお寺では、不思議と水には困らないと、授業寺の師匠から聞きました。それは、国師が水をたいせつにされ、ものを大切にされた、その陰徳と禅僧としての最低限で生き抜く質素枯淡な精神が、法孫の末代まで、その徳をおよばせ、不思議と東海派のお寺では、水に恵まれるという話でした。

誠にありがたい國師の報恩底に、小納も質素枯淡に生活し精進したいものです。

「禅僧の徒然日記」の愛読者の皆様、どうか私のつたない愚問にお答えいただけましたら、幸いです。

以上、思いつくままに、長々と乱文失礼いたしました。

投稿者 宗純  : 2009年09月07日 09:07

おじやまいたします。瑞龍寺の玄関をはいると、それは、それは迫力あるついたてがあり、大きな力強い書が書いてあります。何と読むんですか?と雲水さんに尋ねると、「虎穴」だそうで、どういう意味なのかまではお聞きしませんでしたが。瑞龍寺開山の悟渓さんの語録や塔所の虎穴に由来してたんですね。
わが家にも、あの、ついたてが欲しいなぁ…なんて恐れ多いことを考えながら、一方あの大きなついたてを玄関に置いちゃったら、誰も出入りできず、ただのバリケードになってしまい、本末転倒、落語の落ち、みたいなことになってしまうことに気づき、一人にやにやと笑っているのでございます。妙心寺にはまだ行ったことがありません。今年は、開山650年おんきだとか。是非参拝したいものです。
また、名古屋では妙心寺展が開催されるそうですネ。
個人的には、大燈国師(宗峰妙超禅師)が関山國師に渡された印可状(国宝)を是非とも、この眼で本物を見てみたいなぁ・・・と今からたのしみにしています。老師様はもう行かれたのでしょうか?東京展、京都展と済んだようですが・・・?印可状とは、何か書式や内容に決まり事などあるのですか。居士は、印可は得ることが出来ないのですか?昔の中国では、飯炊きの居士が先輩を追い越し、印可と衣鉢を授けられ、逃亡というか、姿を消したとか・・・聞きましたが。特別なケースなのでしょうか?
野球禅があるなら、ほかにも、ほにゃにゃら禅もあるのですか??
虎穴に入らずんば、こじを得ず・・・のこじは居士と関係ないみたいですネ。常識知らずで申し訳ございません。

投稿者 岐阜笑市民 : 2009年09月07日 10:56

最近、嫁の実家で室内犬を飼うのを見るようになってから、我が家にも、愛犬、ほしいなぁ・・・と、だだをコネテいるパパです。室内犬はちょっとマズイ問題が発生!?(おちっこ&うんち)しそうなので、柴犬がいいなぁ・・・といろいろ物色している今日このごろです。老師さまは、過去にいろんなペットを飼われたそうですが、ドーベルマン(警察犬?)やフェレット?、あらいぐま?・・・等々、違っていたら申し訳ございません。昔10代のころ、老師さまがフェレットのような可愛いペットをつれておいでだった姿をI神社でお見かけし、普段着でしたので名高き老師さまとはつゆも知らず少しばかり会話した記憶がございます。もし違っていたらスイマセン。柴犬でもいいのですが、留守にできないので、うさぎちゃん・・・か、ハムスター・・・を検討しています。とっとこハム太郎に対抗して、もんきっきソーセージざえもんと名付けようかなぁ・・・と妻に話すと、「おまえの相手など出来ん!」とシカトされました。ほんの冗談で、明るいユーモアで家庭を愛で包み込もうとつとめるのですが、あまりにものバカさかげんに相手にされず、ほかっておかれるのが常です。こういうワケですから、ペットでも飼って、話し相手になってもらいたいなぁ・・・と寂しがりやのパパは思うのです。う〜ん、やっぱり柴犬、捨てがたし!!まわりの理解が無いので当分無理ですけど。
ハチくんのように、震災犬をひきとるという博愛主義的大義名分でもって対抗するという作戦もおおいに、ありありなのですが、嫁には通用せず、どうも勝てません。いや相手にされません。情けなー。とほほ。。。(ためいき)仕方ないから、パパのアイドルBOAちゃんのCDでも聴こっと(笑)

投稿者 BOAちゃん大好きパパ : 2009年09月07日 11:30

おはようございますyム
先だって、せんげあそばれた松原泰道師の著書「禅語百選」に悟渓さんの、こんなエピソードが書いてありました。
ある日、雲水達と近江の琵琶湖へ立ち寄った悟渓老師。真夏の盛りで、汗だくになった雲納達は衣を脱ぎ捨て、琵琶湖のほとりで行水、水遊びをしていました。隠侍さんが老師に声をかけます。「老大師も、衣をお脱ぎになられ、汗を流されたら如何ですか?」「それでは、隠侍さん、悪いがこの手ぬぐいに水を含んできてくれんか」…と、老師は水を含んだ手ぬぐいで汗を拭うだけです。隠侍さんが不思議に思い、わけを尋ねると、こう応えられたといいます。
「琵琶湖の水はこのように豊かで限りないめぐみをたたえておる。しかし儂には、行水など勿体ないことぢゃ。後世の民のため、この自然のめぐみを有り難く遺しておこうとおもってなぁ…。隠侍さんよ。長旅で疲れておるだろうに。儂のことなど気にとめず、湖で汗を流し、英気を存分に養ってくれよ。」
このエピソードを読んで、昔の高僧は一味も二味も違うものだなぁと心うたれました。
徳の悟渓 と呼ばれている所以を少し知った思いです。
近々 出版されるという 悟渓老師の虎穴録、どんな老師の境涯が詰めこまれてるのか考えるに、愉しみです!!!

投稿者 一休さんの親友しんえもん : 2009年09月08日 07:41

宗純さんへ

コメント読みました。
東海庵と瑞龍寺とどっちが先に創建されたのか…まず調べたら如何ですか?

何故なら、東海派の東海の由来は、東海庵の名からきているのではないのですか?って、ほとんどしらないど素人が言うのも何ですが。

難しい質問なので、禅文化研究所か、はなぞの大学で伺ったら、どうなんですか?

そんなに気になるなら・・・ですけど。

投稿者 LOVE蓮仏美紗子♡ : 2009年09月08日 08:25